063 ヒトの法と獣の理
だいぶ急いで来た様子のヴォルフを家に招き入れ、客間で応対する。ちょうどティータイムだったので、お茶はすぐに出せた。マシロからぬるめのお茶を受け取り、ヴォルフは礼を言って一口飲む。
「ふう、落ち着きました。ありがとうございます。」
「いえ。それで火急の要件とは?」
マシロが促すと、一時くつろいだ雰囲気を見せていたヴォルフの表情が引き締まり、姿勢を正す。
「単刀直入に言うと、神獣が現れました。討伐をお願いします。」
「神獣!?」
「・・・どの属性だ?」
驚くムラサキに対し、クロは冷静だ。だがその雰囲気に真剣みが増した。
「火の神獣です。アイビス山脈の南部、火山の南の防溶岩林と呼ばれる魔木の林で狩人が発見しました。」
・・・火の神獣。いよいよ来たか。
クロは事前に闇の神から、火の神や雷の神は刺客を送って来るかもしれない、と聞いていた。おそらく今回発見された火の神獣がクロを狙った刺客第一号というところだろう。
神獣ともなれば、かのジョナサン国王のような火の神子と同等かそれ以上の力を持つ可能性が高い。果たして勝ち目があるのか。だが、勝ち目が薄くても、生き残りたければ勝つしかない。せっかく自分の土地を手に入れたのだ。逃げるのは最後の手段にしたい。
そう考えれば、クロの領地に神獣が侵入する前に一当てして様子を見たいところだ。クロは神獣の情報をヴォルフに尋ねる。
「特徴は?」
「真紅の体毛を持った4mほどの狐です。9本の大きな尻尾が特徴的であったため、<キュウビ>と個体名が付けられました。」
「攻撃方法は?」
「確認されているのは、口から発射する火球と、口から放射する熱線です。火球は溶岩流に耐える魔木の表皮を焼く威力があり、熱線は魔木を貫通しました。熱線の推定射程は数百m。ただ、一発目の火球を外していたことから、まだ扱いに慣れていないと見られます。次の接敵時は射程が伸びている可能性も考慮してください。」
「耐火性の魔木を貫通って・・・」
「熱線は防御不可と見るべきでしょうね。」
ムラサキとマシロはヴォルフの話からキュウビの戦力分析を始めるが、クロの思考は別に向いていた。
「そいつの現在地は?」
「変わっていません。防溶岩林の奥のねぐらにいると思われます。」
「は?」
クロが放つ雰囲気が変化する。ムラサキが、そしてマシロですらも息をのむほどの殺気だ。
「発見者の情報を聞かせろ。」
「・・・腕利きの若手2名とベテラン2名の計4名の狩人でした。若手はよくアイビスの、つまりこの森で狩りを行っていたようです。」
「何故ここで狩る?」
「・・・食糧確保のためとしてギルドに依頼が出ています。」
「この森は危険だろう。他の森の獣を狩りつくしそうなのか?家畜では足りないのか?」
「・・・お恥ずかしながら、食糧確保は名目だけで、本来の目的は珍しい獣の毛皮などを得ることのようなのです。そのため、結果的に高額の報酬が得られるので、腕の立つ若手狩人に人気だったのです。」
クロが握りしめる手に血が滲む。気づいたマシロがハンカチを出して拭き取ろうとするが、クロがそれを止め、血を舐めとる。
「規制はしてないのか?」
「違法ではありませんし、国としても食糧備蓄を奨励していますので、止めるに止められない状態でした。」
「・・・森の草食獣が減って、獣たちが飢えていたのは、王都の狩人が原因だったのですね。」
マシロの言う通りだった。若手の狩人が腕試しも兼ねてこの森に挑戦しては、強力な肉食獣に敵わず、狩りやすい草食獣だけを大量に狩って帰る、というのが繰り返されていたのだ。
クロの殺気を抑えようと、ヴォルフは若干口調を早めて続きを話す。
「落ち着いてください。そういう状況だったのが、変わったのです。ここがあなたの領地になったことで、ここでの狩りは行われなくなりました。」
