066 キュウビ捕獲作戦③
・・・まずは第1関門突破。
最初の接敵で索敵範囲が敵の方が広いことがわかったため、クロ達は接近する方法を考えなければならなかった。自分より索敵範囲が広い敵に接近する場合、どうしても一方的に攻撃される距離があり、そこを通らなければならない。最初の接敵ではその距離で休憩などしようとしたため。狙い撃ちにされた。いかにしてその危険地帯を突破するか。
複数方向から同時に攻める案もあったが、連携が取りにくく、さらに敵の攻撃をまともに躱し得るのがマシロだけとなればそれは難しい。第一、その危険地帯が何百mあるかわからないのだ。クロやムラサキでは走破に時間がかかる恐れがある。
他にも遠距離攻撃で敵の気を引くなど案は出たが、結局採用したのは、マシロの全速力で一気に走り抜けるというものだった。
結果、ちょうど敵は何かに気を取られていたらしく、運よく危険地帯を抜けることができた。
・・・下手に牽制とか撃ってたら逆に危なかったかもな。
そんなことをクロが考えているうちに、マシロはクロとムラサキを背負ったまま防溶岩林に入る。
「よし、50に減速。」
「了解。」
ここで減速するのは事前に決めたとおりだ。50%というのは、マシロがこの条件下で、つまり2人を背負い、林の中で出せる最高速度を100とした時の速度だ。スピードメーターがあるわけではないので、マシロの体感だが、割と正確だ。
速度半分に抑えても十分速い速度で、敵に向かってマシロは林を駆け抜ける。まだ木が邪魔で目ではよく見えないが、マシロには1kmちょっと先に標的であるキュウビがいることが知覚できている。
キュウビめがけて走り始めた直後、マシロはキュウビの魔力がこちら側に集中するのを知覚する。
「来ます!」
「おう!」
クロとムラサキはマシロにしがみついて踏ん張り、マシロは速度を保ったままサイドステップする。それと同時にさっきまで走っていた場所を熱線が焼き払った。
・・・やはり熱が漏れていない。とんでもない制御力だ。
クロ達は熱線を紙一重で回避したにもかかわらず、火傷すらしていなかった。これは最初にクロがやられた際に、すぐ近くにいたマシロもムラサキも火傷一つしていなかったことから、予想できていたことだった。
熱が漏れていないということは、この熱線は放射後もキュウビの制御下にあり、拡散しようとする熱を魔力で操作して収束させることで、射程距離を伸ばしているのだ。また、魔法強化したクロのチタン骨格を容易く融かしたことから、温度は3000度以上あると見られる。これほどの高温では、普通の物質はまず耐えられない。魔法強化タングステン製の「黒嘴」や、魔法金属の中でも耐久性に優れたアダマンタイト製の防具でもなければ。
1発目を回避してさらに接近するクロ達。そこでムラサキの聴覚式感知の範囲に入ったらしく、ムラサキが声を上げる。
「オレにも見え、って次来るぞ!」
ムラサキがキュウビの魔力集中を感知したらしく、回避を促すが、マシロは動かない。
「いえ!フェイントです!」
言うが早いか、熱線はわずかにクロ達を逸れて右の木を焼き、大きな穴を開ける。
回避行動をとらなかった分、かなり接近できたが、クロは焦り始める。予想していたうちの悪い方に傾き始めたからだ。
想定ではキュウビの熱線の連射速度は、その威力からあまり速くないと考えていた。だが、今の発射間隔は3秒程度。ここが平地なら3秒もあればマシロは300mくらい進めるが、この林ではずっと速度が落ちる。回避行動のためにまっすぐ進めないことを考慮すると、キュウビに近づくまでに10発以上回避しなければならなくなる。
さらに今のフェイントというキュウビの行動。
「バレたな。」
「ええ。」
キュウビもまたマシロと同じく嗅覚式魔力感知を使っている可能性が高い。故にこちらの行動はある程度先読みされる。だがそれはこちらも同じ。キュウビがマシロの移動先を読んで熱線を撃とうとすれば、それを読んだマシロは別の方向へ動けばいい。1発目はそれで躱した。
それを偶然とか、反射神経がいいくらいに思ってくれればよかったが、そうは問屋が卸さなかったようだ。わずか1手でキュウビはマシロが自分の行動を先読みしている可能性に気付き、それを確認するためフェイントを撃った。今、マシロが回避行動をとらなかったことで、キュウビは確信しただろう。敵もまた先読みできるのだと。
