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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第2章 赤い狐
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044 「草」

 買い物の翌朝、ふとムラサキは目を覚ます。辺りはまだ真っ暗だ。一日動き回って疲れて、逆に早く起きてしまったのだろうか?ストレスが溜まってるとかだったら嫌だなあ、などとぼんやり考え、二度寝しようとすると、寝ているクロとマシロが目に入る。

 いつも2人はムラサキより遅く寝て、早く起きるため、ムラサキがこの2人の寝姿を見るのは珍しい。マシロは普通に犬形態で横になって寝ているが、クロはそのマシロの腹を枕にし、横になってマシロの後ろ脚にしがみついている。その表情はどことなくにやけているように見える。

 ムラサキの記憶では、クロはマシロとこうして寝るようになる前は、横にならず、木や岩に寄り掛かって寝ていた。寝ていてもしかめっ面で、剣を手放さず、僅かでも不自然な音を聞き取ると起きていた。しかし、今はそんな様子は見られず、安心して眠っているように見える。

 ・・・クロが変わった、というよりは、こいつは元々こうで、こうして頼れる奴が今までいなかっただけ、なんだろうなあ。

 別にムラサキはクロに頼られなくて寂しいとは思わない。クロとムラサキは相棒とは言っているが、互いに頼るというよりは、利用し合う間柄だ。相棒がいなくても生きていけるし困らないが、いた方が面白い。少なくともムラサキはそう思っている。

 ・・・夜が明けたら今日は森を歩き回ることになる。ちゃんと寝ておかないとな。

 ムラサキは再びベッドの上で丸くなり、寝息を立て始める。同時に寝たふりをしていたマシロも、また浅い眠りについた。


ーーーーーーーーーーーー


「おはよーございますぅ~。」

「・・・おはよう。」


 日が昇り、クロとマシロが鍛錬を終え、3人が朝の紅茶を楽しんだ後、来客を察知したマシロに促されて外に出ると、そこにやって来たのは山歩きスタイルの2人の男女。見知らぬ茶髪の人間?の男と、なぜかスミレがそこにいた。

 クロはとりあえず挨拶し、事前に嗅ぎ分けていたマシロは動じず、ムラサキがサッとクロの陰に隠れた。

 どうツッコミを入れるべきか、とクロが迷っていると、茶髪の男がお辞儀をして挨拶する。


「おはようございます。本日、境界線設定を担当させていただく、ブラウンと申します。よろしくお願いします。」

「ああ、よろしく。」


 クロはツッコミを保留して対応する。ブラウンは中肉中背の特徴がない男で、見たところ人間に見える。なぜ人間が獣人の国にいるのか、自分のことを棚に上げてクロが訝しむと、スミレが茶化してくる。


「ね~、茶髪でブラウンってすごいわかりやすいですよねぇ。本名なんですよぉ?せっかく潜入向きの地味~な外見なのに、覚えやす過ぎですよねぇ。」

「潜入の時は偽名くらい使いますよ。」


 どうもこの2人は知り合いらしい。何気ない会話に不穏な単語が出てきて、つい聞いてしまう。


「潜入?」

「あぁ、クロさんだから教えちゃいますけどぉ、彼は<草>の一員なんですよぉ。」

「草?」


 何のことかわからず、首を傾げるクロに、ブラウンが説明する。


「<草>はヴォルフ様直属の部隊です。表向きは隠された部隊で、情報収集を主な任務としています。」

「ほう。」

「ふっふっふ。クロさん、彼は何に見えますぅ?人間だと思うでしょう~?」

「そう言うってことは、違うのか。」

「正解は兎系獣人でした~。」


 そう言われてクロはついブラウンの頭を見てしまう。しかしやはり耳は見えない。見られたブラウンは恥ずかしそうに、それでいて諦めたような表情になり、事情を説明する。


「実は、私は以前兵士だったのですが、負傷して耳を失いまして。」

「木魔法は部位欠損も治せるんじゃないのか?耳くらい・・・」

「いやいやクロさん、部位欠損を治す木魔法って難しいんですよぉ?自然に治りうる範囲で治す治癒魔法の『ヒール』系は簡単ですが、部位欠損を治す修復魔法の『リペア』系は消費魔力も大きく、高い木適性が要求されますぅ。しかも『リペア』は治す根元の傷口が開いているうちにやらないと効果がないんですぅ。」

