060 クロvsマシロ
決闘を見学した翌朝。日が昇りかけた時間に家から少し離れた広い場所でクロとマシロが向き合う。
一見するといつもの朝練だが、雰囲気が違う。そのただならぬ雰囲気に家の屋根で眠っていたスイーパー達も目を覚まし、クロとマシロを見つめている。
2人が得物を抜く。いつもの朝練で使う棒切れではない。クロは「黒嘴」を、マシロは「黒剣」を抜いていた。間合いも遠い。まさしく真剣勝負だ。
昨晩マシロがクロに願い出たのはこれだった。いつだったか話した本気の真剣勝負である。
クロもマシロもお互い相手の方が強いと言い合った結果、いつかやろうと言っていたものを今日、やることにしたのだ。今、ここで、どちらの方が強いか、決着をつける。
先手はクロ。普段の朝練では使わない盾を飛ばす。横にすれば斬撃になるが、より広域に攻撃してマシロの動きを制限するため、押し出すように飛ばす。
この程度の打撃ではマシロに大したダメージは与えられないが、マシロは大きく横に移動して躱す。クロの盾は2枚並んで飛んできている。うかつに触れれば、挟み込まれて動きを封じられてしまう。
盾を躱して接近を試みるマシロ。迎え撃つクロは上段の構え。最速最強の一撃で決める構えだ。
クロとしては速度でマシロにかなわないことはすでにいつもの朝練でわかっている。朝練の勝敗は9:1でマシロが勝っているのもこのためだ。故にクロがマシロに勝つには、どうにかしてマシロを捕まえ、最大の一撃で一気に決めるしかない。
その構えを見てマシロは一旦退く。いくらマシロが速度で勝るといっても、上段からの振り下ろしは速い。躱し切れるか微妙なところだ。マシロは相手の思考を大雑把に読んで攻撃タイミングを見切って避けることができるが、わかっていてもその攻撃が速すぎれば当然躱し切れない。
退いたマシロに再度盾が襲い掛かる。クロ自身は動かず、ひたすら待ち構える。下手に動けば隙ができる。マシロはそれを決して見逃さないだろう。故に動かない。盾でのみ攻撃し、逆にマシロの隙を探す。
マシロがクロの盾攻撃を回避しながら、互いに隙を探すこと10秒。意を決したマシロが一気にクロに接近する。
回避動作と同時に一瞬左手の剣を手放し、脚に仕込んだナイフ「黒爪」を2本抜く。それを投擲しつつ剣を持ち直して接近。2本のナイフは『移動』魔法で制御され、正確にクロの両目に向かう。
『移動』で制御されている以上、何らかの刺激でナイフに込められたマシロの魔力が失われない限り、ナイフはクロの両目に向かい続ける。クロはナイフを迎撃しなければならないが、それに構えた剣を使ってしまえば、大きな隙を見せることになる。
クロの選択は、構えを変えて横を向き、ナイフを側頭部で受けるというものだった。首に力を入れて衝撃に備え、受ける。ナイフはクロの頭皮を削り、チタン装甲の頭蓋骨に当たって折れた。
そしてナイフの着弾とほぼ同時に斬りかかって来たマシロを袈裟斬りで迎え撃つ。全力の一撃。切り裂いた空気が轟と音を立てるほどの速度だったが、その剣は地面に突き刺さった。
マシロは紙一重で躱していた。クロの攻撃タイミングが見えた瞬間、横に半歩ずれ、頭を下げて回避した。なびいた白髪と肩の服の一部が斬られて舞う。魔法強化炭素繊維製の服「影縫」が容易に切り裂かれたということは、クロの一撃が直撃していれば、真っ二つであったろうことがわかる。おそらく「黒剣」2本で防御していても防げなかったに違いない。
回避から即座に斬撃に移るマシロ。両手の剣はクロの首と脇腹を横薙ぎに狙う。
対するクロは即座に「黒嘴」を手放す。「黒嘴」は普段クロは軽々と振り回しているが、かなりの重量武器である。このコンマ1秒を争う一瞬では、地面に刺さったそれを引き抜く時間はない。そして両腕でもってマシロの斬撃を受け止める。
クロから見て右から来た2本の斬撃。まず右腕は間に合った。脇腹に向かっていたマシロの剣を腕で止める。腕の肉がすっぱり斬られるが、仕込んだチタン製の隠し剣で止まった。
