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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第2章 赤い狐
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045 領地境界線

 アイビス山脈の麓、魔獣たちが住む森を一行は歩く。森は鬱蒼と木々が立ち並び、その間にも背の低い木や草が隙間を埋めるように生えている。

 そう聞くと歩く場所などないように思えるが、実際は歩きやすい。森には縦横無尽に獣道があり、そこだけは草も少なく、木の間隔も広い。一行はそこを歩いていた。

 そのため、ブラウンが引く領地境界線は綺麗な円を描くことはない。実に大雑把だ。しかしそれはやむを得ない。クロは境界線を人に見えるようにしたいわけで、草木が鬱蒼と茂る下に線を引いても見えない。それでは意味がないのだ。さらにブラウンの話では、境界線の上には物がない方がいいらしい。


「境界線の機能の一つとして、侵入者の感知があります。」


 境界線は常に魔力感知波をその線上にだけ飛ばしていて、一定以上の魔力を持つものが通ると、媒体である鏡に通知するらしい。


「魔力を感知すると、その感知情報から、侵入者の外見を鏡に映しだします。」

「立体画像で出ますから、わかりやすいですよぉ?記憶機能もあるので、所有者が時間と場所を指定すれば、録画再生もできますぅ。」


 ブラウンの説明をスミレが補足する。前世で言うセンサーで起動する監視カメラみたいなものらしい。


「記憶容量は?」

「24時間で更新されますぅ。」


 24時間、すなわち丸1日。この世界の時間の数え方は1日までは前世と同じなのでわかりやすい。月や年は少し変わるが。


「反応する魔力量は人並でよろしいですね?」

「ああ、人の侵入が一番の懸念事項だからな。」

「一応、その設定だと魔獣と一部の獣も反応することはご了承ください。」

「構わない。というか、むしろ歓迎する。」

「そうですか。・・・いえ、通常の国境などに使う場合は、これが厄介でしてね。」


 この境界線魔法は、当然、国境などに用いられており、不法入国者がいれば、警備隊の詰め所などに知らされるようになっている。ところが、国境は街道だけでなく、山や川も通っている。つまり、国境付近に住み着いた魔獣がいたりすると、その魔獣が通るたびに鏡が反応してしまうのだ。


「国境警備隊の愚痴の種になっているんですよぉ。侵入者を取り逃がすわけにいかないので、感知時に警報も鳴るように設定しているんですがぁ、魔獣が通るたびにピーピーいうので、うんざりするそうですぅ。」

「魔獣を討伐する話も毎度出ますが、魔獣討伐はハイリスクですから。命懸けの討伐に行くには理由が弱くて、結局、警備隊が我慢することになってるそうです。」

「毎年、改善要求が警備隊から出ますけどぉ、神々が設定した魔法は、変えられませんからねぇ。」

「ふうん。」


 クロは興味なさそうに言う。魔族であるクロなら、魔法の改変は可能だが、クロの手持ちにその境界線魔法がない以上、弄ることはできない。そもそも魔族が弄った魔法など、公式には使えないだろう。


「あ、ちなみにこの境界線魔法は光魔法ですけど、警報を設定する場合は風魔法との複合属性になるんですよぉ。」

「そうか。ウチのにも警報を設定できるか?」

「はい。私は風適性もあるので、可能です。」


 そんな雑談を交わす間、クロは一度もブラウンたちの方を振り向いていない。前方180°を見渡しつつ、聴覚も会話以外の音をいくつか拾っている。マシロとムラサキも会話には入らず警戒中だ。

 歩き始めて数十分、進行方向はブラウンの指示に従っているが、接敵なし。順調に森の奥へと歩を進める。クロが抱えている看板がガシャガシャ音を立てているせいもあるかもしれない。

 すると、急にクロが立ち止まり、身を屈める。看板は音を最小限にそっと地面に置いた。一行も合わせてしゃがんだが、クロが何に反応したのかはわからない。マシロですら、まだ把握していなかった。

 ブラウンが声を潜めてクロに問う。


「何があったのですか?」

「前方、11時の方向、1.5km程先に何かいる。1mくらいの犬みたいだ。」


 驚いてブラウンがそちらに目を向けるが、木々に阻まれて見えない。魔力感知で見たのだろうが、ブラウンでは数百mが限界だ。

 ちなみにムラサキの聴覚式魔力感知の有効範囲は500m程で、マシロの嗅覚式の範囲は、基本的に1kmくらい。対象が大きかったり、集団だった場合はもっと遠くても感知可能だが、今回のように1匹だけの獣ではそうはいかない。つまり、この中では距離に限って言えば、クロの感知が最も優れていた。

 一行は気配を殺して獣道を進み、草の陰からクロが見つけた獣を観察する。


 その犬は茶色の体毛で、口には立派な牙を備えている。正に犬(前世で言えばオオカミ)と言った外見で、獰猛そうに見えるが、どこか違和感を感じる。観察していると、その原因はすぐにわかった。

