006 山賊討伐
・・・さて、旅の初めに盗賊に襲われる馬車に出会うなんてテンプレに遭遇したわけだが、普通ならここで助けるんだろうが・・・
クロが悩んでいると、ムラサキが走りながら声をかけてくる。
「どうするんだ?」
「選択肢は3つだな。」
「へえ。」
「1つは馬車を助ける。」
「まあ、妥当だな。2つ目は?」
「盗賊に加勢する。」
「なにその外道。3つ目は?」
「無視してちょっと離れたところを通り過ぎる。」
「まあ、それが一番安全か。」
「そうだな。まず、2つ目はねえ。」
「まあ、非人道的すぎるか。」
「いや?メリットがない。馬車の荷を40人で分けると分け前はほとんどない。第一、途中参加で分け前がもらえるとも思わん。」
「じゃあ、1つ目か3つ目か。」
「そうだ。3つ目なんか楽でいいけど、ここは1つ目で行く。」
「なんで?」
「今、俺達に必要なのは、金と情報だ。美味い飯を食うにも金が要るし、俺はこの世界のことを何にも知らないから、街に着く前に事前に情報が仕入れられるなら、それに越したことはない。今の状況で助けに入れば、それくらいの謝礼は期待できる。」
「完全に打算かよ。」
「当然だ。」
・・・人間相手に無償で助ける気などない。打算のない人付き合いなどあり得ん。それに、実はちょっと対人戦の経験をしてみたいのもある。手ごろな相手みたいだし。
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・・・まったくついていない。さっきからそんなことしか頭に浮かばない。
俺達は西大陸の西側に位置するカイ連邦の北西にあるエンツ村の義勇兵だ。北大陸から攻め込んできたライデン帝国から祖国を守るため、戦争に参加しようと意気揚々と前線に向かっていたら、こんなところで山賊に襲われるなんて!しかも多勢に無勢。戦争参加前にリタイアしそうだ。せめてこいつらが接近する前に気付けていれば、銃で応戦できたのに!
気づいた時には御者がやられ、馬車は取り囲まれていた。慌てて飛び出したが、すぐに乱戦になった。この距離では銃は使えない。すでに俺を含め12人いた仲間は8人まで減っていた。俺達はそれなりに剣を使えるから、山賊なんて簡単に倒せるはずだった。しかし、1対2~3人では分が悪い。このままじゃ全滅・・・と考えたとき、山賊の後方から声が聞こえてくる。
「頭!誰か近づいてきますぜ!」
「あ?・・・武装してるな。飛び入り護衛狙いの傭兵か?」
俺と戦っていた山賊も状況が気になるのか、少し離れた。俺もちらりと奴らが見ている方向を見る。援軍ならありがたい。しかし・・・
「でも、一人ですぜ。問題ねえ。」
「いや、一人で突っ込んでくるってことは、腕に覚えがあるんだろ。油断すんな。」
「なるほど!流石、頭!」
まずは援軍が一人しかいないことに失望。だが、奴らの言う通り手練れであることに一瞬期待したが、それを山賊の頭が認識し、油断していないことで不安になった。やはり一人では、焼け石に水だ。それに山賊の頭は銃を持っている。つまり、
「だが、問題ねえってのは合ってる。見てろ。」
山賊の頭は手際よく準備を整えると、銃を構える。それを見ても乱入者はまっすぐ走ってくる。もうすぐ射程距離だ。山賊の頭は構えからして素人ではない。まず外さないだろう。敵が一人なら、十分引き付けて撃つはずだ。目の前の山賊たちも様子を見ている。そして射程距離に入る直前、乱入者は妙に柄が長い剣を構えた。槍にしては刃が長い。それを乱入者は前方に縦に構え、走る速度を落とす。
・・・まさか、防御する気か?いや、音速を超える銃弾を防御できるわけが・・・
ドォン!キィン!
「「・・・は?」」
山賊の頭も山賊全員も、義勇兵達も、皆同様の声を上げた。確かに発砲した。しかし、乱入者は怯みすらせずに走ってくる。
・・・何が起きた?まさか本当に防御したのか?
