表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
5/457

005 テンプレ遭遇

 ・・・集落を出て3日、ようやくオレ達は街道に出た。初日の絶食生活にオレが異議申し立てたことで、2日目以降は襲ってきた獣を狩り、解体して肉をゲット。途中で見つけたごく少数の果物と合わせて、夕飯だけは確保できている。クロの奴は「食事が必要ない俺達が果物を食べたら、他の獣に行き渡らなくなってしまわないか?」とか言って渋っていたが、この程度の採取で影響があるわけないし、オレには幸福に生きる権利があるはずだ。

 で、街道に出たオレ達は今、道の脇で休憩している。ここまで森をかなりの速度で警戒しながら走って来たんだ。せっかく街道に出たんだから、馬車か何かに便乗したい。もう歩くのめんどい。


「まったく、追っ手に追いつかれたらどうするんだ?」


 クロが切り株に腰かけて、荷物(剣と肉等が入った袋)を置きながらぶつぶつ言う。


「魔族は人間から隠れて生活してるんだぜ。街道まで追って来ねえよ。」

「見た目は人間と同じなんだから関係ないだろう。」

「とにかく俺はもう走り続けるのは嫌だ!」

「別にここからは走らないぞ?目立つし。それに森の中ほど警戒する必要もないしな。」


 確かに街道なら獣が襲ってくることもほぼない。獣は基本的に人間に勝てない。勝てるとしたら、不意打ちか、数で勝る必要がある。その条件を満たしてもリスクが高い。それに、街道を歩く人間はだいたい自衛できるだけの準備をしている。まず無理だろう。街道は開けていて見通しがいいから不意打ちもできないし。ついでにそれは追っ手にも言える。警戒を緩められるのはわかる。だが、


「オレは歩くのも嫌だ。断固、馬車の利用を要求する!」

「しょうがないな・・・まあ、いいか。数時間粘ってダメなら歩くぞ?」


 そう言ってクロは腰のホルダーから手帳を出す。クロが魔導書と呼んでいる物だ。

 ・・・オレは、これは狂気の産物だと思う。

 中身はといえば、術式がびっしり書き込まれている。それの何が異常なのかというと、まず、魔法の発動には術式が必要だ。使用者の魔力をエネルギー源とし、術式に書かれた指示通りに現象が発現する。つまり術式がなければ魔法は発現しない。

 で、術式はどう書くかというと、普通の魔族は石板に書く。せっかく書いた術式が壊れては大変だから、できるだけ頑丈なものに書くわけだ。昔から魔族はそうしてきたようだし、ほとんどの魔族はその書き方に疑問を持たない。なお、術式は持ち歩く必要はない。魔法を使うときに術式に魔力を供給する必要があるが、魔力の移動速度は光速ほどではないにせよ、異常に速く、遠く離れた石板にも一瞬で届く。また、魔力だけを移動させるのにはあまりエネルギーがいらない。クロは「魔力にはほとんど質量がないから」と言っていた。

 ではなぜクロは脆そうな手帳に書いて、わざわざ持ち歩いているか、というと、まずこの手帳は紙ではない。薄い金属板を重ねて綴じたものだ。それでも一見脆く見えるが、これがクロの魔法の真骨頂。半永久的に持続する強化魔法により、異常に頑丈なのだ。引っ張るとわずかに伸びるが、千切れることはない。本来この金属が融ける温度まで熱しても融けない。下手な石板よりずっと頑丈だ。しかも軽金属を使っているので、金属の塊のくせに軽い。

 そして今クロが取り出したのが専用のペン。手帳より硬い材質で、より強力に強化したことにより、あのペンでのみ、手帳に傷をつけられる。かなり力がいるが。

 ・・・で、ここからこいつの頭がおかしいところだ。

 クロはルーペを取り出した。魔族は人間の数十倍目がよく、かなり細かいものが見える。しかしクロはそれよりさらに細かく字を書く。故に、ムラサキがクロの手帳を見ても、何も書いてあるように見えない。ルーペを貸してもらって、ようやく何か模様が刻まれているのがわかる程度だ。クロ曰く、「別に誰かが読むわけじゃない。字の体をなしていればいい。」だ。合理的だが、やってるのを傍から見れば、狂人だ。

 街道の脇で男が切り株の前の地べたに座り、切り株に置いた手帳に黙々と何か書いている。左手にルーペを持ち、右手に妙なペンを持って、目を血走らせながら。しかも手帳を覗き込めば、何も書かれていない。

 ・・・うん、他人だったら、絶対近寄りたくねー。


「なんか来たら教えてくれ。」

「はいはい。」


 ・・・まあ、文句は言わない。前に一回言ったし、こいつのこれのおかげでオレも便利な魔法が使えるわけだし。さて、のんびり日向ぼっこといきますか。



 街道脇で休憩を始めてから2時間後、クロ達は東に向かう馬車を見送っていた。


「潮時だな。歩くぞ。」

「はあ・・・」


 ムラサキはかなり憂鬱な様子だ。結局休憩中に3度商人の馬車が通り、そのたびに呼び止めて便乗をお願いしたが、全て却下された。しかも2台目なんて止まってすらくれなかった。お礼に護衛をするとも言ってみたが、完全に不審者を見る目で睨まれ、逃げられた。

