350 「疾風」vs「雨竜」 その7-決着-
地面に、カイルの頭を中心に、血が広がる。
雨が、止んでいく。豪雨から段々と穏やかになり、まばらになっていく。
マシロの意識が、『大樹』から自分の肉体に戻った。
脳が破壊されたマシロは、一時意識が飛んだが、すぐに『炭の大樹』の視点で意識を復帰させた。
そして棒立ちになった肉体と素早く根で接続し、動かした。
意識が飛ぶ直前にやろうとしていた、一連のトドメの動作を。
硝煙を吐く拳銃を見つめる。
この銃は、マシロの主、ハヤトが愛用していたもの。この決戦に備えて、回収して来ていた。
使用した弾丸は、クロ特製、アダマンタイト弾頭の特殊弾。その重量故、飛距離が短く、至近距離でなければ使えない代物だ。
竜鱗を持つカイルを倒すため、アダマンタイト製の武器を欲したが、材料が少ないということで作ってもらったのが、この弾丸だった。
カイルの死に顔は、どこか満足げであった。
その意味は、もう読み取れない。マシロの嗅覚が彼の魔力の残滓を読み取るが、わかるのはその表情が嘘ではないことくらい。
何故、敗北した彼が、嬉しそうですらあるのか、マシロにはわからない。
マシロは再度、拳銃を見る。自身の主の愛銃。このカイルに敗れて死んだ主の。
そして、呟く。
「<疾風>が、勝った。」
その言葉で、ようやく自分の気持ちがはっきりした。
ただ、この事実が欲しかっただけなのだ。
自分の主が敗れたことが、認められなくて。主にどうしても勝ってほしくて。
強くなるために魔族になった?いいや、それは目的ではなく手段だった。本当の目的は、<雨>に勝つこと。主を<雨>に勝たせること。
つまるところ、マシロの目的は復讐だったのだ。
クロを責められないわけだ。自身もまた復讐者だったのだから。
夢で逢うたびにハヤトが自分を止めようとするわけだ。復讐が何の利益も生まないことは、歴史もクロも証明している。
いつか流した涙が、また流れる。
復讐を果たした。これで満足か?
達成感も充実感もない。虚しさすらある。
だが、こうせずにはいられなかった。それだけはわかる。復讐は、理屈ではないのだ。
どこに利益を生まずとも、論理的に無駄な行動だとしても、感情がそれを実行せずにいられない。
だから、復讐者は例外なく悪なのだ。クロも確か、そう言っていた。決して正義を語ってはいけない、と。
「そして、その末路は・・・」
マシロの呟きに答えるように、マシロの背後から突然声がした。
「ええ。死あるのみです。」
マシロが振り向こうとしたその首を、手刀が薙ぐ。それなりに頑丈なはずのマシロの肉体を容易く破壊し、その首を斬り落とす。
マシロの背後にいつの間にか立っていたのは、白い髪の女性。光神竜フィエルテの人間体だった。
「想定外ではありません。あなたが勝つ可能性もあり得ました。」
マシロの首のない肉体が、銃をフィエルテに向けようとする。
だが、その腕はフィエルテに掴まれ、フィエルテはもう一方の手でマシロの胸部に手を当てる。
「だから、ずっと観察していましたよ。もしもあなたが勝ったら、とどめを刺せるように。『ガンマ・レイ』」
目に見えぬ何かが、マシロの胴体を貫いた。
マシロの体の動きが止まる。
フィエルテが離れると、マシロの身体は粉上の炭になって崩れた。脇に落ちていた首も。
「分子レベルで完全に破壊しました。肉体を再生する材料はありません。再生は不可能です。」
フィエルテは振り返り、立ち去ろうとする。
しかし、急に立ち止まった。
「ああ、でも・・・念には念を入れておきましょうか。」
そう言って「炭の大樹」に手をかざす。
すると、「大樹」は根元が崩れ、大きな音を立てて倒れた。
「これでよし。後は、イーラ達が<赤鉄>を滅ぼせば、懸念材料もないでしょう。」
雨が止んだクロの家には、大量の黒い炭が残った。そこに、マシロの魔力はもう残っていなかった。