「か、頭!外れたんなら応戦の指示を!」
「・・・・・・」
山賊の部下は頭が外したと思っているようだが、いや、思うことにしたようだが、頭にはよくわかっているのだろう。確かに命中したはずだと。その驚愕により、頭は完全に反応が遅れる。そして、その間に彼は既に間合いに入っていた。
独自の判断で応戦の構えをとる山賊の先頭まであと20mというところで彼は剣を持ち替える。あれは、投擲する気だ。槍投げの構えだ。いくらなんでも距離がある。見てからかわせるだろう。そう思っていると、剣は彼の手から離れた瞬間、視界から消えた。
ぼん、ぐちゃ、ぐちゅ
「あれ?」
見回すと、先頭にいた山賊は、縦に並んだ3人が胴に風穴を開けて仰向けに倒れ、その後方には別の3人が串刺しになって転がっていた。山賊全員がそれに目を奪われ、慌てて前に向き直ったときには、もう彼は目の前。応戦する暇もなく、先頭にいた山賊が顔面に飛び膝蹴りをくらう。顔面が深々と陥没。間違いなく死んだ。
彼は着地に失敗したのか、少し転がる。すぐに起き上がると、そばの山賊の顔面を素手で抉る。目から深々と抉る。脳まで達したのか、くらった山賊は言葉にならない奇声を上げて倒れる。
ようやく山賊が応戦し始めるが、彼は振り下ろされる剣を横から手を添えていなし、横薙ぎの攻撃は踏み込んで小手を掴み、カウンターで的確に急所を潰していく。
・・・おっと、見とれている場合じゃない。俺達と戦っていた山賊はすでに統制を失っていた。半分は乱入者に対応すべく移動し、半分はどちらと戦うべきか迷っている。好機だ。俺は仲間たちに目配せをし、一気に反撃に出る。もう俺達の目の前には10人もいない。1対1なら負けはしない。
「いくぞ!反撃だ!」
「おおおおおおっ!」
目の前の敵を片付け、馬車の安全を確保すると、再び乱入者の彼に目を向ける。
流石に山賊たちも冷静さを取り戻し始め、彼を囲んで同時攻撃していた。山賊から奪った剣で前方の敵を斬り伏せるが、後方から斬りつけられた。しかし、わずかに態勢を崩すだけで、すぐに振り返り、斬り結ぶ。鍔迫り合いになると、山賊はあっという間に押され、倒され、剣を突き立てられる。そうして彼は倒した敵の剣を奪い、また戦い始める。
驚くべきことに、疲労は見られず、斬られた背には傷が見当たらない。というか、羽織った真っ黒なコートにほつれすらない。斬られたのは見間違いだったのだろうか?
ドォン!
銃声が響く。山賊の頭が業を煮やして発砲したようだ。乱戦時は誤射の危険があるため普通撃たないが、このままでは彼を止められないと思ったのだろう。結果は命中。彼は銃弾を胸に受けて吹っ飛んだ。しかし、すぐに起き上がる。
「なに!?」
命中し、仕留めたと思っていたのだろう。山賊の頭は緩みかけた顔を驚愕の顔に変えて、目を見開く。見れば、銃弾は彼のコートを貫通することなく、地面に落ちた。起き上がった彼は体の調子を確かめるように肩を回すと、笑みを浮かべて走り出す。向かったのは最初に投げた剣と、それが刺さった3人分の死体。剣の、槍のように長い柄を掴んで、持ち上げる。・・・3人分の死体が刺さったまま。
・・・銃弾も通さない防具に、尋常ならざる怪力。なるほど、単独で40人もの山賊に挑むわけだ。もはや人間技ではない。
剣を力強く振り、強引に死体を抜くと同時に敵へ投げ飛ばす。直後、怯んだ敵へ飛び掛かり、一薙ぎで2人斬り捨てる。よく見れば剣というには細身で、むしろ刀に近い。だが、刃はまっすぐだし、何より刀として使っていない。技術で斬っているのではなく、力任せに叩き切っている。証拠に斬られた2人は真横に吹っ飛んだ。しかも一人は剣で防御していたのに、その剣が真っ二つに折れている。
防御不能の剣戟。接近戦では勝ち目がなかろう。一人の山賊がナイフをもって彼の懐に飛び込む。あの剣の柄の長さを見て、至近距離なら振り回せないと見たのだろう。槍と戦う際の戦法だ。だが、あの山賊は重要なことを忘れている。
彼は剣を右手で持ち、接近してきた敵を左手で突く。少し型は乱れているが、正拳突きのようだ。敵は胸に拳大の凹みを作られ、血を吐いて倒れる。ついさっきまで素手の格闘で圧倒していた彼が、接近戦に弱いはずがない。
あとはもう一方的な蹂躙だ。勝ち目がないと逃げ腰になった山賊を次々に斬り伏せていく。山賊の頭があきらめずに銃を構えるが、それに気づいた彼がコートのポケットから何かを取り出し、指ではじいた。直後、山賊の頭の後頭部がはじけ、中身が飛び散る。彼が弾き飛ばしたのは、先程くらった銃弾だった。それをただ指ではじいただけで、銃で撃ったような速度で飛ばしたのだ。
