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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第2章 赤い狐
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041 新居

 新居の平屋に入り、玄関で靴を脱ぐ。室内も靴の方がわざわざ履き直す必要がなく楽そうだが、自宅でくつろぐときは靴を脱ぐもの、というクロのこだわりからこうなっていた。緊急時に外に出るのに手間取りそうだが、どうせ3人とも緊急時には裸足でも行動できる。

 いつも裸足のムラサキと、急いで来たため手足が汚れたマシロは玄関で水属性生活魔法『ウォーター』を使い、手足を洗って備え付けのタオルで拭く。

 入ってすぐが客間で、客間の奥が寝室や物置が並ぶ廊下につながる。応接室の隣はリビングとキッチンだ。最低限の家具が運び込まれただけの客間もリビングも殺風景だが、くつろぐことはできる。そもそも野宿を苦にしない3人だ。テーブルとソファーがあるだけ贅沢だ。

 リビングのソファーにそれぞれ座る。クロは適当に茶を淹れて配る。マシロが淹れようとしたが、まだ勝手がわからないだろうから、とクロが淹れた。

 茶の淹れ方に関しては、味はマシロが一番うまく、クロが一番下手だが、入れる速度は一から用意する場合、クロがダントツで速い。決め手は湯を沸かす速度だ。クロの『ヒート』が強力なためである。


「さて、先に俺の方から説明すると・・・」


 クロは引っ越し作業員に同行して森に入ったところから順に説明する。この家に先にスイーパー達が住み着いていたこと、その所有権を争って戦ったこと、乱入して来た虎を仕留めたこと、そして・・・


「で、虎の遺体はあいつらにあげて、その間に引っ越し作業を終えた。家具はこれで全部らしい。明日は予備日だったみたいだ。」


 本当は明日は足りない家具をクロ達が自前で買いそろえるために設定した日だったのだが、スイーパー達の食事風景を見て気分が悪くなった作業員達が、早く帰りたくて伝え忘れていた。


「俺も作業員と一緒に帰る予定だったんだが、俺が帰った後、あいつらがどうするか気になって残ったんだ。そしたら虎を跡形も残さず喰ったあいつらが俺に寄ってきてな。何言ってるかはわからなかったが、どうも懐かれたらしい。」


 スイーパー達も飢えていたのだった。嫌われ者の彼らでも、魔力濃度が濃い土地にはできるだけ近づかない。魔力はあらゆるものの活動を活発にするため、魔力濃度が高い土地は地震や噴火などの天変地異を起こしやすいのだ。獣や魔獣はそれを本能的に知っている。それでもここに来たのは、どうしても食糧が見つからなかったからだ。また、森全体の食糧不足により、スイーパー達を食べようとする肉食獣も増えていた。食糧難と住宅難から、止む無くスイーパー達はここに来たのだ。

 そこで出会った人間のような者。その保有魔力の巨大さから強敵とわかったが、ここを追い出されてはもう行く当てがない。スイーパー達は決死の覚悟で追い出しにかかる。するとその人間は想定以上の力を持っていた。100羽による総攻撃をものともせず、しかもスイーパー達を殺さずに制していくのだ。どうにか致命傷らしき傷を与えても、なぜか見る間に再生していく。

 こいつは人間ではない、勝てない、とスイーパーのリーダーが判断し、いっそ森を出る選択肢も考え始めたところに、獣人たちがウィングタイガーと呼ぶ虎が乱入。いよいよ年貢の納め時かと思ったとき、意外にもそれを人間?が撃退。容易にそれを倒してみた末に、スイーパー達に譲ってくれた。

 スイーパーを一羽も殺さずに戦う姿勢、ウィングタイガーからスイーパーを守るような戦い方、そして念願の食糧を与えてくれたこと。リーダーはこの人間もどきに従うことにした。

 恩を感じただけではない。もはやこの森では新鮮な死骸を探すのも困難だ。とはいえ、スイーパー達だけで狩れる獲物はたかが知れている。しかしこの人間もどきについて行けば、安全なうえに、仕留めた獲物を分けてもらえる可能性が高い。

 もちろん油断は禁物だ。今回獲物をもらえたのは気まぐれで、もう貰えないかもしれないし、何かに利用されるかもしれない。それでもこれ以外、この群れが生き延びる方法はもうなかった。

