042 墓参り
出発準備を始めたとき、クロが唐突に重要なことを思い出した。この地にあると言われていた、マシロの墓のことである。
「あ、そうだ。マシロ、墓は?」
「後でもいいかと思っていましたが、よろしいですか?」
「ああ。むしろ先に行くべきだった。忘れててすまん。」
「いえ。案内します。」
3人は外に出て北側へ向かう。森との境界付近にあるらしい。歩きながら話をする。
「そういえば、この場所はずっと前に真白の親が他の魔獣と戦ってできたんだよな。」
「はい。」
「その戦いでこんな荒れ地に?」
「そうです。・・・思えば、もう13年以上も前なのですね。」
マシロは思い出すようにわずかに上を向く。
「13年経っても、草もろくに生えないのか?これも魔力濃度の影響?成長が阻害されてんのか?」
ムラサキの疑問にクロが答える。
「いや、魔力濃度が濃い場所はむしろ生物の成長を促進するはずだ。ただし同時に天変地異も起きやすい。地殻変動による干ばつとかか?」
この土地には小さな雑草しか生えていない。それも草原とは呼べないようにまばらにしかない。まさしく荒れ地と呼ぶにふさわしい光景だ。
いかに魔力が植物の成長を促進しようと、干ばつで水が絶えれば植物は育たない。砂漠産の植物でも流れてくれば育ったかもしれないが、それを運ぶ鳥も滅多に寄り付かないこの土地ではそれも考えにくい。高濃度の魔力に当てられた植物が環境に適応して進化する可能性はあるが、進化するにも何回かの世代交代が必要だ。それすらできないほどの過酷な環境になったのだとすれば、進化も不可能だろう。
「いえ、毎年来ていますが、そういった変動は見られませんでした。」
「じゃあ、何故?」
「・・・母が戦った相手が原因です。」
そう言ってマシロは当時を思い返し、母親の最期を語る。
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当時1歳にも満たないシロは兄弟たちと共に母親の後をついて歩いていた。シロたちの母親はこの一帯でも有数の力を持ち、幼いシロたちを狙う他の魔獣や獣を悉く追い払い、その圧倒的なスピードとパワーで確実に獲物を仕留めた。森には様々な能力を持つ獣がいるが、その力でいずれもねじ伏せて見せた。シロたちはそんな母を誇らしく思い、尊敬し、憧れ、いつか自分達もこんな風に強くなるのだ、と思っていた。
この頃はまだ森も豊かで、獲物に困る事も無く、順風満帆、獣としては何不自由ない生活を送っていた。・・・その日までは。
その日、母は異様な臭いを嗅ぎつけ、様子を見に向かった。危険な気配はするが、子供たちは置いていけない。まだまだ幼い子供たちだけでは、そこらの獣には負けなくても、上位の魔獣に逢えばあっさりやられてしまう。そうしてシロを含む4匹の子供たちもついて行った。
その先にいたのは、5mはある巨体で森の木々をへし折りながら進む、毒々しい緑と紫の斑模様のトカゲだった。
シロの母親を認識したトカゲは、牙をむいて敵意をあらわにする。その牙からは透明の液体が滴になって垂れ、地面に落ちると周囲の草花をあっという間に枯らした。見ればその爪が触れた木も、触れた先から変色し、崩れて倒れる。見た事も無いような強烈な毒だった。
トカゲは森の外、東の平原から来たようだった。この森に住む生物の中には、子育ての時期に危険な魔獣が跋扈する森を離れて平原に行く種がいる。このトカゲもその一種で、平原で生まれたトカゲの一匹が突然変異でこのように進化したようだ。
この世界では稀にある現象だ。魔力が気まぐれに集中することがあり、そこで生まれた生物が突然変異的に進化する。
トカゲは見たところ魔獣であり、知恵があるようだった。平原で生まれたトカゲは、平原の弱い獲物を狩って力を蓄え、ここまで大きくなったのだろう。そしてここまで大きくなってしまった結果、平原の獣では満足できなくなったのだ。飢えがトカゲの意志を高め、突然変異で急成長した魔力がそれに応え、元々持っていた毒をより強力なものに変化させた。獲物を確実に仕留めるために。
そうして森に入って来たトカゲは早速獲物を見つけたのだ。3m程もある大きな白い犬と、それに付随する4匹の子犬。平原にはこんな大物はいない。トカゲは歓喜のあまり、大口を開けて牙をむき、そのまま犬に突進した。
何の小細工もない突進。シロの母から見ればあまりに遅く、通常なら容易に返り討ちにできる。しかしあの毒は厄介だった。下手に手を出し、掠りでもすれば致命傷になる。母はシロたちに背に乗るように指示。緊急時にそうするよう教育されていたシロたちは素早く飛び乗って、四肢を使って母の背中にしがみつく。
トカゲの牙を十分な余裕をもって避ける母。突進が躱されたトカゲはすかさず前足を振るう。届くはずもないその引っ掻きは、空振りに見えたが、途轍もない威力を発揮した。爪先から飛散した毒液が周囲の木々にかかると、毒液が触れた先から変色していき、木が倒れる。
母の背中からそれを見ていたシロは、恐怖を感じた。兄妹たちも怯える。いくら母でも、あんな化物には勝てない。逃げるべきだ。子供たちはそろってそう思い、それを母に伝えるように小さな声で鳴く。
しかし母は退かない。母にはわかっていた。逃げることは簡単だ。しかしこのトカゲを野放しにすれば、この森はあっという間に滅びてしまう。そうすれば、逃げて一時は助かっても、いずれ獲物もとれずに飢えることになる。そのうえ、このトカゲはまだ成長途中だ。今ここで仕留めなければ、どんな化物に成長するかわからない。さらに母はこの森に住む魔獣を一通り把握していた。故に、今ここでこのトカゲを仕留めうるのは自分しかいないことがわかっていた。どんなに危険でも、自分がここで倒すしかない。
