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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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074 魔法式リサイクル製錬その3

 9月も下旬に入った頃、ようやくリサイクル製錬炉が完成した。

 5mくらいの高さがある作業小屋と比べてもさらに大きい、3階建てくらいに見える直方体の建物だ。その屋根の一部からさらに高く1本の煙突が突き出ている。スイーパー達は早速、好奇心旺盛に屋根を歩き回り、煙突の周りを飛び回っている。


「しかしデカくなったなあ。」

「初めての建物を建てる時はこんなもんさ。修正を入れていくうちに大きくなっちまうもんだ。」


 炉が入った建屋を見上げながらクロが感想を言うと、隣のホシヤマが答える。

 ホシヤマの言う通り、当初の設計図よりもだいぶ複雑になり、いろいろ追加した結果、ここまで大きくなってしまった。運営する人数的には工房なのだが、建屋の大きさだけで言えば工場並みだ。


「掃除が大変そうですね。」


 工房を見上げるマシロが淡々と感想を述べる。


「確かになあ。」


 クロも同意し、少し憂鬱になる。この大きさの建屋を掃除するとなれば、手が足りない。スイーパー達に掃除をしろというのも無理があるだろう。

 そんなクロにホシヤマが提案する。


「また埋立場の連中を雇ったらどうだ?」

「うーむ・・・心情的にはあまりこの地にヒトを入れたくないんだが・・・」


 確かにホシヤマの提案は魅力的だ。思い切ってホームレス達にここの掃除まで任せてしまえば、今、森の入口で受け付けている材料の搬入も、ここまで運び入れてもらえばいい。搬入が終わったらそのまま工房の掃除だ。人件費はかかるが、実に効率的に思える。

 問題はクロの心労だ。ヒトの傍に長期間いるだけでストレスが溜まるクロにとって、ホームレスが日常的に自宅付近に出入りするのは好ましくない。


「その件は保留しましょう。マスターの負担になるのは避けたいところです。」


 クロの心情を読み取ったマシロがそう言って、ヒトを雇う案は保留となった。



 そしていよいよ工房の建屋の中に入る。工事中は面倒臭がって見に来なかったムラサキも今日はついてきている。

 入口の扉は小さいが重い。万が一の事故に備えて、壁も扉も土魔法で目いっぱい強化した石造りだ。クロの前世のコンクリートなど及びもつかない強度を誇る。

 入ってすぐに目に入るのは、10m弱ある天井の近くまで聳える大きな炉だ。直径3mほどの円筒形で、壁にいくつか突出した窓がついている。クロはそれを指さしながらマシロとムラサキに解説する。


「これらが材料投入口または金属抜き出し口になる。口がちょっと狭いから、大きい材料は折り畳む必要があるな。」

「なぜ突き出しているのですか?」

「炉体は魔法強化された土だから高温にも耐えるが、窓のガラスはそうじゃないから、融けた金属から離して融けないようにするためだ。一応俺が制御するからこんなに距離を取らなくてもいいかもしれないが、ホシヤマさんと相談して、念のため離すことにした。」

「なるほど。作業中は窓越しに見るわけですか。」

「それもできるようにしてあるが、予定としては違う。この窓はガス吹き込み口でもあるんだ。ここからムラサキが操る窒素を吹き込んで、融けた金属から出るガスを上に流す。」


 クロが上を指さす。炉の上は閉じていて、1本配管が出ている。これも土魔法による石造りだ。前世では配管をつなげるにもボルトで固定したり熔接したりと大変だが、この世界では土魔法で継ぎ目なく作れる。


