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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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353 戦いを見る者達

 まるで太陽が間近に落ちて来たかのような光、熱。爆発によって生じた風と轟音が、地上のあらゆるものを揺らし、吹き飛ばす。

 その地上で、先程の太陽のような炎を見上げる、ヒトの形をした人外が1人。

 そしてそれを見下ろす3柱の神竜達。


「これで奴を守る武器は全て消し飛ばした。いよいよだぞ。」


 地上に太陽を生み出した張本人、炎神竜イーラが、そう言いながら次弾を撃つ魔力を準備する。


「ふぅ~、やぁ~っと追い付いたよ。さあ、何て声かけようか?威厳ある口調で言った方がいいかな?」


 ここまで移動を担って来た風神竜リーベが暢気にそんなことを言った。


「無駄だ。邪魔だから死んでくれ、と言って聞くと思うか?初手で決める。」


 リーベの問いをばっさり切り捨てた雷神竜ユワンが、臨戦態勢に入る。体内で膨大な魔力と電流が渦巻く。


ーーーーーーーーーーーー


 対峙するクロは、爆風にも動じずに、追い付いて来た神竜達を見上げていた。


「皇都を舞台にする予定だったが、追い付かれた以上は止むを得んか。」


 クロとしては、獣たちへの被害ができるだけ少ない場所を戦場としたかった。何しろ、この戦いは間違いなく広範囲を焦土と化す。

 その点で、完全にヒトの領域である皇都は好都合だった。ついでにクロの家を攻める元凶である皇帝まで巻き込めれば御の字。

 皇都に住まう人々については、わざわざゆっくり北上して来たのだから、避難しているだろう、と考えている。


 というか、クロ個人としては、こんな危険が迫っていながら逃げていなければ、それは危機感が足りていないと思う。

 危機感も警戒心もなく、誰かに守られて当たり前。そんな思考の人間こそを、クロは嫌悪する。


 だから、避難していない奴に関しては関知しない。というか、積極的に巻き込む。

 そういう予定だったが、皇都までは辿り着けなかった。それが心残り。


 だが、何事も計画通りに行くとは限らない。

 ならば、今できるベストを尽くす。


 クロは愛剣「黒嘴」を右手に持ち、左手で脇差「鳥頸とりくび」を抜いた。

 刀身がない「鳥頸」の鍔元から、収束された超高濃度の魔力が伸びる。その収束度、魔力量、いずれも過去に使用した時とは比べ物にならないものとなっていた。


ーーーーーーーーーーーー


 その決戦が始まる直前の様子を、遠方から見ている者達がいた。


 皇都へ向かい、北上を続ける車両から、西に突然出現した巨大な火の玉に気付いたのは、助手席のテツヤだ。


「うおっ!?なんだありゃ!?」


 車内にいるのは、運転中のモリス、外見上は拘束されているテツヤとマサキの3人だ。


 後部座席に横たわって怪我人のフリをしているマサキがテツヤに問う。


「テツヤ、何かあったのか?」

「西の方でどでかい爆発があったんだよ。マサキも音くらいは聞こえただろ?」

「ああ。・・・モリスさん、西には何が?」


 モリスは加えた煙草を灰皿に突っ込んでから、ゆっくりと答える。


「・・・あっちには帝国軍の基地があったな。わりと大きいの。」

「じゃあ、事故?弾薬とかが・・・」

「いや、あれは魔法だったぜ。」


 事故かと予想したマサキを遮り、直に見ていたテツヤが断言する。


「とんでもない威力だったぜ!ありゃあ、噂に聞く炎の神子のじゃないか?」

「炎の神子って、フレアネスの国王だろう?こんなところまで?」

「他にあんな威力出せる奴いるかよ。」


 予想を話しあうテツヤとマサキの会話を余所に、唯一真相を知るモリスはだんまりを決め込んだ。

 モリスは、炎の神子であるフレアネス国王はすでに死んでいることも、あの戦火が<赤鉄>と誰かの戦闘であることも知っている。