これで山賊はもう反撃する気力すら削がれ、散り散りに逃げだした。それを見送る彼は、無表情だった。
・・・どこか残念そうに見えたのは、気のせいだと思いたい。
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クロは無我夢中だった。色々と反省点はある。だがとりあえずミッションコンプリートだ。気が昂ってほとんど暴走状態だったが、人目があるので魔法の使用を控えるという条件はクリアできたと思う。使ったのは移動の魔法と身体強化だけ。
移動の魔法は、ごく単純な術式一つで起動できるため、非常に低コストだ。「AをBへ移動する」。これだけだ。あとは込める魔力量と対象Aの質量で速度が決まる。目標Bは視認範囲内なら自由に設定できるが、対象Aは術式を書く際に種類を設定しておかなければならない。また、術者の適性で設定できるものが異なる。風属性なら空気、水属性なら水、土属性なら土だ。ただし、昔は土属性の一部の魔法使いは金属も操れたそうだ。魔族の研究結果によれば、風、水、土属性はそれぞれ気体、液体、固体を操る魔法らしい。なぜ多くの魔法使いは水だけ、または土だけしか操れないのか、それ以外の液体や固体を操れるようになる条件は何なのか、それはまだ判明していない。
クロはさっきその移動の魔法で剣や銃弾を飛ばした。魔法に見えないように投げるモーションをわざわざつけて。せいぜいとんでもない怪力ぐらいしか認識されていないだろう。
身体強化は本来、木魔法だが、魔族なら元々体を管理する魔力を弄り、増幅させれば術式なしで強化できる。
愛剣の「黒嘴」の戦闘形態を解除する。小声で「外せ」と呟くと、柄頭から出て鞘に刺さって固定していた冶具が引っ込み、柄頭から鞘が外れる。剣を軽く振って血糊を落とし、コートの袖で軽く拭いてから鞘に納刀する。コートはあとで軽く水洗いでもすればいい。
「ありがとう。助かった。」
馬車を守っていた部隊の隊長らしき人が声をかけてきた。兜を脱ぐと、頭に獣耳が付いていた。
・・・獣人?いるのか。
ついまじまじと見つめると、それに気づいた隊長が自己紹介をする。
「見ての通り獣人だ。申し遅れた。私はエンツ村のギルバートという。来る帝国との戦争に参加するべく、部隊を率いて義勇兵として前線に向かっている。しかし山賊に襲われ、危うく戦場に着く前に全滅するところだった。感謝する。」
「俺はクロといいます。ええと・・・」
ムラサキを探しつつ、自分の出身地をどう説明すべきか迷う。魔族を名乗るわけにはいかない。
ムラサキはいつの間にかクロの足元まで歩いてきていた。戦闘開始前に隠れているように言っておいたが、無事だったようだ。
「こいつはムラサキ。この2人で旅をしています。・・・実はど田舎の出身で、右も左もわからないんです。町まで連れて行ってもらえないでしょうか?」
「田舎?はて、我が村以上の田舎がこの辺りにあっただろうか?」
・・・やばい。もしかしたら、この世界、もう未開の地とかなくて正確な地図がある文明レベルかもしれん。ミスったか?
「ははあ、もしかして異世界人ですか?」
「え?」
「いや、噂で聞いていまして。異世界人は大抵、自分が異世界から来たことを隠すために、そんな風に嘘をつくことがあるってね。心配しなくても、この大陸には異世界人が定期的にやってきますから。むしろ異世界人であることをはっきり言ってもらったほうがこちらも対応しやすいので助かります。」
「はあ。あ、はい、そうです。異世界人です。」
拍子抜けだ。まあ、噓をつく必要がないならそれに越したことはない。まだ来たばかりってことにすればいい。
「なるほど。異世界人は神から固有魔法を授かっていると聞きます。先程の戦闘からすると、身体強化系ですか?その服や武器も神から?」
「あー・・・」
・・・教える義理は、ないよな。
「一応、私の切り札ですから、詳細は・・・」
「おお、これは申し訳ない。命の恩人に、無用な詮索でした。お許しいただきたい。」
「いえ、まあ、いいですよ。」
・・・セーフ。ついでにムラサキについてもスルーしてくれ。
「なあ、早く町に行こうぜ。飯が食いてえ。」
「え?猫がしゃべった?」
・・・ムラサキの阿呆!人前で喋ってんじゃない!
