058 火の神子の力
クロ達が地金生産を始めて数日後。今日から9月。あとひと月で冬になる。そんな日に地金を買い取りに王国からの使者が来た。
「ごきげんよう。」
「まさか爺さんが直々に来るとはな。」
やって来たのは大きな馬車を引き連れたヴォルフだった。ヴォルフが家の前で挨拶をするのと同時に馬車から数名の作業員が降りて来る。
「今回だけですよ。何事も初回はトラブルが多いものですから。」
「まあ、確かに。」
「ところで馬車を乗り入れるためにここまでの道をちょっと広げてしまいましたがよろしかったですか?」
しれっとヴォルフがそんなことを言う。見れば確かに台車が通るのがやっとの獣道だったのが、大きく切り拓かれている。
「できるだけ森は傷つけたくないんだが・・・今後も荷物の出入りがあるとなると避けられんか。」
不満を隠そうともしないクロだが、必要性は理解できる。それに既にやったことを怒っても仕方がない。
「ありがとうございます。」
「爺さんには色々と借りもあるしな。木を切ったのは気に入らなくても、妥協はするさ。」
一応、これ以上は無暗に切り拓かないでくれ、と釘を刺すクロ。察したヴォルフは深々と頭を下げる。
「勝手に木を切ってしまったことは謝ります。しかし、双方の利益になると思ってやったこと。お許しください。」
「わかってるよ。・・・切った木はもらうからな。」
「勿論です。クロ殿の土地の木ですから。」
・・・なら切る前に断ってくれよ。
クロはそう思うが、蒸し返しても無意味だ。この話はこれまでとした。
倉庫のカギを開け、作業員に運び出す指示を出しながら、クロとヴォルフは硬貨をやりとりする。
「この短期間でよくこんなに作れましたな。」
「ホームレス達が張り切って運んでくれてな。だいぶ気前よく買ったから、あいつらの懐も潤っただろう。」
「それはよかった。」
ホームレスも金を得れば、やり直すチャンスが得られる。王国を運営するヴォルフとしては喜ばしいことだ。
「で、ホームレスが潤った分、俺の懐は寂しくなったから、高く買ってくれよ?」
「おやおや、そう来ましたか。我が国の国民を助けていただいたからには、こちらも誠意を見せないといけませんなあ。」
そういうことで、kgあたり5ドルの予定だった鉄地金は、kgあたり5.5ドルで売れた。他の銅、鉛、亜鉛、アルミも1割増しで買ってもらえた。
「なんか随分サービスしてくれたな。」
「初回限定、ですよ?次回からは取り決め通りでお願いします。」
「わかった。」
硬貨のやり取りが終わり、地金の積み込みも終わると、作業員達は馬車に乗り込んで帰って行く。しかしヴォルフは残り、クロ達に話があるという。
「爺さんは徒歩で帰るのか?」
「まさか。彼らには森の入口で待っていてもらう予定です。」
「ここで待機すればいい。お茶くらい出すぞ?」
一応、来客用の茶器は多めに用意してある。流石にテーブルは足りないので、地べたで飲むことになるだろうが。
「いえ、彼らはスイーパーが恐いようで。」
「そうなのか?あんなに可愛いのに。」
「・・・それは一般的な意見ではありませんよ。」
「そうか・・・」
ヴォルフの話を聞くため、とりあえず全員家に入る。いつも通り客間に入り、マシロが緑茶を出す。ヴォルフは早速一口啜る。
「うん、美味い。マシロさんは緑茶の方が上手ですね。」
「ありがとうございます。次は紅茶でもそう言わせて見せましょう。」
「ふふふ、私は紅茶の方がうるさいですよ?」
いつも通りのお茶談義を終えると、ヴォルフが話を切り出す。
「窃盗団の後ろ盾を捕らえました。」
「ほう。結構時間がかかったな。自白魔法を使ったんだろ?」
「ええ。それですぐに目星はついたのですが、証拠の確保に手間取りまして。」
窃盗団壊滅の朝、すぐに国王直属の兵士たちが盗品を置く倉庫や侯爵の屋敷を捜索したが、盗品は売却もしくは処分済みで倉庫になく、侯爵本人も逃走済みだった。物的証拠がない以上、本人を捕らえて自白させるしかない。大勢の兵士を動員して捜索を続け、先日ついに密航しようとしていた侯爵を海の上で捕獲したらしい。
