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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第2章 赤い狐
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047 領地の完成

 翌朝、いつも朝が遅いムラサキが、クロとマシロと同じ夜明け前に起き、朝食を作り始めた。クロとマシロはいつもの鍛錬を始める。


「昨日の話ですが・・・」

「今日はやめておこう。客もいるしな。」

「そうですね。」


 昨夜、真剣勝負を約束したが、今日は適切ではない。境界線引きの続きで強力な魔獣に遭遇する可能性もあるのだ。今ここで消耗するわけにはいかない。

 いつも通りチャンバラソードのような棒きれで打ち合い、いつも通りマシロが勝つ。そもそもこの勝負では速度が物を言うので、クロがまともにやってマシロに勝てるわけがない。1割程度クロが勝つのは、奇策を弄してそれがはまった時だけだ。

 鍛錬から2人が戻ると、スミレとブラウンも起きていた。ブラウンはすでに荷物をまとめているが、スミレはまだボーっとしている。朝は弱いらしい。

 呆けた顔のスミレを布団からどかして、布団を外に干す。


「雨降らねえかな。」

「今日は大丈夫でしょう。万が一降ったら、私が走って戻ります。」

「そうか。」


 そうこうしている間に朝食が出来上がる。寝ぼけたスミレがその場で着替え始めるなんてこともあったが、ムラサキはキッチンにいたため見えず、クロとマシロは無反応、ブラウンだけが驚いて、慌ててスミレを脱衣所に押し込んだ。

 着替え終わったスミレが合流したら、昨夜と同じく5人で食卓を囲む。固いパンと、肉と野菜を煮たスープだけのシンプルなものだ。


「パンなんて買ってたっけ?」

「私が道中かじるつもりで持ってきてましたぁ。」

「私も非常食として。でも昨日一日何事もなく、余りそうだったので、ムラサキ殿に提供しました。」

「スープに入れちまおうかとも思ったんだけど、それは好みが分かれるからな~。」


 パンはスミレとブラウンから提供されたものだったようだ。クロは少し悩んで、ナイフで自分の分のパンを少し切り取った。そして大きい方をブラウンに差し出す。


「包むものは持ってるか?」

「ええ、ありますが・・・これは?」

「俺らはあまり多く食べる必要はない。これだけで十分だ。非常食なら持っておくべきだろう?あと3割とはいえ、何が起こるかわからん。」

「・・・わかりました。」


 ブラウンは受け取り、自分のさらにとりあえず置く。


「では、私も。・・・どうぞ。」

「どうも~。」


 クロに倣ってマシロもパンを切り取り、スミレに渡した。

 そしてそれらの動作の間に、さり気なくクロとマシロのスープの間で肉と野菜の交換が行われた。



 朝食を終えた5人は戸締りをして、昨日の中断地点に向かった。

 そこからは淡々とした作業だ。昨日のことを反省したのか、クロは新しい獣を見かけても必要以上に止まらず、その獣の特徴だけを確認して、先へ進む。そのおかげで昼前には森を抜けた。

 森を抜けたところで陣形を崩し、さっさと南下する。何事もなく入口に着くと、ブラウンが光る線の始点の上に立った。


「『メイク・ボーダー コンプリート』」


 そのキーワードを合図に、光る線の気配が変わる。注意深く見れば、魔力感知波が上方に放たれているのがわかる。

 その後、ブラウンが設定に関わるキーワードをいくつか唱え、境界線魔法は完了した。


「ふう。では最後に、クロ殿。この鏡の所有者をあなたに設定します。『トランスファー・ボーダー』」


 ブラウンがそう唱えると、鏡を覆っていたブラウンの魔力に隙間ができる。ブラウンが差し出した鏡をクロが受け取り、魔力を流すと、鏡を覆う魔力が徐々にクロの魔力に取って代わっていく。鏡の魔力が塗り替わったら、次は境界線だ。魔力を注ぐほど、どんどん代わっていく。


