361 魔弾
テツヤとマサキがガラヴァーに突入したのとほぼ同時。要塞ガラヴァーに突如として襲い掛かるものがあった。
遠方から射出され、放物線を描いて飛来するそれは、ガラヴァーの敷地内に着弾すると、爆発して小さくない被害を与えた。
突然の攻撃に、兵士達が騒ぎ出す。
「敵襲!敵襲!」
「なんだ!?砲撃か!?どこから!?」
「発射地点は調査中です!そう遠くないようですが・・・!」
「複数方向から降って来ます!建物内に避難を!」
混乱する兵士を余所に、爆撃が降り注ぐガラヴァーの屋根に、1人の男が立った。
飛来する砲弾を視認すると、男は姿を消す。
1~2秒後に男は急に空から降って来た。男の手には飛来してきた砲弾。
「土属性に炎属性・・・衝撃で爆発する炎魔法か?」
男は無造作に砲弾を投げ捨てる。案の定、砲弾は屋根に落ちた途端、炸裂して石片を飛散させた。ヒトの身で受ければ十分致命傷になり得る威力だ。
だが、炸裂の瞬間には、男の姿はもう屋根の上にはなかった。
男が移動した先は、ガラヴァーの最奥、皇帝の執務室である。
「ライオか。」
執務室に突然現れた男ライオに対し、皇帝は一瞥しただけで、視線を机の書類に戻す。
敵襲があっても一切動じないのは、この皇帝にとってはいつものことだ。ライオもそれを承知している。
「報告だ、皇帝陛下。この攻撃はただの砲撃じゃなくて魔法だぜ。」
「わかっている。既にエステラから報告が来た。」
「おっと、流石だな、あのバーさん。ここの管理に関しちゃ俺でも敵わないぜ。」
「今回は仕方あるまい。下手人は彼奴の身内のようだからな。」
「へえ?」
皇帝は執務の手を止めずに、簡潔に説明する。
「先の革命組織の襲撃の折、襲撃者の中にエステラの孫がいた話は聞いているか?」
「いや?つまり、そいつがまた来たってことか。性懲りもなく。」
エステラの孫、すなわちビャーチことクリスティナ・ローリーの存在をライオは知らなかったが、革命組織<夜明け>の強襲失敗と、その時の状況を鑑みれば、そのビャーチも敗走したことは容易に想像ができた。
ライオはいつもふざけた態度をしているが、頭の回転は速い。
「砲撃が始まった瞬間、1発目の着弾でエステラは襲撃者の正体を感じ取ったそうだ。見知った魔力であるからな。ついでに言えば、手出し無用とのことだ。身内の問題は自ら片付ける、と。」
「殊勝なことで。じゃあ、この砲撃は無視でいいな?」
兵士達は大騒ぎしているが、この砲撃は実際、建物には大した被害を与えていない。特に中心部のエステラが管理する範囲については、エステラが容易く補修できるので、被害はゼロと言ってもいいだろう。
外周辺りではそれなりに兵士に被害が出ているが、皇帝もライオもその程度の被害は勘定に入れていない。
「そうだな。問題はむしろ、この騒ぎに乗じて侵入しているサカガミと<勇者>だ。」
それを聞いてライオは嘲笑する。
「ははっ!なんだ、陽動のつもりか?稚拙な作戦だな、<勇者>サマ!」
「奴らには手勢がないのだ。取れる手段は限られる。仕方あるまい。・・・だからと言って、加減してやる道理もなし。」
皇帝は執務の手を止め、顔を上げる。
「行け、ライオ。サカガミを捕まえて来るがいい。」
「お?俺が行っていいのかい?あっさり終わっちまうぜ?」
「それでよい。サカガミを遊ばせておく時間はもうない。早急に捕らえる必要がある。ここで捕らえられねば・・・もったいないが、「置いて行く」しかあるまい。」
「いよいよ旅立つ日が近いってわけか。」
「そういうことだ。」
ライオも神竜の計画については承知している。この星に見切りをつけ、新天地に旅立つ計画だ。
ただし、その計画の発動自体が危ぶまれる状況になっていることを、ライオは知らない。