ふうとムラサキとマシロは安堵の息を吐く。
「ではこれ以上、過度な草食獣の減少は起きないのですね。」
「なら、引き続き肉食獣を間引いて調節すれば、元通りだな。」
しかしクロの殺気は晴れない。
「で?その若手共が今度は俺の領地じゃない方に行ったわけか。そして火の神獣の縄張りに入った、と。」
「そうなります。接敵時に腕利きの若手が1名死亡しました。名は・・・」
「興味ない。」
死亡した狩人の名を告げようとしたヴォルフを、クロは遮る。
「4人行って1人死亡。つまり他の3人は生きて帰ったんだな?」
「・・・はい。この情報は彼らからもたらされたものです。」
ここで初めてクロの態度にヴォルフも険悪な雰囲気を放ち始める。
「よくその3人は生きて返れたなあ。」
ムラサキが努めて暢気な声で言う。
「いや、その3人は・・・」
「敵意がないから見逃された、だろ?」
「・・・そうです。」
再びクロがヴォルフの言葉を遮る。次第に2人は睨みあうような状態になった。
「つまり、アホな狩人が身の程もわきまえずに神獣に挑んで、負けて死んだ。獣にとってはただの正当防衛。それに1発目の火球は外れたんじゃなく外したんだ。威嚇だよ。その警告を無視して攻撃した狩人の自業自得だ。」
吐き捨てるように言うクロに、ヴォルフが反論する。
「しかしヒトが一人死んでいるのですよ。ヒトを害した獣は討伐対象になるのは当然のことです。」
「そんなのはヒトが勝手に決めたルールだろう。獣の側からすれば知ったことじゃない。」
「彼の地はれっきとした王国の領土です。王国の法が適用されます。」
「領土だってヒトが勝手に引いた線だろ。住処が偶然、その線の内側に入ってただけで合意も無しにルールを押し付けるなんて理不尽だ。」
「獣の合意などどう取ればよいのです?」
「魔獣はヒトの言葉を理解するくらいの知能はある。」
実際、クロとスイーパー達にはある種の信頼関係というか取引のようなものが成り立っている。
「だからといって交渉ができるほどではありません。誰もがあなたのようにできるわけではないのですよ。」
ヴォルフが言うのも正論だ。いくら知能が高くても、言語を理解できるかと言うと別だ。スイーパーは度々餌を求めて王都に言っていたため、ヒトの言葉を聞くたびに貪欲に学習し、クロと出会う前からある程度言語知識があった。だが、生粋の森育ちの魔獣は、知能が高くても意思疎通は困難だ。クロのように肉体言語で会話しようとするものなど、ヒトにはそういない。
クロは獣の理を説き、ヴォルフはヒトの法を説く。互いに譲らず、殺気すらぶつけ合う状態になった。殺気に魔力が乗り、周囲に影響を与えている。
ヴォルフの背後では気温が下がり、手元の紅茶は既に凍結している。
クロの周囲では金属製品がカタカタと揺れ、「黒嘴」も自分から抜刀しそうな気配を出しながら浮かんでいる。
そして両者の間ではフィールドのぶつかり合いが起きていた。互いが無意識に己の魔力フィールドを広げようとする。フィールドはただの魔力なので、本来ぶつかったりはしないが、互いが相手の魔力を拒絶する意思を持っているために、混ざろうとすると反発する。そしてその反発力で制御を失った魔力が、小さな光や熱、音などの別のエネルギーになって現れる。クロとヴォルフの間で文字通り火花が散っていた。
しばしの睨みあいの後、2人が申し合わせたように殺気を緩める。緊張して見守っていたムラサキとマシロも息を吐き出す。
「この件で言い争っている場合ではありませんね。」
「そうだな。」
ヴォルフはさっと服装と姿勢を正して再度問う。
「キュウビの討伐依頼、受けていただけますか?」
「受けると思うのか?」
「まあ、最悪、受けていただかなくてもいいのですが。」