「次から始めろ。」
「了解。」
予想よりも早くバレたが、バレるのは想定の範囲内。対策は既にしている。
残り800m。木々を合間を縫うように走るマシロに再び緊張が走る。
「来ます!」
「55!」
「はっ!」
クロの声に合わせてマシロが加速しつつ右に方向転換する。かなり強引な機動にクロもムラサキも歯を食いしばって耐える。マシロが走り抜けたすぐ後ろを熱線が通り過ぎる。
・・・よし、+5で十分余裕があるな。
クロが後ろを振り返ってそう思うと同時に、マシロが再度キュウビへと方向転換する。速度は55のままだ。
クロが考えた対策は、マシロの回避方向をキュウビに先読みされても、加速しながら回避すれば、どの程度加速するのかわからず、当てにくいのではないか、というものだ。嗅覚式魔力感知は感情や大雑把な意思を読み取るだけであり、具体的な思考までは読み取れない。
今の3発目は予想通りキュウビは口を向けた方向から若干マシロの回避する方向に熱線を曲げて来た。しかしマシロの加速度がキュウビの予測を上回ったため、回避できたようだ。
さらに近づく。残り700mを切った。クロにも木々の隙間からキュウビの巨体が見え始める。
「次は65!」
「はっ!」
もうマシロの合図に返事をしてからでは間に合わないかもしれない。クロの勘がそう告げた。熱線は元々光速に近い速さで伸びるため、見てから回避が不可能な代物だから、距離が近くなっても回避難度は変わらないが、キュウビがチャージ速度を上げて来る可能性はある。ここからはマシロが前置きなしに回避機動を取るので、クロもムラサキもその負荷に負けないように歯を食いしばる。
4発目。同様の手順で回避するが、さっきよりも加速度を上げたにもかかわらず、マシロの尾を掠った。
・・・やはり加速を考慮して撃って来たか。だが、加速度を上げるところまで読まれてたか。
このままでは100まで加速してもキュウビまでたどり着けない可能性が高い。追加の対策を考える必要がある。
「次、85。」
「・・・はっ。」
マシロもまずいことがわかっているのだろう。このままでは次の5発目を躱せても、6発目以降は難しい。まだ距離は500m以上ある。
それでもマシロは指示通り回避するしかない。発射タイミング直前で左に曲がり、速度85に加速する。今度は尾を掠りこそしなかったが、かなり近い。80では後ろ足を持っていかれていた可能性があった。
次はどうするのか?マシロに不安がよぎったとき、クロが変わらない口調で淡々と述べる。
「次、40。」
「ちょっ!?」
「っ!・・・了解。」
急減速。まさかの指示にムラサキもマシロも驚くが、躊躇っている暇はない。
いよいよ6発目。残り500mを切って、肉眼でもその姿が見えて来た。口を開き、その前方に魔力を集中するキュウビ。ここまでと同じ動きで、発射直前に右に曲がるマシロ。同時にキュウビも口が向く方向と異なる方向へ熱線を放射する。
そして・・・40まで減速したマシロの目の前を熱線が通過する。収束された高熱が、その範囲に入ったあらゆる物質を焼き、融かし、そして熱によって生じた気流で吹き飛ばす。
マシロは四肢の力を最大限に使って、速度40のまま強引にカーブする。ちょうどいい位置にあった木に左前足の爪をかけ、残りの3本足で地を抉り、熱線に範囲に入らないように必死にカーブする。
マシロの右腹の毛皮とクロの右腕を少し焼失した状態で、どうにか6発目を回避した。カーブしたことで再度キュウビに向き直ったところでクロが叫ぶ。
「100!」
マシロは返事も惜しんで全速力を出す。クロもマシロも無茶は承知。傷や強引な機動で損傷した肉体を再生させながら、身体強化魔法を全力でかけて接近する。
マシロの全速力の突進にも一切動じず、キュウビが再び口を開く。距離はまだ400mくらいある。
・・・間に合うか?
クロは次の策を用意しているが、それの発動にはもう少し接近する必要がある。間に合わないならもう1回回避する必要があるが、次は回避できるかもうわからない。
クロが一瞬判断を迷ったその時、キュウビが急に口を閉じてバックステップした。
・・・間に合った!