「サカガミは可能な限り無傷で捕らえよ。最悪、手足の1、2本はなくともよい。死んでさえいなければな。・・・<勇者>は殺して構わん。」
その指示に、ライオは自信満々の笑みで応える。
「仰せのままに、ボス。」
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突入後、順調に進んでいたテツヤとマサキは、中枢部を守る衛兵を倒した先で、文字通り壁にぶち当たっていた。
「どうなってるんだ?」
意気揚々と中枢部に突入した途端、窓も扉もない無機質な壁に行く手を阻まれたのだ。
この中枢部は、皇帝の住まいを兼ねていると聞いている。ならば、玄関が塞がっているのは、住居としておかしい。
怪訝そうにするマサキに対し、テツヤは溜息を吐く。
「はあ、まー、本気で守るなら、こうするよなあ。」
溜息の後で、テツヤはマサキに説明する。
以前、ここに来た時は、ここはだだっ広いエントランスだった。しかし、建物自体を操作する土魔法使いに、ここで散々苦しめられた、と。
「壁も床も天井も自在に変形させられるんだ。こうやって一時的に蓋をしちまうこともできるってわけだろ。」
「なるほど。なら・・・壊すしかないか。」
マサキはすばやく判断を下す。
敵が建物を操作できる以上、抜け道も迂回路もない。ならば叩き壊す以外に道はないのだ。
「なら、任せろ。」
マサキを少し下がらせて、テツヤが前に出る。全身鎧に包まれた腕をぐるぐると回して、稼働状態を確認する。
マサキは無敵の<勇者>であるが、攻撃に関してはそこまで強いわけではない。対人戦では光魔法攻撃が猛威を振るうが、対物の破壊に関しては得意ではない。
故に、ここではテツヤの破壊力が物を言う。
「おらあ!」
テツヤの鉄拳が高速で壁に叩き付けられる。
轟音と共に壁に亀裂が入った。・・・が、みるみるうちに修復されてしまう。
「くそっ。・・・仕方ねえ。消耗が激しいが、フルパワーで・・・」
そう言ってテツヤが身構えた瞬間。
ドドドオオオオオオオン!!!
とんでもない爆音と共に、壁が爆発した。
「「うわっ!?」」
テツヤとマサキが怯む。至近距離で大爆発が起きたが、テツヤは全身鎧「アダマンプレート」のおかげで、マサキは『光の盾』のおかげで、無傷だ。ただ、衝撃すら跳ね返したマサキと違い、衝撃をもろに受けたテツヤは、吹っ飛んで床を転がった。
マサキは爆発した壁を注視すると、粉塵の向こうから小柄な少女が現れた。
マサキは彼女が敵でないことを直感的に悟る。
「君は?」
「・・・・・・あなたが<勇者>?」
「え、ああ、うん。」
「・・・・・・私はビャーチ。そこに転がってる間抜けの同僚。よろしく。」
「あ、どうも。」
「誰が間抜けだ!」
起き上がったテツヤが、文句を言いながら歩み寄って来る。ガシャガシャと全身鎧を鳴らしながら歩いてくる様はなかなか威圧感があるが、ビャーチに動じた様子はない。
「おま、あぶねえだろうが!あんな爆発・・・」
「・・・・・・2人なら問題ないと思った。で、思った通り。何か問題?」
「そうだが・・・!」
「それと、テツヤは間抜けに決まってる。私達が必死に陽動かけたのに、まだこんなところにいるんだから。」
ビャーチはテツヤを罵っているが、その言い分では横で聞いているマサキも該当する。
・・・確かに、ちょっと慎重に進みすぎたかな。
モリスから機を逃すなと言われたとはいえ、敵の本拠地である。慎重に進むのが定石だと考えて、マサキとテツヤは敵との接触を最小限にするように進んできたが・・・確かに遅かったかもしれない。
「ていうか、なんでお前がここに?」