意外にもあっさりと退くヴォルフに、クロが訝しむ。
「どういうことだ?」
「貴方が狩らないなら、王国の傭兵たちが狩ります。既に討伐隊を編成し、出発していることでしょう。」
それを聞いてクロは目の色を変えて立ち上がる。
「なんでそんなに討伐を急ぐんだよ!」
「急ぐと言っても、発見されてから今日で3日目です。遅いくらいですよ。知っていますか?神獣が過去に起こした被害と、神獣の目的を。神獣とは神が遣わした化物。その目的は大抵、手に余る神子の討伐です。神獣とは神子の天敵なのです。過去、数多くの神子が神獣に葬られました。その際に巻き込まれて消し飛んだ町は2つや3つではないのです。・・・王都を守るため、国王を守るため、仕方がないのですよ。」
神は人々に魔法という恩恵を与えているが、いざとなれば下界の人々の暮らしなど一切顧みない。邪魔な神子を潰すためなら、どんな犠牲もいとわない。それを体現したのが神獣だ。神獣自身も知恵があるとはいえ、所詮は獣。狙った神子だけをピンポイントに攻撃したりしない。必ず周囲も巻き込む。
ヴォルフの最後の言葉は、獣の理を説くクロの心情をヴォルフなりに慮って言ったのだろう。だが、クロはそれが見当違いであることを知っている。
・・・違う。王都は攻撃されないし、火の神子も狙われない。キュウビの狙いは俺なんだ。動くとしたらこっちに来るんだ。王都じゃない。だから討伐隊なんていらないんだよ。
だが、それは言えない。クロが闇の神子であることを漏らせば、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったものではない。そもそも、今それを明かしたところで、キュウビのために嘘をついているとも思われかねない。
そしてクロは言いたいことをぐっと飲み込み、覚悟を決める。浮いていた「黒嘴」を手に取り、指示を出す。
「マシロ、ムラサキ、出撃準備だ。武装をそろえて出発する。」
「承知しました。」
「え、い、行くのか!?」
うろたえるムラサキを無視して、即答したマシロは素早く奥の部屋に向かう。
それを見たヴォルフは少し驚きつつも確認する。
「キュウビの討伐依頼を受けてくださるので?」
「・・・ああ、受ける。」
「私に嘘は付けませんよ?仕留めるつもりはないのでしょう?」
ヴォルフも犬系獣人で鼻が利く。嗅覚式の魔力探知による感情分析もお手の物というわけだ。
「・・・別に、王都に被害がなければいいんだろう?」
「捕獲されるおつもりですか?」
「もしくは説得だな。」
それを聞いたヴォルフはキョトンとした後、ふっと笑い、呆れた、という感じで両手を上げる。
「せいぜい成功することを期待していますよ。一応、捕獲も説得も過去に一度も成功例なんてありませんからね?」
「知らんな。過去のことなんて。」
クロがそう言い放つと同時にマシロがクロの盾を持って戻って来る。
「準備整いました。」
「よし、行くぞ。爺さん、戸締りするから出てってくれ。」
「やれやれ随分な追い出し方ですね。まあ、緊急時と言うことで見逃しましょう。」
そうしてヴォルフを追い出して、いつもの戸締りをしたクロは、ムラサキを抱えて犬形態に『変化』したマシロに飛び乗る。すぐにマシロはヴォルフを追い抜いて森を出ると、森の出口に止まった馬車の脇を通り過ぎ、一気に加速する。向かうのは南だ。
「討伐隊の先回りをするぞ!できれば見つからない方がいい!討伐隊を見つけたらすぐに森に入れ!」
「了解!」
・・・もう人間のわがままで死ぬ動物を見るのは御免だ!そんなのは前世で十分味わった。今度こそ守って見せる!
今回の話は、本小説の主要テーマの一つです。主人公クロは基本的に獣の立場で物事を見ます。しかしそれは、当然ヒトの社会とぶつかることも多いわけです。