 ならばせいぜい、この人間もどきに役立つ部下と思ってもらおう、とスイーパー達はクロの部下になったうえに、家の警備まで買って出たのだ。

 クロに聞いた話とスイーパー達の様子から、マシロはそのスイーパー達の意図をほぼ把握していた。


「マスターの不利益にならないなら、それでいいでしょう。むしろ警戒の目が増えるのは喜ばしいことです。この建物内から私も警戒はしますが、屋根から視覚による警戒も加わればより安全になります。いつ魔力感知を誤魔化す敵が現れるとも限らないですから。」

「そうだなあ。そもそもオレらは夜の森に残ったクロが心配できたんだからな。」

「そうだったのか。すまんな、心配かけて。作業員の人らが伝えてくれるかと思ったんだが。」

「伝言はありましたが、説明が不十分です。」

「う、しかし、あまり長い伝言も難しいし・・・」


 クロが言い訳しようとすると、ムラサキがフォローに入る。


「まあ、もしちゃんと説明されても、マシロのことだからここに来ただろ。まったく心配性はお互い様だ。」

「それはそうですが・・・もし説明があれば、あそこまで急いで来ることもなかったでしょうし。」

「そうだよな。心配かけたのには変わりない。本当にすまん。」


 今度はマシロが言い訳っぽく言う。クロはそれに正直に謝罪する。そこへムラサキが思い出したように声を上げる。


「そうだ!聞いてくれ、クロ。こいつ滅茶苦茶急いでここまで来たんだよ。どのくらい急いでたのかっていうと・・・」


 そうしてムラサキはマシロの王都を屋根伝いに走り回ったこと、平原の亜音速走行、高速で森に突っ込んだことなどを話した。

 マシロは無表情ながら気まずそうな雰囲気を出し、クロは黙って聞く。そしてムラサキが話し終えると、まずクロは謝罪から入った。


「そこまで心配かけたとは、本当に申し訳ない。」

「いえ・・・」

「だが、俺が悪いとはいえ、ちょっとやりすぎじゃないか?」

「それは・・・申し訳ありません。」


 マシロは王都で姿を見られたかも、という点を指摘されたと思い、頭を下げるが、クロが注意したのは別のところだ。


「平原にもいろいろ棲んでるんだから、無闇に壊すなよ。」

「え?・・・あ、はい。」


 意外な指摘にマシロの返答が遅れる。


「ん?どうした?」

「いえ、王都で姿を見られたかもしれない件については?」

「んー、どうせあと数日で俺らのことは公表されるし、あとそれまで王城には戻らないから街には変装して行けばいいし、いいんじゃないか?」

「そうですか?まあ、マスターが良ければ、いいのですが。」


 自身の身の上より、自然環境の方が気になるクロ。マシロはその考え方に驚きながらも、これに今後慣れていかなければ、と考えた。

 対してムラサキはそんなクロの考え方はとうに知っており、それよりも別のことを訴える。


「それより非常識な速度で連れまわされたオレに対して何かねえの?」


 その点の謝罪がまずほしいムラサキ。対してクロは少し悩んだ末、


「んー、そりゃ大変だったとは思うが、マシロも同じ荷重や礫を耐えてるわけだし。それくらいで死ぬほどじゃないのはわかってるし。」


 クロは身内の危機には敏感だが、過保護ではない。問題ないと思えば、各自に任せる。

 しかしムラサキは納得いかない。


「いや、オレとこいつじゃ体格が違うし・・・」


 何とか謝罪が欲しいムラサキがそう言うと、遮るようにマシロが言う。


「そうですね。ムラサキは私と違って貧弱でしたね。すみません。配慮が足りませんでした。」

「ぐっ!」


 望み通りマシロから謝罪を得たものの、明らかに皮肉が入っており、受け入れがたいムラサキ。数秒唸った末に結局、意地を張ってしまう。


「オレだってあの程度平気だっての!」

「そうだよな。相棒なら問題ない。」

「そうですか。まあ、そのくらいはできますよね。」

「くそ・・・良いように操られてる。あー、この話はもういい!」


 勝ち目がないと判断したムラサキは話題を変える。


「ところで、もう一回ぐらい王都に戻るんじゃないのか?城の部屋の荷物はどうするんだよ。」

「ん?なんか置いて来たのか?」

「いや、オレはねえけど。」

「私も武装は全部持ってきましたし、他に持ち物はありません。」


 マシロは身に付ける物のほとんどが自作の魔法強化炭素製の武装だ。それしか着ないので着替えもない。洗濯は体ごと洗ってしまう。そもそも老廃物がほとんど出ない魔族の体では汚れようがないし、外部から付着した汚れは服自体を繊維レベルで操作して取り出せる。


