062 魔獣の森の環境問題
「おらあ!!」
クロは気合を入れた全力の一撃で突進して来た獣の横っ面を叩く。その獣は表皮を鎧のように石で覆っているため、「黒嘴」で斬ろうとしても綺麗に切れず、半ば打撃のようになる、今は突進の軌道を逸らすために峰打ちで叩いた。2.5m程あるワニの形をした獣は、その一撃で突進の軌道が逸れてクロの横を通り過ぎる。
・・・しかし硬い。ただの石を体表に貼り付けてるだけのくせに。とりあえずアーマークロコダイルとでも名付けるか。
「いや、鎧鰐でいいや。」
クロのどうでもいい思考が最後の部分だけぼそっと口から出る。それを耳聡くマシロが聞き取った。
「何ですか?ヨロイワニ?」
「ん?あいつの名前、というか仮の呼称。」
「ああ、適切ですね。」
「んなこと話してる場合か!次来るぞ!」
木の上からムラサキが警告する。しかしクロとマシロは十分な距離を置いていることを確認しているため、余裕がある。
「もう何発かぶん殴ったが、退く気はなさそうか?」
「そうですね。飢餓による暴走、という感じでしょうか。ここで喰わなければ飢え死にすると思っています。」
「また捨て身の特攻か。・・・仕方ない。」
ここに住み始めて、こうして飢えて襲って来た獣を殺すのはこれでもう5度目だ。獣を守りたくてここに来たのに、その獣を殺さねばならない日々に少々嫌気がさしてくる。
そのクロの心情を察したマシロが一歩前に出る。
「ここはお任せください。」
「・・・悪い、頼めるか?」
「勿論です。」
クロはマシロに任せて一歩下がる。クロにとって獣を殺すのはかなり心苦しい。マシロに代わってもらえるなら有難い。
対してマシロは半分はクロのためだが、もう半分は自分のために名乗り出ていた。
・・・実は新技の実験台が欲しかったところなんですよね。マスターには申し訳ないですが、試させてもらいましょう。
そして、先程の突進で勢い余って木を1、2本薙ぎ倒していた鎧鰐がマシロに向き直り、突進の構えを取る。
鎧鰐の全身は石で覆われ、ほとんど隙間がない。クロの「黒嘴」なら打撃で石を砕けるが、マシロの「黒剣」では斬るのは難しい。「黒剣」は石だろうと鉄だろうと鋸のように切断可能だが、鎧鰐が纏う石は分厚いため、切断して肉に達するまで数秒かかる。そんな時間、鎧鰐がじっとしていてくれるわけがない。
対峙するワニとマシロ。その時マシロがちらりと横を見る。漁夫の利を狙ったアリゲータドッグが潜んでいるのを見つけたのだ。だがマシロがそれを視認すると同時に、アリゲータドッグは悲鳴を上げながら空中に浮かび上がる。というか、見えない何かで吊り上げられた。
「きゃいん!ぐるう・・・」
「余計な手出ししようとしてんじゃねーぞ!てめえは今日の晩飯だ!」
木の上のムラサキが叫ぶ。いつの間にかアリゲータドッグの頭上に移動していたムラサキが『エアテイル』で拘束したのだ。
それを確認したマシロが視線をワニに戻すと、マシロのよそ見を隙と見たワニが突進を開始していた。
マシロは呼吸を整え、構えを取る。僅かに腰を落とし、右手を顔の前に、「黒剣」を水平に相手に向ける。狙いを定めるように。
ワニの突進は速いが、マシロからすれば大した速度ではない。十分に引き付ける。そして互いの間合いに入り、勝ちを確信したワニが首をひねって横に大口を開ける。それと同時、マシロが呟く。
「『剣舞・飛鳥雷』」
詠唱開始と同時に周囲でマシロを見ていた全員がその姿を見失う。唯一ムラサキだけがわずかにその行き先を視認できた。
「上か!?」
ムラサキが見上げ、その声に反応してクロも見上げた時、マシロはワニの頭上で空中に逆さまで静止していた。右手を前に突き出し、じっとワニを見ている。その右手に「黒剣」はない。代わりに一本の糸が右手の袖口から伸びていた。
「・・・討伐完了。」
そう静かに宣言すると、マシロはふわりと地上に降り立つ。そして右手の糸を引っ張った。糸の先は、なんと鎧鰐の首につながっている。糸が引っ張られると、その首から「黒剣」で出てきて、同時に血が噴き出す。「黒剣」の柄に糸がつながっていたのだ。
