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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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363 「閃光」ライオ・アイトヴァラス

 ゴン!という音と共に、血肉が飛び散る。

 テツヤがアダマンプレートの腕部を動力で動かし、全力のパンチを敵の顔面に叩き込んだ音だ。

 敵の頭は壁とテツヤの拳に挟まれ、無惨に潰れている。


「ふう。これで全部か?」

「そうだね。少し手間取ってしまった。」


 テツヤの問いに答えたマサキは、ついさっき『レーザー』で撃ち抜いた敵を見下ろしている。


 絶対的な防御力を持つ2人は当然の如く無傷であるが、この屋敷の2階で遭遇した竜人達を撃破するのに相当な時間を使ってしまった。

 ここにいるのは、皇帝が抱える竜人族の部下のうちでも選りすぐりの精鋭だろう。遭遇したすべての敵が手練れ揃いで、テツヤとマサキに攻撃こそ通じなかったものの、全力で足止めを行って来た。

 戦闘技術だけで言えば、テツヤもマサキも彼らの足元にも及ばないだろう。テツヤの「アダマンプレート」、マサキの『光の盾』がなければ、2人とも何度死んでいたかわからない。


 それでも、結果は2人の勝ちだ。これで2階はほぼ踏破済み。まだ確認していない部屋は1つきり。おそらくはそこに皇帝がいる3階への階段がある。


 2人は息を整えてから、その部屋へと向かう。

 他の部屋よりはやや広いように見える。会議室かと思ったが、現在のこの屋敷が迎撃のために造り変えられいることを考えれば、平時の使用目的など考えるだけ無駄だろう。


 扉に近づくと、2人同時にあることに気がつく。


 魔力だ。

 濃密な魔力が、扉の向こうから感じ取れる。屋敷全体に管理者の魔力が通っている以上、魔力視による透視はできないが、扉の隙間から漏れる分だけでも、十分に感知できた。


 隠す気が微塵もなく、堂々と迎え撃つつもりでいることがはっきりとうかがえる。


 ・・・まさか、皇帝か?


 テツヤは一瞬そう思ったが、すぐに否定した。

 魔力の色は白。どう見ても光属性特化の魔法使いで、闇魔法を使うという皇帝のものとは思えない。


 とはいえ、強敵が待ち構えていることは確かだ。

 これだけの威圧、常時撒き散らしているとも考え難い。きっと敵はこちらに気がついている。


 テツヤはマサキと視線を合わせ、同時に頷く。


 覚悟を決めて、扉を開く。敵を視認した瞬間から、戦闘開始だ。

 テツヤは左手で扉を押し開けつつ、右手を弓を引くように引き絞る。敵が不意打ちを仕掛けてこようとも、即時迎撃する構え。


 しかし、そこから起きた事態は、テツヤの理解を超えるものだった。


 油断していたつもりはない。たとえ銃弾が飛んで来ようとも反応できる自信があった。

 だが、気づいた時には・・・隣のマサキの胸に、ナイフが刺さっていた。


ーーーーーーーーーーーー


 時間をほんの数秒遡る。


 3階へと上がる唯一の階段の前に用意された大部屋。そこには光神竜の使徒、ライオ・アイトヴァラスが仁王立ちして敵を待ち構えていた。

 この部屋は、ライオの要望にエステラが応えて作ったもの。敵を迎え撃つのに適した構造だと、ライオは思っている。


 余計な物が一切ない、殺風景な大部屋。視界を遮るものがなく、室内にもかかわらず十分に距離を取ることも可能。

 ライオの能力を活かすことを考えれば、確かに最適な環境だ。


 ライオは、皇帝が抱える秘匿戦力の中でもトップシークレットとして扱われて来た。

 それゆえ、前線に出たことはなく、常に暇を持て余していた。

 きっとこのまま、「ここ」では活躍の機会なく、「新世界」へと旅立つのだろうと考えていた。


 そこへ降って湧いた活躍の機会。ライオは楽しみで仕方なかった。


 ・・・俺の物語が始まるのは、新世界に行ってからだと思ったが、こんな前哨戦があるとはな!ここで<勇者>を名乗ってイキッてる奴を圧倒的に叩きのめし、ここからさらに成り上がるってわけだ!


 ライオは大いに慢心していたが、それが許されるだけの実力があった。


 扉の向こうには既に敵の気配がある。


 ・・・さあ、来い!さっさと開けな!その瞬間にジ・エンドだぜ!


