069 キュウビ捕獲作戦⑥
時間はキュウビが下顎に強烈な衝撃を受ける10分ほど前に遡る。クロがムラサキを盾の陰に置いて離れた直後だ。
クロはムラサキのために置いた盾と別にもう一つ盾を作り、気休めの目隠しとして作業を始める。足元の噴火跡から流れ出るマグマから鉄を回収。そして融けた状態の内に形を作る。できたのは鉄の棺だ。もちろん、死体を入れるのではなく、クロが入る。十分魔力を込めた鉄でできた棺は、ふたを閉めて熔接すれば、中の様子は魔力感知でもわからない。これでキュウビに探知されないはずだ。
棺に入っていくクロの様子は運よくキュウビには悟られなかったようだ。実はクロが何かしようとしたのを察したマシロがキュウビの注意を引くべく無茶な攻勢に出ていたのだが、クロはこれを知らない。
棺に密封されて準備完了したクロだが、これではクロも外の様子がわからない。なので入る前の記憶を頼りに棺を『移動』させる。
移動先はすぐそばの噴火跡だ。そこに躊躇なくクロは入っていく。鉄の棺に守られて、溶岩こそ入って来ないものの、1000℃という高温が、棺に触れるクロの肌を焼く。最初の熱線を受けたときから上半身裸なので、上半身は鉄板焼きの状態だ。自分の肉が焼ける臭いが充満する。辛うじて下半身はマシロに作ってもらった強化炭素繊維ズボンと靴で守られているが、これはきつい。火傷による損傷と自己治癒で平衡状態になりながら、クロは先の見えないマグマの中を進む。残り少ないストックを消費しながら。
しばらく進むと、棺の下側に岩に当たる感触がなくなる。
・・・マグマ溜まりまで来たか?
鉄板越しに外の岩を感じ取る。知覚はしづらいが、『操作』すると、指示した動きに合わせて棺を叩く音がする。その音の位置から、間違いなく自分が前進していることを確認する。
同じ方法でマグマ溜まりの上端から離れないように前進しているのを確認しつつ、クロはマグマを進む。方向はこれまたあてずっぽうだ。
数十秒進むと棺の角度が変わる。上に向かう穴に入ったようだ。しかし少し進むと狭くてつかえてしまった。
・・・ここじゃないな。キュウビの足元の火口はもっと大きかった。
引き返して、別の穴を探す。これを繰り返すこと数分。ようやく大きな穴に入る。それでも焦らず慎重に進むクロ。感覚でそろそろ出口であろうところで止まる。最後の確認だ。
もしここが大きいだけで、狙った穴でなければ、最悪キュウビの目の前に無防備に飛び出すことになる。そうなれば熱線で即死だ。そこで、クロは棺の前方のごく一部の強化を解く。これで魔力が通るようになり、魔力視で覗ける。当然、覗けるのは一瞬だ。強化を解いた鉄板はすぐにマグマに融かされ、穴が開いてしまうだろうから。
だからクロは覗いたらすぐに再強化して穴を塞ぐつもりだった。ところが覗いた瞬間見えたのは、熱線を準備するキュウビの魔力だった。今まで、素早いマシロへの牽制として、発動速度を速めて威力を減衰させたものを撃っていたが、これは違う。明らかに威力を重視した溜めだ。
・・・ヤバイ!
クロはマシロの危機を直感し、棺に穴が開いてマグマが流れ込むのも無視して一気に棺を浮上させる。
そしてマグマから飛び出した棺は、マグマを纏ったまま、キュウビの下顎に強烈なアッパーを喰らわせた。
「「あのバカ!!」」
キュウビの顎を殴り上げた鉄の塊が裂けて、クロが飛び出して来た時、ムラサキとマシロは同時にそう叫んだ。
炎弾の雨がやんで、岩の盾から出て来たムラサキが『エアテイル』で浮きつつ盾の一部を傘にして降り注ぐ石を防ぎながら、キュウビに接近する。
・・・あのバカ、マグマに潜ってった時はアホかと思ったが、マジでキュウビの足元まで辿り着きやがった!
マシロはふらつく足に力を籠め、ぼろぼろのクロを見据える。クロは飛び出す際に浴びたマグマで頭皮の一部が焼け落ちて頭蓋のチタン装甲がむき出しになり、体中に大火傷を負っている。特にひどい左腕など、もうチタン装甲の骨しかない。
・・・何かしているとは思いましたが、まさかマグマを潜って来るとは!また無茶をして!あのバカマスター!
