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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第2章 赤い狐
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073 森の家の日常

 9月も半ばを過ぎ、アイビスの森も冷え込み始めた。マシロの話によれば、もうすぐ霜が降りるだろう、とのことだ。

 当然、夜明け前の早朝など、特に冷え込むのだが、それをまるで意に介さずに鍛錬に励む2人がいる。


「せいっ!」

「ふっ!」


 互いに真剣を振り回し、実戦形式で戦う。クロが「黒嘴」のリーチを活かして牽制し、マシロは飛び込む隙を窺う。

 クロの袈裟斬りを紙一重で躱してマシロが「黒剣」を突き出せば、クロは片手を放して素早くそれを拳ではじく。すかさずマシロがもう1本の「黒剣」で斬りかかれば、クロは後方に1歩下がりつつ「黒嘴」で受け止める。

 「黒剣」と「黒嘴」がぶつかると細かい火花が散る。「黒剣」のチェーンソーのような刃が対象を削り切らんと高速回転しているのだが、強度が圧倒的に勝る「黒嘴」を切ることはできない。

 却って「黒剣」を痛めると判断したマシロが後退する。その隙にクロは態勢を整えるが、その一瞬、クロの気が緩んだ瞬間にマシロが1手を打つ。


「『黒爪』」


 そのキーワードに応じてマシロの左の袖口から黒いナイフが飛び出す。油断していたクロは対応が遅れ、大きく回避してしまう。当然、態勢は崩れる。


「くっ!」


 慌ててクロはマシロが来るであろう方向に、態勢を崩しながらも剣を振るが、マシロはそれをあっさりと躱してクロの懐に飛び込み、2本の「黒剣」でクロの首を挟むようにして寸止めする。


「私の勝ちです。」

「・・・だな。参った。」


 クロが両手を上げてお手上げのポーズを取って負けを認める。それを確認してマシロは剣を引き、納刀。クロも「黒嘴」を『外し』て納刀する。

 見上げると日は昇り始めているが、まだ低い。6時くらいだろうとクロは見当をつける。


「お茶の時間にはまだ早いか。ひとっ走りするか?」


 いつものモーニングティーは7時頃、ムラサキが起きて来てからにしている。


「いいですね。ただ、今日はアカネを連れて行きましょう。」

「お、そうだな。」


 一旦2人は家に戻り、アカネを迎えに行く。するとマシロが家の窓を見てそれに気がついた。


「起こす必要はないようですね。」


 クロもつられて窓を見ると、そこには赤茶色の狐が目を輝かせてこちらを見ているのが見えた。



 そうして2人と1匹、いや3人は森へと走り出す。マシロは犬形態になり、アカネに森の走り方の手本を見せる。もちろん、マシロが本気で走るとアカネもクロもついて行けないので、速度はかなり落としている。

 マシロが巧みに木々を躱し、鬱蒼と茂る草木をものともせずに走る。その後ろをアカネが必死について行く。クロはそのさらに後ろを走ってアカネを見守る。

 森を高速で走るだけでも大変だが、ここは魔獣が跋扈する森だ。危険はいくらでもある。それゆえ、ただのランニングでは終わらない。

 飢えた肉食獣に遭遇すれば、まずは威嚇。それでも逃げないなら戦闘だ。ここでもマシロはアカネに手本を見せるべく、犬形態のまま戦う。今日はウィングタイガーを狩って見せた。

 大物が取れたので、今日のランニングはここまで。ウィングタイガーの死体を担いで家に戻る。


「犬形態で戦うのは久しぶりでしたが、母の動きを思い出して戦えば、十分戦えますね。」

「そうして狩りの技を受け継いでいくんだな。まあ、あの狩りが茜にできるようになるかはわからんが。」


 実際、マシロの狩りは速度を活かして翻弄し、隙を見て一気に喉元に食らいつく戦法だ。マシロ並みでなくとも、かなりのスピードが要求される。別種であるアカネに真似できるかどうかは不明だ。クロは木魔法による身体強化なしでは再現できないのではないかと考えている。


