043 買い物
墓参りも済んだところでいよいよ買い物に出発だ。しかしその前に戸締り。スイーパー達が留守番するとはいえ、彼らが撃退できるのは雑魚だけだ。強力な魔獣が来たら対応できない。
建物自体の強度は、流石王国が誇る守りの要<地竜>が建てただけはあり、十分だ。問題は窓や木製の扉。そこに資材として小屋に置かれていた鉄板を加工、強化してはめ込み、魔法で操作しない限り外れないようにする。
「100%とは言えないが、まあ、こんだけやれば大丈夫だろ。」
「オレはやりすぎだと思うがね・・・」
とりあえず満足したクロと、鉄と土でできた直方体と化した平屋を苦笑いで見るムラサキ。その土にも鉄にもアホみたいな量の魔力が注がれている。戦場に建造されるトーチカでもここまでやらないだろう。
最後にクロがスイーパー達に留守番を頼み、それがちゃんと伝わっていることをマシロが確認して、出発した。
いつもの武装にいつもの背負い袋。違いは背負い袋の中身がほぼ空なこと。そんな感じでマシロの背にクロとムラサキが乗り、走ること30分。西門から離れた外壁を平然と跳び越え、空中でクロとムラサキはマシロから降り。マシロは『変化』で獣人形態になる。
着地したのは人気が無い路地裏。ここから何食わぬ顔で通りに出ればいいが、その前に準備がある。
「買うのは茶器、調理器具、調味料。蝶番も買う。あと、できれば茶葉と保存食も念のため確保したいな。あと、野菜の種とか。」
「承知しました。」
「おう。」
「で、ムラサキ。調理器具の選定は任せていいか?」
「もちろん。で、『変化』すればいいんだろ?服くれ。」
「ほれ。」
クロは背負い袋からムラサキの服を出す。小柄な少年に『変化』し、服を着る。そしていつの間に用意したのか、キャップを被って短い髪をその中に隠した。
「ちっと窮屈だが、これなら目立たないだろ?」
「そうだな。」
ムラサキの髪は紫色で珍しい。いくらこっそり人混みに紛れても目立ってしまう。そこで帽子で隠すことにした。
「マシロも、帽子作れるか?」
「布地には余裕を持たせているので、可能です。」
マシロは、それもメイドから習ったのだろうか、長い白髪を手際よくまとめて黒い紐で縛る。そしてスカートの裏から適当なサイズの布を取り出して、編み直し、帽子の形にしていく。
初めはムラサキと同じキャップを作ったが、似合わない、とクロもムラサキもそろって言い、作り直した結果、庇が大きい麦わら帽子のような形になった。色は真っ黒だが。そして、それを被る。
「似合うんじゃないか?」
「ああ、似合う、けど・・・なんというか、黒ずくめだな。」
「それは・・・仕方ないだろ。」
マシロは服の上下、手袋に靴まですべて真っ黒だ。普段は真っ白な髪が目立って気にしなかったが、いざ髪が隠れると、黒一色なのが際立つ。とはいえ、今この場で解決できるものでもない。諦めてこのまま行くことにした。
時刻は朝10時を回ったところ。遅く開く店舗も開店し、買い物客も増える時間。商店街や大通り、市場には人が集まる。
そんな人が集まる場所を、クロ達は悉く回避して脇道を進んでいた。店の場所を把握しているムラサキが先導しているのだが、不満そうな顔つきだ。その理由はといえば。
「なあ、大通り通った方が早いんだが。」
「断る。人ごみに入ってもいいことなんて何もない。」
断固としてクロが人が多い場所を回避するのだ。クロから言わせれば、人混みに入ると歩きにくいし、スリに逢う可能性がある。緊急事態でも逃げにくい。そして何より、人に囲まれた状態がクロにとっては強烈なストレスになる。多少遅れても人混みを回避したかった。
そうして到着したのは金物屋。クロは蝶番を、ムラサキは包丁などの金属製の調理器具を買う。マシロはムラサキについて行っている。
「包丁はもうあるでしょう?」
「馬鹿言うな。包丁は切る対象で使い分けるもんだ。」
「せめて使いそうなものだけにしなさい。刺身を切る機会があると思っているのですか?」
「むう。」
刺身包丁を手にしたムラサキに、マシロが注意する。今の家はかなり内陸にあり、海は遠い。今のところ魚を生で新鮮なまま内陸まで運ぶ技術は普及しておらず、生魚を食べる機会はまずない。川にも魚はいるが、刺身にする習慣はなかった。野生なら生で食うこともあるし、魔族であるこの3人なら食あたりの心配はないが、美味いとは思えない。ムラサキは渋々刺身包丁を手放し、買う包丁は数本に絞った。
購入した商品を梱包してもらって、背負い袋に入れる。次に向かうのは陶磁器店だ。