「排ガスはあの配管を通って処理設備に流れる。」

「ああ、あの有毒そうな臭いを除去できるようになるんですね。」


 マシロはやはり金属溶融時に出る有毒ガスに気付いていたらしい。


「結局、俺がその毒ガスを逃がすのは前と変わらないんだな。」


 憂鬱そうにムラサキが言う。ムラサキも気づいていたのは当然として、クロは前からムラサキが排ガスを逃がしていたことに驚く。


 ・・・こいつ地味にそんなことしてたのか。相変わらず器用な。


「気体操作はムラサキの専門だからな。頼りにしてるぜ、相棒。」

「しょーがねーなー。」


 そういいながらも少し上機嫌のムラサキ。どうやら労いの言葉として受け取ってくれたようだ。

 ところがすぐにムラサキがはたと何かに気がつく。


「って、あれ?この炉、なんでこんなにデカいんだ?」

「・・・今後、処理量が増える可能性もあるから、その対策にな。ほれ、上の方にも投入口がある。」


 クロが指さす先の炉壁に扉がある。こちらには窓がないため、石造りのただの扉だ。大量に材料を入れる際は、上からも投入可能なように取り付けた。


「オレ、こんなデカい空間の空気を操作しなきゃいけないのかよ!」


 ・・・ちっ、バレたか。


 ムラサキがクロを睨み、クロは視線を逸らす。ムラサキ単独で無理なら、ホシヤマから送風機のような道具を買う必要がある。頭の中でその計算を始めたクロの思考を遮るように、マシロがムラサキを見下ろして言う。


「できないのですか?ムラサキ。」

「うっ・・・」


 楽をしたいムラサキは、できれば無理と言いたい。しかし、そんなことを言えば、またマシロに鼻で笑われるのは目に見えている。ムラサキとしては、それは我慢ならなかった。


「で、できるっての!何だこのくらい!」

「なら、問題ないですね。マスター、解決しました。」

「お、おう。・・・ムラサキ、無理すんなよ?無理なら風魔法使いを雇うとか・・・」

「できるって!大丈夫だ!おら、窓開けろ!」


 できることを証明して見せようと、意気込むムラサキ。


「まあ、試運転前に確認すべきことではあるか。よっと。」


 クロが窓の留め金を外し、開く。


「ホシヤマさん。除害塔まで風が流れるか確認してきてもらえるか?あ、窒素だから、吸わないように。」

「わかってるって。行って来る。」


 自然界には存在せず、従来の魔法には作れない純窒素。当然、この世界では元素に関する知識もそんな特殊なガスも知られていないが、炉の設計に際してクロが説明していたため、ホシヤマは純窒素ガスの大まかな性質と危険性は理解している。

 ホシヤマは建屋の奥に向かい、それを見送ったクロがムラサキに向き直る。


「じゃあ、試しに頼む。中は見えたか?」

「ああ。行くぜ!」


 聴覚式魔力感知で炉内を把握したムラサキが、空気から窒素を集めて、窓に吹き込む。クロは息苦しくなるのを感じ、確かに窒素だけが送り込まれているのを確認する。呼吸ができなくても活動できる魔族ならではの確認方法だ。