「流石に速いですね。この媒体の鏡は、鏡そのものは普通の鏡です。込めた魔力がなくなると、再度境界線魔法を使用しないといけなくなります。」

「常に光や魔力感知波を放っているから、消耗するわけか。どのくらいもつ?」

「その設定だと1ヶ月ほどでしょうか。ただし、侵入者を感知するたびに消費が激しくなりますから、それによっては短くなる可能性もあります。」

「不安だな。長期間離れることもあるだろうし。」

「遠隔で魔力供給も可能ですよ?少し練習は必要ですが。」

「そうか、やり方を教えてくれ。」


 ブラウンから遠隔魔力供給のやり方を教えてもらった。といっても魔力供給方法はいつもの魔法行使と同じで、必要なのは、知覚範囲外にある自分の魔力を感じる方法だけだった。やってみれば意外とすぐにつかめた。元々ぼんやりと感じていたものを、それがそうだと教わるだけだ。

 最後に動作確認をして、仕事は終わりだ。


「ではこれにて完了ですね。クロ殿、ありがとうございました。」

「こちらこそ感謝する。」

「では、また来ますねぇ~。」

「自重ってもんを覚えてから来い。」


 そう挨拶を交わしてブラウンとスミレは去って行った。平原を歩いていくのかと思いきや、遠目に迎えの馬車が来ているのが見えた。



 鏡を抱えて自宅へ戻る。獣道を抜けて荒れ地に出れば、荒れ地の中央に建物が3つ。引っ越し作業が概ね終わったことで、ようやく新居で本格的にくつろげるというものだ。

 クロとムラサキが魔族の集落を出てから求め続けていた平穏な生活が得られると思うと、この棲み始めたばかりの飾り気のない家も立派な我が家に見える。もっとも、実際はフレアネス王国から要請があれば戦地に赴くだろうし、魔族と知られればトラブルにも巻き込まれるだろうが。

 留守番していたスイーパー達に挨拶して、3人は家に入る。


「鏡はここでいいかな?」


 クロは鏡をリビングの棚に置く。


「寝室の方が良いのでは?」


 マシロは寝込みを襲われる危険を考慮して進言する。


「ふむ。ムラサキはどう思う?」

「任せるぜ~。」

「じゃあ、寝室に置くか。確かに侵入者が来るとしたら、夜が多そうだしな。」


 クロは鏡を寝室の棚に置いて、客間に戻る。ムラサキは既にソファーで丸くなっていた。マシロは立ったままクロを待っていた。マシロは心配そうにクロを見ている。


「マスター、大丈夫ですか?」


 ・・・やっぱりマシロにはわかるか。


「大丈夫。ちょっと体動かしてくる。」

「お付き合いしましょうか?」

「いい。」

「しかし・・・」

「マシロ。」


 クロの精神状態がわかっているマシロはクロを独りにするのは不安があり、ついて行こうとするが、ムラサキが呼び止めた。マシロがムラサキの方を見ると、ムラサキはソファーの上で転がったまま、目だけは真剣にマシロを見て、首を横に振る。

 その間にクロは「悪いな」とだけ言って玄関から出た。


ーーーーーーーーーーーー


 クロを見送るマシロにムラサキが声をかける。


「あのくらい溜まってるのは久しぶりだな。ああいうときは一人にしてやれ。」

「・・・以前もあのようなことが?」

「魔族のところで下働きしてた時に数回あったな。ストレス溜めやすいくせに我慢強いからな。時々ああなる。」


 クロは1日半、ヒトと共にいただけで、多大なストレスを溜めていた。それをマシロは嗅ぎ取り、心配したのだ。ストレスは人間だけでなく獣にとっても大敵だ。過剰なストレスは体に多くの不調をもたらす。魔族の体ならそれもすぐに治るが、それでもさらに過剰に溜まれば、精神には影響がある。クロが今溜め込んでいるストレスはそのレベルだった。


 ・・・マスターがヒト嫌いなのはわかっていましたが、これほどとは。もしかしたら、王城で暮らすのも負担だったのかもしれませんね。早く引っ越せてよかったということでしょうか。


 マシロは正直、長く戦地を離れたことで、最前線がどうなっているか、気になっていた。だが、クロがこの様子では、しばらく休養を取った方がいいかもしれない。そう思うと同時、外から金属同士がぶつかる音が響いて来た。


ーーーーーーーーーーーー


 ゴオン!ドオン!ガアン!