 1秒、2秒と待ち・・・そして、開いた扉の向こうに<勇者>を確認した瞬間。


「『ワールドスライド』」


 呟くように詠唱。ライオの固有魔法を起動する。詠唱と同時にライオが1歩、「そちら」へ移動すれば、世界が止まる。


 ライオの固有魔法は、通常知覚し得る3次元の世界から1歩だけ異次元方向にズレた世界へと移動するものだ。

 この世界では時間の流れはほぼなく、またライオが持ち込んだもの以外は何一つ存在しない無の空間である。


 ライオはこの隣の世界に、自分の身体と周囲の空気、そして起動時に見えていた視覚情報を持ってくる。

 そして、その視覚情報を見ながら任意の位置に移動。当然、この移動の間、元の世界では時間はほとんど経過していない。

 そして移動を終え、攻撃の態勢を整えてから、再度『スライド』して元の世界に戻る。

 敵から見れば、完全に瞬間移動だ。そして攻撃がヒットした直後に再度『スライド』してしまえば、反撃も許さない完璧なヒット&アウェイの戦法が取れる。


 これがライオが最強とされる所以ゆえん。反射神経が異常に優れる者だけがまれに反応することもあるが、基本的にライオの攻撃に対応できるものは存在しない。



 今回もそうして、いつも通りに一方的に殴れば勝てる。大層な『盾』があるらしいが、反応すらできないライオの攻撃を防御できるわけがない。

 そう思っていた。


 いつものように敵の至近距離に接近し、顔面に拳をぶち当てる直前で『スライド』。


 ・・・その顔面を拳と驚愕でぐちゃぐちゃに歪ませてやるぜ!


 ヒット確認後に再『スライド』すれば・・・そう考えていたが、そうはならなかった。


 突然、拳が反対方向に押し返される。態勢を崩して後方に転がってしまった。


「痛ってえ!?」


 無理な方向に力を加えられた左腕はあっさりと折れた。予定通り『スライド』で隣の世界に避難したが、動揺は収まらない。


「くっそ、痛てえ!何が?何が起きた?まさか、これが『盾』だってのか!」


 不測の事態が起きた時、安全な隣の世界に隠れることができるのも、この能力の強みだ。木魔法で折れた腕を治していく。


「ふざけんな、ふざけんなよ・・・。自動で反応する能力だってのか?しかもただの硬い壁ってわけじゃねえ。魔法で干渉された感じだ。」


 事前に敵の情報を精査していない辺りは完全に慢心による愚行だが、ライオは決して頭が悪いわけではない。負傷を治しながら分析する。


「あの分だと、隙間なんざねえ。・・・くそっ!ふざけんなよ。お前は俺に倒されるだけの噛ませなんだ。俺の力を示すための踏み台なんだよ!俺が、この俺が、こんなところでつまづくわけがねえんだ!」


 ライオは、<勇者>を、いや、この隣の世界に持ってきた、その姿の映像を睨んで罵る。


「無敵?絶対防御?・・・なめんなよ!そんなチート能力、俺が、ぶち抜いてやるッ!」


 念のために携帯していたナイフを抜き、<勇者>へと突き刺す。当然、こちらにあるのは映像だけ。だが、この映像に刺さった状態で『スライド』すれば、問答無用で刺さるはずだ。

 ただし、そんな簡単にできることではないことはライオも承知している。

 『スライド』の際、ライオが移動できるものは限られている。移動する物の質量に応じて魔力を消費するし、対象物に他人の魔力が通っていれば、消費魔力はさらに増大する。もちろん、他人の魔力に干渉するには、魔法出力で勝っていることも必要だ。

 それでもライオは、持ち前の高い出力で、強引にそれを実行できることを確認していた。誰にでも通せるわけではないが、不可能ではないことを知っている。


 ・・・強引にでも通して見せる!ああ、これが試練って奴なんだろ?俺がこの先、新世界で、主人公として活躍するためのな!