「しかし、私が教えられるのは私の狩り方だけです。足りない部分はアカネ自身が工夫して補わなければ。」

「まあ、そうだが・・・厳しいな。」

「そういうものです。私も野生と戦場で何度も死にかけながら身に付けたのですから。」


 そう言われればクロは反論もない。確かな事実だ。マシロが苦労したのも、現実が厳しいのも。

 そんなことを考えて少し心配そうにクロはアカネを見るが、当のアカネはマシロが狩ったウィングタイガーを興味津々で見ているだけで、実に暢気なものだ。



 家に帰りつき、荒れ地の開けたところにウィングタイガーの死体を置けば、スイーパー達が群がって来る。


「ほら、茜。早く食べないとなくなっちまうぞ。」


 クロの言葉に目を見開いて驚くアカネをよそに、スイーパーたちが猛然と獲物を啄み始めた。慌ててアカネも獲物に食いつく。手際よく食いちぎって飲み込んでいくスイーパー達と違い、アカネは堅い肉に悪戦苦闘しながら、どうにか少しずつ食べて行く。

 その様子をクロとマシロは並んで見守る。


「まだ生肉そのままは早かったかな?」

「しかし早くこれに慣れなければ、アカネは生きていけませんよ?」

「むう。」

「実際、親を失った獣としては、食糧を狩ってもらえるだけかなり恵まれているのです。この程度の奪い合いは勝ち抜けなければ。」


 マシロの言う通りだ。正しい手順で巣立った獣でさえ、実力が身につくまでは、狩りの成功率は低く、どうにか獲物が取れてもベテランに横取りされることもしばしばだ。その厳しい時期を乗り越えられた者だけが生き残り、ベテランになるのだ。獲物を狩ってもらえるだけでも破格の待遇と言えよう。


 ・・・まあ、本当に死にそうになったら手を貸すだろうし、厳しさを教えるのも大切なことか。


 そうして見守ること、十数分。ウィングタイガーの死体は綺麗さっぱりなくなり、スイーパー達は定位置の家の屋根に戻って行った。

 アカネは満足できるほど食べられなかったようで、とぼとぼとクロの元に戻って来る。クロはそれを抱き上げて撫でまわす。


「あんまり食べられなかったか?次、頑張ればいいさ。」

「クウ。」

「川で汚れを落としてから家に戻りましょう。ほら、行きますよ。」


 クロがアカネをモフモフと可愛がるのを無視して、マシロはさっさと犬形態に『変化』し、ランニング再開、とばかりに川へ走っていく。クロは慌ててアカネを下し、走り出す。


「まったく真白は厳しいな!行くぞ、茜。」

「キャン!」


 クロとアカネは全力で走り、先行したマシロを追って行った。



 川で体を洗ってから家に戻り、お茶を飲む。今日は緑茶だ。アカネには『ウォータ』で出した水を適当な器に注いで飲ませる。マシロがアカネにあまりこぼさないように飲むよう指導する傍らで、クロは今日の予定を確認する。


「8時からいつも通り資材搬入。9時から炉の工事が再開されるから、それまでに搬入を終えたいが、数が多いと間に合わないかもしれない。ムラサキ、俺らが戻る前にホシヤマさんが来たら、勝手に始めてていいって伝えてくれ。」

「おっけー。」


 キュウビの件で中断していた炉の工事が今日から再開される。設計図は相談の末に既にできているから、勝手に始めてもらっても問題ない。クロ達がやることといえば、念のため工事が予定通り進んでいるか確認するだけだ。ただし、見ていて改善案を思いついたり、問題点を見つけたら、都度修正しなければならないので、立ち会いは必須だ。

 そのため、搬入に時間がかかって間に合わなくても、早めに戻ってくる必要がある。


「搬入後のティータイムはなしか?」

「んー、そうだな。工事の休憩に合わせよう。工事してる脇でくつろぐのも失礼だしな。」


 いつもは搬入作業の後に休憩としてティータイムを入れるが、工事中はなしだ。忙しいが、炉は今日明日には完成する予定だから、それまでの辛抱だ。


「今日は1日そのまま工事の立会だな。立会は俺だけでいいから、ムラサキは好きにしてていいぞ。」

「お、じゃあ、食材採集にでも行くかね。」


 ムラサキは時々、森に入って果物やキノコを採ってきて、調理を試みている。毒キノコを持って来てマシロに呆れられたこともあるし、ドリアンのような臭い果物を持って来てマシロと喧嘩したこともある。


 ・・・まあ、あの謎の果物、焼いたら美味かったんだよな。


 クロがそんなことを思い出していると、マシロが立ち上がってクロに進言する。足元には行儀よく水を飲む方法を教わり、実践しているアカネがいる。


「では午後は私はアカネの訓練に行ってもよろしいでしょうか?」


 マシロの意外な進言にクロは少し驚く。今までマシロは基本的にクロの傍にいるようにしていた。自ら離れると言い出すのは珍しいことだった。しかし、アカネを鍛えるのは重要なことだし、マシロに任せると言ったのは自分だ。クロが止める理由はない。