 クロは巨大な鉄柱に、何度も拳をぶつける。我が身を顧みない強烈な打撃で手の皮や筋肉は数発でちぎれ飛び、骨と同化した強化チタン骨格が鉄柱を打つ。肉体の一部と化したチタン骨格は既にクロの意思通りに動かせるようになっており、筋肉を失った拳でも動いていた。

 地に突き刺さった太い鉄柱が一発ごとに凹み、しかし魔力が供給されてすぐに修復される。拳のチタン骨格もまた傷つくが、自己再生で元に戻る。それを延々と繰り返す。脳に溜まった熱と、腹部の幻痛が治まるまで。


 何十分経っただろうか、ようやく怒りによる魔法制御力上昇の効果が切れ、クロの魔力が半減した辺りで、クロは動きを止めた。周囲には血が飛び散り、真っ赤だった血はもう黒ずみ始めている。クロが動きを止めてからしばらくして、スイーパー達が集まり、地面に飛び散った肉を啄み始めた。

 魔族の肉を食べると魔族化するが、本体から離れた肉は長くても数分で魔力が抜け、不死性も魔力への適応もない普通の生き物の肉になる。


「・・・『ウォーター』」


 血まみれになった鉄柱を一応洗うが、すでに表面が少し錆び始めていた。クロは溜息をついて鉄柱を地面から引き抜き、作業小屋の裏手の地面に突き刺しておいた。


 ・・・きっとまた使うこともあるだろ。


 できれば、そんなことはない方がいい。だが、これからこの領地を広げていくためには多額の金が必要で、稼ぐにはヒトと付き合わねばならない。


 ・・・己が身を削るだけで夢が叶うなら、それでいい。


 クロは両腕をゆっくりと再生しつつ、家に戻った。



 クロが家に戻ると、家の前にマシロが突っ立っていた。クロの様子を見ていたというよりは、周囲を警戒している様子だ。


「どうした?」

「数分前に例の鏡から警報が鳴りまして。映像が確認できなかったので獣か侵入者か判断できず、念のためここで警戒しています。」

「映像、再生できないのか?」

「どうやらマスターしかできないようで。」

「しまったな。全員の魔力を登録しておくべきだったか。」


 複数人が操作可能にできるかどうかはブラウンは言及しなかったが、国境警備にも使われるくらいだ。交代要員の分まで登録しておくことができるようにはなっているはずだ。


「とりあえず映像を確認してみよう。・・・真白も中に戻れ。」

「いえ、私は警戒を・・・」

「中からでもできるだろ。それに外に突っ立ってたら狙撃の危険もある。」


 この家は土壁は魔力強化されていて魔力感知波を通さないが、窓ガラスは通る。マシロの嗅覚式感知なら、室内からでも十分外が感知できる。ついでにムラサキの聴覚式もだ。まあ、マシロの嗅覚式が規格外の広範囲を感知できるとは言え、正確に把握できるのはこの荒れ地内に限るから、森の様子まで見るには外に出て目で見た方が確実なのは確かだろう。マシロが不安に思うのもわかる。しかし、目で見て警戒するのはスイーパー達がやってくれている。