 ・・・これは送風による作業者の冷却も期待できそうだな。


 魔族であるクロは融けた金属が発する熱に晒されても汗もかかないが、暑いと怠くなるくらいはある。涼しくなるのは大歓迎だ。

 数十秒吹き込み続けると、建屋の窓がわずかに軋み始めた。


「おっと、マシロ、窓開けてくれ。」

「はい。」


 マシロがサッと開いた窓から、強風が吹きこむ。ムラサキが炉へと窒素を流す勢いが予想より強く、建屋内が減圧し始めていた。

 そのさらに数十秒後に、ホシヤマが戻って来る。


「おーい、十分だ。止めてくれ。」

「ふう。」


 ホシヤマの声を聞いてムラサキが止めていた息を吐くように力を抜き、窒素の吹込みを止める。


「十分な流量だったぜ。で、ついでに煙突も見て来たんだが、こいつが落ちてた。」


 ホシヤマは片手に昏倒したスイーパーを抱えていた。見た瞬間、マシロが呆れた声を出す。


「はあ。煙突から覗き込んでいたのでしょう。窒息して気絶し、落ちたようですね。打ち所が悪ければ死んでいましたよ?」

「あ、生きてるか。よかった。」


 運転開始前から事故死が発生とか、勘弁してほしいと心配していたクロが安堵する。

 気絶したスイーパーをクロが受け取り、『ヒール』をかけると、スイーパーは目を覚ました。しかし、翼が片方折れてしまったらしく、飛び立つ気配はない。


「『ヒール』じゃ自然治癒の範囲までだからなあ。」

「魔獣なら骨折しても自然治癒の可能性はありますが・・・」

「いや、そんなことねえよ。お前の種だけじゃねえか?それ。」


 マシロとムラサキで意見が分かれたが、おそらくムラサキが正しい。どうやらマシロの種族は自己治癒能力が異常に高かったようだ。


「ならば、治療が必要ですね。ヒトの骨折の応急処置は見た事がありますが、同じ手順でいいでしょうか?」

「俺もわからんから任せる。」

「では少し失礼します。」


 マシロがケガをしたスイーパーをクロから受けとり、家に一旦戻る。

 ホシヤマとムラサキと雑談していると、10分ほどでアカネを連れて戻って来た。アカネは昼寝中だったので家に置いて来ていたが、起きたようだ。


「スイーパーは?」

「家の屋根に置いてきました。ケガをした同胞を傷つけるような連中ではないでしょうから。」


 スイーパー達は知能が高く、互いに協力することを知っている。助けられる同胞は助けるだろう。もし、ここに定住しておらず、渡り歩く群れだったら、見捨てられていたかもしれないが。



 マシロが戻ってきたところで、炉の解説を再開する。

 炉の上方から延びた配管は下に降りてきて、大きな箱のような部屋につながる。この部屋の底は四角錐のように下に行くほど狭くなっていて、一番下に金属製の引き出しがついている。


「排ガスには気体になった金属が混じっているが、炉から離れて温度が下がると灰になる。それはこの部屋で落ちて、この引き出しに溜まる。」

「ほうほう。」


 ムラサキが何となく理解した風に返事をしている。どの程度理解しているかは不明だが、クロは注意すべき点だけは言っておく。


「灰は有毒だから、吸い込まないこと。魔族はそれで死ぬようなことはないが、茜はここに近づかないようにするべきだな。」

「灰はどこに捨てるのですか?」

「いや、捨てずに次の製錬作業の時に材料に混ぜる。」

「また灰として出て来るのでは?」

「いくらかは回収できる。それに俺の制御の腕が上がれば、こういったロスは減っていくはずだ。」


 融かす対象の金属をすべてクロが操作できれば、排ガスへと漏れ出る金属もなくなるはずだ。しかし現状ではクロが同時に操作できるのは数種のみ。どうしても制御しきれずにロスする分がある。

 ちなみにここまで配管等はすべて石造りだったが、この引き出しだけはクロお手製の魔法強化アルミだ。ここまで離れれば耐熱性はそこまで必要ないので、軽量化のためにアルミにした。



 部屋を通ったガスは、反対側の配管から次の部屋へ行く。次の部屋には下から入り、上から出ていく構造だ。


「これは前世ではバグフィルターと呼ばれていた。詳しい構造は知らないから、完全に同じではないが、そこそこ再現できたと思う。」


 バグフィルターの扉を開けると、中には筒状の枠に黒い布をかぶせたものがたくさんぶら下がっている。枠はクロが作った金属製。布はマシロの魔法強化炭素繊維だ。


「この布はガスは通すが、灰は通さないように作った。というか、マシロが作ってくれた。」

「最適な織り方を探すのが大変でしたが、どうにかできました。」

「さっき見た限りでは、ガスの通りは問題なかったぜ?」

「ありがとうございます。」

「まあ、灰が付着したらガスが通りにくくなるから、その時は振動させたり、反対側から空気を吹き込んで、灰を払い落とす必要がある。その灰もさっきと同じく回収して炉に戻す。」


 バグフィルターにもさっきの部屋と同じ引き出しがついている。


「灰の回収頻度はどの程度でしょう?」

「それほど多くはないと思うが・・・やってみないとわからんな。」



 バグフィルターを通ったガスは次に除害塔に入る。


「灰を除いてもガスにはまだ有害な気体が含まれてる。それを無害化するのがこの塔だ。この塔を排ガスが通るところに、液をシャワーする。有害物質はその液に吸収される。液は下の槽に溜まるから、定期的にポンプで上の方に汲み上げる。」

