064 キュウビ捕獲作戦①
森を突っ切り、アイビス南部の火山へ向かう。途中様々な魔獣の縄張りを横切ることになるが、すべてマシロの速度で振り切った。木々の合間の獣道ゆえに、常に悪路を進み、魔獣に警戒しながらの夜を徹しての行軍だ。途中までは街道付近を走っていたが、南に向かう獣人の集団の臭いをマシロが感知した時点で森に入ったため、行軍速度は落ちている。さらに南部に近づくにつれて、雨が降り始めた。コートのフードに収まっていたムラサキをクロの後ろに下ろし、クロはフードを被る。ムラサキはクロのコートの中に潜り込み、クロの腰にしがみつく。
「真白、大丈夫か?」
「問題ありません。雨でも魔力感知は正常に機能します。」
「・・・そうか。」
クロは緊張を強いられる悪環境での無理な行軍でマシロが疲れていないか確認したのだが、別の返事が来た。聞き直そうかとも思ったが、マシロのことだから無理とは言わないだろう。どの道、防溶岩林が近づいたら、交戦前に一度休むつもりだ。
さらにしばらく進むと、クロの腰のベルトにしがみついたまま、コートから顔を出したムラサキが鼻をスンスンと鳴らす。
「潮の香りだ。海が近いな。」
「もうすぐか・・・」
「この塩気のある匂いが、海の匂いなのですか。」
マシロは山生まれ山育ちで、戦場も海辺に出たことがなかったので、海は初めてのようだ。
・・・確か、スミレ情報だと、南部は基本、南からの海風が強いんだったな。
クロはこの周囲の地形と気候の情報を思い出し、指示を出す。
「火山の方から防溶岩林に近づこう。風下から言った方が気づかれにくいはずだ。」
「了解。」
マシロが走る方向を変え、火山に向かう。背が低い木しかないなだらかな山だ。所々に見える背の高い木は噴火にも耐える魔木なのだろう。
火山に近づくと、雰囲気が変わる。
「魔力が濃いなあ。」
「ああ、ウチの比じゃない。」
火山周辺はクロの自宅以上に魔力濃度が濃い。しかも属性に偏りがある。クロの魔力視でぼんやり赤く見えることから、炎属性に偏っているようだ。こうした魔力はふとした刺激で熱エネルギーに変わりやすい。クロ達が走り抜けただけで、火山が噴火しているわけでもないのに暑くなってきた。
また、こういう魔力がある場所では当然、炎魔法が使いやすくなる。具体的には威力と魔法の発動速度が若干向上する。
・・・地の利は敵にあるってことか。用心しないとな。
クロは雨で視界が悪い中。必死に目を凝らす。夜が明け始めてだいぶ明るくなってきたとはいえ、豪雨のせいで遠くはよく見えない。耳も澄ませてみるが、雨音のせいで大した情報は得られない。地の利だけでなく天運もなさそうだ。これだけ不利な状況がそろえば、いつものクロなら撤退を選ぶところだが、今回はそれが許されない状況だ。キュウビを保護するには、討伐隊より先に捕獲か説得をしなければならない。
クロが覚悟を決めていると、クロの魔力視に魔力を帯びた木々が並ぶ林が見えて来た。防溶岩林の魔木だろう。
「よし、この辺で一旦休・・・」
クロのその言葉にムラサキもマシロも気を取られたその一瞬のことだった。クロの思考と感覚が急加速する。その加速した思考でも高速に感じる速度で前方から光が迫って来た。濃密な赤い魔力の流れだ。
・・・攻撃。キュウビ?これは例の熱線か?防御不可、食らったら消し飛ぶ。この距離で?遠すぎだろ。どんな、知覚範囲、だ・・・
そんな断片的な思考を頭でぐるぐる回しながら、必死に回避を試みる。だがクロに加速できるのは思考と感覚だけで、体の動きまでは速くならない。そしてクロの上半身が光に包まれた。
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「こちらです。」
王都の国立図書館の3階。古い未整理の本が並ぶこの階は一般客はほとんど来ない。何しろ書き方が古かったり、個人の伝記ゆえに読み手を無視した適当な文章だったり、字が汚かったりするのだ。さらに、今でこそ第一言語として普及している日本語だが、100年前は英語が第一言語だった。そのため、古書は英語で書かれているものが多く、若者には読みづらい。もっと古いものだと、媒体が紙ですらなく、英語普及前のものすらある。つまり、この世界独自の言語だ。
現状、その言語を扱えるのは、東大陸南部の森に住む森人のみと言われている。森人はエルフとも呼ばれ、今はそのこの世界独自の言語はエルフ語と呼ばれている。
そんな人気のない図書館の3階に、ヴォルフは司書のニキスに案内されて来ていた。目的はここに住むかのようにいつもいる女性だ。3階の奥に行くと、いつもの場所で猫耳を立て、尻尾を揺らしながら古書を読みふけるスミレの姿があった。
いつも通りヴォルフは彼女の肩を叩き、彼女が読書を中断するのを待つ。10秒ほどしてスミレは本を丁寧に閉じ、ヴォルフに向き直る。
