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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
437/457

357 異空間の戦い

 最強の敵を前に、アカリはこれまでに得た戦闘の知識を振り返る。


 元々アカリは、非戦闘員の運搬役としてクロに雇われていた。故に、前線に出ることなど誰も想定はしていなかったのだが、それでも心配性のクロやマシロが暇を見ては教え、勉強熱心なアカリもそれをよく聞いていた。


 マシロから教わったのは、戦場におけるヒトの心理だ。

 傍から見ればすぐにわかるような罠にも、当事者は意外と気づかない。結果を知っていれば、「なぜそんな馬鹿なことを」と思うようなことを、先を知らない当事者はやってしまうことがある。

 その当事者の目線を知ることで、敵の意表を突き、罠にかけることができる。


 成程、罠にかかった敵、フィエルテは、神の如き力と知恵を持つはずであるのに、見ているこちらが不思議に思うほど狼狽している。

 想定どころか想像もしていなかった罠にかかり、頭が正常に働いていないのだ。


 その隙に、アカリは攻撃の準備に入る。


 攻撃に際して思い出すのは、クロの教えだ。

 格上と戦い、勝つ方法。

 クロ曰く、クロは決して強くなどない。格闘技も武器術も納めておらず、すべて我流。魔法も正規に教わったものではなく、ほとんど独学。どれもこれも他人より優れているとは言えない。勝っているところと言えば、再生能力、回復力であり、継戦能力だけ。

 そんな素人が熟練の兵士や戦士に勝つために必要なのは、奇襲、不意打ち、罠。戦力差を覆す策だ。


 敵の想定外の行動をする。敵が理解できない技術を使う。自分の強みを活かし、敵の強みを出す隙を与えない。

 そうして主導権を握ったら、一気に勝負を決める。

 敵を殺さずに御するなどということは、本物の力を持った強者だからできること。自分たちのような、不意打ちで勝ちを拾おうとするものにそんな余裕はない。だから、加減など不要。

 やりすぎ、というくらいでちょうどいい。加減して仕留め損ねたら、死ぬのは自分だ。

 急所を綺麗に貫くなどとは考えず、その周囲までまとめて、これでもかと叩き潰す。「きっと死んだはずだ」「これくらいやれば死ぬだろう」などと妥協してはいけない。誰がどう見ても死んでいる状態になるまでやる。首を跳ねる。頭をペチャンコに潰す。ミンチになるまで叩く。


 そして、魔族が相手ならば、それでも足りない。

 生き物を相手にしていると思ってはいけない。魔族は化け物であり、いくらでも再生すると考えるべき。故に、全力で、徹底的に、肉片一つ残さぬほどに、叩き続けなければならない。オーバーキルでもまだ足りない。斬って、焼いて、潰して、殺して、叩いて、刻んで、溶かして、塵になるまでやらなければならない。


 ・・・だから、私の全力を、叩きこむ!


 アカリが展開したのは、クロから預かった無数の武器と、各地の戦場でかき集めた武器の数々、さらには販売用の金属地金のインゴッドから建築資材まで。『ガレージ』に仕舞っていたありとあらゆる重量物。

 そのすべてが宙に浮き、それぞれにたった1つの魔法が行使される。


『標的の座標へ移動せよ』


 設定速度は最大。ありったけの魔力を込めて。四方八方から無数の物体がフィエルテに殺到する。

 奇しくもそれは、魔王に成らんとした魔族をクロが葬った際に使用した『圧殺』に酷似していた。


「潰れろぉ!!」


 アカリの叫びと共に、一斉にすべての物体がフィエルテに襲い掛かった。

 上下左右前後、360°逃げ場なし。

 咄嗟にフィエルテは空間魔法で転移を試みるが、『ガレージ』内はアカリのフィールドだ。フィエルテの魔力を展開できる余地はなく、転移の扉を開くことはできない。

 異次元への退避ができず、3次元空間でも逃げ場はない。

 これまで、安全圏から漁夫の利を得るばかりだったフィエルテには、初めての窮地。


「馬鹿な・・・」


 理解が追いつかず、咄嗟の機転も利かなかった。できたことは、両腕でガードするだけ。

 だが、そんなガードでカバーできる物量ではない。

 たとえ表皮が頑強な竜鱗で覆われていようと、その上から叩き潰す。重量×速度の破壊力。竜鱗の頑丈さなど誤差の範囲に収まってしまう圧倒的な質量攻撃。

 しかも、一度ぶつかった物体はそこで止まらず、そのまま継続的に押し込んでくる。圧縮するプレス機のように、目標座標であるフィエルテの体の中心に至るまで止まらない。


 アカリが見守る中、フィエルテに殺到した武器群は、押し合いへし合い、1つの塊になり、圧縮されていく。

 やがて塊の中から血肉がはみ出してきた。それでもアカリは術を解除しない。ただじっと睨み続ける。


 ・・・まだ、まだ。人間ならとっくに死んでるけど、相手は魔族。まだ仕留めたとは決まってない。


 フィエルテの素性は闇の神から聞いている。その能力も。

 光神竜であるフィエルテの能力は、空間魔法による転移を主軸に、レーザーや放射線操作など、不可避の光魔法攻撃を操る。まともに戦っては勝ち目がない。

 不意打ちで拾ったこの勝機。決して妥協して取りこぼすわけにはいかない。


 ・・・あの血肉が塵に還って、あの塊の中の魔力が完全に霧散するまで・・・


 その時、それは一瞬のうちに起こった。


 集まっていた武器群が一撃で弾き飛ばされた。そしてその中から現れたものが高速でアカリに伸び、アカリの身体を捕えた。


「づうっ!!」


 体に走った激痛に、アカリは歯を食いしばって耐える。

 アカリを捕らえたのは竜の顎だ。持っていた杖を反射的につっかえ棒にして、噛み砕かれるのは回避したが、胴体と腕に牙がいくつも食い込んでいる。

 その細長い竜は、フィエルテがいた場所から現れ、その体を伸ばしてアカリに噛みついたのだ。


 見れば、フィエルテがいた場所には彼女の転移扉。輝くゲートが展開されている。そこからこの竜は出て来たのだ。


 アカリに噛みついたまま、竜が喋る。正確には、闇魔法を利用したテレパシーのようなもので言葉を伝えて来た。


「大したものです。私をフィールドに誘い込み、転移を封じたうえで物量で押し潰す。私を倒す方法としてはこれ以上ないでしょう。ですが、何にでも抜け道はあるというもの。いかに周囲をフィールドで覆っても、私の体内だけは私の物です。」

「人間体を犠牲にして、本体が出て来た、ってわけ?」

「そういうことです。」


 フィエルテは、周囲がアカリのフィールドであったため、扉を開けなかったが、自身の体内だけはアカリのフィールドではなかった。そこでフィエルテは、潰れていく自分の人間体の体内に転移扉を開き、そこから本体をここにねじ込んだのだ。

 人間体では押し潰される質量でも、竜の本体なら力で押し返せる。実際、あれだけの質量を一撃で弾き飛ばして見せた。


「人間如きの罠に嵌った恥辱は、あなたを殺して、なかったことにしましょう。滅びなさい。」

「・・・・・・」


 アカリは胴体に刺さった牙が邪魔でフィエルテの顎から抜け出せない。

 そして、つっかえ棒の杖がミシミシと音を立て、折れた。


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