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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
エピローグ
454/457

374 エピローグ(1)

 あの、世界の8割を巻き込み、世界人口の1割以上を失った大戦から、50年が経った。

 戦後の復興に際し、異世界の技術者が主導となったことで、世界は一気に発展していった。

 特に電波通信や電子計算機、すなわちパソコン等の発展は目覚ましく、インターネットの実用計画まで立案されている。

 転生した異世界人達の強い要望がこれらの発展を後押ししたことは間違いない。


 一家に一台、とまではまだいかないが、パソコンはそれなりにありふれた家電になりつつあった。


 そんな時代の、某所。人気のない締め切られた空間に置かれたパソコンに、不意に電源が入る。

 パソコンの前には誰もいないのに、ディスプレイに高速で字が入力されていく。


ーーーーーーーーーーーー


 かの大戦から50年。この機に私は、あれからのこの世界について簡潔に記載してみようと思う。

 果たしてこの世界は、彼が案じた未来を回避しつつあるのだろうか?


 まずは北、ライデン帝国の顛末について。

 帝国は、皇帝ライデン3世に扮した闇神竜イネインが洗脳魔法で操る国家でした。

 そのイネインが死亡した帝国が果たしてどうなるのか。『ラプラス・システム』を持つモリス軍師でさえも、計算は難しかったようです。


 彼は初め、洗脳が解けた国民に対して、テツヤ・サカガミを皇帝を倒した英雄に祀り上げる予定でした。

 しかし、イネインの洗脳は彼の想定を超えて根深かった。

 イネインの死後も、国民の皇帝への崇拝は止まらなかったのです。

 洗脳魔法の術者が死んだ時、その洗脳の後遺症がどれだけ残るか、それは洗脳の期間に依存しますが、個人差が大きいため、予測は困難です。『ラプラス・システム』を用いたとしても、これを予測できなかったのは仕方ないことでしょう。


 なお、ライデンの家系から跡継ぎを出す案は初めからありませんでした。

 そもそもライデン3世には妻子も養子もいなかったのです。これは、その正体が魔族であったことを考えれば、当然かもしれません。

 記録のほとんどが抹消されていますが、ライデン2世までは確かに志高い人間でした。

 3世が跡を継いでからか、あるいはそれより前か。イネインはいずれかのタイミングで3世と取って替わったと思われます。

 ライデンの家系に連なる者が軒並み亡くなっていることを見れば、継承の前だったかもしれません。

 皇帝という立場にありながら妻子がいないという状態を誰も不自然に思わなかったのも、洗脳魔法の効果でしょう。


 さて、テツヤを英雄とする策が失敗したモリスですが、彼は次善策を用意していました。渋々ではありましたが、彼自身が指揮を執り、帝国の復興に尽力したのです。

 当時の帝国では、軍師モリスの評判は良く、彼の言うことに従っていれば安心できる、という風潮が確かにありました。それを利用した点は評価に値するでしょう。

 ただ、彼自身には、国一つ率いるほどのカリスマ性はなかった。それは彼も自覚していたことでしょう。

 紆余曲折ありましたが、最終的に彼は帝政を廃して身を引きました。ライデン帝国はライデン共和国となり、それは現在も続き、議会が政治を主導しています。

 モリスはその後、アドバイザーとしての役割を果たしましたが、議員になることはなく、数年前に他界しました。


 共和国となったライデンですが、国家の方針は変わらず、「魔法を排斥し、科学によって世界を発展させる」というスローガンのもと、他国への侵略は継続されました。イネインが主導していた頃に比べれば、小規模ですが。

 まあ、元々この方針自体は、魔法という一部の才能ある者だけが優遇される技術を廃し、科学という誰でも使える技術を発展させることで、平等な世界を実現しよう、という理念のもと、初代ライデン皇帝が掲げたものですから、間違ってはいないんでしょう。

 だからと言って、世界中から魔法を失くしてしまおう、という姿勢は、どうかと思いますが。


 ところで、前述の過程で、政治の表舞台に出ることがなかったテツヤはどうしたのか?

