065 キュウビ捕獲作戦②
クロはぼんやりとしながらも意識を取り戻す。見上げた空は既に明るくなっている。気を失う前に振っていた豪雨は少し和らいだようで、ザーザーという土砂降りではなく、静かな雨になっている。
体を起こそうとして違和感を覚える。まだ両腕がなかった。うまく起き上がれずにごろりと地面に再度倒れると、気がついたムラサキが何かを咥えて近寄って来た。
「起きたか?本当にしぶといな。ほれ、腕。」
「ああ、ありがと。」
ムラサキが持ってきたのはクロの左腕の肘から先だった。腹の上に置いてもらい、再生しかけの左腕を近づける。すると筋繊維や血管が伸びてつながり始める。数十秒で左手が動くようになった。しかし、まだ骨はつながっていない。チタン装甲と一体になった骨の再生には時間がかかる。しかも体内にチタン素材が少ないため、無事だった箇所から分けることになるだろう。全体的に防御力が落ちることを意味する。
・・・まあ、今回は防御力はあっても意味ないみたいだがな。
状況から見て、キュウビの熱線でクロのチタン装甲さえも融かされたことは明らかだ。骨格が残っていれば再生はもっと速かったはず。少なくとも夜明けから完全に日が昇るまでなんて長時間かかるはずがない。
再生した上半身はガリガリで筋肉も最低限しかない。魔力で運動を補っているから辛うじて動けるし、内臓も機能している。
ムラサキが若干心配そうにクロの見て言う。
「状況は覚えてるか?」
「林に近づいたところで熱線食らった、で合ってるか?」
「そ。で、お前は一瞬のうちに上半身が消し飛んだ。マシロの鞍につかまってた左腕だけ残してな。俺もマシロも慌てたぜ?十分警戒してたのに、突然やられたんだからな。」
「真白は?」
クロがまだ満足に動かない首で辺りを見まわそうとすると、ムラサキが無言で右の方を前足で差した。同時にマシロの声と足音が聞こえてくる。
「マスター!」
マシロは物凄い速度で走ってきて、クロのすぐ脇で急停止し、跪く。クロは突風を浴びることになり、反対側にいたムラサキが飛ばされそうになって少し体勢を崩した。
「申し訳ありません!私の警戒が甘かったばかりに・・・」
謝罪をしようとするマシロを、ようやく動くようになった左腕を持ち上げて遮る。
「まあ、落ち着け。あれはしょうがない。俺の魔力視でも感知できてなかったんだからな。」
あの時、クロにはまだ魔木が立ち並ぶ林しか見えておらず、そこに潜むキュウビは見えていなかった。感知距離ではクロの方が優れているのだから、前方の警戒はクロの責任だ。
「それよりも今は状況が知りたい。手早く教えてくれ。」
マシロは土下座しようとしていた態勢から身を起こし、背筋を伸ばして答える。
「はい。マスターが負傷した後、キュウビが追跡してきた気配があったため、即時反転、撤退しました。」
「ほんと、冷や汗もんだったぜ。一瞬だが雨の中で真っ赤な巨体が見えるくらいまで近づかれた時は。」
「幸い、辛うじて速度は私が勝ったようで、振り切ることができました。今は火山の東にある森の中です。ここの縄張りの主とは今、交渉してきました。」
「交渉、ね。」
マシロの再生しかけの傷と返り血を見れば、言葉による交渉ではなかったことがわかる。
クロの意図を察したマシロが弁解する。
「殺してはいませんよ?少しの間、動けなくなっていただいただけです。」
「そうか。それはいいが、真白のダメージは?」
「軽微です。少なくともマスターよりは速く治りますよ。」
「まあ、確かに。」
マシロの言う通り、マシロのかすり傷を心配している場合ではない。クロは今ようやく左腕の骨がつながったところで、右腕はまだ肘までも回復していない。
左腕で何とか身を起こすと、西の方を見る。そこには確かに夜明け前に見た火山があり、明るくなった今は、そこに生える低木の緑と溶岩の黒の斑模様も見て取れる。
「しかし、ここで悠長にしていて大丈夫か?臭いや魔力の残滓で追われる可能性もあるだろ。」
この雨では臭いで追ってくることはないかもしれないが、魔力の残滓は別だ。魔力を多く持つものが通った後にはその残滓が残る。普通は感知できないほど微量なものだが、マシロ並みの感知精度なら十分追跡に使える。そしておそらくキュウビの感知能力はマシロを上回っている。警戒していたマシロに不意打ちを仕掛けたということは、マシロの感知範囲よりキュウビの感知範囲の方が広いということだ。
