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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第2章 赤い狐
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M06 祝杯

「「「かんぱ~い!」」」


 9月20日、ネオ・ローマン魔法王国からの援軍でイーストランド王国が帝国軍を押し返し始めてから約半月。快進撃で戦線を一気に押し戻したイーストランド王国は、戦前の領土の約8割を取り戻していた。さらに帝国の植民地と化していた付近の小国も解放に成功。まさに祝杯を挙げるべき華々しい戦果だ。

 しかしここで祝杯を挙げているのはたった3人。場所も王都の裏通りの小さなバーで、彼ら以外に客もいない。

 だが、この3人こそがこの度の快進撃の立役者なのだ。

 乾杯と同時に一番にエールを飲み干したシンが、ジョッキをドンと机に置く。向かいに座るマサキは一口つけただけでジョッキを置いた。


「なんだなんだ、勇者殿。乾杯とはこういうものだぞ?」


 シンが空のジョッキをマサキに見せつける。言われたマサキは苦笑いだ。


「僕はそんなに酒強くないので・・・シンさんはよく飲むんで?」

「さんは付けなくてもいいと言っているだろうに、マサキ!まあ、儂は割と飲む方だが、戦の間は我慢していたからな。半月ぶりのエールは沁みるわい!」


 そう言ってシンは豪快に笑うと、追加のエールを頼む。そのシンの飲みっぷりに、バーじゃなく居酒屋に行くべきだったかとも思ったが、有名人のマサキが居酒屋になど行ったら、あっという間に人に囲まれてまるでくつろげないだろう。選択肢などなかった。


「ぷはー!うまいっ!」


 だいぶ遅れて、ようやくエールを飲み干したヴェスタが喜色満面の笑顔でジョッキを置く。シンと同じく見事に空だ。


「うわ、ヴェスタも強いんだねえ。」


 シンが酒に強いのは見た目通りで違和感もなかったが、男勝りとはいえ、年下のヴェスタが自分より強いのはマサキには意外だった。


「大将が弱すぎんだよ!はっはっは!」


 1杯目から顔を赤くしたヴェスタが、隣のマサキの背を笑いながらバンバン叩く。


「あ、マサキ。ヴェスタは笑い上戸ですぐ酔うから気をつけろ。」

「遅いよ・・・」


 マサキはヴェスタの見かけによらぬ怪力で叩かれても微動だにせず、2口目を飲んでいる。こんなときでも『光の盾』がマサキを守っているのだ。



 3人がここで悠長に酒を飲んでいられるのは、一時的な休息を与えられたからでもサボっているのでもない。

 理由は窓の外、通りの路面を覆う白い雪だ。季節はまだ秋だが、今年は例年よりだいぶ早く降雪が始まったのだ。

 雪が積もれば帝国は攻めて来ない。帝国の本拠地がある北大陸の方が、戦地よりずっと雪が深いのだ。冬も無理に戦争を続ければ、物資の輸送も困難になる。

 帝国の輸送ルートは、メインが鉄道、補助的に馬車や自動車、そして最近実用化され始めた飛行船だ。しかしどれも冬には満足に機能しない。

 鉄道は雪を押しのけて走れなくもないが、線路が雪で隠れると走りづらいうえにトラップにも気づきにくい。積雪が深ければ、敵国にこっそり線路を破壊されていても気づけないのだ。前線まで運ぶにはリスクが高すぎる。

 自動車は未舗装で除雪もされていない道など論外。重量級の車で強引に通ろうとしても、やはり足元が見えないのがネックになる。

 馬車は引く動物を選定すればそりで運べなくもなさそうだが、運べる量が少なく、効率が悪い。帝国軍は基本的に敵国を物量で押し潰す戦法で戦っている故に、大量輸送が必須なのだ。

 最後に飛行船は、冬が近づいた時点で即運航停止状態だ。理由は単純、吹雪の中を飛ぶ技術がまだないからである。

 さらにはこうした輸送の問題以外にも、冬は氷魔法使いの独壇場ということもあり、冬は帝国は攻めに出られないのだ。


 ではこちらから帝国を攻める好機かといえば、それも厳しい。

 雪中行軍がハイリスクなのは王国側も同じ。魔法がある分、融通は効くが、他の季節に進軍するより圧倒的に多量の物資を消耗するのは目に見えている。長年の劣勢で物資不足の王国にできることではない。

 さらに一般兵同士の戦いが不利になる。帝国対王国の戦場での一般兵の戦いは、基本、高性能の銃vs低性能の銃&魔法だ。立ち止まって撃ち合うと、発動が遅い魔法は使い物にならず、銃の撃ち合いでは連射が効く帝国兵のほうが有利になる。そこを攻撃以外の魔法で支援したり攪乱したりして差を埋めるのだが、雪に足を取られる冬では、それが難しくなる。

 先述の氷魔法使いはむしろ有利になるが、数が少ない。なので、実際に冬に戦争が起きれば帝国が有利になるのだが、どうも帝国は氷魔法使いにトラウマでもあるのか、必要以上に恐れている。