 しかし、マシロは狙撃という単語の方に反応した。


「今度は躱して見せます。」

「・・・・・・」


 ・・・真白なら実際、ライフルの弾すら躱して見せそうだが、そうじゃないんだよ。


 いくら回避能力が高く、例えば99%回避できたとしても、1%の当たる可能性があるならいつかは当たる。ならば当たった時の対策をしておくべきだ。

 この間はその対策を怠り、マシロを先行させたためにマシロは狙撃され、危うく死ぬところだった。もう、1人で狙撃の危険があるところにはやれない。


「この森の中で襲ってくるとしたら、魔獣か魔族の刺客だ。魔法の中には回避不能の長距離攻撃ができるものもある。家の中の方がいい。」

「・・・わかりました。」


 とりあえず納得してくれたようで、クロはマシロと家の中に戻った。


「やーっと戻って来たか。待ちくびれたぜ。」


 寝室に入ると、ベッドでムラサキがくつろいでいた。


「悪いな。」

「いいから早く再生してくれ。楽しみにしてんだからな。」

「はいはい。」


 ・・・好奇心旺盛なことで。まあ、ムラサキがこうやってマイペースでいてくれるから精神的に救われてるところはあるか。


 クロはそう思いつつ、棚の上の鏡に触れ、魔力を通す。すると、鏡に時刻が表示された。記録は1件のみ。


「13時5分20秒。」


 表示された時刻を読み上げると、鏡が光り、鏡の前に3D映像が映し出された。水色一色の半透明な獣が映し出されている。


「おお!すげ~!」

「これはわかりやすいですね。」

「やっぱ、色まではわからないか。真白、こいつがなんだかわかるか?」

「呼称は知りませんが、穴を掘る豚だったと思います。嗅覚が優れ、土魔法で地中を移動しながら果実などを探し、食事の時だけ出てきます。」

「へえ。・・・じゃあ、もしかして地中を進むこいつを探知したってことか?すごい高性能だな。」

「そうとは限りませんが・・・」

「なら、確認すればいい。行ってみよう。」


 見れば、豚の映像の脇に赤い矢印が出ている。感知した方角を示しているのだろう。3人でそこへ向かってみることにした。



 およそ10分後、領地境界線に辿り着く。設定した通り、淡い光を放つ線が引いてある。クロには周囲に何かいるようには見えない。


「わかるか?」

「確かに地中に穴があるっぽいな。音がする。」


 地面に耳を付けたりしなくても、ムラサキには聞こえるらしい。流石の聴覚だ。さらにその上を行く探知能力のマシロが追加情報を告げる。


「いました。4時の方向、300mの地中です。やはりあまり速くないですね。」


 ・・・いや、10分ちょいで地中を300mも掘り進められるなら、十分速いと思うぞ。


 魔法を扱う魔獣の高性能さを再認識しつつ、後を追ってみる。


「速度を上げましたね。」

「そうだな。追われてるのに気づいたみたいだぜ。」


 マシロとムラサキの感知で、地中を進むツチブタ(仮)の位置を把握しつつ、追いかける。

 しばらく追うと、ツチブタ(仮)が素早く地面から顔を出した。目も耳も小さく、鼻も通常の豚より細長く見える。体毛とかを見るに、身体はあまり頑丈そうではない。足で掘って体で押し広げるのではなく、あくまで魔法で掘り進むことを前提とした体のようだ。

 ツチブタ(仮)は地面から出した顔を軽く振って土を払うと、我慢していた呼吸をやっとできたかのように大きく息を吸うと、クロ達がいる方向と逆の方に一目散に駆け出した。その逃走速度は地中を掘り進む速度とは比べ物にならない。


「追いますか?」


 マシロが今にも走り出しそうな態勢で言う。


「いや、姿を見られただけでいい。別に縄張りを主張する気もないしな。」


 縄張りというのは、その領域内の食糧を確保するために行う。食事が基本的に必要なく、必要になっても街で購入できるクロ達は、ここで食料を確保する必要はない。追いかけたのはただの好奇心からだ。


「せいぜい、ウチの地下を掘らないように注意するくらいだな。荒れ地まで入って来たら追い払うくらいでいい。」

「わかりました。」

「ちょっとうまそうだったけどな。」


 食い意地の張ったムラサキが、ツチブタ(仮)が逃げて行った方向を名残惜しそうに見つめるが、クロは狩る気はない。


「さて、帰って掃除でもするか。」

「それは私がやりましょう。」

「いや、少しは分担してもいいだろ。そうだな・・・個室は各自で。後はローテーションでどこか一か所俺が掃除する。それ以外は任せた。」


 マシロが一番掃除が上手で手早いのはわかっている。マシロも喜んでやるだろう。だが、それでも任せっきりにはしたくないクロは分担を申し出る。


「わかりました。」

「今日は俺は便所でもやるか。」

「え~、オレもやるのか?」

「自室くらい自分で掃除しろ。」


 ムラサキが不満げに言うが、クロは一蹴する。それでも不満そうなムラサキに、マシロが口の端を少し上げながら言う。


「嫌なら私がムラサキの部屋も掃除しましょうか?」

「おっ、マジで?」

「ええ、跡形もなく消し去って見せます。」

「・・・やっぱ自分でやる。」


 渋々ムラサキは自室の掃除を了承し、3人は家に帰って行った。


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