「私が頭に大けがを負ったとき、その場にいたのは『ヒール』系しか使えない木魔法使いしかいませんでした。出血や傷口を塞ぐのはできましたが、耳は治りませんでした。」


 ・・・なるほど。前線に出られる適性が高い木魔法使いが重宝されるわけだ。

 クロはかつてカイ連邦戦線に参戦する直前、義勇兵のギルバートに、木適性が高いと言って大層喜ばれたのを思い出した。結局、クロが木魔法を『ヒール』以外使えないためにぬか喜びとなってしまったが、もし使えれば、戦場で引っ張りだこだっただろう。もっとも、人嫌いのクロはそんな状況は御免被るのだが。

 そこでクロがある名案を閃く。


「傷口をもう一回開いて使えばいいんじゃないか?」

「お前、それはひどいだろ・・・」


 ムラサキが引いているが、クロはそれで欠損が治るなら安いものだと思う。しかしブラウンもスミレも乗ってこない。


「あー、クロさん~、それはもう検証済みなんですよぉ。」

「そうなのか。」

「一度塞がって安定した傷は、身体がもうその状態を定常状態と認識してしまうので、治らないんです。」


 残念そうにブラウンは言う。クロはそれに同情したわけではないが、ここまで来たら何か解決策を提示したい、とちょっとだけ意地になっていた。


「じゃあ、移植は?」

「拒絶反応が恐いところですねぇ。それに科学技術はそこまで発展してませんよぉ。」


 言われてみればもっともな話だ。魔法で結構充実した生活環境になってはいるが、科学技術はまだ中世レベルかそれより少し進んだ程度なのだ。


「まあ、生体創造魔法『ホムンクルス』が使えれば別でしょうけどぉ、それは何十年も昔の異世界人の固有魔法でしたしぃ。まあ、無理ですねぇ。」

「改めてそう言われるとちょっと哀しいですね。」


 自分の耳の再生が不可能であることを再認識させられて落ち込むブラウン。スミレが慌てて話を進めるが、あまり変わらない話題になる。


「それでぇ、身体能力の高さに誇りを持つ獣人族は、こういった身体障がい者を蔑む意識が結構強いんですよぉ。」

「耳でもか?聴覚を失ったわけじゃないんだろ?」

「そうですが、大きく弱体化しています。元々聴覚に頼る種ですし、魔力感知も感知範囲がだいぶ狭くなりました。」

「あー、そりゃ問題だな。」

「それに運動能力も低下するのです。体温調節が難しくなって、ばて易くなります。」


 耳が大きい獣は、耳から放熱している。獣人にもそれは当てはまるらしく、激しい運動をするとすぐに体に熱がこもり、運動能力が低下するそうだ。


「耳を失い、兵士として戦力外通知を受けたどころか、多くの再就職先にも蹴られ、当時は荒れたものです。」


 体力が必要な仕事は門前払い。苦手でも選択肢がないからと事務系の職に就くが、障がい者蔑視の雰囲気に耐えられずに辞めたそうだ。


「そんな時に拾ってくださったのがヴォルフ様です。耳がないからこそできる仕事があると。そうして集められたのが<草>なんです。」


 ここまで説明を受けて、ようやくクロは思い当たる。


「なるほど。帝国に潜伏するのか。人間に化けて。」

「そういうことです。私はまだその任務には就いていませんがね。もちろん、同志には耳を失った者ばかりではなく、片腕の者や片足の者もいます。彼らはヴォルフ様の下で書類整理などもしていますよ。あまり表に出せないような、ね。」


 そういえばヴォルフは子飼いを帝国に潜ませている、と言っていた。それが兵士になりえない障がい者であることも。それが<草>なのだろう。

 獣人の国で居場所をなくした者たちに手を差し伸べて、裏切らない忠臣に仕立て上げる。ヴォルフが恐ろしくも頼もしい執事であることを再認識させられる。


「いいですよねぇ~。目立たない雑草こそが強い!おもしろいですよねぇ~。」


 スミレがなぜか楽しそうに言う。ここまでの流れから、一応クロは確認する。


「スミレもそれの一員なのか?」

「いえいえ~。<草>の皆さんとは任務が似ているので仲良くしていますが、別行動ですよぉ。私は別に忠誠を誓ってるわけじゃないですしぃ。」

「確かにな。」


 そこからさらに何事か話そうとするスミレを遮るように、マシロが口を開く。


「玄関先で長話もなんですので、入りますか?」

「おっと長くなっちまったな。申し訳ない。さっさと仕事に移ろう。」

「えぇ~。」

「ええ、そうですね。参りましょう。森の入口から始めます。」


 そうして渋るスミレを連れてブラウンが森の入口へ向かう。クロ達は昨日作ったロープや看板を担ぎ、手が足りない分は魔法で移動させる。昨日と同じように戸締りをして、スイーパー達に留守を任せると、ブラウンたちを追った。


