070 キュウビ捕獲作戦⑦
「キュウビ!」
クロは広場に向かって叫ぶ。着弾直前に見えた魔法攻撃の正体は、無数の岩や土を固めた物だった。巣穴にいたクロ達に被害はなかったが、土煙と飛来した湿った土の水分がマグマで蒸発することで生じた大量の水蒸気が立ち込める広場の中央にいるはずのキュウビの安否はわからない。
クロにはキュウビが退避できなかったのがわかっている。飛んできた攻撃の狙いも意図もわからず、キュウビの拘束を外さなかったのだ。
慌ててクロは拘束している魔法を解くが、その後で解除するのではなく、そのまま巣穴に引っ張ればよかったのではないかと後悔する。しかしもう地面のフィールドすら解いてしまっていた。
かくなる上は危険を承知で土煙の中に探しに行くべきか、迷ったその時、クロよりも先に広場に飛び出した者がいた。子狐たちだ。クロとムラサキが謎の攻撃に気を取られている隙にその腕と『エアテイル』からすり抜けて、母のもとへの駆ける。
「バカ!マグマもあるんだぞ!」
ムラサキが声を上げるが、子狐たちは聞く耳持たない。濃い水蒸気の中に飛び込み、鼻を頼りに母を探す。水蒸気には魔法攻撃の残滓が残っており、魔力感知もうまく働かない。
クロが子狐たちを止めようと、巣穴を出ようとするが、マシロに腕を掴まれる。
「第2陣が来ます。出てはいけません。」
「しかし、キュウビ達が・・・」
「キュウビは我々にも、来るな、と言っていたのです。」
振り返れば、マシロも歯を食いしばって悔しそうにしている。それを見てクロも少し冷静になる。
・・・落ち着け。そうだ。今ここで出て行って、助けられるのか?
クロは思考加速で考える。体はボロボロでも魔力はまだある。
マシロが感知している以上、あと数秒でさっきのような攻撃が来る。いや、あれが土魔法による砲撃だと考えれば、セオリー通りなら2射目は効力射、確実に仕留める数と威力で来るはずだ。さっき以上だろう。
マシロはもうまともに走れない。クロもそうだ。ムラサキは体は万全だが、魔法を多用したことで疲弊している。全員で広場に出ても、次の着弾までにキュウビ達を回収して巣穴に戻るのはどう考えても不可能だ。最悪、1匹も助けられずに、巻き添えで全滅もあり得る。
・・・ならこれでどうだ!
クロは「黒嘴」を一旦置いて地面に右手をつけ、再度地面にフィールドを張り始める。
「回収が無理ならせめて盾を・・・」
そこでようやく水蒸気が薄まり、キュウビの姿が目に入る。広場の中央から動かず、座ったまま攻撃がくる方法を見上げている。
「クロ!拘束はもう外したんだろ!?何でアイツ逃げねえんだよ!」
ムラサキも見えたのだろう。逃げないキュウビに怒ったような声を出す。
「ああ、外した。だが、あれでは・・・」
キュウビはすでに動けないほどの傷を負っていた。飛来した岩は大きいもので1m程もあり、そんなものが隕石のごとく高速で降り注いだのだ。いかに神獣といえど、生きているのが奇跡なほどだ。
足は皮肉にもクロが拘束していた左前足だけが無事で、他はもう折れて動かない。頭にも当たったようで、深い傷がある。生きていられたのは、胴体がクロの鉄板で覆われていたからかもしれない。だが、衝撃は吸収しきれず、内臓にも深刻なダメージが入っていた。
キュウビは唯一動かせる左前足で体を引きずり、攻撃が来る方向を向いた。その傍らには子狐たち。不安そうにしながらも、決して母からは離れない、というようにぴったりと寄り添っている。
そこへ、第2陣の攻撃が飛来するのが、肉眼でも見え始めた。
クロは必死にキュウビ達の前に岩の盾を作る。だが遠隔では構築速度が遅い。
マシロが居てもたってもいられず、巣穴を出ようとするが、キュウビが振り向かずにまた一つ吠え、それを止める。
「グオオッ!」
「何故です!?なぜ、止めるんですか!」
マシロも初めはキュウビに敵意しか抱いていなかった。クロを傷つけた憎い敵だと思っていた。だが戦ううちにキュウビは守るために戦っているのだと気づいた。ハヤトを守るために戦っていた自分と重なったこともあり、マシロもキュウビに敬意を抱くようになっていた。
マシロならキュウビは助けられなくても、子狐は助けられるかもしれない。魔法攻撃が降り注ごうと、全部躱して見せるのに。
それはキュウビもわかっている。でも、止める。巣穴から出てはいけない、と。
無視して飛び出そうかと踏み出したマシロを、今度はクロが引き留める。
「待て、真白。」
「・・・マスター!」
「巣穴から出てはいけないってのは、危険だからじゃない。」
そのクロの言葉でようやくマシロが止まる。同時に第2陣が着弾し始めた。クロが作った盾は大した高さにならず、キュウビの足元の子狐を守るのが精いっぱいだ。
しかしキュウビが熱線で次々と飛来する岩弾を吹き飛ばし、上を守る。ぎりぎりだが、どうにか凌げていた。
その轟音の中で、クロがマシロに説明する。クロもついさっき気が付いたことだ。
「この魔法攻撃、いやもはや砲撃だな。かなり遠方から飛んで来てる。ということは、この土魔法使いは、どうにかしてこちらの位置を把握しているってことだ。たぶん魔力感知じゃねえ。」