「何でしょうかぁ?ヴォルフさん。」
スミレは笑顔ではあるが、発する雰囲気は刺々しい。それを感じ取っただけで無駄足だったかもしれないとヴォルフは思う。
「お察しの通り、キュウビ討伐を再度依頼しに来ました。」
「お断りですぅ~。」
いーっとスミレは子供のように口を横に広げ、ふざけたように依頼を蹴る。
「第一、討伐隊はとっくに出立しているでしょう~?そんなに戦力不足ならぁ、あなたが行けばよかったじゃあないですかぁ。<永久凍土>のヴォルフさん?」
スミレはつーんとそっぽを向き、横目でヴォルフを睨む。その態度に流石のヴォルフも溜息をつく。
「年寄りに無茶を言わないでほしいものですな。第一、私は炎属性と相性が悪いのですよ。」
ヴォルフの基本戦法は炎魔法による冷却と水魔法で作った氷を、土魔法で操作する戦い方だ。氷を融かされるくらいならまだいいが、本当に強力な炎使いが相手だと、氷は解けるどころかあっという間に気化、蒸発してしまう。それではヴォルフは戦えない。例えば、ヴォルフとジョナサン国王が戦えば、国王の圧勝だろう。
「その点、貴方の土魔法と雷魔法は炎に大変有効です。だからこうして再度お願いに来たのですよ、<響天動地>のスミレ殿。あなたの足なら、今からでも討伐隊に追いつけるはず。あなたの『アースウォール』や『エレクトロマグネティックシールド』で守っていただければ、数多くの兵士が命を落とさずに済むでしょう。」
<響天動地>。かつてスミレについていた二つ名だった。なぜ今はそう呼ばれないか、というと、そう呼ばれていたのは彼女が王国の敵だった頃にそう呼ばれていたからだ。
スミレは転生後、次々に魔法を習得すると、それを片っ端から試した。平原に突然3階建ての家ができたり、大木が落雷で裂けたりした。それだけならちょっと迷惑な異世界人で済んだのだが、彼女は闇魔法にも手を出し、多くの民間人をその手にかけた。後遺症が残るようなことこそなかったが、明確な違法行為であり、国民からも苦情が殺到したため、逮捕することになったのだ。
その際の逃亡劇は凄まじいものだった。闇魔法、雷魔法、土魔法の併用による高速機動。走って追う兵士は土魔法で足を取られ、風魔法で飛んで追う兵士は雷魔法で叩き落とされた。どうにか接近しても、触れただけで闇魔法にかかり、無力化どころか錯乱して同士討ちまで始めさせられる。
結局捉えきれず、一度は国外にまで逃亡を許し、数年後にようやく発見したところでヴォルフ自らが出向いて捕らえたのだった。
それ以来、多額の報酬を対価に、スミレは王国に協力している。表向きは図書館の司書として、裏では王国に雇われた諜報員として。故に、<響天動地>と呼ばれたのも随分久しぶりだった。
「ヴォルフさん・・・」
スミレはいつもかけている眼鏡を取り、顔を上げる。その目つきは鋭く、いつものおっとりした印象は消え失せていた。普段、眼鏡の下に隠している、彼女の<響天動地>としての顔、野生の森で数年もの間、生存競争を生き抜いていた者の顔だ。
「知ったことじゃない、と言っておきましょう。あなたの半ば狂気じみた愛国心は本当に尊敬していますよ。立派だと思います。でも私には関係ない。私があなた方に協力するのは命の危険がない範囲でのみ。神獣なんて化物、相手にするほどの義理はない。」
「むう・・・」
ヴォルフは押し黙る。本当は捕まえた時点で有罪として刑務所に入れられてもおかしくなかったところを、働けば恩赦で帳消しにする、という取引のことを持ち出せば強引に行かせることはできるかもしれない。だが、ヴォルフはそれはしたくなかった。スミレはこれまでですでに諜報員として十分に役に立ってくれている。
ヴォルフがどうしたものかと悩んでいると、スミレは再度眼鏡をかけてにっこり微笑む。先程の鋭い気配はもうない。
「まあ、御心配なさらず~。もし王都まで来たら、防衛には参加しますからぁ。本音を言うと、クロさんと敵対したくないんですよぉ。あの人、キュウビを逃がしに行ったでしょう?」
「もう知っていたのですか?」
クロへの依頼の話は誰にもしていないはずだった。
「勘ですよぉ。あの人、珍獣好きだからぁ、そうするんじゃないかなぁ、って。やっぱりそうでしたかぁ。」
「正確には捕獲か説得と言ってましたがね。口外しないでくださいよ?」
「わかってますよぉ。それにしても捕獲ですかぁ。大胆ですねぇ。」
楽しそうに笑うスミレを見て、ヴォルフは溜息をつく。
「とにかく、万一の時、防衛には参加してくださるのですよね?」
「ええ。その時は頑張りますよぉ。私の図書館を守るためにぃ!」
「ここ、国立ですから、国のですけどね。」
一部始終を見守っていたニキスのツッコミで、この面会は終わった。
果たしてスミレの出番はあるのか、それは防溶岩林での戦いにかかっている。




