T02 「夜明け」
ライデン帝国の帝都。政府の機関が集まる中央や、軍の施設が集まる南、工場が立ち並ぶ西、商店街と高級住宅地がある東はいずれも賑わっており、帝国の繁栄を象徴していると言える。昨今は思うように侵攻が進まないものの、世界一の大国というネームバリューは国民に活気を与えていた。大多数であることこそ正義であるという心理が働いているのだろうか。
そんな帝都にも影の部分がある。北側の貧民街だ。北は広い帝都の中でも特に冬の寒さが厳しく、人気がない。すぐそばに聳える年中消えない雪を被った大きな山脈から降りてくる風が、とびきり厳しい気候にしている。貧民街に集まるのは、他の住みよい土地に住めなかった貧しい者達だ。帝都は広いが、それ以上に人口が多く、どうしても住みよい土地に収まりきらない。その結果、貧民街も人で溢れていた。
そんな貧民街を、汚れた街並みに似合わない美女が颯爽と歩いている。脚まで伸びる長い銀髪を揺らして歩く彼女に視線を向ける者は1人もいない。それは彼女の認識阻害魔法『ソリチュード』によるものだった。この魔法がかかっている限り、たとえ彼女にぶつかっても、何かにぶつかった、と感じるだけで、彼女を見つけることはできない。
その銀髪の女性、セレブロはとある酒場に入る。彼女が入ったことにも、誰も気づかない。確かにドアに着いたベルが鳴ったのだが、その音に誰も気づかない。ドアにも魔法をかけたからだ。
誰にも気づかれぬまま、セレブロは騒がしい酒場の奥へと進み、酒場の店主が立つカウンターの脇の壁に触れる。ポケットから鍵を取り出すと、その壁の穴に差し込む。壁は木製で、その穴は朽ちて自然に空いた穴にしか見えない。しかしその奥には確かに鍵穴があり、セレブロはそれに鍵を差して捻る。すると、木の壁が、その向こうにあった石の扉と共に開く。そして彼女がその扉の向こうに消えても、やはりその事象に気付く者はいない。
セレブロは扉の向こうの階段を下りて地下室に辿り着く。地下室に入ると、中には3人の男女が待っていた。
椅子に座って機械を弄っていた金髪の男性が作業の手を止め、立ち上がってセレブロを迎える。
「おかえり、セレ。外はどうだった?」
「それ、まだ弄ってたの?テツヤ。いや、今はゾーラタだっけ?」
「そのコードネーム、慣れねえんだよなあ。」
「しかし本名で呼び合うのは危険だ。」
照れるように頭を掻くテツヤに、大柄な黒髪の男性が忠告する。ひげが濃く、ちょんまげのような形で髪をまとめている。腰に日本刀を差しているので、侍のようだが、顔が欧米人っぽいので、コスプレに見える。
「まあ、メーチのおっさんの言う通りではあるんだが・・・」
侍風の男性、メーチに忠告されても渋るテツヤに、セレブロが提案する。
「じゃあ、適当に略す?私みたいに。」
「それがいいか。じゃあ、ゾー?」
「・・・・・・呼びにくい。ゾルでいいんじゃない?」
ソファーに寝っ転がって眠そうにしていた軽装の少女が提案する。肩まで伸びた茶髪はぼさぼさ。秋が深まり、もうすぐ冬になろうかという季節なのに、半袖シャツに短いスカートだ。タイツを着ているとはいえ、寒そうに見える。腰と脚に計4つものガンホルダーがあり、近くの机に4丁の拳銃が置かれている。
「ビャーチ、それはちょっと違うのではないか?」
「いや、俺は気に入ったっすよ、ゾル。じゃあ、今度からそれで。」
茶髪の少女、ビャーチの提案にメーチは違和感があるようだが、テツヤは気に入った。
「じゃあ、ゾルの名前が決まったところで、話を戻すわよ。外は憲兵でいっぱい。魔法調査官まで駆り出して、魔力が多い奴を探しては尋問してるわ。数から見て、急いで調査官を増員したみたいね。」