 合流した5人は森の入口から南に向かいつつ、ブラウンが作業内容を説明する。ブラウンは既に作業を始めていたようで、光を放つ鏡を持っている。鏡のサイズは人の頭くらいだ。


「この鏡が境界線魔法『メイク・ボーダー』の媒体です。魔法を使用するとこの通り光を放ち、この状態で鏡が通った場所に境界線が引かれます。」


 見れば確かにブラウンが通った後の地面に淡い光の線が残っている。人力故に若干歪だが、途切れなく引けている。


「一周して起動した点に戻れば線引きは完了です。その後、この鏡の所有者をクロ様に登録すれば、領地境界線の完成です。」

「この光の線は残るのか?」

「線引きが完了すれば、消えます。光を放ち続けると魔力を消費しますので。まあ、定期的に魔力を供給していただければ、光らせたままにもできますが。」

「ふむ。」


 クロは境界線を人は入れないが、人以外は自由に出入りできるようにしたい。当初はマシロのロープを張り巡らせる予定だったが、それだと大きい獣の出入りの邪魔になる。光に驚く獣もいるかもしれないが、ロープよりマシかもしれない。


「光らせたままにしてくれ。真白、ロープは外していい。線引きはこの光の線にしよう。」

「承知しました。」


 入口から順に木々に巻き付けてロープを張っていたマシロが、クロの指示で逆に外し始める。


「すみません。先に説明すべきでしたか。」

「いや、いいよ。あいつならすぐ戻ってくる。」


 ロープを外しながら来た道を戻るマシロを見て、ブラウンが申し訳なさそうにするが、気にすることはない。

 クロの言う通り、マシロは数分で戻って来た。肩にロープの束を担いでいる。

 この格好にクロは特に何の感想もないのだが、ブラウンは違和感を感じるらしく、苦笑いになる。

 ・・・出発時から思っていましたが、なんかもったいない気がしますね。

 マシロは体つきは大柄で筋肉質だが、顔は綺麗だし真っ白な波打つ長髪も美しい。着飾れば武闘派貴族のお嬢様で通りそうなほどだ。それが黒一色のシンプルな服を着て、腰の両側に長剣を提げ、今は肩に工事現場の作業員のごとく大量のロープを担いでいる。

 ・・・私たちが口を出すことじゃないですけどぉ、もう少し着飾ってもいいんじゃないですかねぇ。

 スミレもそんな感想を抱くが、もしそれを口に出せば、周囲から一斉に「お前が言うな」と言われるだろう。

 スミレとブラウンがそんなことを考えている間に、クロは看板を立てる。看板には「この先、私有地につき、許可のないヒトの侵入を禁ずる。クロ」と書いてある。この世界では「ヒト」と書けば人間も獣人も、ついでに竜人も含まれる。魔族は曖昧だが、一般的には含まれるだろう。まあ、これを読んで従う魔族は稀だろうが。


 一定間隔で看板を立てつつ、そこから5km以上歩いたところで、いよいよ森に入る地点まで来た。


「クロ様の領地はご自宅から半径10kmになります。ただし、平原は含まれません。ここから円を描くようにいきますが、池などがあったら臨機応変に。よろしいですか?」

「ああ。」


 クロの同意を確認すると、一行は森に足を踏み入れる。クロを先頭、マシロを最後尾に据える。ブラウンが中央で、右をムラサキ、左をスミレが守る。ブラウンは戦闘能力が乏しいらしいので、全員でブラウンを護衛する陣形だ。

 久々の野生の森に緊張感が高まるマシロとムラサキ。ブラウンも危険な任務に緊張しているようだ。そんな中でクロとスミレは、緊張感よりも好奇心が勝っていた。

 ・・・魔獣の森。どんな珍種がいるのか、楽しみだな。


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