059 魔法式リサイクル製錬その2
「凄まじい出力だったな。」
決闘が終わり、観客が去って、決闘場を解体するホシヤマ達を見ながらクロが言う。
「ええ、あれでは銃弾も着弾前に融けてしまうでしょう。」
「おそらく本気でやれば融けるじゃ済まねえ。蒸発するな。」
「あれは敵に回したくねえなあ。」
こればかりはクロもムラサキに同意だ。まるで勝てるビジョンが浮かばない。近づくなどもってのほか。遠距離ではあらゆる物質が融かされる以上、クロ達にできる攻撃は限られる。例えばムラサキの『エアテイル』。だが射程距離が足りないだろう。ムラサキがクロ並の耐久力があれば別だが、あの熱にムラサキはほぼ近づけない。
・・・やっぱ、基本フレアネス王国とは友好関係でいきたいな。
そんな感じで反省会をしていると、ホシヤマが近づいてくる。
「もういいのか?」
「ああ。あとはあいつらだけで十分だ。どっかで茶でも飲みながら話すか?」
「いや、ここでいい。」
クロ達は大抵の店で恐がられてしまうので、喫茶店には入れない。ここで話すほかなかった。
クロは盾を地面に置いて、それを4人で囲む。盾は多少湾曲しているが、表面が滑らかなので、下敷きにはもってこいだ。
「ちょっと曲がってるが、この上で書いてくれ。」
「おいおい、待て待て、地べたに座る気か?ちょっと待ってろ。」
ホシヤマはすぐに特別席で使われていた椅子を4脚持って来て、土魔法で机を作る。
「助かる。」
「いいってことよ。」
机の上にクロの盾を置いて、それを4人で囲む。ムラサキはクロのフードに収まっているので、椅子が一つ余ったが。
ホシヤマが図面を引くための紙を盾の上に広げる。
「俺が知ってる炉はこんな感じだ。」
ホシヤマは大雑把に炉の図を描く。
「ふむ。」
クロが見る限り、炉自体は前世で知っているものに類似している。前世で見た炉は、炉壁を補修しやすいように細かく分離可能にして損傷部分だけを交換できるようになっていたが、ここでは一個の岩のように継ぎ目がないらしい。土魔法で自在に補修できるからだろう。
加熱機構は前世の物とだいぶ違う。下に薪をくべて空気を送る程度だ。もちろんこれだけで火力が足りるはずがない。あくまで火魔法による加熱の補助だろう。
そして一番問題となる違いを見つけた。クロが今回、炉の建造を依頼するきっかけになったことでもある。
「排ガス処理設備はないのか?」
「ん?なんて?」
クロの質問に、ホシヤマは理解できない、という顔だ。
ホシヤマが描いた炉は、上部がそのまま煙突につながっていた。つまり鉱石を融かしたときに出るガスをそのまま外に出しているのだ。これは大問題である。
「鉱石を融かしたときに出るガスには有毒なものが含まれているんだよ。それを無害化してないのか?」
「そうなのか?・・・あー、そういえば叔父貴が動かしてる時に上から覗くなって言ってたな。眩しいからだけじゃなかったのか。」
鉱石を融かすと様々な有毒ガスが出る。主なものが亜硫酸ガスだ。最悪、周囲の森を蝕み、鉱山の周りを不毛の地にしてしまう。
「有毒とわかってて垂れ流しかよ・・・その鉱山、禿山になってたりしないか?」
「いや?豊かとは言えないが、そこそこ木は生えてたぜ。」
「ん?そうなのか?じゃあ、硫黄とかあんまり含まれない鉱石だったのかな?」
もし原料に有毒ガスの元が少なければ、確かに周囲への影響は小さくて済む。ホシヤマの叔父が覗き込まないように言ったのは、嗅覚が鋭い獣人にとっては微量の毒ガスでもダメージになり得るからかもしれない。
・・・まあ、その鉱山はいずれ見学に行くとして、今はこっちの話だな。
「その鉱山はそれでいいかもしれないが、俺のは排ガス処理設備を付けるぞ。だいたいこんな感じだ。」
クロはホシヤマが描いた炉の上部から配管を伸ばして水槽が隣接する塔にガスを導く図を描く。ガスはこの塔を抜けてから煙突に向かう。
「こんな感じでこの塔の上からシャワーのようにこの水槽の水を撒きたい。で、撒いた水は水槽に戻る。」
「結構複雑だな。」
「これでも魔法に期待してだいぶ簡略化したんだ。」
「マジかよ。で、水は誰がくみ上げ続けるんだ?」
「あ。」
考えてみれば電動のポンプなんてなかった。水魔法で自在に移動できる分、自動で水を運び続ける装置は開発されていなかった。帝国にはあるだろうが、ここにはない。
「しょうがない。塔の上にタンクを付けて、定期的に手動でくみ上げよう。」
「あんたら水適性低いんだろ?じゃあ、ポンプ付けとくか。」
「ああ。助かる。」
手動のポンプはあるらしい。ここで撒く水は有毒なので、バケツで運ぶと危険だったから本当に助かった。
その後も排ガス処理設備の詳細を詰め、炉本体にも魔法による加熱や操作をやりやすくするための工夫を盛り込んで設計図が出来上がった。