 皇帝の仇として帝国民から敵視された彼は、別の国に逃げ、隠遁生活を送っているようです。

 イーストランド王国に行けば、それなりの待遇が得られたのでしょうが、彼がそうしなかった理由は記録にありません。

 気が向いたら、探索してみましょう。



 一方、東の諸国はどうなったか。

 イーストランド王国に姫と共に帰還したマサキ・サブローは、敵国の首魁を単身で討ち取った、正に<勇者>として祀り上げられました。

 そして、予定通り、リー国王の跡を継ぎます。


 そうそう、記載が漏れましたが、皇帝を倒したのは、公には<勇者>マサキとその協力者テツヤ、ということになっています。


 さて、英雄が国家元首となったイーストランドは、瞬く間に復興を果たし、隣国との同盟関係も良好に維持されました。

 この50年、特に書く事も無いほど順風満帆の国ですね。つまらな・・・おっと、失礼。


 まあ、あえて言うならば、ノースウェルの民には頭を悩ませ続けているようですが。

 ノースウェル教を否定すれば、激しい反発が起きることは目に見えています。かと言って、あの教義が国に広まってしまうと、実害はともかく、空恐ろしいものがあるでしょう。マリス・ノースウェルを知る人物であれば、大抵の者はこの恐ろしさが理解できるのではないでしょうか。


 そのイーストランドと同盟を結んでいるネオ・ローマン魔法王国。こちらは大戦の最中、国王やその家族が暗殺される事態になりましたが、地方に住んでいた傍系から血族を呼び寄せて、次期国王とすることで強引ですが国を維持したようです。

 復興には相当の苦労があったようですが、特筆すべきことはないですね。この大戦に関与しなかった東カイ連邦も同様です。


 ・・・これでは、東の諸国に関する記載が物足りないですね。せっかくだからインタビューに行ってみましょう。


ーーーーーーーーーーーー


「こんちわ~、生きてますかぁ?」

「・・・ああ、スミレさん、ですか。」


 気さくに挨拶したスミレに対し、広い部屋に設置された大きなベッドに横になっていた老人が戸惑いつつも答える。


「あ、お構いなく~。勝手にくつろぐのでぇ。」

「まあ、唐突に現れた方におもてなしするのは困難を極めるので、ご容赦いただきたいですね。」

「ええ、ええ。結構ですよぉ。」

「一応、言っておきますと・・・元国王の寝室にいきなり現れるのは、普通なら警備を呼んでひっ捕らえる案件なのは、考慮していただきたいです。」


 スミレは、イーストランド王国の中枢たる王城の奥、王族の居住スペースにある元国王の寝室に前触れもなく突然現れた。

 ラジオの電波に混じって飛来し、建物の建材を利用して仮の身体を構築して現れたのだった。

 応対したのが彼でなければ、卒倒物の事象だろう。


「あなたと私の仲じゃないですかぁ。マサキさん。」

「言うほど交流があったわけじゃないでしょうに。でもまあ、天使である貴女に対して、通報なんてしませんから。」


 マサキは大戦の後、イーストランド王国に戻って、予定通り国王となった。

 数多の苦労はあったものの、世界征服を企む帝国の皇帝を倒した功績は大きく、ライデン帝国に対抗する諸国からの支持を集めた。

 ライデン帝国が共和国となった後も、対ライデン連合として諸国が同盟を組んだ際、その盟主の役割を果たした。

 その求心力は、老いて引退した今であっても健在であり、実質的に人類代表とも言うべき地位を確立している。


 ただ、マサキがいくら人類のトップだとしても、スミレは人類全体の上位に位置する八神の使いだ。

 立場としてはスミレの方が上であり、マサキも敬語になろうというものだ。


「しかし、貴女は変わりませんね。」

「まあ、天使ですからぁ。」

「貴女が相手だと、なんだか私も若返った気がします。」

「いつものあなたはもっと威厳ある喋り方ですもんねぇ。昔の、低姿勢な感じも、私は嫌いじゃなかったですけどぉ。」

「ははは。国王になる時に、もっと威厳を出すように、って矯正されたんですよ。・・・懐かしいな。」


 スミレは部屋にあった豪奢な椅子をベッドの脇に移動させ、そこに座ってくつろぐ。遠慮など微塵もない。


「今日はあの大戦から50年ってことで、色々と振り返ってるんですよぉ。・・・あの戦争を収束させた一番の立役者は、稀代の悪党、<赤鉄>の悪魔として歴史に刻まれました。代わりに貴方が世界を救った英雄となった。ま、ライデンの方ではまた違った扱いでしょうけどぉ。」