 ライオは、ここが自分を主役とした物語であることを疑っていない。最強の能力を授かって転生したのだ。主人公で間違いない。

 慢心ではある。だが、その絶対的な自信は、魔法の行使においては重要な意味を持つ。


 ライオは覚悟を決めて、<勇者>の映像にナイフを刺す。

 ・・・が、ここで予想外の障害。なんと、映像にすらナイフが刺さらないのだ。体表の位置で、先程と同様に押し返されている。


「何だと!?くそっ!この『盾』は、世界の壁も超えるってのかよ!」


 押せども押せども、体表から先にナイフが刺さらない。

 だが、ライオは諦めなかった。


「ふざけ、んなっ!俺が、勝つ!勝つに、決まって、るんだ、よお!」


 ナイフを強引に押し込む。念のためのものとは言え、一級品のナイフだ。魔法金属でできたそれは、容易には折れない。

 だが、それに亀裂が入るほど、強烈な力で押し返されている。

 それでも、尚もライオは押し込んだ。


「うおらああああああああ!!」


 ライオの意思が、『光の盾』の防御を強引に乗り越え、少しずつナイフが押し込まれる。1mm、2mm、・・・・・・


 ・・・行ける!


 そう思った瞬間だった。

 突然、世界が動き出す。


「は?あっ!?」


 同時にライオの身体からごっそり魔力が抜けた。それにより、力の拮抗が破れ、ライオは後方に弾き飛ばされた。


 何が起きたかわからない。それでもライオは身を起こす。

 だが・・・<勇者>と目が合った。瞬時に、致命的な攻撃が来ると直感。

 『スライド』で逃げようとするが、発動しない。


「何故・・・」


 そう言い終わらないうちに、ライオの視界を光の線が横切った。


ーーーーーーーーーーーー


 マサキに感じ取れたのは、ほぼ同時に2回、攻撃が来たことだった。1つ目は頭。2つ目は胸。

 どんな攻撃だったか、それは見えなかった。ただ、2つ目の攻撃は、『光の盾』を貫通していた。

 ナイフが胸に刺さっている。幸いにして浅く、大した怪我ではない。

 しかし、そのまま深く刺さっていれば、心臓に到達したであろう位置。その事実と痛みが、マサキにクロとの死闘を思い起こさせた。


 そうなれば、マサキは一切の情けを捨て、機械的に対処することができた。

 敵は誰か?どんな思いで戦っているのか?そんな考えを隅に置き、敵を倒す。


 敵はマサキに攻撃を仕掛けて弾かれていた。こうして態勢を崩した敵に追い打ちをかけるのは、もう何度もやって来たことだ。反射的に体が動く。


「『輝け、クレイヴ・ソリッシュ』」


 その言葉に応じて、マサキの持つ聖剣が光の刀身を伸ばす。同時にそれを振るい、敵の頭部を横一閃に両断した。


「・・・・・・」

「マサキ!?」


 マサキの負傷に気付いたテツヤが声をあげるが、それは一旦無視。敵を倒したことを確認する。


 ・・・魔力、霧散。やったか。


 ふう、と息を吐いてから、テツヤに顔を向ける。


「心配ないよ。かすり傷だ。」

「もう倒した、のか?いったい何だったんだ?」

「さあ?・・・僕も反射的に対応しただけだから、何が起きたのかは・・・」


 2人は首を傾げつつも、今は皇帝を討つことが優先、と判断して上階へ向かった。



 ライオの敗因は、魔力切れだった。


 『ワールドスライド』は、時空を移動するだけに消費魔力が膨大だ。今までは持ち前の魔力量と、龍脈のおかげで何不自由なく運用できていた。

 しかし、龍脈の大元である光神竜フィエルテが死亡したことにより、既に龍脈は消失。加えて、『ワールドスライド』の連続使用に、慣れない治癒魔法の使用で、予想以上に魔力が減ってしまっていたのだ。

 それによって起きたのは、『ワールドスライド』の術式に組み込まれた緊急措置である。


 隣の世界は無の空間であり、当然、元の世界のように大気中に豊富な魔力が漂っているわけではない。そのため、隣の世界にいる間は、魔力は一切回復しない。

 したがって、もしも隣の世界にいる間に、元の世界へと『スライド』するための魔力が枯渇してしまった場合、戻れなくなってしまう。

 そのため、この魔法を組んだ光の神は、魔力量が一定以下になった時点で強制的に元の世界に戻るように術式に組み込んでいたのだ。


 これにより、ライオは意図せずに『スライド』してしまい、その際に魔力を大量消費。『光の盾』との押し相撲の拮抗は破れ、敗北した。

 魔力が残っていないのだから、再度『スライド』して回避することも叶わなかったのである。



 ついにテツヤとマサキは、皇帝のもとへと到達する。

 2人を追って帝国兵などがなだれ込むのは、ビャーチが1階の階段を塞ぐことで阻止している。


 いよいよ、直接対決の時が来た。


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