 あの火の玉を出した、その誰かについては不明だが、ずっと<赤鉄>を追い回していた連中だろう。

 その者達が膨大な魔力を持った超越者であったことは、モリスは自身の遠視で確認している。あれくらいやってのけても不思議はない。


 だが、そんな細かい事情を、マサキ達に説明する義理はない。

 モリスにとって彼らは仲間ではなく、あくまで目的のために利用する駒だ。


 情報不足の2人が適当な予想を話し合っているのをしばらく聞き流したモリスは、やがて口を開く。


「ほら、お二人さん。他所の心配してる場合か?今夜には皇都に着くぜ。段取りはわかってるだろうな?」


 モリスの言葉に、テツヤとマサキは会話を止めて、緊張を高める。


「うん。この車で入れるのは、ガラヴァーの入口まで。捕まったフリもそこまで。」

「おう。だから、ガラヴァーに入ったら、あとは強行突破だ。何よりも速度が命。それでいいだろ?」

「ああ、OK。お前さん達の防御力なら強引に行けるだろう。数で押し潰されないよう、あちらさんの準備が整う前に皇帝のとこまで突っ走りな。・・・あ、あと、始まったら俺はずらかるから。」

「なんだ、おっさんは来ねえのか?」

「お前さん達の防御力ありきの強行突破なんだから、俺がついて行けるわけないでしょ。俺は俺でできることをやるさ。」

「・・・ちなみに、何をやるか聞いても?」


 マサキが後部座席から、鋭い視線をモリスに向ける。

 バックミラー越しにモリスはマサキと目を合わせる。マサキが完全にはモリスを信用していないことがわかる目だった。


 ・・・俺が実は騙していて、2人を捕まえるための罠に誘い込んでいたとしても、それも折り込み済みって目だな。いいね。そうでなきゃ皇帝とは渡り合えない。


 モリスは小さく笑って答える。


「秘密。まあ、悪いようにはしねえよ。」

「おいおい、気になるじゃねえか。」


 テツヤが助手席から文句を言うが、モリスは喋る気はない。


「心配すんなって。皇帝を倒すって目的は一致してるんだ。邪魔をするってことだけはない。そうだろ?」


 モリスがバックミラーを見れば、マサキが頷いたのが見えた。


「ああ。そこは確認済みだよ。」


 仲間ではないが、目的を共有する同志である。そこだけは、ここまでの旅路で確認している。

 マサキの目は、もうはっきりと他人の嘘を見抜くレベルまで達していた。


ーーーーーーーーーーーー


 一方、そのマサキ達よりもずっと遠くから、クロと神竜達の戦いを観察している目があった。

 西大陸、魔族の集落。簡素な建物が多いこの地に珍しい、貴族風の豪邸。その2階のベランダから、空を見上げる魔族が2人。

 彼らは空を見ているのではない。2人のうちの一方、ゲイザーと呼ばれる魔族が行使する超長距離遠視魔法により、遥か彼方のクロの様子を見ているのだ。


 そのゲイザーの肩に手を回して絡んだ姿勢のまま、ゲイザーに便乗してクロを見ている女性の魔族が騒ぐ。


「うっひょう!すげえ威力!今のノイズはクロの「闇」じゃねえな!?あれが神竜か!」

「そうですね。ただならぬ威力です。我らでもアレを喰らえば、魂ごと消し飛ぶでしょう。」

「だな!くぅ~!間近で観察して測定してえなあ!」

「おやめなさい。貴女、死にたいんですか?」

「だって、お前のコレだとノイズ塗れじゃん!」


 興奮して騒いでいるのは、アナライザーと呼ばれる魔族だ。

 外見はスタイルのいい美女なのだが、中身はこの通りの研究馬鹿。マッドサイエンティストが多い魔族の中に会ってさらに異質な存在だった。

 ただ、異名の通り、分析能力は魔族の中でも群を抜いている。

 それゆえ、派閥も持たず、誰にも属していないにもかかわらず、族長クラスの魔族と対等に話す。


「このノイズはクロの「闇」のせいで、やむを得ない事象だと言ったのは貴女ではないですか。」

「それなんだよなー。アレのせいで近づいただけで魔族は死んじまう。でもすげーよなあれ!魔法回復力、アタシの測定規格からぶっ飛んじまってるよ!レベル15?いや20?ははは!もう基準値変えちゃおうか!」

