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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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037 独立

 レストランに行った2日後、王城のクロ達の部屋。朝の訓練を終えたクロとマシロは、ムラサキと共に3人で朝のティータイムを楽しんでいた。無用な飲食は避けるクロだが、茶の類は許容していた。朝食をとらない日でもお茶一杯くらいは飲む。ついでに今日の各自の予定を確認する。

 するとそのティータイムに来客があった。ノックに素早く反応したマシロが扉を開けて招き入れる。マシロのことだから、ノックの前に気付いていたのだろう。


「お寛ぎのところ失礼します。」


 来客はヴォルフだった。外見は60歳くらいでほとんど白髪だが、執事服を着こなし、背筋をピンと伸ばした姿勢が若く感じさせる。実年齢は100を超えるという話だが、この若々しさを見ると信じられない。

 クロが席を勧めると、ヴォルフは一言断って着席する。城内では基本、執事として振舞うヴォルフだが、クロ達の前では依頼主として話すことが多い。代わりというわけではないだろうが、マシロがクロの脇に立ち、メイド役になる。


「先日、持ち帰っていただいた情報を基に、今後の予定が決まりましたので、ご連絡に伺いました。」


 マシロが淹れた紅茶を受け取ってから、ヴォルフが話し始める。情報というのは、魔法を使う帝国兵の存在と、その帝国兵にクロ達の情報を持ち帰られた件だ。


「帝国に揺さぶりはかけられたのか?」

「まず、カイ連邦と東の諸国に情報を流しました。まだ返事も届いておりません。」


 この世界の情報伝達はまだまだ未発達だ。風属性の遠話魔法は存在するが、せいぜい数kmが限度。国家間の連絡に使える代物ではない。結局、伝書鳩のような方法になる。まあ、そこはファンタジーな世界、大陸を1日で横断するような鳥の魔獣がいるらしく、1日もあれば東大陸にも手紙が送れる。

 とはいえ、クロ達が情報を持ってきたのは3日前のことだ。最速で返事が来るなら昨日あたりに来てもおかしくないが、まだ反応はないようだ。


「それと私の手の者が帝国内に噂を広めています。まあ、帝国がどう反応するかは、しばらく様子見ですな。」

「公式に非難とかは?」

「それをやるには帝国の上層部と会談を開く必要がありますな。しかしそれは困難です。互いに暗殺のリスクが高い。まず無理でしょう。」


 聞けば、王国のネームドの多くは帝国に暗殺されたそうだ。一騎当千のネームド。正面から勝てないなら不意打ちで、ということだ。前線基地どころか、前線から離れた都市でもその暗殺は起きたらしい。会談となれば国王は必ず出席する。暗殺を警戒する王国が、易々と国王をその危険に晒すはずがない。

 帝国にしてみても、魔法を使えば素手でも人を殺せる連中とほいほい会うわけがない。仮に魔法を封じる技術があったとしても、王国側がそれを受け入れるはずがない。

 結局、誰もが会談など開こうとも思わない、ということになる。


「今日話すのは、あなた方の処遇についてです。」

「直接の非難がないなら、知られるまではまだ猶予があるか?」

「ええ。しかし少々予想と違う状態になっていまして。」

「どんな?」

「当初の予想では帝国軍が国内に周知、さらに敵対国にもぐりこんだ密偵を使い、迅速に噂を流してくると予想していました。」


 現在の帝国対フレアネス戦線の戦況はクロも聞いている。<地竜>の活躍により、徐々に戦線を押し上げているそうだ。情報伝達による時差を考慮すれば、わずか2日で膠着状態を好転させたことになる。

 つまりは、帝国不利の状態。帝国としては有益な情報は最速で利用してくるはずだ。


「帝国は無線機なる物を用い、時差なく遠方と連絡が取れる様です。それを用いれば、すぐにでも密偵が動き出すと思い、王都内はもちろん、各都市で兵士が巡回を強化していたのですが、まるで動きがないようなのです。」


 もちろんヴォルフ達は帝国の密偵がいる場所を把握したりはしていない。しかしある程度予想できるし、兵士の中には変装を見破るのが得意な鼻が利く者がたくさんいる。妙な噂を流そうとうろつく不審者がいれば、見つけられるはずだった。