「・・・あの時は、私から見れば、気づいたら私が皇帝を倒したことになっていた。皇帝の正体も、背後で進んでいた計画も、何も知らず。それでも、皆に求められ、それに応えるように、英雄として振舞って来た。・・・今にしてみれば、滑稽だったかもしれませんね。」

「あの戦果は、貴方の活躍によるところも確かにありました。滑稽とまでは言いませんよ。それに、貴方でなければ、大戦後の混乱した世界をここまでまとめられなかったでしょう。悪魔と呼ばれたクロさんでも、その仲間の誰でも、きっとテツヤさんでもね。」


 崩壊した帝国をモリスがまとめたように、帝国の最後の大侵攻で混乱した諸国を立て直すのに、<勇者>マサキというわかりやすい英雄がいたことが、世界中の人々にとって精神的な支えになったことは確かだろう。

 先の見通せない暗澹たる世の中において、人々は殊更「安心」を求める。そんな時に、「彼について行けば間違いない」と思わせる英雄の存在は大きいものだ。


 その役割は、魔族として大勢のヒトを殺戮したクロや、その仲間達では到底できるものではない。

 また、テツヤとて、皇帝を倒した英雄と言われていたとしても、その過程で帝都民を大勢巻き込んだ事実は、どうしても影を落とす。

 光の神子として八神からも支持され、実情はともかく、世論的には清廉潔白なマサキだからこそ、英雄の役割を果たせたのだ。


「ところで、マサキさんもだいぶ年を取りましたねぇ。」

「ええ。木魔法のおかげでこの年でもそれなりに健康に生きてはいますが、どうしたって衰えはあります。」


 そこで、スミレはニヤニヤと笑いながら、マサキに問う。


「じゃあ、魔族に憧れたりしますぅ?」


 豪奢な椅子を、まるで安物のパイプ椅子でも扱うように揺らしながら、スミレは椅子に逆さまに座って背もたれに手と顎を乗せる。

 そんな姿勢のまま、ニヤニヤした笑みをマサキに向けて、観察する。


「今からでも魔族になれば、すぐに全盛期の身体に元通りですよぉ?英雄様が若返って、再び指揮を執るとなれば、皆歓迎しますよ~。」

「・・・・・・」


 わずかな沈黙の後、マサキは首を横に振る。


「さっき貴女が言ったでしょう。私は世界を救った英雄として、皆に支えられました。魔族に身を堕としては、皆を裏切ることになる。それに、国のことはもう息子に任せてありますから。」

「息子さんは、だいぶ苦労されているでしょう?どうしたって、貴方ほどの求心力はないですからねぇ。貴方が永遠に王として立っていた方が、国政は安定するのでは?」

「しかしそれでは、発展がない。一時は失敗や混乱もあるでしょうが、それを乗り越えてより良い社会を作る。それがヒトというものでしょう。」


 マサキの回答を聞いて、スミレはわざとらしく溜息を吐く。


「ふぅ。模範解答すぎてつまらないですねぇ。」

「そう、求められましたから。」

「・・・たとえ元は一般人でも、求められれば聖人君子になる、ですかぁ。」


 スミレは椅子から立ち、マサキに向き直る。


「今日のインタビューはこのくらいにしておきますぅ。50年の振り返りの手記は、当分公開する気はないですが、どこかには残しておくのでぇ・・・その中に、今日のお話も追記しておきましょう~。」

「その手記、完成したら読ませてもらっても?」

「公開しないって言ってるじゃないですかぁ。・・・でもまあ、「聖人君子」のマサキさんなら、他人に見せたりしないでしょうし、「世界を救った英雄」さんには特別に見せてあげましょうかねぇ。」

「よろしくお願いします。」


 マサキが苦笑いで答えると、スミレは軽く一礼し、次の瞬間には姿が消えた。

 体を構築していた建材は丁寧に元に戻され、痕跡は1つも残らない。


 後日、マサキの寝室にいつの間にか1冊の薄い本が置かれていた。

 マサキはそれを読んだ後、誰にも知らせずに魔法で燃やした。


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