未知の建築物にホシヤマも興味津々だ。
「いやあ、面白い仕事になりそうだな!ところでこれを作るってことは製錬業をやるのか?」
「今更だな・・・そうだ。爺さんからの依頼で、金属地金を作って売ることになった。」
「そこでお得意の金属魔法ってわけか。」
「まあ、そうだな。」
本当は原子魔法なのだが、表向きは金属魔法ということにしておく。
「さて、いくらになるかな?」
「前例がねえから、何とも言えねえなあ。だが、結構高くつくぞ?」
「問題ない。先日まとめてトン単位で地金を売ったばかりだ。金はある。とにかくいい物に仕上げてくれ。」
「おっと、そう言われたら張り切らざるをえねえな。」
ホシヤマは力こぶを作ってニカッと笑う。
「じゃあ、よろしく頼む。いつから来れる?」
「明日は仕事がもう入ってるからな・・・明後日の午後からでいいか?」
「十分だ。」
予定も決まったところで解散となった。ホシヤマは部下が集まる西門に走っていく。これから打ち上げらしい。
「さて、帰るか。」
「はい。」
「おう。」
そうして3人、森の家に帰り、一通りくつろいだ後、就寝前にマシロが改まってクロに言って来た。
「マスター。お願いがあるのですが。」
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神域にある各神固有の空間。所有者たる神以外の神は、所有者の許可なく入れない、神の私室である。
闇の神が自室で安楽椅子に座り、下界のクロの様子を見ているところへ、入室許可を求める音が聞こえる。がらんがらんと神社にあるような大きな鈴の音だ。なお、こんな音にしているのは闇の神だけである。
「入っていいぞ。」
下界を映した画面から一切目を離さずに闇の神が言うと、ふすまのような扉を開けて、空色の髪の男が入ってくる。風の神だ。
「やっほ。相変わらずイレギュラーに釘付けだねえ。」
「ワシのお気に入りだからな。」
画面のクロ達は客間のソファーに座って茶を飲み、くつろいでいるところだ。風呂を使うか、川に行くかの話をしている。特に見るべきタイミングには見えない。
「闇の神にはこの画面越しにでも彼の心が読めるのかい?」
「いいや?無理だな。」
闇の神は首を横に振るが、横に立って闇の神を見下ろす風の神は懐疑的な目で見ている。
「そう疑わずとも、本当だよ・・・と言っても、信じるまいが。」
闇の神が自嘲気味に笑うと、風の神は頷く。
「あんた、胡散臭いからねえ。全部まとめて嘘って可能性もある。」
「何を言っても信じてもらえないというのも辛いな。」
悲しそうに闇の神はそう言うが、風の神には冗談を言っているようにしか見えない。
「で、そんな話をしても仕方がないワシのところにわざわざ来た要件は・・・クロのことか。」
「いくら読めるからって、先んじて相手が言おうとしてるのを横取りするのって、感じ悪いよ?」
「知っておる。だが、ワシは楽しいぞ?」
「はあ、やれやれ。」
風の神はため息をついて、風魔法で作った椅子に腰かける。闇の神と並んで座って画面を見る体勢だ。一見すると仲良く映画を見る青年とその父親のようにも見えるが、決して仲は良くない。
「僕はあんたと違って自分の神子以外も結構見ててね。ちょうどイレギュラーと戦ってる彼を見てたんだよ。」
「ほう。」
闇の神には既に風の神が話そうとしている内容は読み取れているが、あえて口は挟まない。
「彼は前世で貧しい中から貪欲に働いてお金を稼いでいたけど、事故で若くして亡くなっちゃったからね。前世でまじめだった反動かな?泥棒が使うような風魔法を習得しちゃって、こっちで窃盗団なんか作っちゃってた。」
「そうだな。」
「でも彼に悪いことをしてる自覚はあまりなかったみたいだよ。貧しい子供たちを助けるヒーローの気分だったみたい。」
「ああ、その子供もそう言っていたな。」
「果たしてどっちが悪党かねえ?」
「知らんな。」
人の心を永く見てきた闇の神にも何が正義かなどわからない。そういう定義自体が無意味ではないかとすら思っている。自身を正義だと思い込んでいるものほど厄介なものはない、という経験則があるのも彼がそう思う一因だ。
「話が長いぞ。さっさと本題に入れ。」
「しょうがないな。せっかく彼の二度目の半生を語ってあげようと思ったのに。」
「いらん。ほれ、話せ。」
闇の神が画面から目を離さずに促す。風の神もなんとなく画面を眺めながら話す。
「あんた、イレギュラーに固有魔法を与えただろう?」
「・・・八神の総意で魔法を禁止したではないか。」
「例外を設けただろう?」
初めの取り決めと後の会議で、クロにかけられた魔法禁止の呪いには例外が設けられている。生活魔法と原子魔法だ。原子魔法はクロが独自開発したものなので、固有魔法ではない。