回避もままならなかったマシロの体に不思議と力が籠る。マシロの目の前で、クロがキュウビ相手に奮闘している。
鉄の棺の残骸を操作してキュウビの胴体を挟み、動きを封じる。そして比較的無事な右腕と骨むき出しの左腕で、ヘッドロックのようにキュウビの口を塞ぐ。
だがキュウビは全身から発熱し、さらに全力で暴れることでそれを振りほどく。
振りほどかれ、吹き飛ばされたクロにキュウビが向き直り、熱線を構える。だが同時にマシロがその背に飛び乗った。そして右腕の「影縫」をほどいて作ったロープをキュウビの首に巻き付ける。
マシロが全力でロープを引いて首を締めあげると、熱線は中断され、キュウビはあがく。
相変わらず左前足は拘束されており、胴体に張り付く鉄板も邪魔で、マシロをうまく振り落とせない。キュウビが発熱しているため、マシロの足が焼けるが、マシロはお構いなしに踏ん張って引き続ける。
「放しません!絶対に!」
これが最後のチャンス。ここで締め落とさなければ、もう反撃のチャンスはないとマシロは判断した。
キュウビはロープを切ろうと右の前足を首に伸ばすが、首の毛皮に食い込んだロープにうまく爪がかからない。
そうして格闘すること十数秒、意識が遠のき始めたところでキュウビは覚悟を決めた。
「な!やめなさい!」
それを察したマシロが慌てて制止の声をかけるが、もうキュウビは覚悟を決めている。
キュウビは自分の首に爪を立てようとしていた。爪を己の首に突き刺してでもロープを外そうというのだ。それで動脈を切って自分が死のうとも戦おうという覚悟だ。そしてその爪がキュウビの首にかかる直前。
「もういい。放せ、真白。」
クロの声にマシロがロープを放し、それで解放されたキュウビは寸でのところで爪を止める。
マシロもキュウビも格闘している間、クロに意識が向いていなかった。そのクロからの突然の停戦命令。だがその理由は、クロのいる場所とその傍にいる者達でわかった。
クロがいるのはキュウビの巣穴の入口であり、クロとムラサキが手分けして5匹の子狐を抱えていた。
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まずクロはキュウビがこの地から決して逃げないことから、子供がいる可能性を考えた。しかし、噴火という手段を使った時点で一度その可能性を否定しかけたが、岩場に上に向かう大きな穴が開いているのを見つけて逆に確信した。
その穴は構造上、噴火という切り札を使ってもマグマが流れ込まないようになっている。第一、都合よくねぐらに巨体のキュウビが入れるほどの大穴が開いているのだ。巣穴とみて間違いない。
巣穴の位置は大きな岩の隙間にあり、パッと広場を見渡した程度では見つけられないが、木の上など高い位置から注意深く探せば見つけることができた。
それを見つけた時点で、クロは子狐を捕らえる作戦を考えたが、問題はどうやって巣穴に近づくかだった。
当然、近づけばキュウビが止めに来る。マシロが援護してくれるかもしれないが、劣勢の状態で無理をすれば、マシロが危ない。強引に行く方法は早々に却下した。
ではこっそり行くかと言えば、探知能力が高いキュウビに見つからないということがまずあり得ない。さらに作戦立案時点ですでにキュウビに「クロが何かを企んでいる」ことは気づかれている。
これらすべてを解決する方法として、クロはまず囮の奇策を用い、そのどさくさに紛れて巣穴に接近する方法をとった。もちろん、囮の奇策も、囮だと気づかれてはいけないので、それはそれでうまくいけばキュウビを捕獲できるようなものでないといけない。さらにインパクトが強いものだとベターだ。
で、取った方法がマグマ潜り。マグマの中から接近して攻撃。組み付いてキュウビを強引に捕まえようとして見せた。当然、ヘッドロックだけで捕まえられるわけがないので、動きを止めた時点で説得を始めるつもりだったが、説得を始める間もなく振りほどかれてしまった。
しかし、振りほどかれて転がった方向がちょうど巣穴に近く、いいタイミングでマシロがキュウビの気を引いてくれたので、急いでムラサキを連れて巣穴に入ったのだった。
巣穴の奥には5匹の子狐がおり、いくらか抵抗されたものの、ムラサキの『エアテイル』で捕獲した。炎を吐いたりして来て少し驚いたが、ダメージになるほどではなかった。
そして5匹も持ってるのがつらいというムラサキの意見から、クロが両脇に1匹ずつ抱え、ムラサキが3匹『エアテイル』で捕まえる格好になった。そして巣穴を出て、キュウビに見せつけたわけである。
マシロが素早くクロのもとに向かう。キュウビは動く気配はない。人質を取られている状況がわかっているのだろう。そもそもこの状況では、キュウビのどの攻撃も、クロ達に向ければ子狐を巻き込んでしまう。キュウビは動きを止めて唸るしかない。
対するクロは、岩に突き刺さっていた「黒嘴」を『移動』させて回収しながら、ここからどう説得すべきか、考えていた。
要はこの地からキュウビ達を逃がせばいいのだから、このままクロ達が子狐を抱えて逃げれば、キュウビも付いてくるのではないだろうか?