鎧鰐はまだ辛うじて生きているが、その体は痙攣するばかりで動かない。頸動脈切断、脊髄にも多大な損傷が入っていた。
「・・・お見事。」
「ありがとうございます。」
クロは少し遅れて拍手をする。マシロは「黒剣」を高速微振動させながら振って血を払い、鞘に納めると、クロに一礼する。
・・・何ともおっかない技を編み出したもんだ。やったことは実に単純だが。
マシロの新技『剣舞・飛鳥雷』は、高速で上方へ移動して敵の攻撃を回避し、直後に「黒剣」を狙いを定めて高速で投げる、いや撃ち出す技だ。恐るべきはクロやムラサキでも視認できないほどの速度と、鎧鰐の鎧の隙間を狙う精度だ。
マシロを喰おうとして首をひねっていた鎧鰐は、普段の態勢では隙間なく敷き詰められている石の鎧にわずかな隙間が生じていた。マシロはそれを狙ったのである。
対人であれば、魔法金属製の頑強な全身鎧が相手でも的確に兜の隙間に撃ち込むことも可能かもしれない。
ともあれ狩りは終了だ。ムラサキが捕らえたアリゲータドッグはクロの指示で開放すると、逃げて行った。ムラサキは残念そうだったが、クロは逃げる獣は追わない。そもそもこんな大きな獲物を仕留めたのだ。十分だろう。
鎧鰐の死体はクロとマシロが担いで家まで持ち帰った。家に着くと、家の北側、作業小屋の隣に大きな炉ができ始めている。数日前からホシヤマ達がクロ専用金属精錬炉を建造しているのだ。クロ達が作成する金属部分の建造は終わったため、あとはホシヤマに任せている。午後にはまた様子を見に行く予定だ。
そこへ、狩りを見ていたのか血の臭いでか、既にクロが獲物を仕留めてきたことを察していたスイーパー達が歓喜の声を上げながら群がって来る。
「待て待て、落ち着け。まず俺らの分をちょっともらうからな。」
100羽を超えるスイーパー達に見守られながら、家の南側で解体作業が始まる。ムラサキが指示を出し、クロとマシロで肉を切り分ける。保存用の干し肉にする分を切り取ったら、それはマシロとムラサキがキッチンへ運ぶ。ムラサキが保存処理をするためだ。
そこまで済んだらいよいよスイーパー達お待ちかねの食事タイムだ。
「よし!後は食っていいぞ!残すなよー。」
「「カアカア!」」
一斉に鎧鰐の死体に群がるスイーパー達。内臓も頭も次々解体され、骨まで砕かれてスイーパー達の胃に納められていく。
クロは玄関先に出した椅子に座り、それを微笑ましいものでも見るように眺める。普段仏頂面で不愛想なクロの貴重な微笑みだが、その目の前で繰り広げられているのはグロ注意の光景だ。
それをチラリと見た獣人形態に『変化』したムラサキが塩を準備しながら言う。
「なんであいつはあんなのを見て笑えるんかね?」
「マスターにとってはスイーパー達も可愛いのでしょう。ほら、ムラサキ、手が止まっていますよ。肉は大量にあるのです。早く処理してしまわなければ。」
「わーってるって。せっかちなんだよお前は。」
マシロは料理下手だが、苦手なのは味付けだけで、基本的に手際はいい。ムラサキの補助として肉の保存処理を手伝っていた。作業をしながら2人は雑談をする。
「しかし飢えた獣が多すぎないか?」
「ええ。マスターを前にしても逃走しないほど追い詰められている者が多すぎます。」
「まあ、おかげで肉の保存食には困らないんだがな。」
「しかし狩りのたびにマスターは心を痛めています。なぜこんなに飢えている者が多いのでしょう?」
「・・・そういや、草食獣の数が少なくないか?いや、隠れるのが上手いのか?」
普通、生態系を維持するためには、食物連鎖の下位ほど多くいなければならないはずだ。しかしこの周辺を散歩しても草食獣との遭遇は肉食獣より少ない。
「確かにこの森は以前から隠れるのが得意な草食獣が多く、遭遇率は低い方でしたが、言われてみれば、いくらなんでも低すぎですね。」
「何らかの原因で草食獣だけ減ってるってことか?」
「わかりません。ですが、草食獣の減少が原因なら・・・どうすればよいのでしょう?」
「うーん・・・」
その2人の会話はそこで途切れた。