 犬はきょろきょろと周囲を見渡す。クロ達は風下にいるので、臭いは届かず、見られていることに気付いていないようだ。

 敵がいないことを確認した犬は、なんと足元の草を食べ始めた。見ればその口の動きは確かに草食獣のそれで、生えそろった立派な牙は邪魔にしか見えない。


「なぁんだ、フェイクドッグじゃないですかぁ。警戒して損しましたよぅ。」


 ふぅとスミレは息を吐く。隣のブラウンも緊張が解けた様子だ。


「フェイクドッグ?」

「正確にはジャングルフェイクドッグ。森に生息する草食獣ですぅ。犬の外見に似せて肉食獣のふりをすることで、身を守っているそうですぅ。」

「確かに犬と見紛う格好だが、そんなんで守れるのか?」

「この森にはアリゲータドッグという強烈な噛みつきを武器にした犬が棲息していましてぇ、なかなか手強いんですぅ。あのフェイクドッグはその犬のふりをしているんですよぉ。」

「アリゲータドッグってそんなに強いのか?」


 クロがマシロに話を振る。


「あの犬もどきに似た犬ですか。・・・ああ、いました。確かにあの噛みつきは脅威ですね。外骨格で身を固めた巨大昆虫系の魔獣を食いちぎっていたのを見た覚えがあります。単体では噛みつきにさえ気をつければ問題ありませんが、群れに襲われると大変危険です。」


 幼いマシロが遭遇したときは、アリゲータドッグは少数で、脚力でマシロが勝ったため、逃げきれたらしい。囲まれていたら命はなかった、とマシロは淡々と語る。


「なるほど。そんな強者なら真似る価値はあるな。」


 ぼそぼそと会話するクロ達に気付かず、フェイクドッグは相変わらず草を食んでいる。やはり立派な牙は使わず、口をもごもごさせている。牙の奥に、すり潰すための草食獣の歯も別に生えているようだ。


「フェイクドッグは威嚇はしてきますが、通じないと見ればすぐに逃げます。普通に素通りして問題ないですよ?」


 ブラウンが先を促すが、クロはまだ動かない。フェイクドッグをじっと見ている。


「あの、クロさん?」


 呼びかけてもクロは返事もせず、微動だにしない。

 ブラウンがどうしたものかと悩んでいると、マシロが溜息を吐いて言う。


「マスター。あの犬もどきはこの辺りにはよくいますので、また探せばすぐに見つかりますよ?」

「・・・・・・」

「・・・必要なら探すのを手伝いますから。匂いは覚えましたし。」

「そうか。今日は線引きもしないといけないしな。仕方ない。行こう。」


 そう言ってクロはようやく立ち上がる。

 ブラウン等普通の人にとっては、ただの変な生き物だが、クロにとっては可愛くて仕方がない、何時間見ていても飽きない者なのだ。マシロがこう言わなければ、日が暮れるまで追跡・観察していた可能性すらある。

 立ち上がったクロ達に気付いたフェイクドッグは、素早く振り向いて牙を剥き、唸る。しかし誰一人動じないことを察すると、すぐさま反対方向に走り出した。なかなかの逃げ足で、あっという間に感知範囲から出て行った。

 クロはそれを名残惜しそうに見送ると、置いて来た看板を拾ってから、再び獣道を歩き始めた。



 その後も獣を見つけるたびにクロは立ち止まって観察するため、中々線引きは進まず、7割くらいのところで日が暮れ始めてしまった。

 流石に責任を感じてクロが謝る。


「申し訳ない。」

「まあ、一応2日間の日程で予定してましたし、大丈夫ですよ。」


 ブラウンはそう言って境界線魔法の一時保存を行う。国境などの長大な線を引くときには、一時保存は重要だ。当然搭載されているべき機能である。

 光る線を残して一行はクロの自宅に向かう。


「王都まで送りましょうか?」


 マシロが進言すると、ブラウンは申し訳なさそうに答える。


「いえ、そのことなのですが・・・」

「是非、クロさんのお宅に止めてくださいぃ!」


 返答しようとしたブラウンを遮ってスミレが嬉しそうに要請する。


「構わないが、場所あるかな?」


 そもそもクロの落ち度で遅くなったのだ。部屋を貸すくらいはする。しかし個室は埋まっているし、そもそも奥の部屋は色々大っぴらにできないものがあったりする。


「個室なんて贅沢言わないですよぉ。2人1部屋でも、ソファーでもいいですからぁ。」

「え。」


 ブラウンが戸惑うが、それを無視して話は進む。


「そうか?じゃあ、申し訳ないが、客間を使ってくれ。だが、客人をソファーに寝かせるのも悪い。余ったベッドからマットと布団を外して置くから、それを使ってくれ。」

「ありがとうございますぅ。ところで、なんで部屋は余ってないのにベッドが余ってるんですかぁ?」


 引っ越したばかりのクロ達が余分なベッドを持っているわけはない。情報に貪欲なスミレの嗅覚が、何かあると睨んだ。


「ベッドを使って寝るのはムラサキだけだからな。だから2つ余ってる。」

「えぇ?じゃあ、クロさんはぁ?」

「もう寒さでどうにかなる身体じゃないしな。体を拘束する布団はいらない。わざわざ場所をとるベッドも不要だ。」

「マシロさんはぁ?」

「私は元々犬ですから、そもそもベッドで寝る習慣がありません。」

「なるほど~。そうすると逆にムラサキさんが不自然ですかぁ?」

「その通りです。」

「おい!不自然じゃねえよ!オレは元はイエネコなの!人の家に飼われてたから、毛布やベッドが自然なの!」


 マシロの謎の肯定に、ムラサキが必死に反論する。スミレに誤った情報を記憶されると、どこに書き記されるか分かったものではない。

 そんな雑談をしているうちに一行は荒れ地に着き、クロ宅へと入った。


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