346 「疾風」vs「雨竜」 その3
激しさを増したカイルの弾幕に、マシロは少しずつ後退せざるを得なくなっていた。
・・・ここで勝負を決めようと言うかのような猛攻。ここをしのげば勝機があるでしょうか?
隙間のない雨の弾幕に、剣を防御に使わなければならない状況になって来た。
だが、この猛攻はカイルの消耗も激しいはず。高レベルの水魔法を連射しているような状態のはずだ。
ならば、スタミナ切れを待つか?
・・・いや、ダメですね。
マシロの勘は、このままではまずい、と感じた。
今のマシロは、嗅覚式魔力感知を使用していない。使えれば、カイルの疲労度などからその勝機の有無を判断できたが、今は無理だ。
それでも、この男が、簡単にスタミナ切れで隙を晒すとは思えなかった。
理屈の上では、ヒトが持ち得る魔力容量の限界から、数分もたずにカイルの魔力が尽きると判断するほうが正しい。
だが、マシロは己の直感を信じた。
・・・攻撃に転じなければ!
再び右の剣を地面に刺し、『炭の大樹』の根を掘り返そうとする。
だが、それは失策だった。
「・・・くっ!」
地面に刺さった剣が、動かない。
見れば、地表に溜まった水が、粘液のように剣にまとわりついていた。
「捕まえたぞ。」
カイルの声が届く。
地面に刺さった剣は、もはや地面を掘り返すどころか、抜くこともままならない。
一瞬のうちに、マシロはその剣を捨てる決断をした。右手を放し、雨の弾幕を回避する動作に入る。
そこで、マシロの感知に奇妙な反応。
嗅覚式が使えず、視覚式も聴覚式も覚束ないこの状況で、マシロが新たに使用していた感知方法は、これまで降り注ぐ雨水とそれを操るカイルの魔力を正確に感知していた。
だが、この瞬間に背後に感じたのは、雨水と同一化していないカイルの魔力。それが広く大きく広がっているもの。
雨の弾幕が撒き散らす微細な水滴で判別しにくくなっているが、確かにそれはあった。
その正体を判じるよりも先に、マシロは本能的にそれから距離を取るように跳んだ。
直後、マシロが居た場所で何かが蠢く。
この魔力の動きを、この魔法を、マシロは知っていた。
「『エアハンド』!?」
「よくぞ躱した!」
今、マシロを襲ったカイルの魔法は、高レベルの風魔法『エアハンド』。空気を魔力で操り、肉眼では見えない手を作り出す。
マシロはこれと類似した魔法をよくムラサキが使うので、見慣れていた。
だから反応できたが、それでも想定外の攻撃だった。カイルと言えば<雨>。使うのは水魔法。そういう認識が刷り込まれていた。青色の髪も水魔法単属性適性を示すものだ。
だが、髪色の法則は、竜人族には適用されない。実はカイルは、水と風の2つの属性適性を持っていたのだ。
「だが、その避け方は悪手だぞ!」
マシロが跳躍した先の地面。そこにカイルの魔力が集まり、水の粘度が増す。そこに着地すれば、先程の剣と同じく捕まってしまうだろう。
止む無くマシロは切り札を1つ切る。
スーツの足裏の膜を1枚解き、空中で固定した足場にする。それを蹴って移動方向を変更。
向かう先はカイルではなく、カイルから離れる方向。
追撃の弾幕をいくつか受けながら、強引に辿り着いた。
雨を一時凌げる場所。工房だ。
ドアを開けて素早く体を滑りこませ、ドアを閉める。
狸達が退避して無人となった工房は静まり返っていた。普段は大きな炉に火が入り、次々に金属地金を生み出していく工房。
万が一、溶融金属が漏洩した時のため、ドアは水も入らない密閉式になっている。雨水は侵入してこなかった。
だが、ずっと立て籠もっているわけにもいかない。マシロが工房に逃げ込んでから数秒で、窓を激しく雨が叩き始めた。破られるまで何秒あるだろうか。窓以外の壁も軋み始めている。
・・・できれば、ここは使いたくありませんでしたが。
マシロはこの土地と事業を守ると誓った。だから、この工房も無傷で守りたかった。
だが、もはやそうも言っていられない。
カイルの強さは予想以上だった。容易に勝てる相手ではないとわかっていたが、想定を上回って来た。
それでもマシロも、カイルが想定を上回ってくることも、ある程度予想していた。
だから、ここに最終手段を用意していた。
・・・これを使うからには、もう後はありません。
スーツを解き、退避時にいくつか侵入した水を払いのける。そして、いつもの戦闘服に編みなおした。
雨水から己を守る鎧を脱ぎ、全感覚を研ぎ澄ませる。次に仕掛けたら、後は殺られる前に殺る以外に道はない。
左手の刀を口にくわえ、用意していた武器を両手で構える。
今まで我慢してきた呼吸を深く行い、その瞬間に備える。
そして、ついに窓が割れ、水が工房に入り始めた。