「シャワー?」

「雨みたいに小さなたくさんの水滴にして落とすんだ。管に液を流して、その出口を無数の小さい穴にするとできる。ちょっと流してみるか。」


 クロが飛び上がって除害塔の上に乗り、タンクと塔の間の配管のバルブを回す。ある程度回すと液が流れ始め、塔の中に雨のように降り始めた。ムラサキとマシロはそれぞれの魔法で飛び、除害塔の点検窓から雨のように降る液を見る。アカネもマシロに抱えられて見ている。


「おお~。」

「本当に雨のようですね。」

「キャンキャン!」


 ある程度見せたところでバルブを閉じて、塔から降りる。


「で、この液、有毒だから触るなよ?」

「は?毒液で毒ガスを無毒にするのか?」

「そこの説明をすると難しいんだが・・・液にはpHペーハーってのがあってな。低いと酸性、高いとアルカリ性と呼ぶ。中間が中性で、無害なのは中性だけ。酸性もアルカリ性も生物には基本的に毒だ。」

「ぺーはー?」

「その数値が低いほど酸っぱいって感じかな。」

「じゃあ、酢は毒か?」

「あれは弱酸性。体に害があるほどじゃない。でも直接嗅ぐと臭いがきついだろ?」

「そうですね。初めて嗅いだ時は毒かと思いました。」

「強酸性はその刺激がもっと強い。排ガスに含まれる有毒成分は、水に溶けると強酸性になるガスなんだ。」

「なるほど。」

「で、酸性の反対がアルカリ性。これも毒だが、酸性とアルカリ性は適量混ぜると中和されて中性になる。この中和反応は触れるだけで起きるほど起きやすい現象だから、ガスに液をシャワーするだけでも起きる。」

「えーと、つまりガスの中の酸性の成分を、液のアルカリ性で中和してるのか?」

「まあ、そんな感じだ。」


 正確には、中和はしているが、アルカリ性の方が強く、液はアルカリ性のままだ。


「この液はどうやってアルカリ性に?」

「回収してた金属の中に、水に溶けてアルカリ性になる奴があったから、それを入れてる。その作業は危険だから、やり方は教えるが、基本俺がやる。」


 それはずばりナトリウムだ。金属のまま水にぶち込むと爆発するので、空気中で酸化させてから、少しずつ水に溶かす。


「酸性やアルカリ性は皮膚を溶かすから、魔族でもダメージがある。気をつけろよ。」

「承知しました。」


 あとは、中和で生じたえんが塔の下の水槽に溜まるから時々回収するとかあるが、それはおいおい説明しよう。



 ここまで長い除害工程を経て、ようやく排ガスは煙突から出ていく。

 全員裏口から出て煙突を見上げる。


「以上が工房の全貌だな。」

「ほぼ排ガス処理じゃないか。」

「そういうもんだよ。」


 見上げた先の煙突にはまだスイーパー達が群がっている。懲りずに覗き込んでいる者もいるようだ。


「煙突に近づかないように言うべきでしょうか?」

「それも必要だが、とりあえず煙突の出口に金網でも張って落下防止しておくか。」

「疲れたからお茶にしようぜ。」


 ムラサキが早々に家へと足を向ける。


「そうだな。ホシヤマさんも飲んでくか?」

「おっ、じゃあ、お言葉に甘えて一杯いただくか。」


 工事自体は昨日で終わっていて、今日は説明と確認だけだったので、ホシヤマ以外の作業員はいない。


 ・・・明日はいよいよ初運転だ。トラブルがないといいなあ。


 クロは前世での工場勤務を思い出し、安全祈願でもしようかと思ったが、この世界の神があの八神であることと、黒いサルの姿を思い出して祈るのはやめた。


リアルではよく神社に行きます。工場は事故が恐いですから。動いてる物が大きいだけに、一瞬の油断が命取りです。神頼みもしたくなります。

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