しかしクロはちらりとマシロを見て、その案を却下する。
マシロはしっかり立っているように見えて、かなりボロボロだ。魔力量もだいぶ減り、集中力も限界にきている。昨夜の夜間行軍からずっと緊張状態を続け、今まで死闘を繰り広げていたのだ。今から子狐5匹とクロ達を背負って遠方まで走るのは無理だろう。
クロが考える間にも子狐はクロから逃れようと暴れる。しかしがっしりとその胴体を捕まえたクロの腕からは逃れられない。噛みついたりもしてくるが、その程度で動じるクロではない。ダメージにはなるが。
ふとクロは、暴れているのが右腕の子だげだと気が付く。左腕に抱えた子狐を見ると、ずいぶん大人しい。そういう性格なのかと一瞬思ったが、すぐに原因に気付いた。
実はクロの左腕は再生しておらず、チタン骨格むき出しのままだった。ストックが尽きて再生できなくなっている。そのむき出しの骨格に仕込まれた隠し剣が、子狐に当たって軽く傷がついているのだった。この子狐はその剣に怯えていたのだ。
「あ、すまん。『ヒール』」
クロは咄嗟に謝り、子狐に『ヒール』をかける。浅い傷なので、たやすく塞がった。
子狐は驚き、クロの顔を見上げる。木魔法の治癒を受けるなど初めてなのだろう。木魔法による治癒は、他者からかけられると、気持ちがいいというか、安心感が与えられるというか、そういう感覚がするらしい。ちなみに自前の『ヒール』で何でも治しているクロは経験がない。
そしてそんな表情の子狐に見上げられて、ついクロは戦闘中にもかかわらず、頬が緩む。
・・・あー、可愛い。抱きしめたい。モフモフ。でも今は触覚がないからよくわからん。
皮膚が焼けて再生していないために、せっかく両手にモフモフの状態なのにそれを感じることができないのを残念に思うクロ。
ハッと我に返って横を見れば、ムラサキとマシロが呆れた目でクロを見ていた。
「お前なー・・・」
「マスター・・・戦闘中です。」
「・・・悪い。」
軽く2人に謝り、クロが気を取り直してキュウビに向き直ると、なんとキュウビは戦闘態勢を解いて、座り込んでいた。相変わらず左前足と胴体にあるクロの拘束を邪魔そうにしながら。
そしてあくびをして、フンと鼻息を鳴らし、クロを見る。
「キュウビにも呆れられたようですね、マスター。」
「マジで?」
マシロの翻訳でキュウビにも呆れられたことを知るクロ。だが、それに落ち込んでいる場合ではない。これでようやく説得の場が整えられたのだ。
「とにかくこれでキュウビの説得ができるな。」
「クロって、変なところで前向きだよな。」
ムラサキが茶化すが、気にしない。
そして何と言って説得しようかとクロが考え始めたとき、急にキュウビが立ち上がり、吠えた。
「グオオオッ!!」
「え、来るな、とはどういう・・・」
マシロがそのキュウビの咆哮を意図を読み取り、戸惑った次の瞬間、マシロにもそれが感知できた。
「マスター!2時方向上空から魔法攻撃です!」
「な!?」
想定外の事態にクロは適切な行動が思い当たらず、とりあえず地面に伏せた。マシロとムラサキも倣い、子狐を抑えたまま、地面に伏せる。
そしてすぐにマシロが告げた通りの方向から何かが無数に飛んできて、次々と広場に着弾した。