「ああ。茜は魔族じゃないんだから、ケガとかないようにな。」

「承知しました。」


 クロは紅茶を飲み干しながら、アカネのことを考える。


 ・・・そういえば、アカネは魔族じゃないから、今までと同じようにしてちゃまずい部分があるよな。食事も必要だし、睡眠も適度に要るし、抜け毛もあるし。


「あ、アカネ、ダメですよ、そこでは。」


 クロの思考を中断させるようにマシロが注意する声が聞こえた。見れば、アカネはリビングの床の上に糞をしていた。


 ・・・あー、排泄の問題もあったな。


 クロがそんなことを考えるうちに、マシロが素早く糞を回収、掃除する。


「排泄は外か、厠でしなさい。場所を教えます。」


 トイレに向かうマシロに、とぼとぼとアカネがついて行く。それを眺めるムラサキが溜息をついて言う。


「ここに馴染むには時間かかりそうだな。」

「こっちから合わせなきゃいけないところもあるだろう。色々と整備していかないとな。」


 そんな感じで今日の朝の打合せは終わった。



 9時過ぎ。案の定、予想以上の搬入量で、工事開始に間に合わなかったクロとマシロが、搬入作業を終えた後、ダッシュで現場である荒れ地の北側に向かう。


「すまん、ホシヤマさん。遅れた。」

「申し訳ありません。」


 到着するなり謝罪する2人にホシヤマは豪快に笑って見せる。


「いやいや、良いってことよ。ムラサキからちゃんと案内してもらったしな。しかし、ほんとに魔族ってのは息切れとかしねえんだな。」


 ダッシュで来た直後に息切れした様子もなく話す2人にホシヤマは驚いたようだ。

 しかしクロとマシロにとってはもう慣れた体だ。


「まあな。便利なもんだよ。」

「そこだけはちょっとだけ羨ましいね。ところで、工事を中断してて悪かったな。」

「いや、こっちも外出してたからちょうどよかった。」

「そう言ってもらえると助かるぜ!じゃあ俺は作業に戻る・・・」


 作業に戻ろうとしたホシヤマが動きを止める。その視線の先には、クロ達の元へ駆け寄って来るアカネがいた。

 クロが足元に来たアカネをしゃがんで迎え、頭や背を撫でてやる。そのうえで、未だ固まっているホシヤマに説明する。


「さっき外出してたって言っただろ?その先で拾ったフレイムフォックスだ。親がいないみたいでな。可愛いだろう?アカネって名前を付けた。」

「それはもしかして・・・」


 ドスッ!


 ホシヤマが言おうとする言葉を、クロは左手でアカネを撫でながら右手で「黒嘴」を持ち、その鞘の先端で地面を突き、遮る。


「可愛いだろう?」


 今度は殺気を込めて睨みながらクロが言う。その殺気についホシヤマもシャベルを構えようとするが、その初動よりも早く、マシロが手をわずかに動かした。それがホシヤマの動きを止める。

 その初動の差だけでホシヤマは理解した。もしホシヤマが攻撃しようとすれば、構えるよりも早くマシロに斬られる、と。

 数秒、ホシヤマはクロと睨みあった後、溜息をついて緊張を解く。


「・・・わかったよ。ただのフレイムフォックスの子供、だな。」

「ああ、可愛いだろう?」


 三度聞かれてホシヤマは苦笑いで答える。


「ああ、可愛いよ、畜生。」

「よし、アカネの紹介は以上だ。仕事を始めよう。」


 そうしてクロが強引に話を仕事に切り替え、工事が始まった。



 午前中は、興味津々で工事現場に近づこうとするアカネを度々捕まえながら、工事の様子を見ていた。大まかな構造はもうできていて、あとは細かい加工だ。ホシヤマと相談しながら進める。