量産品の茶碗や皿はクロが前世でもよく見たような普通の作りだが、高級な茶器などには、見た事も無いような複雑な形状の物がある。聞けばなんと、土魔法を駆使して焼いている最中にも形を整え、さらに魔法で強化することで普通の焼き物には再現できない複雑で細かい形状を実現しているらしい。例えばこのティーポット。注ぎ口から茶葉が出ないようになっているのだが、細かな粉ですら通さず、しかもその仕組みが金属を使わず土だけで作っているというのだ。注ぎ口の前に絶妙な大きさの微細な穴を開けた蓋がされているようだ。穴が大きければ茶葉の粉が通るし、小さすぎれば水が通りにくくなる。そんな穴の大きさ調整を、焼いたら膨張する焼き物で行うのは至難、というか不可能だろう。正に魔法の成せる業だ。
ぜひ欲しいと思ったが、予算の関係で諦め、普通のティーセットを買う。シンプルながら上品な雰囲気があるのが割と気に入った。そして各々気に入った食器やカップを選び、購入する。厳重に梱包して荷物袋に入れ、移動する。
次は食料品店だ。ここはどうしても混雑するので、クロは比較的人が少ない茶葉コーナーを見ることにした。その他の調味料や保存食はムラサキとマシロが買いに行く。
20種類くらい並ぶ茶葉を見るが、クロは詳しいことはわからない。少し悩んだ末、紅茶は安いのを適当に3種1袋ずつ、高級なのを1袋だけ。緑茶はあまり種類がないので、安い2種を2袋ずつと高いのを1袋。合計9袋購入した。
そこで隣の店舗に目を向けると、コーヒー豆を売っていた。紅茶や緑茶はかなり昔からこの世界でも普及していたが、コーヒーが普及したのはここ数十年のことだそうだ。40年前に帝国に転生した異世界人が、戦時中にもかかわらず、どうしてもコーヒーが飲みたいと探し回り、森で見つけたコーヒー豆に近い生態の豆を発見。10年以上かけて木魔法まで使って品種改良と焙煎方法の研究をした結果、見事再現したそうだ。その研究予算が、兵士の嗜好品開発という名目でもぎ取られたというのは、帝国の外にまで伝わる逸話、というかもはや伝説だ。一体帝国軍の上層部に、そいつはどんな演説をかましたのか、ちょっと気になるところだ。しかも魔法禁止の帝国軍内でこっそり木魔法による生育促進まで使っていたというのだから、まともな奴ではあるまい。ある種のマッドだ。ちなみにそれがばれたのは開発成功後、兵士たちにコーヒーが普及した後だった。当然帝国はそのマッドを処罰しようと捕らえるが、マッドは「コーヒーが完成した以上、もはや悔いなし。銃殺刑でもなんでも好きにしろ」とのたまったらしい。結局現場の兵士の声が影響して減刑。軽い処罰の末に研究所に戻り、定年退職まで品種改良を続行。そうして現在、コーヒー豆は世界に10種ほどの種類が存在し、紅茶、緑茶に次ぐ嗜好品としての地位を確立している。
クロはそんなスミレから聞いたうんちくを思い出しつつ、コーヒー店に足を向ける。異世界人が手掛けただけあって、見慣れた品種名が並んでいる。
財布を開いて残金を再確認する。国王から多額の報酬はもらっているが、そのほとんどを土地の購入に充てたクロはあまり現金を持っていない。しかし、これくらいはいいだろう、とコーヒーミルとフィルター、コーヒー豆を購入した。豆は安い4種。高いのは妙に高かったので、あきらめた。
買ったものを荷物袋に詰め込んでいた時、ムラサキとマシロが戻ってくる。マシロが止めたのだろう、調味料も保存食も適度な量になっている。しかし荷物袋はもう空きがないので、袋を一つ買って、それに入れた。それはマシロに持ってもらう。
最後に野菜の種を探したが、売っている店がわからず、ムラサキが適当な人に聞いてみると、なんと売っていないらしい。
「そりゃ、あんた。農家が飯の種をそうそう他人に渡したりしないさ。」
考えてみればごもっとも。種はあきらめて、帰ることにした。重い荷物も何のその。マシロは軽々と再び外壁を越え、平原を西に向かって走る。時刻は12時を過ぎたところだ。
自宅に着き、荷物を搬入する。食器類と調理器具、調味料をキッチンの棚へ、保存食を物置へ。それが終わったら一休憩。マシロが緑茶を淹れて、3人で買ったばかりの湯呑で飲む。マシロもムラサキも獣人形態時は日本人顔のせいか、お茶をすする仕草が妙に似合う。特にマシロ。これで髪が黒で和服でも着てたら、和風美人だろう。
そんな感想を抱きつつ、クロは午後の予定を説明する。
「午後は明日の準備だ。」
「明日はヴォルフさんの部下が来て、領地の線引きをするのですよね。」