「私もそれを警戒して初めは休息と移動を繰り返していたのですが、どうも追ってきている気配がないのです。」
「オレもそう思うぜ。奴はおそらくあくまで住処を守ってるんだ。発見した狩人も逃げ切れたんだろ?きっと縄張りの中までしか追って来ねえんだよ。」
ムラサキは楽観的なことを言うが、マシロは心配そうだ。
「本当にそうでしょうか?今回は威嚇もなく初撃でマスターを殺しに来ました。事情が異なるのでは?」
そのマシロの言葉でクロは気がつく。状況を聞いている間に気になっていた疑問が氷解する。
「そうか、それだ真白。」
「何でしょう?」
「俺が撃たれた後に、わざわざキュウビが追って来た理由だ。外的排除が目的なら、もう一発熱線を撃って真白を仕留めちまえばいい。いや、さらに言うなら俺も真白も巻き込める位置を狙って一発目を撃ってれば、逃げることもできなかったはずだ。」
「なるほど。」
「それをしなかったのは、キュウビの狙いが俺だからだ。火の神から指示されていた闇の神子を殺せっていう指令があって、面倒だから放置していたが、せっかく俺の方から来たんだからやっとくか、みたいな感じだったんだろう。」
「それで威嚇なしの即殺ってか。」
「ああ。で、あくまで奴の狙いは俺だけで、お前らを巻き込む気がなかったから、俺だけを狙って撃った。近づいて来たのは、俺を殺せたかどうかの確認のためだろう。」
「ということは、魔族だと知られている、と見るべきですか。」
「だろうな。」
普通の生物なら、頭どころか上半身丸ごと吹っ飛んで生きているわけがない。だから命中した時点で確認も不要のはず。それをわざわざ追って来たということは、その状態からでも再生し得る魔族だと気づかれていると見ていい。
「状況はだいたいわかって来た。次はどうやって捕まえるか、だな。」
「一度戻って準備し直すべきでは?」
クロの負傷の影響を懸念するマシロが一時撤退を提案するが、クロは首を横に振る。
「いや、昨日、討伐隊を確認した位置からすると、今日にも奴らが林に到達する可能性がある。戻ってる時間はない。」
「では、我々が先頭に立って戦いましょう。キュウビの狙いがマスターだけならば、マスターは後方支援に徹してください。」
「大まかな戦法としてはいいが、敵が加減してくれることに期待するのはいかん。さっきは見逃されたが、次はマシロ達も容赦なく殺しにかかるかもしれない。」
実際、クロはこの負傷でストックの大部分を消費した。多めに貯めていたストックのおかげで、ガリガリだった上半身は徐々に戻ってきている。右腕も生え始めた。しかし、もう一発同じレベルで被弾すれば、再生しきれずに死ぬ恐れがある。故にクロが先頭に立てないのは確かだ。背負っていた盾も消し飛んでいる。「黒嘴」だけはあの熱線に耐えたようだが、防御には使えない。
「だから布陣としては、回避最優先で捕獲を試みる。俺は遠距離攻撃で牽制する。この土地ならおそらく、使えるはずだ。」
クロが今持って来ている武器は盾がなくなったので、「黒嘴」と「五寸釘」だけだ。「黒嘴」は有効だろうが、「五寸釘」は迎撃されれば消し飛ぶし、基本使い捨てだ。数も乏しい。しかも決まれば殺傷能力が高すぎて捕獲には向かない。だが、クロには他に遠距離武器に当てがあった。
「オレは?いつも通り木に隠れて隙を伺うか?」
「いや、おそらく隠れても無駄だ。キュウビはマシロ以上の感知能力があると見るべきだ。すぐにばれるだろう。俺のそばでサポートしてくれ。俺が自力で避け切れないときは頼む。」
「任せろ。」
いつになくムラサキがやる気だ。クロは珍しいこともあるもんだ、程度に思ったが、ムラサキにとってはそうなる理由があった。
・・・戦場では暗殺ばかりでうんざりしてたしな。今回は殺すんじゃなく、守るために戦える。クロも、相手も。
そんなムラサキの思いには気づかず、クロは作戦を告げる。
「で、メインは真白だ。キュウビの攻撃をかいくぐって捕獲を試みてくれ。かなり危険な役回りになってすまんが、頼む。無理なら注意を引いて、説得の機会を伺おう。」
「了解です。お任せください。」
マシロはクロを安心させようと、望むところだとばかりに力強く自分の胸をドンと叩いて見せる。それを見たクロとムラサキの感想はと言えば、
・・・すげえ、胸筋。流石、真白。鍛えてんなあ。
・・・本当にコイツ哺乳類か?あの胸部のわずかな膨らみは全部筋肉かよ!