「・・・・・・私は私で決着をつけなきゃいけない相手がいる。ついでに、貴方たちの露払いをしてあげる。」
「ついで、ってなあ・・・」
「ありがとう、ビャーチさん。」
納得いかない様子のテツヤを余所に、マサキは素直に礼を述べた。
「・・・・・・<勇者>は礼儀を知ってる。モテるわけだ。」
「それは、俺がモテないって意味・・・」
「まあまあ、テツヤ。今は時間がない。ビャーチさんはどこから入って来たんですか?」
マサキから見て、ビャーチは明らかに年下だが、雰囲気からマサキは敬語で尋ねた。
「・・・・・・時間がない。進みながら説明する。」
歩き出したビャーチに、2人が続く。
未だに外の砲撃音が響いており、建物もわずかに揺れている。
そんな中、マサキは、ビャーチが歩く周辺で、床や壁に生じる微かな火花に気がついた。
その火花の正体が何であるか、魔力視の感度が向上したマサキにはすぐに理解できた。
・・・凄い人だな。
そして、ビャーチの魔法の腕前に感心する。
ビャーチは、ただ歩いているだけの今も、魔力を動かしている。自分の魔力を床へ流し、そのまま壁、天井へと流して、この建物の魔法的な所有権を奪おうとしているのだ。生じている火花は、この建物を支配している術者の魔力と、ビャーチの魔力が反発する際に生じているのだ。
こんな大きな建物を支配下に置く術者の実力は相当なものだと理解できる。その術者と、ビャーチは魔法出力で拮抗している。だからこそ、所有権を奪うには至らずとも、干渉している箇所での魔法の行使を阻害し、この場の3人の安全を確保している。
・・・きっと、さっきの雑談の間も、ずっとこれをやっていたんだ。凄い集中力だ。
3人が進む廊下の先に、人影が現れる。
兵士とは違う格好の者達。メイドや執事を思わせる格好だが、全員が手練れだ。
その敵が各々武器を構えて接近。テツヤとマサキが臨戦態勢になるが・・・
「遅い。」
突然、その敵全員が爆発した。受け身を取って起き上がってくる者もいるが、態勢が整う前に次なる爆発が襲い掛かり、なす術なく転がる。
そうして、敵の全員がヒトの形を保たなくなるまで、爆発は続いた。
唖然とするマサキに、ビャーチが振り返らず声をかける。
「・・・・・・露払いって言ったでしょ。標的を見つけるまでは、私がやるから。2人は温存しておいて」
「そういうわけには・・・」
「紳士的なところは好感が持てるけど、<勇者>。本音を言えば、邪魔。私の前に出ないで。」
女の子1人に任せるのは忍びない、と協力を申し出ようとしたマサキだったが、ビャーチに遮られた。
そこでテツヤに肩を叩かれる。
「ここはコイツに任せてていい。伊達に<魔弾>と呼ばれてないさ。」
「<魔弾>・・・」
ビャーチの戦闘スタイルは、事前に魔法を込めておいた銃弾を、拳銃で発射するというものだ。
回りくどいように思えるが、実際に戦闘で使うとその恐ろしさがわかる。
拳銃にも関わらず、弾丸が爆発するために、1発の破壊力は大砲の砲撃にも劣らない。弾種も自在に変更でき、散弾のように拡散したり、手榴弾のように着弾地点で炸裂したり、火炎瓶のように着弾地点を広く燃やすこともできる。しかもそれを連射可能というのだから、ただの銃を持った兵士では、束になっても太刀打ちできない。
また、対魔法使いにおいては、魔法は既に仕込んであるため、詠唱の必要がない。実質的に無詠唱で魔法が発動するわけだ。対面してから詠唱を始めるまともな魔法使いでは、間違いなく先手を取られる。
かつてビャーチが脱走兵となった際に、彼女を追う兵士は悉く殺され、密かに送り込まれた魔法使いでさえも返り討ちにあったことから、ビャーチには<魔弾>の異名が付いた。
