008 初陣②
隊列を組んで走る部隊にクロは少し離れてついていく。なるほど獣人の身体能力は確かに高い。林の中を高速で走り抜ける。時速30kmは出ているだろうか?武装してこの速度を軽々と維持している。いざ戦闘になれば、倍の速度が出せるのだろう。その速度を生かして有利な位置に移動し、一方的に攻撃する。銃も剣も使えてそれなら、確かに脅威だ。
クロは銃を持っていないので、愛剣の「黒嘴」を担いで走っている。すでに抜刀済み。いつでも殺れる態勢だ。
しばらく進むと、遠くに轟音が聞こえてきた。
「派手な音がしているな。爆裂魔法の使い手がいるのか?」
「しかし、隊長。帝国は魔法廃止を訴えている国です。魔法は使わないのでは?」
「なら、友軍か。それならば心強い。巻き込まれないように気をつけろ!」
「はっ!」
帝国軍は魔法を使わない?魔法なしでよくここまで進軍してきたな。とクロは思ったが、すぐに異常に思い至る。
・・・こんな高い能力を持つ獣人相手に魔法なしで?そもそも連邦の領土まで進軍してきたのは、王国を打ち破って侵攻してきたからだよな。獣人だらけの王国を?どうやって?圧倒的な物量?獣人の10倍の兵力が必要なら数十倍の兵を用意する?いやいや、いくら大国でもそんな消耗戦でここまで勝ち続けないだろう。そうすると考えられるのは、いや、まさか、まさか。もし、そうなら、この爆音は・・・やばいんじゃないか?
隊長に思い至った懸念を話そうと思い立ったのは、林を抜けたのと同時だった。後にクロは後悔する。思考加速でもなんでも使って、もっと早く警告を発せられなかったのかと。
「な、なんだ、これは・・・」
部隊全員が呆然と見た先にあったのは、一面に広がる死体。それも、獣人のものばかり。その死屍累々の光景の先に、すでに(獣人の視力で)顔が見えるほど近くまで進軍してきている帝国軍。
その威容を見て、クロは己の懸念が的中していたことを理解する。まばらに配置された兵、その向こうにある斜めに空を向いて立つ巨大な金属製の筒。間違いなく大砲だ。20はある。そして帝国兵が抱えているのは、明らかに連射機能がある銃。
帝国が獣人相手に勝ち続けるわけだ。もう時代が違うレベルの武力差だ。しかもこの位置まですでに進軍しているところを見るに、こちらの戦略は完全に読まれていたのだろう。目標地点に向かおうと走って進軍していた獣人部隊を大砲で待ち構えていたのだ。大砲で一掃し、残りを歩兵部隊がマシンガンで蹂躙。いくら自動車並みの高速で動けても、連射が効く銃で弾幕を張られれば無意味だ。
勝てない。そんな結論にクロが達したとき、敵兵がこちらに気付いた。
「新手だ!撃て!」
「伏せろ!」
クロは叫ぶが、何が起きているかすら理解できていない部隊は反応が遅れる。無慈悲に撃ち込まれる無数の銃弾が、隊員達を襲う。慌てて伏せたのがクロ、隊長を含む半数。残り半数は訓練通りに回避のため走り出す。しかし、やはり逃げきれず、倒れる。辛うじて息のある隊員が死に際にこちらを見て、かすれた声を張り上げる。
「た、隊長!逃げ、て・・・」
ギルバート隊長は死にゆく部下を見て、一瞬迷う。クロは即座に動く。
「隊長!林だ!逃げ込め!」
「ああ、くそっ!くそっ!何なんだこれは!」
クロの声で我に返り、隊長は悪態をつきながら走り出す。伏せていた他の隊員も後に続くが、最後尾の1人が足に被弾し、倒れる。
「あ!」
「止まるな!」
思わず振り返る隊長を、クロが強引に引っ張って林に飛び込む。木を盾にして逃れ、緊張で止めていた息を吐きだす。
反撃の方法を模索するクロに、隣の木に隠れた隊長が混乱したままクロに叫ぶ。
「クロ殿!あれはなんだ!?」
「見ての通り、連射が効く銃と、大砲・・・遠距離から爆裂魔法を撃ち込めるような武器だ。」
「武器!?魔法ではないのか?あれが、科学?」
「そうだな。もう何世代が発展するとああなる。」
隊長は理解が追い付かない様子だ。きっと科学は魔法を超えることはないと思っていたのだろう。
銃声が止む。
・・・なにか仕掛けてくるか?