「投入口が上で、魔法を通すための覗き窓が下、って言ってたが、どのくらい高温にするんだ?窓のガラスがもたないかもしれん。」

「あー、そうか。じゃあ、ちょっと距離はあるけど上からの方がいいかな。」

「なら投入口から覗けばいいんじゃねえか?」

「そうか。わざわざ2つも穴を開ける必要はないよな。」

「じゃあ、覗き窓はなしで・・・でもこの位置で大丈夫か?排ガスをこっちの管に集めるのが目的なんだよな?投入口からも出ていくかもしれんぞ。」

「確かに。じゃあ、投入口からはムラサキが常に風を送り込んで、ここからはガスが出ないようにするか。」


 本人がいないところで無茶ぶりをされているムラサキ。そこへマシロが口を挟む。


「なぜ覗き窓が耐えられないのですか?」

「ん?そりゃあ、融けた金属は2000℃近くになるし、そんな温度に普通のガラスは耐えられないだろ?」

「いえ、マスターが金属を融かす際は浮かせて制御しているので、そもそもガラスに触れないのでは?」

「あ。」


 初歩的なところを忘れていてクロは間の抜けた声を出す。


 ・・・前世の炉の知識に囚われ過ぎていた。そうだ。そもそも炉壁を分厚くする必要すらないんだから、耐久性はそこまで高くなくてもいい。それに融けた金属が勝手に流れ出したりしないんだから、抜き出し口も投入口もどこでもいいんだ。


 そして相談の末、投入口、覗き窓、抜き出し口を兼ねた1つの穴を横に付けるだけにした。この穴はガラス製の窓がついた蓋を付け、ガラスはモグラ系獣人が良く使うサングラスと同じ、黒いガラスを使用した。2重構造にして断熱性も上げる。


「ちょっと暗すぎねえか?ガラスが分厚くて窓の機能を果たしてないぞ。」

「いや、中で融けた金属が強烈な光を出すから、これぐらいでいい。」


 今までは見ているのが魔族3人だけだったから、強烈な光を直視して多少目を傷めても治るから問題なかったが、これからはアカネもいる。安全への配慮が必要だ。

 そして、穴が炉の横にあるなら、わざわざ登らなくていいし、風を送るときも熱で発生する上昇気流に逆らわずに送れる。

 そんな感じで順調に工事は進み、昼休みになる。ホシヤマ達は弁当を広げ、クロ達はお茶を飲む。


「では私は午後からアカネと森に行きますので。」

「ああ、気をつけてな。」


 そうして13時頃、昼休みの終わりにマシロは犬形態になってアカネを引き連れ、森へと向かった。



 そして2人が家に戻って来たのは17時頃。暗くなり始めてホシヤマ達も帰った後だった。

 家の外に椅子と机を出し、読書をしながら2人を待っていたクロの元へ、アカネがふらふらと疲れ切った様子で歩いてくる。

 クロは本を机に置いて、足元まで来たアカネを抱き上げ、膝の上に置いて撫でてやる。


「おー、だいぶ疲れたみたいだな。真白は厳しかったか?」

「クウン・・・」


 クロの膝の上でぐったりと力を抜くアカネ。クロはアカネの体についたゴミや汚れを取ってやりながら撫でたりマッサージしたりする。


 ・・・真白のサラサラした毛並みもいいが、この寒い時期は茜のふかふかした毛並みもいいな。


 クロがモフモフとアカネの触り心地を堪能していると、マシロが獣人形態に『変化』しながら戻って来た。


「まったくだらしのない。マスター、あまりアカネを甘やかさないでください。」

「いいじゃないか、マッサージくらい。今日の鍛錬は終わりだろ?」

「そうですが、だからと言って気を抜くようではこの森では生きていけません。」

「そうは言うがなあ・・・」


 強くするために厳しく育てるマシロと、ついつい可愛がってしまうクロが家の前で言い合う様を、ムラサキは玄関から見ていた。


 ・・・今日採取したキノコのソテーを食わせてやろうと、呼びに来たが・・・あれ、完全に子供の教育方針で意見が分かれてる夫婦だよな?


 ムラサキがそう思いつつ、声をかけるタイミングを失っている間も、2人の言い合いは続く。


「今、しっかりと鍛えなければ、いつか困るのはアカネの方ですよ。」

「厳しくすればいいってものでもないだろ。それぞれに適切なペースってのがあるんだよ。」

「マスターが私に教育を任せたのではないですか。」

「今はもう教育の時間じゃなく、休憩時間だ。なら俺が茜を労っても問題ない。」

「マスターはアカネを撫でたいだけでしょう?」

「俺も気持ちいいし、茜も気持ちいいなら、Win-Winの関係だ。理想的だな。」


 そんな感じで2人の教育方針はすれ違ったまま、日は沈んでいき、痺れを切らしたムラサキが割って入る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。


自宅のもちもちクッションをモフモフしながら書いています。できれば本物の狐をモフモフしてみたいんですけどね。飼えないですよねえ。狐は犬と違って人に懐きにくいそうですし。

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