 ・・・タクシー強盗的なものでも流行っているのだろうか?この世界は予想以上に治安が悪いらしい。


「結局、収穫なしかよ・・・」

「いや、まったくないってわけでもない。」

「は?」

「まず、この辺は治安が悪いことが分かった。」

「あ、そ・・・」


 いつも暢気なムラサキが落ち込んでいる。

 ・・・そんなに歩くのが嫌なのだろうか。少し明るい話題でも提供しよう。


「それと、この街道を進むなら東のほうが良さそうだ。」

「なんで?」

「通った商人の馬車は3台。2台が東で、1台が西。東に向かった2台は速度が遅く、西に向かった1台は速かった。つまり、物資は今、東に流れている。東に需要があるってことは、東のほうが栄えているってことだ。」

「おお。」

「まあ、今の3台が例外だった可能性もあるし、どんな物資だったかもわからないから、この推理が合ってるかはわからんが、参考にするにはいいだろう。」

「じゃあ、その栄えてる街に行くわけだな!」

「ああ。個人的には落ち着いた田舎の方がいいんだが・・・」

「田舎はもういい!美味い飯、喰いたい。」

「はいはい。じゃあ、東に向かうぞ。」

「おう!」


 ・・・元気になったな。最悪ムラサキを担いで歩くかとも思ったが、必要なさそうだ。

 クロは黙々と歩くのも好きだが、せっかくの2人旅。雑談もする。しばらく歩くと、ムラサキが歩きながら話しかけてくる。


「ところでよ。」

「ん?」

「ここまで3日ほど。この後も旅を続けていくわけだが、正直物足りない。」

「もっと血沸き肉躍る冒険がよかったか?」


 森の中で何匹か獣と戦ったが、半数は実力差を見て逃走。残りはほぼ一方的な蹂躙だった。ただの獣と武装した魔族では話にならない。魔法すら必要なかった。


「そうじゃなくて、華がない。むさくるしい男2人旅なんてつまらん。」

「はあ?」


 ・・・こいつは何を言っているんだ。

 魔族は老いることがなく、戦死とかしなければ永久に生きられる代償か、それとも設計者がそう組み込んだのか、生殖能力がない。元は人間とかだから、モノはそのまま残っているが、活動を完全に停止している。現に俺は転生して魔族になってからというもの、性欲は微塵も感じないし、股間のモノが小便以外の物を出したこともない。

 だからムラサキもそうなっているはずで、異性を見て興奮するとかないと思っていた、

 ・・・性欲があったころの名残なのだろうか?一応確認しておこう。


「発情期?」

「違う!交尾したいとかじゃなくてさ、なんていうか、こう・・・女性がいると場が明るくなるだろ?」

「・・・・・・」

「理解不能、みたいな顔をしてんじゃない!」

「いや・・・やっぱりわからん。だが、そういうものなのか?」

「そういうものだ!」


 ・・・何がこいつをそんなに熱くさせるのだろう。理解しがたいが、世界中敵だらけの俺に味方してくれている唯一の仲間が欲しているなら、無視もできない。


「わかった。検討しよう。女性の仲間が欲しいんだな?」

「そうだ。」

「まあ、信用に値する奴を探すのは骨だろうが、な。」

「なんか街に着くのが楽しみになって来た。急ぐぞ、クロ!」

「お前、走るのは嫌だって言ってたくせに。」

「気が変わった!」

「正直だな。まあ、いいけど。」


 そんな雑談を交わしながら歩いたり走ったりしていると、日がだいぶ傾いてきた。野宿ができそうな場所を探し始める。すると、急にムラサキがいつも細い目を見開いて警告してきた。


「前方で戦闘の気配だ。50くらいいるな。」

「多いな。様子はわかるか?」

「もう少し近づかないとわからねえ。が、攻撃魔法の気配はないな。」

「なら、魔族の追っ手ではなさそうだな。」


 足音を抑えて小走りで向かう。ムラサキからの続報。


「40対10の戦闘だな。だいたい。ただ、10のほうは取り囲まれて、人が減り始めた。今、8ってところか。」

「対等な戦闘じゃなく一方的か。数の暴力ってのはあまり好かない。・・・俺にも見えてきた。」


 武装した男達が戦っている。少数が馬車を守り、多数のほうがそれを囲んでいる。多くは軽鎧だが、囲んでいるほうは貧相な普通の服も多い。得物はほとんどが剣。槍は馬車に立てかけられている。すでに乱戦なので、使いにくいから剣に切り替えたのだろう。

 ・・・お、銃だ。

 囲んでいる奴らの後方に一人、マスケット銃みたいなのを持ってる奴がいる。よく見ると馬車にも何本か立てかけられている。これらも同じく、乱戦では使えないから放置されているようだ。


「状況からすると、馬車を盗賊が襲っているってところか?」

「そうみたいだな。」

「何というテンプレ。」

「天ぷら?」


 ムラサキの駄洒落はスルー。いや、本当に聞き間違えたのかもしれないが。

 しかし、ありえない話じゃない。彼らはあのトラブルで足が止まり、こっちは速足で歩いたり、馬車を超える速度で走ったりしてきた。そのおかげで午前中に俺らを乗せるのを渋った商人達の馬車は2台とも追い抜いたほどだ。それでかなり距離を進んだわけだし、その長い移動距離の中にトラブルが入るのもありえるだろう。


「さて、どうするかな。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