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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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347 「疾風」vs「雨竜」 その4

 マシロが立て籠もる工房の窓を破り、カイルの雨が入り込んでくる。工房内に侵入するなり、周囲の物を巻き込みながら四方に広がって、まるで目のない蛇のようにうねる。


 マシロはまだ動かない。最適のタイミングはもう少し先だ。それまでは、最低限の動きでこの水蛇達を回避する。


 工房の壁が軋む。水蛇に捕まらずとも、直にこの工房は丸ごと潰れて、雨に飲まれるだろう。

 だがそこに、マシロが狙う瞬間が潜んでいる。


 コンマ数秒たりとも踏み出すタイミングは誤れない。

 極限の集中の中で、マシロは少し前の記憶を思い出す。


ーーーーーーーーーーーー


 それは、<勇者>との戦いに備え、夜通し仕込みを行っていた時のことだ。

 マシロは作業の合間に、クロに尋ねた。


「マスター。唐突で申し訳ないのですが。」

「ん?」

「竜人を倒すためには、どんな武器が必要でしょうか?」

「・・・ふむ。」


 これから戦う<勇者>の一行に竜人族はいない。つまり、マシロの問いは、<勇者>との戦いの後の話だとクロは察する。そして、きっとそれは、宿敵である<雨>を想定していることも。

 マシロの「黒剣」が奴の竜鱗を斬ることができなかったのは、クロも知っている。最近はマシロは魔剣を『黒剣化』して使用しているが、切れ味は従来の「黒剣」と大差ない。

 つまり、今のマシロでは、<雨>に決定打を与える武器がないのだ。


「竜鱗の硬さを確かめたことがないから何とも言えんが、斬るつもりなら、それこそアダマンタイト並みの強度がまず必要だろうな。」

「マスターの剣のような、ですか。」

「強度的にはそうだが、俺の「黒嘴」じゃあ、切れ味が足りないな。いや、突きならいけるかもしれないし、打撃武器としてなら・・・ああ、何も貫く必要はなかったな。」

「鱗の上から叩けばいい、と?」

「そうだ。重量のある打撃武器でぶっ叩けば、骨折や内臓へのダメージが期待できる。1つ、派手な奴を作っておくか。」


 そう言ってクロは余った鉄材を加工して、魔法強化鉄で鉛を包んだ特大ハンマー「鉄塊」を作り上げた。

 マシロは早速それを振り回して見せ、十分使用に耐えることを確認した。


 しかし、マシロの表情は晴れない。


「ありがとうございます。これならさしもの奴も叩き潰せるでしょう。ですが、一手足りない気がします。」

「もう1つか。まあ、切り札は多い方がいいな。」

「はい。マスターの剣を借りるわけにもいきませんから、新たにアダマンタイトの槍を作っていただくことは可能ですか?」

「うーむ。」


 クロは腕を組んで悩み、素材を貯め込んでいる倉庫に向かった。

 しばらくして戻ってくると、首を横に振る。


「タングステンの備蓄が足りない。大部分はアカリの『ガレージ』の中だな。すまん。」

「いえ、マスターが謝ることではありません。ちなみに、どのくらいの量が残っていますか?」

「本当にちょっとだ。ペン先作るのが限界だな。」


 今、クロの家にあるタングステンは、アカリが離脱してから製造した分だけだ。

 重くて運搬が大変な種類の金属地金は、『ガレージ』に入れていた。それを家を出るアカリへの餞別としてあえて回収しなかったのが仇になった。


 クロは説明しながら、自分が魔導書に術式を書きこむ際に用いるペンをマシロに見せる。

 このペンは、クロの魔法強化アルミ(ミスリル)で作られた魔導書のページを削って書き込むために、先端を魔法強化タングステン(アダマンタイト)で作られている。


 マシロはそのペンを見つめ、そして提案を口に出す。


「マスター。であれば、作成してほしいものがあります。」


ーーーーーーーーーーーー


 カイルは、マシロが逃げ込んだ工房を外から眺めていた。すでにカイルの雨水が窓から侵入し、マシロを探している。


 ・・・思った以上に入り組んだ造りだな。


 既に床面は水で満たした。しかしマシロは見つからない。何か構造物の上に乗っているのか。大きな工房の中を3次元的に探すとなれば、そこそこ時間がかかる。

 だが、すぐにその問題も解決する。窓から入った水が中を捜索すると同時に、工房全体を包んだ水が、工房を押し潰そうとしていた。建屋を丸ごと潰せば、逃げ場などない。地下室や床を掘った痕跡もないことは確認済みだ。


 やがて、<土竜>が築き、化け狸達が強化した、強固な工房が崩れ始める。

 外壁に亀裂が入り、亀裂から水が浸入する。それに伴って亀裂は拡大し、ついには崩れ始めた。


 倒壊する建屋の破片の中から、突然、黒い塊が飛び出した。

 丸く、黒い、光沢のある物体。その速度から、カイルは一瞬、特大口径の大砲でもあったのかと思った。

 しかし、すぐにその正体に気が付く。

 それは、棒の先端に特大の鉄球を付けたハンマーを前に構えたマシロだった。

 瓦礫も雨も鉄球で押しのけて、一直線にカイルへと飛んで来る。

 その速度は正しく砲弾の如し。あながちカイルの先程の誤認も的外れではなかった。


 ・・・スーツを脱いでいる!奴の頭部に水を侵入させて終わり、だが、これは、間に合わんか!


 マシロは全身を覆うスーツを脱いでいた。ならば、目鼻耳から頭部に水を侵入させ、脳を破壊すればカイルの勝ちだ。それには10秒もかからない。

 だが、マシロの突進は、その10秒よりさらに速い。

 マシロが工房から飛び出してから、数百m先にいたカイルの元へ到達するまで、実に1秒前後。

 さらに、


「『剣舞・大輪望月』」


 カイルに到達する直前で、マシロは鉄球を縦に回転させ始めた。体も回転し、まとわりつこうとする水を振り払う。

 カイルの体感時間が引き延ばされる。鉄球の重量は、見た目よりも重いようだ。まともに喰らえば、竜鱗の緩衝機能をもってしても、致命傷を負いかねない。

 高速回転しつつ接近してくるマシロの軌道を読み、カイルは寸でのところで横に回避した。


 カイルが立っていた場所に、鉄球が叩きつけられる。特大の重機が地面を打つような轟音。

 地表面が剥がれ、その下に隠れていた黒い根が砕かれて飛び散る。

 その威力に肝を冷やすカイルの目の前に、間髪入れずマシロが躍り出る。

 刀を口にくわえ、両手は空手。だが、すぐに空中に散っていた黒い根の破片を掴む。すると、黒い破片は細い槍に変形した。


「『石割蓮華』」


 マシロの口から先程も効いた詠唱が響いた。


 ・・・ここで勝負を決める気か、<疾風>!いいぞ、受けて立つ!


 カイルは双剣「龍顎」を構えて迎え撃つ。


 降り注ぐカイルの雨が、マシロの頭に再侵入を図る。勝負が決するまで、残り9秒。


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