「そうだ。それに必要な道具を調達しに行く。正確には道具の材料を、だが。」
「どこに?」
ムラサキがその道具の内容より先に、場所を聞く。
「王都の南西、平原の南にある施設だ。」
「それって確か・・・」
「埋立場ですね。」
休憩を終えたクロ達は早速、埋立場に来ていた。王都ではできるだけゴミは出さず、壊れたものは修理し、生ごみも堆肥化する。しかし、修復不可能なものはこの埋立場に廃棄される。特に管理している者はいない。初めは巨大な穴に埋めていたのだが、既に穴は埋まり、ゴミの山になっている。生ごみはないため、腐敗臭はあまりしないが、空気は悪い。
また、王都に住めなくなった者がここに住んでいるとまで言われ、マシロが気配を探ると、姿は見えないが確かにいるようだ。
捨てられているごみは確かに修復不可能な鉄くずばかり。クロはこれをリサイクルしようというのだ。
「よーし、派手に焼くぞー。」
どことなく楽しそうなクロがゴミの山に近づいていく。今から処理する範囲に人がいないのは確認済みだ。
「始めるぞ。準備はいいか?」
「いつでも行けます。」
「はいはい。」
そうして3人が手はず通りに作業を開始する。
まずクロが『ヒート』で加熱。有機物は発火し、金属は融け始める。
有機物が一通り燃えたら、マシロが炭素操作で炭を取り出す。取り出した炭に魔力を通して不純物を探し、燃え残りは廃棄する。
炭を取り出し終えたら、ムラサキが処理範囲の酸素を追い出す。これから出来上がる金属素材の酸化防止のためだ。
ここまで来たら、クロはマシロやムラサキの魔力が通りやすいように控えめにしていた魔力を一気に注ぎ、金属を融かし、それを操作して浮かせる。主成分である鉄を動かせば、大体他の金属もついてくる。融けた金属は意外に粘性があるのだ。
そして全元素用の魔導書片手に分離作業を始める。2元素同時操作は戦闘中では怒り状態にしかできないが、ゆっくりでいいなら平常時にもできる。
鉄を浮かせたまま、一つ一つ操作して取り出していく。
・・・リチウム。あんまりねえな。あっても使い道ないけど。ベリリウム。ないな。ナトリウム。あったけど、これやばいな。既に酸化してるだろうが、万が一金属のままなら、水と反応して爆発する。人がいない方に移動させておこう。マグネシウムも同じく。アルミ。結構あるな。でも酸化してそう。これは別に再処理だな。ケイ素。一応とっとくか。次は・・・
そうして宙に浮かぶ巨大な光る球体から何かを魔法で取り出していく男が、埋立場で目撃されることになる。その正体が世間に知られることになるのは、クロの素性が公表されてからのことだ。
2時間ほどかけて各種金属の地金(一部は酸化している)を手に入れたクロは、3人で手分けして自宅に運ぶ。扱いが難しい危険なものをクロが、それ以外をマシロが運ぶ。ムラサキは荷物番だ。クロが少量だが危険なものをまとめて一回運ぶ間に、マシロは犬形態で背中に荷物を括りつけて高速で運び、何往復もする。そうしてどうにか金属地金をすべて日暮れ前に倉庫に搬入できた。あとはクロとマシロの作業だ。
「マシロは炭からいつも通りロープを作ってくれ。俺は鉄でできるだけ多く看板を作る。」
「境界の表示ですか?」
「そう。境界に真白のロープを張り、この看板を一定間隔で立てていく。獣の侵入を阻む必要はない。むしろ獣は通れるけど、人間や獣人は看板を見て止まる感じにする。」
クロの領地は獣や魔獣を保護するのが目的だ。しかし領地内の獣を全部私物化したり、全員生かすように徹底して保護したりするわけではない。単に人間の干渉がない自然の土地を作りたいだけなのだ。
この世界は狭い大陸を大勢の人間や獣人が占めている。人が干渉していない場所はほとんどない。ならば人の手が入らない自然が一部くらい残っていてもいいじゃないか。そんなことをクロは願っている。
マシロは黙々とロープを作り、クロは鉄の杭を作っていく。杭ができたら、意外と酸化していなかったアルミの板を凹ませて文字を書く。裏返すとアルミ板から文字の部分が飛び出したものができる。このアルミ板を強化して融点と強度を上げ、これを型として融けた鉄を流し込み鋳造する。文字部分が凹んだ鉄板の完成だ。鋳造を繰り返して文字を書いた鉄板を量産。鉄板と杭を溶接して看板が大量にできた。
作業完了時は深夜になっており、ムラサキはとっくに寝室で寝ていた。クロもマシロも風呂で適当に体を洗い、マシロはそのまま犬形態に『変化』。マシロは床に横たわり、クロはそれを枕に寝た。