ここは魔木の林に囲まれているため、視覚式魔力感知は通らず、聴覚式か嗅覚式しか考えられない。しかしこの砲撃は明らかに数km以上離れたところから飛んで来ている。そんな遠方まで把握できる聴覚式や嗅覚式の感知能力はありえないとは言わないが、流石に考えにくい。
「おそらく、高いところから双眼鏡で見てる観測手がいるってのが妥当なところだろう。つまり、この広場は見られている。」
「では、私たちが出ていけば・・・」
「ああ。俺達がここでキュウビを助けようとしたことが敵に伝わる。そして多分この敵は、討伐隊だ。」
討伐隊にクロ達がキュウビに加担した、と知られれば、大問題だ。
フレアネス王国はキュウビを国を脅かす存在として見ている。それに協力するということは、クロ達も王国を脅かす存在と判断される可能性が高い。
まだクロ達は王国の支援なしで生きて行けるほどの力はない。無論、敵対して勝つ力もない。ここでクロ達が見つかるわけにはいかなかった。
「では、このまま見ているしかないのですか?」
「・・・ああ。精々、こうして不自然でない程度に岩の盾を作るくらいだな。」
「・・・・・・」
何か策はないのか。3人は考えるが、妙案は浮かばない。その間も砲撃はやむことなく降り注いだ。
ーーーーーーーーーーーー
「撃て撃て撃て撃てー!」
「「「うおおおおおお!」」」
ホシヤマの掛け声に合わせて、その配下たちが次々に『ソイルショット』を飛ばしていく。しかしそのサイズは常識外れだ。
彼らが地面にシャベルを突き立てれば、0.5~1mほどの大きな土塊が出てきて、瞬時に魔法で固められ、とんでもない速度で空へと飛んでいく。そして何発飛ばしても寸分違わず、狙った方向に飛んでいくのだ。
<地竜>の規格外の実力に、そこそこ名のある傭兵たちも唖然とする他ない。
ホシヤマの作戦は実に単純。上空の風魔法使いがキュウビを見つけ次第、敵の感知範囲外から土魔法で狙撃する。それだけだ。
他の傭兵たちは、それはせいぜい牽制や様子見で撃つのだろうと思っていたが、これではこれだけで討伐してしまいそうだ。
数分してようやくホシヤマが動きを止める。
「よーし、撃ち方やめ!効果はどうだ!?」
<地竜>たちが休憩しつつ、次に掘る地面へと移動しながら、ホシヤマが上空の風魔法使いに叫ぶ。
「2回目はいまいちですね~。不意打ちの1回目で足を止められたのは幸運でしたが、今度は熱線でほとんど迎撃されちゃってます!」
「しかしあの足元の岩、妙に頑丈だな。溶岩ってあんなに硬いもんなのか?」
風魔法使いからの「効果なし」の言葉に、傭兵たちが落胆の声を上げる。この攻撃をしのぐほどの敵に、自分たちは勝てるのだろうか?いやそれ以前に生きて帰れるのか?そんな雰囲気だ。
だがそれをホシヤマが一喝して吹き飛ばす。
「辛気臭せえ面してんじゃねえ!今のでダメなら、さらにペースを上げるまでよ!」
「おうよ!親分!俺達の本気!神獣に見せてやるぜ!」
<地竜>達がそうして士気を上げたその時だ。彼らの遥か頭上を光が通り過ぎた。
「「え?」」
見上げた彼らのもとに落ちてきたのは、何かの破片だ。その中に見覚えがある靴が4足。履いた足がついたまま落ちてきた。
「うわああああ!」
「ばかな!」
「この距離で、届くのかよ!」
恐慌状態に陥る傭兵たち。観測していた2人の風魔法使いが、キュウビの熱線で消し飛ばされたのを理解したのだ。同時に、安全地帯だと思っていたこの林の外が、射程内だということも。
流石の状況に<地竜>達も動揺を隠せない。だが唯一人、ホシヤマだけが落ち着いていた。
「狼狽えるな!攻撃再開!」
「「はっ!」」
動揺し始めていた<地竜>の隊員たちも、ホシヤマの一喝で立ち直る。そしてまた巨大な『ソイルショット』を連射し始めた。
傭兵の一人が慌ててホシヤマに声をかける。
「おい!ホシヤマさん!大丈夫なのか?こんなところで止まってたら熱線の餌食に・・・」
「バカ野郎!おめえこそ熱線なんてどうやって躱す気だ!逆なんだよ!こうして攻撃し続ける限り、奴は熱線を迎撃に使わなきゃいけねえ!これしかねえんだよ!」
ホシヤマの言うとおりだった。熱線は光速に近い速度で来る。そんなものを躱せるのはここにはいない。ならば回避するのではなく、こちらに向かって撃たせないことが重要だ。
「どうだ!?迎撃してるか!?」
『ソイルショット』を撃ちまくりながら訪ねるホシヤマに、慌てて傭兵が答える。
「あ、ああ!空に向かって熱線が連射されてる!」
「よし!今のうちに近づいてお前らが仕留めろ!俺達はここで撃ち続ける!」
「お、おお!」
怖気づきかけていた傭兵たちも気を取り直して防溶岩林に入っていく。もっとも恐い熱線を<地竜>たちが封じてくれるのならば、自分たちでも仕留められる。そう考えたのだ。
そして討伐隊は<地竜>が撃ちまくる『ソイルショット』の轟音の中、林を進み、キュウビを目指す。そのキュウビの傍に何がいるか、知らないまま。