シロの母とトカゲの死闘が始まった。
爪を振るい、時に首を振って毒液を弾幕のごとく撒き散らすトカゲ。それを木を盾にし、あるいは圧倒的な速度で逆に回って回避する母。さらに隙間を縫って母はトカゲに攻撃をくわえる。しかし決定打にならない。首に噛みつければ一撃必殺だが、即死させられるわけではない。確実に暴れ、毒を撒き散らすだろう。
それゆえに、少しずつトカゲの体力を奪うことしかできない。それでも少しずつダメージを与え、逆に母は一滴の被弾もない。見たところ母が優勢。しかしそれはものの数分で覆る。
戦闘開始から5分後、とうとう戦いの場は見渡す限り草木一本生えない荒れ地になった。母は毒液が届かないギリギリの距離まで離れる。対するトカゲは、犬が逃げる様子がないのを見て、悠々とそれに接近する。盾を失った犬を仕留めるのはもはや容易い。仮にまた森に逃げ込まれても、同じことを繰り返すだけでいい。トカゲもダメージはあるが、走り回って犬も疲労している。勝ったと思っていた。
迫るトカゲに、母は決意した。子供たちに指示を出し、背中から降ろす。ここからは被弾なしとはいかない。子供たちを守りながら戦うことはできない。最悪相打ちになっても、この子供たちが生き残ればそれでいいと思った。
シロたちは母を心配して鳴くが、母は心配ないとばかりに力強く鳴き返す。
強がりではない。最悪相打ちでも、と考えてはいるが、勝算はあるのだ。母は自己治癒能力が優れた魔獣。仮に毒を浴びても、中和できる可能性があった。
子供たちが後退を始めたのを確認した直後、意を決した母が飛び出す。その速度はこれまでと比べ物にならず、驚いたトカゲが牙や爪で迎撃するも、掠りもしない。さらに既に被弾を決意した母は、直撃は躱しても毒液は躱さず、最小限の回避で接近。毒を浴びつつもトカゲの首に噛みついた。
暴れるトカゲに爪を立てられようと、決して話さず、そのまま食いちぎる。途端にトカゲの抵抗は弱まり、首から毒が混じった血を噴出させる。
爪を立てられた傷から、そして口から入った毒が体を蝕むが、自己治癒で耐える母。そして、致命傷ながらもいまだふらふらと動くトカゲを見ると、とどめを刺そうと飛び掛かる。
その瞬間。トカゲの背が急激に膨らんだ。そして母が飛び掛かったと同時に、破裂する。その衝撃で母は吹っ飛び、地面に転がる。トカゲの自爆だった。正確には、何か最後の攻撃をしようとした際に、母の攻撃を受けたために暴発し、自爆した形になった。
一部始終を見ていた子供たち。3匹が転がった母に駆け寄り、シロは一歩遅れてそれについて行く。だが、一歩遅れたことでそれに気づいた。
破裂して飛び散ったトカゲの肉片と共に、その毒液が雨のごとく降って来たのだ。しかもその毒は今まで使っていた物よりもさらに強力で凶悪なものだった。
気づいたシロは慌てて離れ、毒の雨の範囲から脱した。しかし先に行った兄弟たちも、母も逃れることはできず、それを浴びてしまった。特に母は負傷もあり、その治癒能力をもってしても到底耐えられなかった。シロは死にゆく母と悶え苦しむ兄弟を見ていることしかできなかった。
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「そうしてそのトカゲの最期の毒の雨が染み込んだこの地は草木が生えない土地になりました。毒に侵された母の死骸はスイーパーも近寄らず、腐敗して骨だけになり、しばらく放置されました。兄弟は母譲りの治癒能力で一命は取り留めましたが、長くはもちませんでした。そうして私は森を出て、数年後にハヤトと共にこの地に戻り、未だ残っていた母の骨を、ここに埋めて墓を立てました。」
語りながら歩くうちに、荒れ地の北の端付近まで来ていた3人。そこには膝くらいまでの高さの何の変哲もない石が置いてあり、それ以外は何もない。
マシロはその前にしゃがみ、手を合わせて目を閉じる。
「ハヤトもこうして祈ってくれました。ここにいつまでも残る魔力は母の無念かもしれない。私たちを守り切れなかった無念、生物としての”輪”に戻れなかった無念が、ここの留まっているのではないかと。それがいつか晴れるように、祈ってくれました。」
マシロの横で、クロも合掌し、ムラサキも目を閉じる。
生物としての”輪”。つまりは食物連鎖のことだ。下位の者を上位の者が糧とし、上位の者は死んだら下位の者の糧となる。そうして循環することで自然は成り立っている。マシロの母親は、その一部でありながらその仕組みに気付いており、いつか自分も下位の者たちの糧になると考えていたのだろう。しかしそれは敵わなかった。毒い侵された彼女の死骸は、誰の糧にもならなかった。
1分ほどか、数十秒か、3人で祈った後、クロが口を開く。
「気休めにしかならない推論だが・・・こうして草が生え始めているってことは、もうその毒は残ってないんだよな?」
「ええ、おそらく。あの臭いはもうしません。」
「ならきっと真白の親の毒ももう抜けてる。骨を喰うのはスイーパーだけじゃない。地中の微生物が分解して、それを植物が吸収して、糧になってるさ。」
「そう、ですか。」
マシロは足元を見る。墓の脇には小さな白い花が咲いていた。何の変哲もない、珍しくもない雑草だ。しかしマシロは、しばらくその花をじっと見ていた。