問題は左腕。こちらは間に合わなかった。首が半分斬られ、脊髄を守るチタン装甲で止まったが、頸動脈に達している。その状態のまま、左手は剣を掴んでいた。
いずれの剣も、接触時に甲高い高速の連続音を立てたが、すぐに通常の鍔迫り合いのような音になる。
・・・止まったな。
・・・切れましたね。
両者とも、「黒剣」がその機能を停止したことを悟った。
マシロの「黒剣」は極薄の強化炭素板の縁を極細の刃付き強化炭素繊維が何本も回転するチェーンソーである。今、より強固なクロの魔法強化チタン装甲にぶつかり、その繊維が切れて回転が止まったのだ。すなわち今の「黒剣」はただの取っ手が付いた極薄の板である。
マシロはすぐに「黒剣」を手放す。剣の達人ならこの極薄の板でも人を斬ることができるかもしれないが、マシロは剣の達人ではない。第一、「黒剣」でクロのチタン装甲が斬れないことがわかった以上、別の攻撃手段を使う必要があった。
クロはマシロが手放した「黒剣」を放し、両手の隠し剣で攻撃を仕掛ける。次のマシロの攻撃はおそらく袖口に隠した「黒爪」を抜いて、それをクロの装甲の隙間に刺す攻撃だ。
この試合はどちらかが気絶したら決着というルールだ。耳や目などからクロの脳を抉れば、クロを気絶させることができる。細いナイフである「黒爪」なら可能だ。
・・・「黒爪」を抜かせる時間は与えねえ。このまま最短距離で心臓か首をもらう!
クロは最速で踏み込み、両手の隠し剣をマシロの首と胸めがけて突き出す。マシロはバックステップで逃げるかと思いきや、まだその場に留まっていた。クロはそれに嫌な予感がするが、思考加速を用いても、もう自分の動きを止められない。
そしてクロの隠し剣がマシロの胸に当たる寸前、マシロがつぶやく。
「『剣舞・無式逆さ三日月』」
その詠唱が始まった瞬間からマシロの姿がぶれ、詠唱が終わったころにはクロの視界から消えた。そして直後に強烈な衝撃とともにクロは意識を失った。
意識を戻したクロはまず視界が真っ暗なことに躊躇う。目視では真っ暗で、魔力視では小さな魔力が無数に遠くに見える。次に口の中に何か入っているのに気が付く。不味い。
そこでようやく自分がうつ伏せで倒れているのに気が付く。顔を地面から引き抜き、口の中のものを吐き出す。食べていたのは土だった。
一瞬ぼーっとするが、すぐに慌てて左右を確認する。同時に後ろから声がかかった。
「流石に早い復帰ですね。」
服を戦闘用のズボンから、平時用のロングスカートに『換装』中のマシロがクロの後ろに立っていた。クロの斬撃がかすめてほつれた肩の部分も修復を始めている。そのマシロの様子からも戦闘は終了したことがわかる。
「俺の負けか。どのくらい寝てた?」
「3秒ほどですね。服を直しながら介抱しようかと思ったら、もう起き上がりましたので驚きましたよ。」
クロは起き上がって体に着いた土や砂を払いながら、決着がついた瞬間を思い出していた。
「あれは新技か?」
「ええ。まだ未完成ですが、『剣舞』は私の体と「影縫」を同時に最大速度で操作して、既定の動きを行うものです。『逆さ三日月』は刺突攻撃や至近距離の銃撃に対して使用するカウンター攻撃です。」
「なるほどね。」
クロの至近距離の突きに対して、それを使用し、クロの動体視力でも追えない速度で横か背後に回り、強烈な一撃を頭部に見舞ったのだろう。おそらく『無式』は素手用の動きだ。つまり、状況から後頭部を思い切り殴られて気絶したらしい。後頭部に触れると派手に凹んでいたが、既に自己治癒で修復され始めている。
クロは勢い良く立ち上がる。
「さて、じゃあ結論は出たな。マシロの方が強いってことで。」
勝敗は誰の目にも明らかだが、マシロは納得いかないようだ。不満そうな顔をしている。
「確かにこの勝負は私が勝ちましたが、マスターは本気を出していませんでしたよね?」
「・・・いや、全力は出したぞ?」