「隊長、俺が囮になるから、撤退してこのことを司令部に伝えてくれ。このままじゃ勝ち目がない。」
「しかし、それでは・・・」
「急げ!連中が何か仕掛けてくる前に・・・!」
クロが言い終わる前に、音が聞こえてきた。重い何かが空から高速で飛んでくる音。まずい、と思ったときはもう遅い。
「伏せ・・・」
ドオオオオオオン!!
爆音とともにクロは吹っ飛び、木に叩き付けられる。
意識はある。背中を中心に骨折多数。体の前面いたるところに何かの破片が刺さっている。横になったまま回復に努める。
土煙が晴れ始めると、着弾地点が見えてきた。3人分の頭。生き残りはゼロ。
・・・なんて正確な狙いだ。ほぼ直撃じゃないか。はは、これじゃ伏せても意味なかったかな。
妙に暢気な感想が浮かぶと、次に怒りがこみ上げてくる。友人とまではいかずとも、恩人だ。先にこっちが恩を売ったとはいえ、この世界のことを教えてくれたし、2日間飯も分けてくれた。約束もあった。ただ、飯を奢るだけの軽い約束だったが、約束は約束。果たせなくなった。
・・・ヤツラノセイデ。・・・「また」、俺から、こともあろうに目の前で!俺から奪ったな!!
ーーーーーーーーーーーー
帝国軍の対カイ連邦戦の右翼、その最前線で戦う歩兵部隊の隊長は、正直退屈していた。
あまりにも圧倒的すぎるのだ。連邦はあまりにも弱すぎる。戦闘能力ではない。情報戦が、だ。どうやら連邦の連中は、帝国の戦力について何も調査していなかったらしい。こちらは連邦軍の進軍ルートすら把握していたというのに。
その証拠に、出会う敵はどいつもこいつもこちらの歩兵銃に一切対応できていない。大砲をぶっ放しても棒立ち。あげく炎魔法と勘違いしたのか、耐熱防壁魔法を張る奴すらいた。獣人は魔力に敏感らしいが、その鋭敏な感覚に慢心していたのだろう。魔力を一切使用していない科学の兵器にはあまりにも無防備だった。
一方的な蹂躙戦。クリアしたと思った場所に林から新手が湧いたときは少しビビったが、結局は同類。弾幕を張ればあっという間に半壊だ。林に逃げ込む工夫は見せたが、無駄なあがき。せっかくなので、暇している砲兵部隊の的にしてやった。見た限り直撃。辛うじて生きていたとしても、間違いなく深手。まともに抵抗もできまい。確認に行った部下がとどめをさして終わりだ。
あくびが出そうになるが、部下の手前、嚙み殺す。もうこちら側の獣人部隊はいまい。次はこのまま進軍して敵司令部を直撃だ。正面の主軍は、敵が土魔法で即席の塹壕を作って激しく抵抗していて、手間取っているらしい。その間に敵司令部を刈り取れば、あとは包囲撃滅だ。左翼もどうせこちらと同様だろう。
・・・なら、急いだほうがいいか?敵司令部一番乗りを果たせば、巨大な戦功だ。昇進もありうる。こんなところで悠長にしている場合ではないな。
すでに次に思考を移していた隊長はようやく異変に気付く。いつまで経っても確認に行った部下が戻らないのだ。
「遅い。何をしているんだ?」
様子を見ようと隊長が近づこうとしたとき、林の奥から眩い光が生じた。その光は徐々にこちらへ近づいてくる。警戒して隊長が銃を構えるが、出てきたのは宙に浮かぶ小さなオレンジ色の玉だった。その玉が目の眩むような光を発していた。
その球体は一瞬止まると、8つの玉に分かれた。
そこでようやく隊長がその正体に思い至る。
「魔法だ!攻撃魔法!総員、警戒せ・・・」
警告を発している最中、それは動いた。8つの玉は音もなく高速で飛び、近くの帝国兵に衝突した。回避できなかった者も回避した者も皆、頭にそれが命中。回避しても軌道を変えて襲ってきたのだ。
「ぎゃあああああああ!」
くらった兵は一様に絶叫し、のたうち回る。周囲の兵はただ見ているばかり。被害者が何をされているかもわからないのだ。どうしようもない。数秒後、光の玉を受けた者達は皆、黒焦げの頭部を晒して動かなくなり、口から先程と同じ光の玉を吐き出す。
慌てて周囲の兵が距離を取ると、今度は光の玉は被害者が持っていた銃にくっついた。くっついた玉は徐々に光を失い、動きを止めた。
隊長は安堵の息を吐くが、隣の部下が声を上げる。
「た、隊長、こいつはまだ動いています!」
慌てて振り向くと、その玉だけは2つに分かれ、銃口と引き金にくっついた。嫌な予感がした。遮蔽物を探すが、ない。岩すらなく、林までは遠い。だが、そこしかない。
「総員、こいつから離れろ!」
自らも林に向かって走りながら、部下に退避を促す。それと同時に、「それ」は動いた。
銃が浮かび上がり、最も近くにいた兵に銃口を向けると、引き金が動く。
ドドドドドド!