「そして議会で相談した結果、フォグワース領の発展を願った末の行動として情状酌量を求めた各貴族の意見を取り入れ、連座はなしで罰を受けるのはフォグワース侯爵本人のみ。そして侯爵の名誉のために処刑ではなく決闘となりました。」
「処罰するのに決闘?」
「やはり他国、いや異世界人には馴染みがありませんか。」
「ああ。決闘てことは、罪人が勝ったら無罪放免なのか?」
「ええ。獣人族では力が正義ですから。」
なんとも、中途半端に野生が残った社会だ。クロが呆れていると、ヴォルフがニヤリと笑う。
「ただし、勝たせる気はありません。」
「・・・相手は?」
「国王です。」
「「「・・・ご愁傷様。」」」
3人は国王が戦うのを見た事はないが、その馬鹿みたいに膨大な魔力量を一度見ている。そしてその武勇伝も聞いている。そのうえ火の神子であり、彼がフレアネスの国王となったのは、国中が彼が国内最強の人物だと認めたからに他ならない。
つまりは決闘というのは名前だけの処刑ということだ。国王と直々に戦えるというのは武人として誉れかもしれないが、死ぬことに変わりない。いや、最悪、処刑より苦しむ羽目になるかもしれない。
「それで、その決闘が今日の午後、そこの平原で行われるのです。窃盗団の後ろ盾の末路、見ておきますか。」
「・・・そうだな。見ておこう。」
本音は大して興味はない。クロが見たいのは、国王の戦闘だ。一体どんな戦い方をするのか。純粋な興味の他、もし万が一敵対したときの対処法も考えておきたい。
「では13時から西門前で行われますので、遅れないようにお越しください。」
「ああ。連絡ありがとう。」
ヴォルフは連絡を終えると一礼して去って行った。
そして正午。1時間前だというのにすでに会場付近に大勢の獣人がいる。
「すでに混雑していますね。」
「なんでだよ・・・暇人が多すぎだろ・・・」
「お前は人混みを嫌いすぎだろ。」
うんざりとして嘆くクロに、そのフードから顔を出したムラサキがツッコミを入れる。しかしクロのヒト嫌いはもはや生理現象だ。改善の余地はない。
「では、遠方上空から観戦しますか?」
3人とも魔族なので、視力は獣人以上だ。マシロの提案通り、遠くからでも十分見えるだろう。
「そうだな。だがその前にちょっと用事がある。」
そう言ってクロはおもむろに人混みに近づいて行く。
「ヴォルフさんなら反対側ですよ?」
人を探していると察したマシロが教えてくれるが、クロが今探しているのはヴォルフではない。
「いや、爺さんじゃない。いる場所は目星がついてるから大丈夫だ。・・・よっ。」
クロは人混みの前で高くジャンプし、飛び越えて会場に近づく。マシロもそれに続いた。着地と同時に集まっていた群衆から声が上がる。
「誰だ!割り込みしてんのは!」
「俺は1時間前から並んでたんだぞ!」
どうやら無秩序に見えたが一応来た順になっていたらしい。クロを強引に割り込んだマナーの悪い観戦客だと思ったようだ。
「悪い。用が済んだら後ろに戻る。」
「は?って、こいつ、<赤鉄>じゃねえか!」
「うわっ!」
詰め寄ろうとしていた獣人たちが慌てて距離を取る。<赤鉄>が黒いコートを着て手に長剣を携えた黒髪の人間型の魔族という特徴は既に王都中に知られるところとなっていた。その残虐非道な行いも噂になって尾ひれがついている。
恐怖に竦んでいる獣人たちを無視してクロは周囲を見渡す。そして目的の人物を見つけた。
「ホシヤマさん。」
「ん?おお、<赤鉄>じゃねえか!」
会場を覆う土塁を作っていたホシヤマが、作業の手を止めて振り返る。王国随一の土魔法使いにして建築業も営む<地竜>ならここにいると思っていた。国王が決闘するとなれば、周囲に被害が及ばないよう、相応の準備が必要だ。ならばホシヤマが来ているはずだ、という簡単な推理である。