「俺はもう今日で着替えとか運び込んでるしな。帰れなくなることもあるかと思って。」

「お前、またこんな状況まで想定してたのかよ。」


 相変わらずの用心深さにムラサキが呆れると、クロからその上の発言が返ってくる。


「いや、俺が王都を離れてる間に何かあって王都がやばいことになることもあるかと思って。帝国の強襲とか、クーデターとか、暴動とか、魔獣の侵入とか、地震とか。お前らは自力で逃げられるだろうけど、荷物はそうはいかないだろ?」


 想定以上の心配性に、ムラサキは「そんなんまで考えてたら落ち着けないだろ」と呆れ、マシロはクロが安心できるレベルまでこの家の安全対策を徹底しようと心に決めるのだった。



 話し合いの後にリビングで固まって寝た3人は、翌朝、ようやく新居を見て回る。

 まずはリビング。中央に低いテーブルがあり、周囲にソファーが3つ。1人用が2つに3人くらい座れる長いのが1つ。床は板張りにカーペット。ソファーもカーペットもなかなか触り心地がいい。王城の中古品だそうだが、中古でも十分上質だ。端には棚を設置。今のところ置く物はないが、そのうち何か入れよう。

 リビングとつながっているのがキッチン。食事は毎日とるわけではないので、使用頻度は低いが、最低限の調理器具がある。


「本当に最低限だなー。ザルすらねえのかよ。鍋で煮るか、フライパンで炒めるくらいしかできねえぞ、これ。・・・う、フライ返しもねえ。」


 ムラサキが次々に不満を述べる。しかしクロとマシロは別のことが気になっていた。


「しまった。茶器がないぞ。」

「やはり一度、王城に戻るべきでは?」

「いや、この際だから街で好みの奴を買おう。素性の公表まで数日あるし、今日中に買えばいい。」


 クロがメモに茶器を書き込む。それを見たムラサキが催促し、調理器具も買い足すことになった。


「そんなに必要なのですか?」


 食事は最低限、食べられればそれでいいマシロはその必要性を疑問視する。しかしムラサキは譲らない。


「今後、食事は基本ここでになるだろ?頻度が低いのはまあ仕方ないが、せっかくなら美味い方がいい。というか、美味くないとオレが我慢ならねえ。」

「まあ、どうせなら美味い方がいいよな。」


 ムラサキの意見にクロが同意したことで、調理器具と調味料の買い足しは決定した。


 次は玄関に隣接した客間。来客時はここで対応し、客はこの奥には基本入らない感じにする予定だ。隣のリビングはともかく、奥の寝室と物置は色々表に出せないものを置くことになるだろう。原子魔法の研究関連とか。

 客間は普通のテーブルと椅子がある。暖炉はあるが、棚などはなく殺風景だ。そして今更ながら気がつく。


「このテーブルと椅子、食事をリビングでするなら、リビングに置いた方が良くね?」

「そうだな。」


 ムラサキの指摘にクロは同意せざるを得ない。


「というか、気づけよ。」

「いや、リビングでくつろぐことを考えたら、ソファーを置きたくなってな。」

「あー、それはわかるな。」


 悩むクロとムラサキに、マシロが提案する。


「来客は然程多くないでしょうから、普段は客間でくつろいでもいいのでは?」

「「それだ!」」


 というわけで、リビングと客間のテーブルおよび椅子・ソファーをチェンジ。殺風景な客間と玄関の飾りについては保留した。


 客間またはリビングの奥の引き戸を開ければ、廊下がある。この平家は玄関と物置以外基本板張りだ。玄関がある方が東で、廊下はまず客間とリビングに沿うように南北に延びる。客間の向かいにトイレ、リビングの向かいに風呂がある。風呂の脇、廊下の北の端から廊下は西に延び、東西に延びる廊下には寝室が並ぶ。寝室は4つ。3人分と予備だ。そして廊下の突き当り、平屋の西の端が物置だ。物置の奥には裏口がある。一応、物置を確認するが、今は空だ。床は石がむき出しになっている。広さは12畳くらいか。あまり広くはないが、別棟の倉庫や作業小屋もあるので、問題ないだろう。