嘘はついていない。クロは今、この状況で出せる全力を出した。しかし、マシロはクロに詰め寄って問いただす。
「全力というのは、あの窃盗団の頭相手に怒った時のような力を言うのではありませんか?」
「うーん。」
クロとしては己の固有魔法である復讐魔法のことはできるだけ口外したくない。自分の最大の切り札であるから、万が一にも対策されると困るのだ。
だがマシロはこの決着に納得がいっていない。もしクロがわざと手を抜いてマシロを勝たせたと思われれば、マシロのと信頼関係に不安が生じる恐れがある。それは何としても避けたい。
・・・まあ、最悪マシロから漏れるようなことがあったら、それが俺の運命かな。
意を決してクロは一部マシロに話すことにした。
「実を言うと、あの怒りによる魔法制御力の向上は、制御しきれていないんだよ。俺が本気で怒った時にしか発動しないんだ。」
「では、今、怒ってくれていましたか?」
・・・無茶言うぜ。
「できる限りは。だが、身内に本気で怒るなんて、俺にはできんよ。」
・・・愛する家族に本気の殺意なんて抱けるものかよ。
クロにとってはもうマシロもムラサキも、スイーパー達でさえ、自分の家族だと思っていた。クロは警戒心が強く、ヒトを信用しない分、人外には優しく、一度仲間と認めたら己が身を捨ててでも守る。そういう性格だった。
しばらくマシロはクロの真意を探るようにじっとクロの目を見ていたが、やがてため息をついて離れた。
「わかりました。勝負は私の勝ちです。・・・でも本気でやればマスターの方が強い。その考えは変わりませんからね。」
「しょうがないな。それでいいよ。」
・・・俺はそんなに強くないんだけどな。
今までクロが勝ってきたのは、相手が格下だったり、油断や隙をついて不意打ちで倒してきたようなものだ。本当に強い格上が来たら、逃げるしかないだろう。クロは常にそれを懸念し、そしてそれに備えるべく日々鍛えていた。
クロとマシロは川で汚れを洗い落としてから、ムラサキが待つ家に戻った。気を聞かせて朝食を作ってくれていたムラサキは、特に2人の勝負の内容には興味を示さず、どっちが勝ったかだけ聞いてきた。
「勝ったのは真白だよ。」
「マスターが本気を出さなかっただけですけどね。」
「ふうん。まあ、そうだろうな。」
大した感想も言わないムラサキにマシロが食って掛かる。まだ納得しきれていないようだ。
「まるで結果がわかっていたような口ぶりですね。」
「だって、クロがお前を本気で攻撃できるわけないだろ。こいつはお前のこと大好きだしな。」
「は?」
「・・・・・・」
マシロは意味がよくわからなかったようで、呆けた表情になり、クロは顔を背けて沈黙する。
数秒してマシロがクロを見ると、クロは言い訳を始める。
「いや、あの一刀は本気で潰す気で振ったぞ?ちゃんと本気だった。」
「クロがマジでぶち切れてたら、倉庫の地金を魔力で振り回して回避不能の弾幕を展開するだろ。」
「う・・・」
図星ゆえに返答に困るクロに、ムラサキがさらにクロの脇差を指さして言う。
「第一、腰のそれを抜いてねえ。」
「これは使用条件厳しいんだよ。」
そこまで言い訳を聞いて、ムラサキはマシロの方を向く。
「な?こいつは身内に本気出せないんだ。特に大好きなお前にはな。寝てる時、安心しきった顔でお前に抱きついてるのを見ればわかる。」
「おま、それは・・・」
「ああ、そういえばそうですね。」
クロは例えばれていても明言されたくなかったところをはっきり言われ、頭を抱えて黙り込む。
そんなクロの様子を見る2人は少し笑う。
「ぷぷぷ。マシロ、こいつの本気と戦いたかったんなら、こいつの敵になるべきだったな。もう遅いが。」
「ふふ、いえ、戦えないのは残念ですが、もういいです。マスター、早く食べましょう。」
「・・・そうだな。」
軽く落ち込みつつも、クロは頭を上げる。そして3人でいつも通り、姿勢を正して手を合わせる。
「「「いただきます。」」」