どうする?まず、猫がしゃべるのが非常識なのはこの隊長さんの反応でわかる。しかし、喋る猫、イコール魔族とはならないようだ。獣の魔族の前例がないんだから当然か。こいつがしゃべることをどう言い訳するか・・・よし、便利な言葉でまとめてしまおう。
「あー、こいつは、私の固有魔法でこうなっているんです。こういうものだと流していただければ。」
「なんと、すごい魔法ですね。わかりました。詳細は詮索しません。」
何とかなった。ちらりとムラサキを睨む。
「睨むなよー。そりゃ喋ったら変に思われるとは思ったけど、これから先一切喋らないとか、ストレス溜まっちまうだろー。」
「はあ、まあいい。とりあえず許容されたようだし。」
結果オーライという奴だ。こそこそ話すより、余程やりやすくなった。今後も怪しまれたら「固有魔法だから秘密」で切り抜けよう。
「兎に角、移動しましょう。あなた方も急いでいたのでは?」
「おお、そうです!開戦に遅れるわけにはいきません!皆、すぐに出発準備だ!」
「はっ!」
隊員たちはきびきびと動き、自分たちの武器と、山賊から剝ぎ取った装備の一部を馬車に積んでいく。山賊の頭が持っていた銃はなかなか性能が良さそうだ。山賊の死体は一カ所に集めている。
「火葬ですか?」
「ええ。放っておくと疫病とかありますから。」
「そうですか・・・」
個人的に火葬は反対だ。せっかくの蛋白源、多くの獣の食料になることだろう。しかし、獣を呼ぶ時間もないし、隊長の懸念ももっともだ。残念だが、ここは任せよう。
隊長は手を前にかざし、集中する。
「『ファイアバレット』!」
隊長の手の前に激しく燃え上がる炎が生じ、死体の山に飛んでいく。着弾すると、死体は燃え上がった。
炎魔法。周囲から可燃物を集め、魔力を熱エネルギーに変換して一気に発火点まで加熱する。着火後は魔力を供給し続ける限り可燃物を周囲から供給し続ける。故に、環境によっては炎の持続時間は激減するし、発火点まで加熱するにも結構魔力が必要だ。原理からするとかなり複雑な魔法なのだが、それらの操作はすべて術式により自動で実行されるので、術者は魔力の供給とキーワードの宣言、対象の選定だけでいい。あと、その術式を管理している火の神への信仰心も必要だったはずだ。
そんな魔法研究の復習を脳内でしているうちに、火葬は完了、出発準備も整った。クロも馬車に乗り込む。ムラサキはすでに乗り込んでいた。すでに隊員と話し込んでいる。
「そんで戦争で焼け出された後、しばらく野生に帰ってたんだけど、クロに拾われてこうなったのさ。」
「ムラサキも戦争の被害者なんだな。きっとその街に攻め込んできたのは帝国だろう。」
「マジで?その帝国がオレの平穏な生活を奪ったんだな。許せん。おお、クロ!俺達も参戦しようぜ!」
「おいおい、まだそうと決まったわけじゃないだろ。本当に帝国なのか?」
「間違いないと思いますよ。ここ数年、ここらで起きた戦争と言えば、帝国が仕掛けている大陸統一戦争だけです。基本的にこちらがわは負け続けでじわじわ後退している状況ですし。」
「そうか。でも、俺やムラサキが参戦したくらいで戦況に影響ないだろ。そこまでの義理はない。」
「むー・・・。」
ムラサキがクロを睨むと、クロの肩まで登って来た。既に出発してゴトゴトと音を立てて走る馬車の中で、クロにだけ聞こえるように小声で話す。
「戦うのが楽しかっただろう?さっき笑ってたぞ、お前。今まで見たことないくらい、満面の笑みでな。」
「・・・・・・」
・・・気分が高揚していたのは否定しない。しかし、笑ってたか。自覚はなかった。・・・いや、認めよう。俺は楽しんで殺していた。魔族になったから?確かに人間が魔族になるとき、性格が変わるという研究結果がある。だが俺は、元からかもしれない。何しろ前世の最期は・・・とにかく、図星だ。ムラサキの言うとおりだ。
「わかったよ。参戦する。」
「おお、それは心強い!」
見るからにテンションが上がる隊長。隊員も同様だ。
・・・しかし、断っておかなければ。俺は打算でしか動かない。
「ただし、傭兵として参加する。この国の軍隊が相応の報酬を約束してくれたら、参加しよう。それと、俺はさっき言った通り異世界人だから、色々と教えてくれ。世界情勢とか、町で生活するのに必要なものとか。」
「了解しました。軍には私が掛け合ってみます。情報については、我々が知る限り、移動中に教えましょう。」
かくしてクロの旅はしょっぱなから戦争に巻き込まれることになった。
・・・これはまさか、あれだろうか?強大な帝国を倒すまで、平穏は訪れないとかいうパターンか?