「やめてください。あんな例外を基準にしては他が測定できません。」

「わーってる、わーってる!」


 アナライザーはゲイザーの肩をバンバンと叩く。

 美女にこんなに絡まれれば、中身がどうあれ、男にとっては羨ましい状況かもしれない。

 だが、ゲイザーは眉一つ動かさずに観察を続ける。


「そんなに測定したければ、事が終わってから交渉してみればいいでしょう。クロも「闇」の制御が徐々に上達しているみたいですし。」

「んー、それは無理かなー。」


 先程までの興奮はどこへやら。アナライザーが急に冷静に答える。


「おや、貴女はクロを買っているようでしたが・・・貴女の見立てではクロが負けると?」

「いんや。勝敗とは関係ないよ。勝っても負けても、クロには先がない。」

「どういう意味です?」


 訝し気にゲイザーがアナライザーに目を向けると、アナライザーは諦めたように笑っていた。


「・・・ゲイザーよお。魔族ってのは頑丈なようで実は脆い種族なんだ。ちょっとしたきっかけでその不死性が崩れちまう。お前も長生きしたいなら気をつけろよ。」

「気をつけろと言われても、何の話かわかりかねますが。」

「ははっ、それは言えねえな。それを知って、理解しちまうだけで、魔族は簡単に死ぬんだ。いや、再生できなくなる、が正しいかな。」

「・・・クロはそれを知ったと?」

「ああ。さっきの動きでわかった。アイツはもう理解してる。そこまで理解しちまえば、その先の気付きも遠くない。そして、そうなっちまえば・・・いくら魔力があっても、長くはないさ。」


 ある事実を知っただけで、魔族の不死性に綻びが生じる。ゲイザーはそれだけ理解すると、それ以上追及しないことにした。

 知れば、自分の不死性も崩れると気づいたのだから、当然だ。


 アナライザーの語る事実とは、魔族というモノの正体である。

 全細胞を魔族細胞に置き換え、強靭な肉体となる魔族化。この際に、実は当人は死んでいるのだ。

 ただ、死者の魂、すなわち記憶と自我が、魔力で保持され、魔族細胞で作り直された「新しい肉体」にしがみついている状態なのだ。

 言ってみれば、ゾンビに近い。だから肉体のどこが破壊されても、魔力と材料がある限り再生する。


 それに気づかないうちは、肉体と魂の結合はそこそこ強固だ。

 だが、この事実を自覚してしまうと、その結合は脆くなる。

 気づいた瞬間、断ち切られて死亡することもあれば、徐々に弱まることもある。


 そして、それを知っているアナライザーもまた、似た状態にあった。

 今のアナライザーは、意識して肉体にしがみついている状態。こうなってから結構長いため、寝ていてもその意識は途切れさせないようにできるようになっている。

 辛うじて現世に留まっている状態で、もし頭を破壊されたりして意識が完全に飛べば、もう魂は肉体から離れてしまうだろう。

 故に、この事実を知ってから、アナライザーは前線に出なくなった。100年前の戦争の時も、コンダクターと共にあっさり降伏した。


 そして、魔法使いの能力分析を生業としつつ、魔族の中の重要人物が、自分と同じになって急死したりしないよう、こっそり見守っているのだった。


 ・・・まったく残念だ、クロ君。それほどの力を得たのに。いや、力を得たからこそ、気づいてしまったのかな。


 先程、リンゾウとの戦いで、頭を撃たれながらも動いていたクロ。それは事前に仕込んだ術式とか、別人格とかではなく、クロの意識で動いていたことをアナライザーは見抜いていた。

 それで、クロがもう、魔族という種の正体に気付いたとわかった。


「さあ、きっとコレがクロの戦いの見納めだ。気合入れて遠視してくれよ~、ゲイザー!これは神話みたいな戦いになるぜ!」

「わかっています。どう決着がつくにせよ、この世界の行く末に関わりますからね。」


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