 ところがそんな不審者はおらず、噂も流れていない。帝国が噂を流すなら、とっくに動いているべきなのに。


「密偵を張ってるのを気づかれた?」

「ないとは言い切れませんが、私は別の案を押します。帝国がこちらに密偵を潜ませているのと同様、私も子飼いを帝国に潜入させておりまして。」

「・・・へえ。」


 少し驚くが、すぐに納得した。この爺さんならやりかねない、と。


「どうも帝国国内でもそんな情報は出回っていないようなのです。こちらから確認したわけではありませんが、昨日届いた定期連絡に特記なし、とありました。優秀な彼らが、王国を揺さぶる情報を聞き逃すとも思えません。故に、少なくとも帝国軍による周知は行っていないと見るべきです。」

「軍の中だけに情報を留めて、市民には公表していないだけでは?」

「軍にもいますから。」

「ああ、そう・・・」


 まさかの優秀さである。いくら帝国兵の徴兵時の検査がずさんでも、獣人を見逃すようなことがあるのだろうか?ついでに別の懸念も生まれる。


「どんな奴なんだ?戦場で間違って斬ったら・・・」

「ああ、御心配なく。兵士ではありませんよ。整備士か雑用あたりに就いているはずです。情報秘匿のため、明言は控えさせてもらいますが。」

「それでも帝国が切羽詰まったら、駆り出されるんじゃないか?」

「五体満足でない者をわざわざ出しますか?」

「・・・なるほど。」


 初めから戦闘要員になりえない者を密偵に使っているようだ。障害がある者を基地の清掃員に雇う。それならありそうだ。雇用時の検査や身辺調査も兵士程は厳しくないだろう。


「そういうわけで、こちらまで例の情報が流れて来るにはまだ猶予があります。しかし、ここは先手を打つことにしました。」

「先手?」

「5日後までに国王が公表します。」

「「は?」」


 クロとムラサキがそろって声を上げ、マシロは声こそ上げないものの、驚いた表情をする。


「わざわざ?」

「いずれはばれることです。であれば、先に堂々と認めてしまった方がいい。追求されてからよりもずっといいでしょう。」

「それはそうだが・・・」

「確かに反発は大きいでしょうが、あなた方との共闘は王国にとって大きなメリットがあります。それを理解できない貴族はいないでしょう。」


 フレアネス王国は王政ではあるが、何もかも王の独断で決まるわけではない。国内にいる数十人の貴族のうち、過半数が反対すれば、王の決定を覆すことも可能だ。では共和制と何が違うかと言えば、逆に貴族が何か提案したとき、貴族の過半数がそれに同意しても、国王一人が反対すれば否決される。

 否決されやすく動きづらい形態のようだが、この国はこれで意外と繁栄している。今は戦争で疲弊気味だが。

 そんな政治的事情はあまり気にしないクロは別のところを気にする。


「共闘?国王が俺達を雇うんだろ?」

「そこが今日お話ししたい点です。まず公表するにあたり、あなた方をこの国の所属とするのは問題が大きくなります。」

「そうだな。」

「そこで、先日完成したあなた方の自宅とその周辺のクロ殿の土地を、クロ殿の自治区とし、一つの独立国として扱います。」

「・・・・・・」


 理解が追い付かずに呆然とする3人。一番に復帰したのはマシロだ。


「たった3人の国ですか?」

「正式な国家ではありません。単にどの国にも属さない土地、とするのです。」

「乗った。」


 一も二もなくクロは即答した。クロが欲しかったのはまさにそれだったからだ。人ならざる獣たちの楽園。人が干渉しない自然。クロはそれを作りたかった。どの国にも属さないなら、クロが土地を守る限り、誰の干渉もされない。王国下の私有地よりは権限も強くなる。


「おい、いいのか?クロ。いきなり一国の主なんて。」


 ムラサキが心配するが、クロは前言を撤回する気はない。


「そりゃあ、不安はあるが、千載一遇のチャンスだ。逃すわけにはいかん。・・・別に国同士の会議に出席しろとかはないんだろ?」

「先ほども言った通り、国家間の会談は双方の合意がなければ開けませんので、強制参加とかはないですよ。使者を送ることはありますが。」

「それくらいならいいや。」


 クロは会議が大嫌いだ。ただでさえ人嫌いなのに、その人と狭い空間で顔を突き合わせ続けるなど、ストレスが溜まって胃が痛くなる。魔族の体なら胃の損傷くらいすぐ直るが、精神的なものから来る幻痛はありそうな気がする。