「がはっ!」
至近距離で胸と腹を撃たれた兵が倒れる。同時に銃口がこちらを向く。銃だけが浮いてこちらを狙う光景。悪夢でしかない。
「うおおおおおお!」
兵の一部が銃に向かって反撃するが、当然無意味。そこにはいない。敵はどこからか銃を遠隔で操っているのだ。
銃だけと銃を持った兵士が撃ち合えば、結果は決まっている。抵抗した兵士は皆、斃れた。やがて銃は弾切れになるが、数秒後にまた別の銃が浮かび上がり、こちらに発砲してくる。狙いは甘いが、十分脅威だ。必死の思いで隊長は林に駆け込む。
木を盾にして安全を確保し、ようやく頭が冷えてきた。
・・・アレは魔法だ。あの光る、自在に形を変える物体を操り、銃を操作しているのだ。術者を倒さなければ。術者はどこにいる?光の玉はどこから来た?・・・林?
そこへ隣の部隊の隊長が姿勢を低くして近づいてきた。
「おい!あれはニャッ!?」
隣の部隊の隊長が喋り始めた瞬間。その頭に剣が突き刺さった。それに驚いていると、どこから現れたのか、黒ずくめの服装の男が隣にいた部下の首を片手で握りつぶしていた。それをようやく敵襲に気付いた他の部下に投げつけ、突き刺さった剣を無造作に引き抜く。
咄嗟に隊長は銃を構えるが、同時に男は隊長の懐に飛び込んできた。仮にも最前線で隊長を任される男、接近戦にも自信はあった。即座に蹴りで返り討ちにしようとするが、敵の拳が先に隊長の腹にめり込む。
「げほっ。」
そのまま木に叩き付けられ、それでもどうにか倒れまいとするが、膝をついた。見上げると黒い男は剣を振りかぶっていた。銃を盾に防御しようとするが、あっけなく銃は折れ、隊長は首が胴から離れる。
部下の悲鳴を聞きながら、隊長は最期に思った。
・・・どうしてこうなった?
ーーーーーーーーーーーー
林に入ってきた敵兵を暗殺し、持っていた武器をまとめて『ヒート』で融解。可能な限り高温にしてからそれを操作し、敵部隊を攻撃。林に誘い込んで殲滅。大砲に位置を悟られないよう、即座に移動する。
一旦林の奥に移動し、飛ばした溶融金属を付着させて移動魔法で回収した武器を集める。再度『ヒート』で加熱。今度は頭と同じサイズの球体にできた。
・・・しかしやはり多数の同時操作はきつい。単純な挙動でも8つが限界だった。この世界に来てから最高に感情が高ぶって魔法制御力が向上しているから行けるかと思ったが、やはり俺は不器用らしい。予定通り、事前に作成していた術式を使おう。溶融金属用魔法の『滝』『渦盾』あたりをうまく使えばなんとかなるだろう。
さて、まずは大砲を潰さなければ。頭はいつも通り冷えてる。多分。だが、ハラワタは煮えくり返っている。これが治まるまでは暴れるとしよう。