 次に各自の寝室を見る。それぞれベッドと小物入れの棚が入っている。クロの部屋にだけさらに本棚がある。部屋はいずれも8畳ほど。特に問題はなさそうだが、この3人の場合、決めることがある。


「個別に寝るのですか?」

「そこは俺も迷ってるんだが・・・」

「何か問題あるのか?」


 ムラサキはベッドで寝られればそれでいいので、どちらでも構わない。しかしマシロは問題があると見たようだ。


「この森は危険です。いくらスイーパー達が警戒に当たるとはいえ、それも万全ではありません。私ももちろん警戒しますが、この森には様々な魔獣がいて、新種もよく現れます。いつ警戒網を潜り抜けてくる者が現れるかわからない以上は、固まって寝るべきです。」

「だよな。じゃあ、寝るときは一つの部屋に集まって寝よう。残りを各自の私室にするか。」


 マシロは警備上の観点から集まって寝ることを提案し、クロは了承した。クロがマシロと寝たかったのは明白なのだが、クロはそれを例えバレていようと表に出さない。たとえ、ムラサキに呆れられ、ジト目で睨まれようと。当のマシロは、もちろんクロの目的には気づいているが、特に気にしていない。

 そうして風呂の隣、建物の中央になる部屋を寝室とし、ベッドだけ残す。他の部屋のベッドは物置にしまった。

 そして平屋全体を常に探知範囲に入れたいマシロは寝室の隣。物置の使用頻度が最も高いだろうクロは物置の隣、間がムラサキに決まる。各自部屋のレイアウトを検討し、結局ムラサキが私室にもベッドが欲しいと言って物置から戻して内装の確認は完了だ。


 3人とも玄関から外に出て、平屋の周囲をぐるっと回る。玄関の脇には水瓶がある。屋根には微妙に傾斜が付いており、穴を通して雨がこの水瓶に溜まるようになっている。汚れたものを洗うのに使えるし、『ウォーター』の水源になる。

 『ウォーター』は無から水を作り出すのではなく、周囲から水を集める魔法だ。水源を指定し、そこから水を手元に移動してくる。水源が近くになければ、水はあまり大量に出せない。大気中の水分を集めることはできるが、集める速度は格段に遅くなる。また、そういう仕組みだから、家で『ウォーター』を使えばその分、この水瓶の水が減るわけだ。雨水で賄えない分は自力で汲んでくる必要がある。水適性が高い者がいれば、遠くから集めることも可能だが、ここにはいない。

 なお、『ウォーター』で集めるのは本当に水だけだ。そのため、水源が濁っていも問題ない。ただし、溶解している成分は、物によるが溶けたままのことが多い。飲食に使うなら、一度煮沸すべきだ。浄水魔法『ピュアウォーター』を使えば確実かつ容易に処理できるが、これもやはり使い手がいない。

 客間の外の壁には煙突がついている。土製の煙突というのはクロは初めて見た。土魔法で容易に造形・強化できるからこそ、こんなことができるのだろう。煙突は真っ直ぐ屋根まで伸びている。屋根まで達したところで途切れているため、遠くからは煙突の存在に気付かなかった。クロとしてはもう少し高くまで煙突を伸ばした方がいい気がするが、建築家がこうしたのならとりあえず従っておこう。

 それ以外は特に何もないのを確認し、隣の倉庫を見る。平屋よりは小さいが、個人用倉庫としては十分な広さだ。両開きの大きな扉を開けて中を見て、何もないのを確認する。


「次、土木屋が来たら、棚でも作ってもらうか。」


 倉庫には嵩張る物を置くので、大きな棚がいい。そうなると、街で買ってくるより土魔法で作ってもらった方がいいだろう。

 さらに倉庫の隣の作業小屋は高さ5~6mとかなり大きい。しかし、そのせいか入口には扉がない。雨は遮れても風があると辛いだろう。しかし入口は8×5m程あり、これを閉じられる扉を用意するのは難しい。大きい蝶番を買って、金属板を自作して扉にすることにした。幸い、家具と一緒に運び込まれた多くの鉄板が作業小屋にある。


 そうして全体の確認を完了したのは朝9時頃。休憩したいがお茶もないので、このまま街へ繰り出すことにした。


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