「知らん仲じゃあるまいし、名前で呼んでほしいもんだな。」
「おおっと、そりゃ悪かった。久しぶりだな、クロ。マシロの嬢ちゃんも。」
「お久しぶりです。」
ホシヤマはヘルメットを被ったままゴーグルを上げて、黒い目を見せて笑う。作業着に身を包んで汗を流す様はまさに働くおじさんだ。結構かっこいい。
「しかしあんたらも悪名上げたもんだな。」
「別に犯罪を犯したわけでもないんだがなあ。」
「だいぶ嫌われてしまいましたね。」
そう言いながらまるで気にした様子もないクロとマシロ。そこにフードから顔を出したムラサキが抗議する。
「こいつら非常識すぎるんだよ!こいつらが生首振り回してスイーパー引き連れて王都を行脚したせいで、碌に飯屋にも入れなくなったんだ!」
急に出てきて喋った紫色の猫にホシヤマは一瞬驚くが、すぐに思い出す。
「ああ、あんたがムラサキか。ヴォルフ爺さんから聞いてるぜ。唯一の常識人だってな。」
「なんかそう言われると悲しくなって来る。」
「ムラサキはヒトではありませんがね。」
「常識人ってのは貴重なんだ。ムラサキがいないと困るってことだよ。頼りにしてるぜ、相棒。」
「常識が貴重ってなんだそれ・・・」
頼りにされて嬉しくないわけではないが、違和感のほうが大きくて素直に喜べないムラサキ。
そんな相棒を置いといて、クロは話を進める。
「実は家について増設してもらいたいところがあってな。」
「おう、いいぜ。棚とかか?」
「それもあるが、ちょっと複雑でな。製錬用の炉って言ってわかるか?」
「炉か・・・」
少し首をひねって考えるホシヤマ。数秒記憶を探って、それを思い出す。
「ああ!鉱山で働いてる親戚が作ってたな。うん、構造は覚えてるぞ。」
「それは助かる。その炉を作ってもらいたいんだが、俺ら用に色々と特殊にする予定だから、詳しく打合せをしたい。これの後でいいから。」
今はホシヤマの会場設営作業を遮っている状態だ。長話はできない。
「あ~、決闘が終わって、会場の解体まで終わってからでもいいか?夕方になっちまうかもしれないが。」
「構わない。できるだけ早くほしいんだ。」
「ならいいぜ。決闘が終わった後、会場に来てくれ。っていうかネームドなら特別席か?」
ホシヤマが指さしたのは、周囲より1段高くなっている場所だ。当然その裏では見えないので、会場を取り囲む観客もそこにだけはいない。貴族など身分が高い者限定の席なのだろう。すでに座っている貴族もいる、
「いや、あんな狙われやすい席は御免だな。適当なところから見るよ。」
「そうかい。まあ、好きにしな。じゃあ、俺は作業に戻るぜ。」
「ああ、邪魔して悪かった。また後でな。」
「おう!」
そうしてホシヤマと別れると、3人はまた人混みを跳び越えて会場から離れて行った。
午後13時ちょうど。立会人のヴォルフが対峙する両者の間に立つ。
「ではこれより、ジョナサン・レーヴァ・フレアネス国王とキャベル・フォグワース侯爵の決闘を始めます。」
半径500mほどの円形の決闘場。高さ1.5m程の分厚い土壁で囲まれただけのその決闘場に、赤髪の虎系獣人と金髪の狐系獣人が300m程の距離を取って向かい合う。
観客は土壁に張り付き、国王へ応援の声を、侯爵へ野次を飛ばす。やけに広い決闘場ゆえ、獣人の視力でなければ決闘の様子は良く見えないだろう。だが、これだけ広くしなければ危険なほど激しい戦いがこれから行われるということだ。最前列に並ぶ観客たちの安全は保障されていない。最悪の場合、その後ろ、後列でさえも巻き込まれる可能性はある。観客ですら覚悟を持って見に来ている。
クロ達はその土壁からつながって地上3m程の高さにある特別席の台の上にいた。特別席は階段状になっており、後列でも十分決闘場を見下ろせる作りになっている。さらに安全を考慮して、縁に分厚い土壁がある。で、クロはどこにいるかと言えば、特別席の一番後ろだ。一番後列の席ではない。一番後ろの壁の上に座っていた。