昼食のティータイム。鎧鰐の死体は石を残して綺麗に食べられ、クロも家に戻って来た。たまには使うか、ということで今日は風呂で汚れを落とし、さっぱりしてからお茶を飲む。その席でマシロは先程ムラサキと話した内容をクロに話す。
「マスターはどうすべきだと思いますか?」
「んー。まず草食獣の減少の原因がわかればそれを解決したいが、仮に解決してもすぐには草食獣は増えないよな。」
「そりゃそうだ。」
この話題はムラサキも無視できないのか、参加している。
「前世の考え方がそのまま適用できるかわからんが、こうなった場合、肉食獣が餓死し続けて、肉食獣も数を減らす。」
「そうなりますね。」
「すると捕食者が減ったから、草食獣が増える。そうすれば生き残った肉食獣が飢えずに済むだろ?」
「・・・つまり放っておいても問題ないと?」
マシロが意外そうに言うと、クロは首を横に振る。
「いや、この話は閉じた環境下で成り立つ話だ。」
「閉じた?」
「つまり、飢えた肉食獣が餌を求めて他所の土地に移住する場合を考えてないんだよ。」
「なるほど。」
それを聞いたムラサキは数秒頭をひねって唸ると、クロに質問する。
「いや、それならここの肉食獣の数は減るんだから、結果的には同じじゃないか?」
「そうだ。ここはな。」
「問題は移住先のほう、ということですね。」
「そういうこと。今度は移住先で肉食獣が増えちまう。移住先のバランスが崩れるわけだ。」
そこでまたムラサキがむむむと唸りながら考える。
「えーと、そうすると移住先の草食獣が減って、また肉食獣が飢えて、餓死するか移住して・・・ん?結局それがぐるぐる回るだけで問題ないんじゃないか?」
光明が見えた、とばかりにムラサキが結論を出すと、マシロはやれやれとあからさまに呆れる。
「やはりムラサキはダメですね。ことはそう単純ではありません。」
「んだと、コラ!」
「おいおい、喧嘩すんな。ムラサキの言う通りになる可能性もあるよ。だが、外来種ってのは予想以上にその土地に大きな影響を及ぼすんだ。」
クロの前世でも動物でも植物でも、何らかの原因で入って来た外来種が、在来種を駆逐してしまった話は多々ある。ましてやこの世界は残った陸地のほとんどが地続きだ。容易に外来種は訪れる。
「特にこの魔獣の森の獣は、他所の土地の獣より強いのです。そんな肉食獣たちが別の森などに移住したら・・・」
「ああ、その森の草食獣は最悪全滅するだろうな。そうなればそこの生態系は破綻。肉食獣は餌を完全に失い、次々に餓死。もしくは更なる大集団となって移住、かな。」
「そしてその先でも同様に・・・と連鎖するのですね。」
「まあ、実際はどこかで何らかのブレーキはかかるだろうけどな。自然ってのはヒトの知恵の及ばないところでいろいろと調整してくれるもんさ。」
「珍しく楽観的ですね。」
「いや、そうでもなきゃ、とっくに生態系なんてどっかで破綻してるだろうと思うだけさ。そして俺は楽観的じゃないから対策する。」
「どんな!?」
ここまで話について行くのがやっとのムラサキがようやく結論かと飛びつく。
「飢えた肉食獣が移住しないように間引く。今まさにやってることだ。」
「結局そうなりますか。」
不満そうにマシロが言う。
「なんだ、マシロ。不服か?」
「それではマスターの心労が・・・」
「俺の心労なんか別にいいんだよ。死ぬわけじゃないし。」
「ですが・・・」
「カア!」
それでも何とかできないかと次の言葉をマシロが探っているときに、スイーパーの声がした。そこでようやくマシロは来客を感知する。
「ハア、来客ですね。私が出ます。」
「ああ、頼む。」
そしてマシロが玄関で靴を履いて出ようとすると、それより先に玄関の扉が開かれた。その先にいた客は、若干息を切らしたヴォルフだった。
「ふう、失礼。クロ殿に火急の依頼があります。」
草食獣減少の原因は、前回述べた通り、王都の狩人の仕業。今までヒトの手が入っていなかった森に、戦争開始時から急に狩人が入るようになって、生態系のバランスが崩れました。