「働いた、というか共闘の報酬と、アイビスの土地を俺が買い取る話は継続だよな?」

「ええ。フレアネス王国がクロ殿に金銭または土地を支払って共闘をお願いする形になるでしょう。」


 国家間の取引で土地を譲渡するのは不自然ではない。金銭もそうだ。その返答にクロは満足し、それを見たヴォルフも満足する。

 クロは決して多額の金銭を要求しないことはわかっている。金欲も物欲もないクロが、生活費以上を要求してくることはない。よって支払いはほぼ土地になる。

 そしてフレアネス王国にとってアイビス山脈周辺の土地は、魔獣が蔓延るせいで利用できない不良在庫のような土地だ。それを与えるだけで、戦争で千人力の働きをしてくれる。むしろ、魔獣がいつ出てくるかわからない危険地帯を管理してくれるというのだ。進んで譲渡したいくらいだ。そういうことで、王国にとってクロは実においしい取引相手だった。貴族達もそれを理解すれば、嫌々ながらも賛同するだろう。


「なら問題ないな。」

「いえ、注意点がございます。」


 満足して喜ぶクロに、ヴォルフが注意する。


「貴族は利を説けば納得しますが、国民はそうではありません。あなた方が町を訪れればトラブルが起きるでしょうし、最悪ご自宅への襲撃もあり得ます。我々も止めるように尽力しますが、止めきれない部分があるのはあらかじめご了承ください。」


 いかに正当性や理屈を説いても、感情はそうそう抑えられない。増してや集団の感情となればなおさらだ。この世界では100年前の魔族戦争の時から、魔族は悪と決められている。非難や攻撃を受けるのは免れないだろう。さらに魔族は法で守られていないのだ。攻撃されてもどこにも訴えられない。

 しかし3人に動揺はない。


「覚悟の上だ。むしろ今まで普通に生活できてた方が意外だったよ。」

「ええ。私は魔族になったときからマスターにそう聞かされていましたから。世界中から疎まれ、国には帰れない、と。そんな我々を一時でもここに置いてくださった国王に感謝します。」

「わかっちゃいたけど、やっぱ名残惜しいなあ。でもオレはそうなってもこっそり王都に遊びに来るからな!」


 法で守られないなら、自力で守る。3人ともその覚悟はできていた。そのための力はある。むしろここからが本番だ。安住の地を得るための世界との戦いが始まる。

 その覚悟を感じたヴォルフは微笑む。この者達なら大丈夫そうだ、と。


「では、あとは事務連絡ですね。今日、明日で皆さんのご自宅に家具を搬入します。明後日には引っ越してください。領土の線引きは明後日から行います。こちらが送る人員と共に境界線を引いてください。」

「了解。じゃあ俺は家具の搬入に同行して家のレイアウトでも決めるか。もう作業は始めてるのか?」

「9時からの予定です。・・・30分後ですね。王都の西門外でお待ちください。話は通しておきます。」

「わかった。よろしく頼む。」

「私はメイド達に連絡します。今日が最後の仕事になりますね。明日は私もそちらに同行します。」

「オレは残り2日、王都を満喫してくるさ。家の内装は任せた。」


 ヴォルフの説明を聞いて、3人それぞれ予定を決める。マシロはこの2か月で王城のメイド達と仲良くなっていた。正式なメイドではなかったが、一緒に働いた者たちに別れの挨拶をするのだろう。ムラサキはてっきり内装に口を出してくるかと思ったが、意外にもクロに丸投げして来た。


「いいのか?俺が適当に決めちまって。」

「ある程度は後でも変えられるだろ?任せるぜ。」


 なんとなく面倒だから遊びに行きたい雰囲気が漂っている。そして、それを見抜けないマシロではない。


「そうですか。ではムラサキの部屋はいりませんね。マスター、倉庫が一つ増えるようです。」

「おっ、そうか。じゃあ、金属素材を集めていろいろできそうだな。」

「おい!何言ってんだコラ!」

「「冗談です(だよ)。」」


 マシロとクロがムラサキをからかうのを微笑ましく見守りながら、ヴォルフは席を立つ。


「では失礼します。ああ、マシロさん、紅茶ごちそうさまでした。腕を上げましたね。」

「ありがとうございます。」


 ヴォルフは颯爽と部屋を出ていく。それを見送ったクロは早速出かける準備をする。

 ・・・さてどんな家になっているのか。楽しみだ。


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