それを見たクロは迷いを断ち切って叫ぶ。
「行け!」
「はっ!」
この機を逃さず一気に接近する。そのマシロの背の上でクロがムラサキに声をかける。
「届いたのか?」
クロが用意していた次の策は、ムラサキの酸素魔法による窒息攻撃だ。決まれば気絶させることができる。もちろん、キュウビが気絶するまで無酸素空間に留まってくれるわけがないので、息苦しいと感じたら避けるだろうが、その回避行動の間、キュウビの攻撃を封じられる。
「いや、もうちょいだったんだが、どうも感知されたみたいだ。」
「流石の感知能力か。だが逆に助かった。」
どうやらキュウビは接近して来たムラサキの魔力を警戒して逃げたようだ。まだギリギリ射程外だったのだから無視して攻撃していればよかったのだが、キュウビは安全策を取ったようだ。
残り100m。キュウビがいる広場までもう少し。
そこで広場のこちら側の隅からバックステップで中央まで退いたキュウビが再度口を開く。が、熱線を撃たずにサイドステップをした。
キュウビのステップと同時に、今までキュウビがいた場所を高速で黒い細長いものが通り過ぎる。それはキュウビの背後の岩山に突き刺さり、部分的な崩落を起こした。
「よし、避けたな。」
それはクロが投げた「黒嘴」だ。マシロの速度が加わったことで、とんでもない速度の投擲攻撃になり、当たればキュウビを殺しかねない一撃だった。保護を目的として来ているのにそんな攻撃をしたのは、キュウビの感知能力と回避能力を信じてのことだった。といっても、心配性のクロは物凄い不安で内心ドキドキしていたのだが。
キュウビからすれば不可解な攻撃だ。殺気もないのに明らかに殺す威力の攻撃が来た。自分の力が制御できない初心者といった様子でもない。
そうしてキュウビが戸惑っているうちにクロ達は林を抜け、広場に出る。
・・・第2関門クリア!さあ、捕獲作戦開始だ。
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豪雨に見舞われた翌朝、キュウビ討伐隊は王都から西大陸南端の港町サザンポートに向かう街道から火山に向かって歩き始めた。
昨夜の豪雨で碌に眠れなかったため、小降りになった明け方から仮眠を取り、日が昇り切ってからようやくの出発である。
国の一大事とあって、名のある傭兵が肩を並べている。その中に<地竜>の姿もあった。先頭を歩くホシヤマが、案内役の狩人クエイグに尋ねる。
「目的の林までどれくらいかかる?」
「普通なら1時間かかりませんが、豪雨でぬかるんでますからね・・・1時間ちょっとかと。」
「そうか。」
ホシヤマは今回の作戦指揮も任されていた。実際この中では唯一のネームドであり、実力・経験共に確かだからだ。とはいえ、神獣は未知の相手。十分に警戒する必要がある。
ホシヤマは上空を見上げる。まだ分厚い雲がかかる空に、2つ人影が浮かんでいる。飛行可能な風魔法使いが偵察をかって出てくれているのだ。上空から双眼鏡で確認すれば、かなり遠くまで見渡せる。
ホシヤマが合図を送ると、1人が降りて来た。
「どうだ?なんか見えたか?」
ホシヤマの問いに、歳若い兎型獣人の風魔法使いは首を横に振る。
「その、防溶岩林、でしたっけ?その林は見えるんですけど、敵の姿までは・・・4mを超す巨体、なんですよね?」
風魔法使いがもう一人の案内役であるルンドに尋ねると、ルンドは頷く。
「ああ。真っ赤な巨体に9本もデカい尻尾がついてるんだ。見えないか?」
「うーん。あの林は冬が近くても落葉しないみたいでして。木はまばらなくせに枝葉が多いのか、上空からじゃ林の中まで見えないんですよ。」
防溶岩林の魔木は落葉しない広葉樹だ。葉を落としても養分になる前に溶岩流が焼いてしまうから、葉を落とす意味がない。また、地上に住む生物が乏しいため、地面から得られる養分が少ない。そこでこの魔木は、葉を多く広く広げることで、光合成による栄養確保を中心として生きている。光合成だけでは色々と栄養が不足しそうだが、そこは魔木らしく普通の植物と異なる生態をしているようだ。詳しくは調査されていないが、溶岩に含まれる鉱物を取り込んでいると言われている。
「それでも、こちらが先に見つけたい。奴の熱線の射程に入る前に見つけねえと、不意打ちで何人死ぬかわからん。」
ホシヤマがそう言うと、若い風魔法使いはどこか弛緩していた気分を引き締める。自分の任務の重要性に気がついたのだ。
「了解です!なんとしても先に見つけて見せます!」
「ああ。無茶はすんなよ。」
「ありがとうございます!」
ホシヤマの激励に応えて、風魔法使いは再度空へ舞い上がる。
それを見上げる狩人兄弟がぼやく。
「上空からだと見えないなんて、地上歩いてたら気づかなかったな。」
「ああ。あの双眼鏡が魔力感知の距離も伸ばしてくれれば簡単なんだけどな。」
技術者がこのセリフを聞いたら、原理が違いすぎる、無茶言うな、と言うだろうが、ここには傭兵しかいない。
ホシヤマが討伐隊全体に声をかける。
「ゆっくり行くぞー。いつ接敵するかわからんからな。体力も魔力も温存しておけ。」
「おおー。」
そうして討伐隊は林に向かってぬかるむ地面に苦戦しながら、ゆっくりと歩を進める。既に林の中では戦闘が始まっているとも知らずに。




