337 化け狸の遊撃隊
銃声響く魔獣の森。場所はクロの家がある荒れ地の南方。
森の中を進軍する帝国軍の部隊が、化け狸達の遊撃隊と交戦していた。
「ゴーレムの相手は適当でいい!操っている本体の狸を探せ!」
帝国軍もまったくの無策でここに来たわけではない。過去にこの地で起きた戦いの情報をかき集め、クロの家の構成員の大まかな能力は周知されていた。
「いたぞ!木の上だ!」
「撃てっ!」
「うひゃあ!?」
1人の化け狸が、慌てて別の木に飛び移る。帝国兵に応戦していた自分のゴーレムを呼び戻し、合流する。
ゴーレムの胸に抱えられる形で、帝国兵に背を向けて走り出す。
ゴーレムの背に無数の弾丸が浴びせられ、じわじわと削られる。
「班長!悪い、見つかっちまった!」
逃げる狸は声を上げる。それをチームの伝達役が風魔法で捉え、班長に伝える。
「班長、キチジが補足された!」
「フォロー、急げ!」
「すまん、こっちは交戦中だ!」
「こっちも!」
6人1班で動く狸の遊撃隊。敵があまりに多いため、散開して帝国軍に応戦していたが、それでも手が足りなくなっている。
班長はすぐに決断した。
「これ以上は無理だ。退くぞ!」
「了解!総員撤退!」
「了解、退きます!」
「そうしたいが、振り切れるかな?」
1人が不安そうに零した通り、敵の数は多く、追撃されれば苦しい。
「どうすれば・・・」
「班長、親分が!」
「何?」
伝達役が伝える間もなく、班長の横を緑色の影が通過する。通り過ぎざまに叫ぶ。
「ルートは「と」の7を使え!追撃は一部、儂が引き受ける!」
「ちょっと、親分!?」
班長が引き留めようとするが、親分、ダンゾウは敵部隊に吶喊してしまった。
「ああ、もう!全員聞いたか?「と」の7だ!急げ!」
「「は、はい!」」
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「ゴーレムが逃げ始めたぞ!・・・本体も一緒だ!」
「追え!少しでも敵を減らせ!」
帝国軍からすれば、魔獣蔓延るこの土地で、ようやく接触できた敵だ。
銃火器が効かないゴーレムだけが現れ、一方的にこちらを殴り殺して来る。
それから必死に逃げながら本体の狸を探す、苦しい戦いだった。
それを、多大な犠牲を払いながら、ようやく追い詰めた。逃がすわけにはいかない。
帝国兵たちは隊列を組んで追跡しようとするが、林立する木々と生い茂る草がそれを阻む。
遠くから狙い撃つにしても、やはり木が邪魔だ。
「くっそ、あのゴーレム、大して速くないくせに!」
「平地なら・・・!」
化け狸が操るゴーレムは、鈍足ではないが、特別速いわけでもない。確かに平地であれば、普通の兵士でも全力で走れば追い付けるだろう。
だが、ここは草木生い茂る森だ。どうしても草に足を取られ、思うようには進めない。
そうして苛立ちながら、逃げるゴーレムを躍起になって追う帝国兵たちのもとへ、緑色の影が飛び込む。
初手は回転飛び込みからのかかと落とし。一番右端を走っていた帝国兵の頭が、ヘルメットごと割れる。
「がっ!?」
「な・・・敵襲!」
「横から!?こいつは、何だ!?」
事前情報では、化け狸達は、近接戦闘能力は弱く、ゴーレムを用いると聞いていた。
だが、この狸は、人間の子供程度の体格でありながら、一撃で兵士を1人屠ってみせた。
敵を蹴り砕いた緑色の狸は、着地と同時に目にも留まらぬ速さで走る。小柄な体を活かし、帝国兵たちの乱れた隊列の中に潜り込む。
「どこに行った!?」
「こっち、ぐはっ!?」
人が、宙に飛んだ。下から突き上げる小さな拳が、骨を砕き、内臓を潰し、自分の倍ほどもある人間を吹っ飛ばした。
そのまま、3人、4人と吹っ飛ばし、散々暴れた末に、緑の影は、草に紛れて走り去る。
「追撃しろ!二手に分かれるぞ!」
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一方、「と」の7と呼ばれるルートに逃げ込んだ班、6名。