魔法調査官は、国民の魔力を見る調査官だ。帝国民は長く魔法を捨てて生きていたことで、ほとんどが魔力感知を使えない。魔法調査官はその例外だ。国民の中に過剰な魔力を持つものがいないか調べるために、魔力感知を使う。その技術は調査官が代々伝えているもので、他の者には教えない。そもそも一定以上の魔力量がないと使えないものだ。
そんな魔法調査官は、本来役所にいて、一定の年齢に達した子供の魔力を見る程度の仕事しかしない。その魔法調査官が町をうろついているとなると、セレブロ以外の魔法使いは、街に出ればたちまち見つかって憲兵に囲まれてしまう。
「面倒なことになったな。」
「・・・・・・せっかく隠れたのに、見つかりたくない。」
すべての帝国民は調査官によって魔力をチェックされ、一定より大きかった者には監視が付くようになる。ここにいる者達は皆、魔法使いで、魔力量が多い。この組織<夜明け>に身を隠すまで、ずっと監視がついていた。組織に加入する際に事故死などを装って姿を消し、ようやく自由の身になったのだ。
「なあ、それってやっぱり・・・」
「取り逃がした<疾風>から伝わったんでしょうね。魔法を使う帝国兵がいるって。で、その噂を流され、帝国内が混乱。それを鎮めるために、政府は躍起になって処刑対象を探してる、と。」
「俺のせい、だよな・・・」
落ち込むテツヤを、セレブロとメーチが励ます。
「ゾルは全力を尽くしたでしょう?あれが魔族だったなんてあの時はわからなかったんだから、仕方がないことよ。」
「その反省はもう十分したはずであろう?今はこれからのことを考えるべきだ。」
「・・・そうだな。ありがとう。」
テツヤが持ち直したところで、セレブロは話を続ける。
「で、とりあえず今のところ、<夜明け>のメンバーに捕まった奴はいないわ。まあ、無関係の不幸な人が何人か連れて行かれたみたいだけど。」
「助け・・・られないよな。」
「・・・・・・それも仕方がないこと。諦めるべき。」
「ビャーチの言う通りだ。今はまだ動くべき時ではない。我々の計画が成れば、多くの国民を救えるはずだ。数名の者のためにそれを棒に振るわけにはいかん。」
「わかってるよ。で、セレ。これからどうする?」
セレブロは、テツヤのわかったと言いながらも納得しきっていない様子に溜息をつくが、一々フォローもしていられない。
「とりあえず<夜明け>のメンバーは帝都を脱出。身を隠して戦力を集めましょう。現状では連絡を取り合うのも困難だわ。」
「全員出るのか?」
「一部は残すけど、ほぼ全員ね。当分計画を実行に移せる機も来そうにないし。じゃあ、私は他の拠点にも伝えに行くから。今、連絡員として動けるのは私だけだし。」
「ああ。頼む。」
「セレブロにばかり手間をかけてしまうな。申し訳ないが頼むぞ。」
「・・・・・・よろしく。」
3人の言葉にセレブロは手を振って答え、階段を昇って行った。
残された3人は引っ越しの準備を始める。
「当分は田舎暮らしかあ。」
「田舎には隠れた魔法使いたちも居よう。彼らと合流できれば心強いぞ!」
「・・・・・・でも、使えるかなあ?」
「使えないなら鍛えるしかないだろ。」
「ふむ、鍛えるとなると・・・クラークを失ったのは痛いな。いや、ゾルを責めるわけではないぞ。」
「・・・わかってるよ。」
クラークとはヨセフのコードネームである。戦場でテツヤを守るために散った仲間だ。テツヤは弄っていた機械を片付けながら、決意を新たにする。
・・・おっさんの分まで、俺が頑張らなきゃいけねえ。必ず変えてやるぞ、この国を!