 そしてイーストランドが冬に攻めない最大の理由がこの3人だ。


「やっぱりシンは冬は戦いたくない?」

「うむ。儂のゴーレムは周囲の土を使うからな。凍った土に囲まれることになってしまう。凍傷の恐れがあるな。」


 シンは心底悔しそうに言う。ゴーレムを遠隔操作にすれば問題ないが、本体が無防備だと狙撃される恐れがある。


「じゃあ、アタイがドカーンと地面を温めてからやってみるか?」

「気が進まんのう・・・」


 ヴェスタの提案は理に適っているようだが、シンは不安そうだ。


「それだと結構広い地面を温めなきゃいけないし、ゴーレムを作った後もシンは寒い空気に晒されるわけだから、また凍っちゃうんじゃない?」

「あー、そうなるか。」

「なるほど。」


 マサキの予想に2人が納得したところで、次の話題に移る。


「ヴェスタも冬は無理?」

「晴れてりゃ問題ないけどな。吹雪だと無理だなあ。」


 この辺りの気候は冬は北に行くほど吹雪が多くなる。彼女以外の風魔法使いも冬は飛行を控える。


「天候操作の魔法ってあったよね?俺は適性なかったけど。」


 マサキが解決策を提案するが、2人の表情は渋いままだ。


「そら、あるけどさあ。」

「うむ。現実的ではない。」

「なんで?」


 マサキが尋ねると、2人が丁寧に説明してくれた。

 まず天候操作の魔法は基本的に風属性と水属性の高い適性が必要になり、これだけでも使い手が絞られる。


「さらに天候操作の中でも、雪の操作はなぜか土属性の適性も要求されるのだ。」

「つまり、吹雪の制御には、風、水、土の高い適性が必要になるってこと?」

「そうなる。そして儂はその適合者は見た事がない。」

「そんなに珍しいのか?」


 魔法王国の軍に身を置いて20年以上経つシンが見た事がない、ということはもはやいないも同然だ。少なくとも、戦場に出られるものの中では。


「適性には相性があんだよ。」


 ヴェスタが3杯目のエールをぐびぐび飲んでから続きを言う。


「土は風と相性悪いんだ。あと雷とも。だから、相性が悪い適性を両方高く持つ奴はレアなのさ。」

「へえ。じゃあ水は?やっぱり炎と相性悪いのかな?」

「いや?水は割と何とでも合うな。あ、炎も相性悪いのはあんまりなかったと思う。」


 そこにシンが口を挟む。


「いや、炎は木属性と相性が悪いだろう。」

「そうだっけ?まあ、相性の話は論理的に証明されてるわけじゃないし。」

「ともかく、吹雪を操るには、風と土の適性を同時に持つ者が少ないのがネックなのか。」

「そういうこと。積もった雪は水と土の適性があれば操作できるらしいけどね。」


 結局のところ、冬にはこの2人も戦えないということだ。マサキは戦えるが、1人で攻め上がっても意味がない。

 吹雪対策は棚上げということで決着した。そこで、マサキは気になっていた属性についても尋ねる。


「なあ、光属性は他との相性ってどうなのかな?」

「む?光属性は・・・まず闇属性と相性が悪いのは言うまでもないな。逆に木属性とは相性が良い。」

「大将もそうだよな。光と木だっけ?」

「あ、うん。」


 ・・・本当は闇適性も高いんだけど。アリスさんがあまり口外するなって言ってたしなあ。


 マサキの適性は、光、闇、木の3つだった。つまりマサキもレアなのだが、それを口には出さない。闇属性適性が高い者には犯罪者が多いため、風当たりが悪くなる可能性が高いからだ。

 そこでもう我慢できないとでもいう様にヴェスタがマサキに近寄り、肩に手をまわして寄り掛かる。攻撃ではないので、『光の盾』は作動しない。


「ったく、せっかく飲んでるのに真面目な話はやめようぜ!楽しくいこう!大将!」

「うわ、ちょっと、ヴェスタ!?」


 そもそも3人だけでここで呑んでいるのは、王城で行われた祝勝会が堅っ苦しかったので、その翌日に飲み直しに来ているのだ。ヴェスタの言うことは正論である。


「ちなみに光は雷とも相性いいんだぜ?どうだい、大将?アタイなんか。」

「いや、その・・・」


 対応に困るマサキにしつこく絡むヴェスタを見て、シンは呆れる他ない。シンはヴェスタが今まで魔法の研究に没頭していた上にこの性格のため、25歳になっても独身であることを気にし始めているのを知っている。この世界の常識では焦るのがかなり遅いのだが、遅ればせながらも気づいただけマシだとシンは思っている。


 ・・・まあ、歳もそう離れておらんようだし、いいのではないか?属性の相性は関係ないとは思うが。


 そんなことを思いながらシンは2人のやり取りを見守っていた。



 結局マサキはあれやこれやと言い訳を繰り返してヴェスタの誘惑を退け、その日は解散となった。


「冬の間は非番だからな!その間に落として見せるぜ!はっはっは!」

「それ、本人の前で言う!?」

「ヴェスタは儂が送り届けるから、マサキも風邪などひかぬようにさっさと帰るといい。」

「ああ、シン、ありがとう。じゃあ、また。」

「うむ。」


 去り際のヴェスタの宣言にうんざりしながらも、マサキはちょっと幸せな気分で2次会に行く2人を見送った。


 ・・・このまま彼らと協力して勝ち続ければ、いつかは平和になるのかな?


 そんな希望をマサキは見出していた。

 しかしそれは、現実がまだ見えていないとも言える考えだった。現実はそう甘くないものである。


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