その後は細かい調整や敵の攻撃方法の予想と対策等を重ねた。そしてクロの体が完治した時点で、移動を開始する。
そこでマシロが犬形態になる前に、クロに簡単に焼いて調理した肉をいくつか差し出した。
「食べてください。」
「助かるが・・・狩ったのか?」
無闇にこの森の獣を狩るのはクロの本意ではない。キュウビを助けに来て、そのために他の獣を殺すというのも、なんだか気分が悪い。
「必要だと判断しました。」
「いいから食えよ。」
2人から睨まれては、クロも断れない。第一、既に調理済みだ。
「わかったよ。ありがとう。でも狩りすぎには注意しろよ。」
「了解です。」
「わかってるよ。」
そしてマシロの背に乗ってゆっくりと移動しながら、クロは急いで肉を食う。
・・・この命は無駄にしねえ。必ず守って見せるぞ、この森も、キュウビも。
クロは食べながら決意を新たに、再度、防溶岩林へ向かった。
ーーーーーーーーーーーー
闇の神子の追跡をあきらめたキュウビはねぐらに戻っていた。
・・・頭も胸部も消し飛ばしたのに、魔力がその身に留まっていた。おそらく再生するだろう。火の神から聞いてはいたが、とんでもない生命力だ。
本当は仕留めに行きたい。感知範囲ギリギリだったとはいえ、その身に纏う魔力はただ者ではなかった。仕留めるチャンスだったのは間違いない。次に来た時はより慎重に、対策をしてくるだろう。
だが、あれ以上は追えない。理由は単純だ。
岩と魔木に囲まれた広場の中央にキュウビが座り込むと、岩場の穴から5匹の子狐達が駆け寄って来る。
キュウビはこの子供たちを放っておけなかった。キュウビは常に自身の感知範囲内に子供たちを置くようにしている。それ故に闇の神子を追えなかったのだ。
キュウビはじゃれ合う子供たちや甘えてくる子供を優しく見守り、ちらりと闇の神子が去った北東の方向を見る。
・・・無駄な殺生をするまいと、闇の神子の仲間2人は殺さなかったが、次はもうそんな余裕はないかもしれない。・・・もう容赦はできないな。
闇の神子が来た理由を想像する。おそらく闇の神子にもキュウビに火の神が来たのと同様に、闇の神がキュウビの存在を知らせたのだろう。己を狙う者がいると知れば、当然対処する。今まで来なかったのは、キュウビの居場所を知らなかったのか、はたまた仕留める準備をしていたのか。
・・・私は別に火の神の言葉を無視しても構わないのだがな。積極的に闇の神子を殺しに行こうなどと思っていないというのに・・・だが、向こうから来るのなら返り討ちにするしかなかろう。
こちらが殺す気がなくても、その可能性さえあれば徹底的に駆逐しに来る。ヒトとはそういう生物だ。魔獣であったキュウビは親からそれを教わっていた。故にヒトとの接触には注意しろと言われていたが、今回は仕方ない。何しろ、神という上位存在を介して闇の神子に伝わってしまったのだ。キュウビに落ち度がなくても戦うことになってしまった。
キュウビとて戦いたくはない。戦えば被害が出る恐れがある。自身が負傷するか、最悪、我が子に危害が加えられる恐れもある。それだけは避けなければならない。だから、戦いが避けられないなら、容赦はしない。
キュウビの思考はいかに闇の神子を撃退するかで占められていた。先の狩人のことなどすでに忘れていた。
そしてキュウビは研ぎ澄まされた嗅覚式魔力感知で、再度、闇の神子の襲来を感知する。すぐさま子供たちを巣穴に隠す。子供たちを隠す分、初動が遅れたため、敵は3人ともすでに防溶岩林に入るところだ。今回はここで迎え撃つしかない。
キュウビが集中するほどに周囲の魔力がキュウビに集まり、溢れた一部の魔力が熱となって気温を上げる。
防溶岩林の戦い、第2ラウンドが始まろうとしていた。