「固有魔法が生活魔法に分類されることはないぞ?」
「そうじゃないよ。」
「ではなんだ?」
ニヤニヤと笑いながら闇の神が促す。風の神が既に答えに辿り着いているのを知りながら、その彼の推理を確認させるように質問していく。
「・・・窃盗団の彼とイレギュラーを比較して初めて気づいたよ。イレギュラーは怒ると魔法制御力が異常に高まる。」
「感情によって魔法制御力が変動するのは、常識だろう?」
「その常識の範囲を逸脱しているんだよ。あの時、窃盗団の首領もイレギュラーもどちらも怒っていた。首領も確かに魔法出力が向上したが、イレギュラーはその何倍も膨れ上がった。変動率に個人差があるとしてもこの差は異常だよ。」
「・・・・・・」
「まさかと思って過去のデータを調べてみたら、あったよ。条件に合致する魔法が。流石は最古参の神だね、あんた。あんなものを知ってるなんて。」
「お前とてそこそこ古い方だろう。で、何の魔法だった?」
風の神は一呼吸置き、真剣な顔になって闇の神を見た。
「復讐魔法。それがあんたがイレギュラーに与えた固有魔法だ。」
「・・・続けろ。」
闇の神は動じた様子もなく、画面の先でお茶を飲むクロを見つめている。
「復讐魔法の効果は、実に単純。怒りの感情による魔法制御力の向上効果だけを増幅する。それだけだ。」
怒りによる変動はプラスの物ばかりではない。例えば、条件によっては操作力(器用さ)が低下することもある。しかし復讐魔法を使えば、それも向上させることができる。
「それは術式も不要な、魔法と呼んでいいかも怪しい代物だ。だが、だからこそ、魔法禁止の呪いに引っかからない。」
魔法禁止の呪いは、術式の起動に反応して阻害する。故に術式がない魔法には反応しないのだ。だが、現存するヒトが使用する魔法はすべて術式を使用している。多くの魔獣すら、その体内や魂に術式情報を記録している。
「そして、復讐魔法の恐ろしいところは、たったそれだけの効果なのに、様々な副次効果があることだ。例えば、魔法回復力が上昇し、容量を超える魔力が体内に集まることで、身体能力も向上する。ただし、過剰供給の状態がいつまでも続くはずがない。それに本来の性能以上に体を動かせば、当然、体は壊れる。だから、復讐魔法は使えば一時的に巨大な力が得られる代償として自滅する禁忌の魔法だったんだ。」
「よく調べたな。では、なぜクロはまだ自滅していない?」
「信じがたいが・・・部分発動か?」
「正解。」
合格、と言わんばかりに闇の神が笑う。
「復讐魔法のような原始魔法は、部分発動が可能だ。クロは常にヒトへの恨みを持つことで、常時部分発動している。そして怒りによって段階的に発動率を上昇させている。故に体の自壊が魔族の再生能力で補えているのだ。」
「原始魔法・・・そんなものが。」
風の神は信じられない、という様子だ。
「ワシが神をやり始めた頃は珍しくなかったぞ?もともと、魔力とは生物の意志に応えるものだ。そこから発展してきたのが魔法なのだからな。」
なんとなく理解した風の神は、改めて画面に映るクロを見る。
「あのくつろいでいる状態ですら、発動しているのか?」
「ああ。発動している。10%ってところか。」
「先の窃盗団との戦闘では?」
「相方の犬がひん剥かれた時で、30%か。」
「あれで30%!?」
風の神が驚く。神から見ても驚愕すべき上昇率だったのだ。それでまだ3割。100%では一体何が起こるのか。神である彼にも想像できない。
「データには過去、何度か使用者がいたそうだが。」
「ああ。残念ながら、50~80%の発動で自滅したから、まだ100%発動は見たことがないな。」
風の神は立ち上がり、闇の神を睨む。普段、飄々としている風の神には珍しい。
「では、あんたは100%を見たいがために、あのイレギュラーを?」
「そうだ。研究者が自分が開発した物の性能を確認したいのは当然だろう?」
「彼は、転生者たちは生きているんだぞ?」
「神が人道を説くなど、ちゃんちゃらおかしいな。」
「僕はおかしいとは思わない。」
「そうか?意見の相違だな。まあ、初めからわかっていたことだが。」
「・・・ああ、そうだね。」
そう言い捨てて風の神は部屋を出て行った。
一人になった部屋で闇の神がつぶやく。
「これだけ永く生きても、まだ人間らしい感覚を持っていることは、尊敬するよ、風の神よ。だが、こればかりはやめられん。クロには100%を引き出してもらわなくてな。」
闇の神は一人、小さく笑いながら画面の先のクロを見つめる。
59話にしてようやく主人公の固有魔法が判明。我ながらちょっと引っ張りすぎたかな?もっと特殊な能力を期待していた方にはごめんなさい。魔力を上げて物理で殴るような固有魔法です。まあ、副次効果は色々ありますが。