ゴーレムの背を盾に、西へと逃げる。
森の木々がまばらになってきたところで、班長が控えめの声量で声をかける。
「皆、そろそろだ。ゴーレムに入れ。」
全員が、ゴーレムの胸に抱えられた状態から、ゴーレムの胸部に埋まっていく。そうして、目鼻だけを外に出した状態になった。
この形態は防御に優れるが、外の様子が観察しにくいため、あまり使われない。
だが、ここを通過するには必要な措置だ。
後方からは、散発的に銃を撃ちながら追って来る多数の帝国兵。ダンゾウのおかげで、だいぶ数は減っている。
しばらく走ると、後方の銃声に悲鳴が混じり始めた。そして、虎の咆哮も聞こえて来た。
・・・うまくいったようだな。
この逃走ルート「と」の7は、翼を持ち、飛行能力を有する虎、ウィングタイガーの縄張りを通るルートだ。
巨体故、森の木の密度が低い場所を好む。手足と翼を巧みに使って木々の間を飛び回り、大型の獣を獲るハンターである。
巨体の力に物を言わせた打撃、鋭い牙による噛みつき、風魔法による遠距離攻撃。シンプルながら、戦うとなかなか厄介な相手だ。
魔法も使えない、火力の高い武装も持って来ていない帝国兵では、荷が重い相手だ。
案の定、銃声がどんどん減っていく。
その間に、化け狸達は大きな音をたてぬように逃げる。仮に見つかったとしても、ウィングタイガーは、今の化け狸達を土の塊と認識し、獲物とは思わないだろう。
それでも、万が一がないように、慎重に。
こうして化け狸達は、魔獣の森を利用しながら、クロの家へと向かう帝国軍を削っていた。
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また、化け狸達の抵抗は、直接戦闘だけではない。
森の各地で、戦闘に加わらずに隠れている化け狸達がいる。闇魔法などによる隠形を得意とする者達だ。
彼らの役目は、敵の通信妨害。用いるのは、この森に棲むとある虫だ。
通信妨害担当の狸の1人が、ガラス製の虫かごを覗き見る。
その中には、数匹の黄色い蛍のような虫が飛び回っていた。1匹の大きさは1cm程度。一見無害そうに見えるこの虫が、帝国軍の通信網を破壊している。
この虫の名は、仮にスタンクラウド、と呼ばれている。ヒトの社会ではまだ知られていない魔虫だ。
彼らは普段、数百~数千匹の群れで行動する。それが黄色い靄のように見えるのだ。
その靄の動きはなんとも幻想的で、生物を引きつける魅力がある。
だが、それに誘われて靄に入ってしまうと、それはこの魔虫の思うつぼだ。
この魔虫は雷魔法を用い、群れの中に入った獲物を痺れさせ、行動不能にする。その間に、獲物の肉と魔力を食うのだ。
群れの数によっては、大型魔獣すら殺されかねない、危険な魔虫だ。
ところが、危険なのは群れを作っている時だけで、こうして少数に分断すると、大人しくなる。
単体で発することができる電気も微弱なもので、痺れたりはしない。
ただし、その代わり、彼らはこうして群れから分断されると、群れの仲間と電波による通信を行うようになる。
互いに電波を発し、合流を図るのだ。
ヒトの通信のような複雑な情報はやり取りできないので、単純に呼び合うだけだ。
だがそれでも、その電波は広範囲に広がり、合流できるまで発し続ける。
結果として、こうして籠に捕らえて分断したままにして、森の各地に配置すれば、それだけでこの森は電波塗れ。帝国軍の通信は大いに干渉を受け、使い物にならなくなる、というわけだ。
「本当に有効とは、流石領主様だねえ。」
これを考案したのは、他でもないクロだった。
クロはこの森の生物を研究しながら、来る帝国との戦いも想定していたのである。
こうして、南北から攻める帝国軍は、遅々として進まず、どんどん兵を浪費していった。
残るは、クロの家へと最短距離になる東側。ここには狸は配置されず、家へと直通になっている。
マシロが守る家へと。