向けられた銃口から、何が飛び出すかわからない。そんな恐怖から付いた二つ名である。
「・・・・・・さっきの奴らは、妙に硬かった。多分、竜人。」
「今のが・・・ビャーチさんは、敵に竜人族がいることを、どこで聞きました?」
マサキは前線での戦闘で、帝国の秘匿戦力が竜人族であることを知っている。しかし、公になっている情報ではない。
「・・・・・・私も昔やり合ったことがある。あとは・・・胡散臭くてタバコ臭いおじさんから聞いた。」
「あのおっさんかー。」
テツヤが漏らしたように、マサキにもすぐにモリスの顔が浮かんだ。
「そういやさっきも聞いたけどよ。お前、どこから侵入した?」
「・・・・・・地下から。奴は前、地下にいた。そこに直接トンネルを掘ったんだけど、今日はいなかった。だから探してる。」
「トンネルかー。俺達もそっちから来ればよかったか?」
「・・・・・・私1人分の穴しか掘れないから、無理。大きく掘るには時間がかかるし、気づかれやすくなる。速攻でぶち抜いて来たから、ごり押しで入れた。」
高速でトンネルを掘れるのは、土魔法の強みだ。戦場において使える空間が増える意義は大きい。
「外の砲撃は、残った皆が?」
テツヤが指す「皆」とは、<夜明け>の残党のことだ。
「・・・・・・半分当たり。皆が発射地点にはいるけど、撃ってるのは私。」
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その頃、観測から砲撃の発射地点を割り出した兵士達が、現地に殺到していた。
発射地点は帝都の中。建物の屋上などにあった。ただし、発射地点は十数ヶ所もあり、うち2ヶ所は先の爆風で破壊された南部であった。
それでも数に物を言わせて、帝国軍の兵士は発射地点を取り囲む。下手人を捕えるために。
発射地点には、<夜明け>の残党。戦闘員でもない彼らは決して強くないが、事前にこの状況を想定して準備し、籠城を決め込んだうえ、決死の覚悟まで決めた彼らの抵抗は激しかった。
少なくない被害を出して、砲撃の発射地点を押さえてみれば、術者と思しき残党たちを全員殺しても止まることのない砲撃。小さな砲台が無数に設置され、決められた時間に勝手に発射されていた。
止む無く強引に破壊を試みた兵士達は、無惨な最期を遂げる。発射前だった砲弾が、破壊の衝撃で炸裂。それが残りの砲弾にも連鎖して、その場の兵士はほぼ全滅の憂き目に遭った。
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「・・・・・・皆、これに残りのすべてを賭けてる。だから、あなた達には勝ってもらわなきゃ。無駄な体力を使わないで。」
話しながら、次に遭遇した敵もあっさりと片付けるビャーチ。
「ありがとう、ビャーチさん。お仲間の皆さんも。」
「・・・・・・ん。」
「ところで、さっき言ったトンネルって、まだ使えるか?」
テツヤは退路の候補として、ビャーチの侵入路の状態を尋ねた。
しかし、ビャーチは首を横に振った。
「・・・・・・地下には結構な数の敵が詰めてたから、水攻めで一掃した。」
「水攻め?」
「・・・・・・出入口を塞いで、トンネルを下水に繋げた。」
「「うわあ・・・」」
本来であれば、出入口の封鎖も、トンネルの穴も、この建物の支配者がすぐに直すのだろうが、今はビャーチが継続的にそれを邪魔している。
その状態で、ほぼ密室の地下に下水が流されれば・・・竜人族だろうが魔法使いだろうが、生きては出られないだろう。水中呼吸の魔法もあるにはあるが、永続ではない。出口がわからなければ絶望的だ。
味方のやることながら、ひどい殺し方をするものだ、とマサキもテツヤも思ったのだった。