十分な防御力を持たせるために分厚く作られた土壁は、その上で胡坐をかけるくらいの広さがあった。そこにクロは胡坐をかいて座り、ムラサキは丸くなり、マシロは礼儀正しく座っている。地上6m以上あるそこは落ちたら獣人でも大けがをしかねない高さなのだが、3人とも飛べるので問題ない。すっかりくつろいでいた。・・・国中の貴族の頭の上で。
マシロは無礼に当たるとわかっていながら無視し、クロは身分制度自体に関心がなく、ムラサキはもう面倒くさくなっていた。
そんな場所からクロはフォグワース侯爵の表情まで読み取る。
・・・金に汚い下種って感じじゃねえな。少なくとも今は覚悟を決めた顔をしている。
勝てないことはわかっている。自分はこれから確実に死ぬ。ならばせめて無様な最後にはならないように、全力を尽くそう。そんな思いが読み取れる表情だった。
他の貴族から、情状酌量の余地あり、と言われていることからも、悪い領主ではなかったのだろう。窃盗団を利用したのも、立場上仕方なかったのかもしれない。
「惜しい人材、かもな。」
「ええ。侯爵は立派な方でしょう。ですが、裁かないわけにはいきません。」
「・・・だよな。」
社会というのは、頑張れば報われるとは限らない。むしろ頑張っただけ無駄、というような結果の方が多いものだ。一握りの幸運な者か、真に才能あふれる天才か、そんな者達がさらに努力を重ねてようやく成功する。凡人がいくら努力をしても、報われる方が稀だ。理不尽だが、そういうものだ。
クロが前世を少しだけ思い出している間に、ヴォルフが退場して決闘が始まる。
国王は一切武器を持たず、腕組みをしたまま動かない。対して侯爵はレイピア片手に突進した。クロには遅く見えるが、普通の獣人基準で見れば十分速い突進だ。観客から感嘆の声が短く上がる。
そして国王まで50mという距離で侯爵は詠唱を始める。クロには呪文を聞き取れないが、魔力の色から闇属性と判断する。
残り30mという距離で急に侯爵が横に飛ぶと、その動きに合わせて無数の侯爵が残像のように現れ、国王を取り囲む。侯爵に野次を飛ばしていた観客もこれには賞賛の声を上げざるを得ない。
「すげえ数の分身だ!」
「本物はどれだ!?」
「まさかあれがフォグワース家奥義の闇魔法剣か!?」
クロ達はこの一瞬でさらに分析する。
「幻像を見せるだけにしては魔力量が多いですね。」
「上位の闇魔法だな。ただの幻じゃない。当たれば「斬られた」という意識を強く刷り込まれ、実際にダメージを負う奴だ。」
「じゃあ、あれ全部本物みたいなもんか。えげつねえな。」
ムラサキがえげつないと評するが、クロはそこまでではないと思う。上位の闇魔法によるこの手の干渉攻撃は、与えるダメージにかなりムラがある。つまり対象の抗魔力に影響を受けやすいのだ。最悪、無傷ということもあり得る。
そしてついに侯爵が動く。国王を取り囲んだままじりじりと間合いを詰めていた侯爵とその分身が、一斉にレイピアを構え、斬りかかる。
「国王、覚悟!『円陣幻影・・・」
「『ヒートフィールド』」
結果から言えば、無慈悲。なんとも無慈悲な結果だった。国王が一歩も動かず、軽く一言呪文を唱え、一つの魔法を行使しただけで決着はついた。
『ヒートフィールド』。効果は一定範囲の温度を上げる。ただそれだけ。それが非常識な速度で温度が上昇し、侯爵の衣服が一瞬で燃え上がり、炎に包まれる。侯爵が意識を乱した結果、分身は消える。それでも一糸報いようと侯爵は歯を食いしばってレイピアを突き出すが、その時にはもうレイピアはただの融けた鉄となり、侯爵の右手ごと地面に落ちていた。それでも侯爵は前に進もうとするが、炭化した足が崩れ、倒れる。高温の地面に倒れて焼かれ、高温の空気で肺を焼かれ、苦しみながら表皮から消し炭になっていく侯爵。そしてすぐに物言わぬ骨と炭だけが残った。
投稿ペースを戻したばかりで申し訳ないですが、第2章ラストに向けて少し投稿ペースを調整します。週2は少なくとも維持しますので、よろしくお願いします。




