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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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337 化け狸の遊撃隊

 銃声響く魔獣の森。場所はクロの家がある荒れ地の南方。

 森の中を進軍する帝国軍の部隊が、化け狸達の遊撃隊と交戦していた。


「ゴーレムの相手は適当でいい!操っている本体の狸を探せ!」


 帝国軍もまったくの無策でここに来たわけではない。過去にこの地で起きた戦いの情報をかき集め、クロの家の構成員の大まかな能力は周知されていた。


「いたぞ!木の上だ!」

「撃てっ!」

「うひゃあ!?」


 1人の化け狸が、慌てて別の木に飛び移る。帝国兵に応戦していた自分のゴーレムを呼び戻し、合流する。

 ゴーレムの胸に抱えられる形で、帝国兵に背を向けて走り出す。

 ゴーレムの背に無数の弾丸が浴びせられ、じわじわと削られる。


「班長!悪い、見つかっちまった!」


 逃げる狸は声を上げる。それをチームの伝達役が風魔法で捉え、班長に伝える。


「班長、キチジが補足された!」

「フォロー、急げ!」

「すまん、こっちは交戦中だ!」

「こっちも!」


 6人1班で動く狸の遊撃隊。敵があまりに多いため、散開して帝国軍に応戦していたが、それでも手が足りなくなっている。

 班長はすぐに決断した。


「これ以上は無理だ。退くぞ!」

「了解!総員撤退!」

「了解、退きます!」

「そうしたいが、振り切れるかな?」


 1人が不安そうに零した通り、敵の数は多く、追撃されれば苦しい。


「どうすれば・・・」

「班長、親分が!」

「何?」


 伝達役が伝える間もなく、班長の横を緑色の影が通過する。通り過ぎざまに叫ぶ。


「ルートは「と」の7を使え!追撃は一部、儂が引き受ける!」

「ちょっと、親分!?」


 班長が引き留めようとするが、親分、ダンゾウは敵部隊に吶喊してしまった。


「ああ、もう!全員聞いたか?「と」の7だ!急げ!」

「「は、はい!」」


ーーーーーーーーーーーー


「ゴーレムが逃げ始めたぞ!・・・本体も一緒だ!」

「追え!少しでも敵を減らせ!」


 帝国軍からすれば、魔獣蔓延るこの土地で、ようやく接触できた敵だ。

 銃火器が効かないゴーレムだけが現れ、一方的にこちらを殴り殺して来る。

 それから必死に逃げながら本体の狸を探す、苦しい戦いだった。


 それを、多大な犠牲を払いながら、ようやく追い詰めた。逃がすわけにはいかない。


 帝国兵たちは隊列を組んで追跡しようとするが、林立する木々と生い茂る草がそれを阻む。

 遠くから狙い撃つにしても、やはり木が邪魔だ。


「くっそ、あのゴーレム、大して速くないくせに!」

「平地なら・・・!」


 化け狸が操るゴーレムは、鈍足ではないが、特別速いわけでもない。確かに平地であれば、普通の兵士でも全力で走れば追い付けるだろう。

 だが、ここは草木生い茂る森だ。どうしても草に足を取られ、思うようには進めない。


 そうして苛立ちながら、逃げるゴーレムを躍起になって追う帝国兵たちのもとへ、緑色の影が飛び込む。


 初手は回転飛び込みからのかかと落とし。一番右端を走っていた帝国兵の頭が、ヘルメットごと割れる。


「がっ!?」

「な・・・敵襲!」

「横から!?こいつは、何だ!?」


 事前情報では、化け狸達は、近接戦闘能力は弱く、ゴーレムを用いると聞いていた。

 だが、この狸は、人間の子供程度の体格でありながら、一撃で兵士を1人屠ってみせた。


 敵を蹴り砕いた緑色の狸は、着地と同時に目にも留まらぬ速さで走る。小柄な体を活かし、帝国兵たちの乱れた隊列の中に潜り込む。


「どこに行った!?」

「こっち、ぐはっ!?」


 人が、宙に飛んだ。下から突き上げる小さな拳が、骨を砕き、内臓を潰し、自分の倍ほどもある人間を吹っ飛ばした。

 そのまま、3人、4人と吹っ飛ばし、散々暴れた末に、緑の影は、草に紛れて走り去る。


「追撃しろ!二手に分かれるぞ!」


ーーーーーーーーーーーー


 一方、「と」の7と呼ばれるルートに逃げ込んだ班、6名。

 ゴーレムの背を盾に、西へと逃げる。


 森の木々がまばらになってきたところで、班長が控えめの声量で声をかける。


「皆、そろそろだ。ゴーレムに入れ。」


 全員が、ゴーレムの胸に抱えられた状態から、ゴーレムの胸部に埋まっていく。そうして、目鼻だけを外に出した状態になった。

 この形態は防御に優れるが、外の様子が観察しにくいため、あまり使われない。

 だが、ここを通過するには必要な措置だ。


 後方からは、散発的に銃を撃ちながら追って来る多数の帝国兵。ダンゾウのおかげで、だいぶ数は減っている。


 しばらく走ると、後方の銃声に悲鳴が混じり始めた。そして、虎の咆哮も聞こえて来た。


 ・・・うまくいったようだな。


 この逃走ルート「と」の7は、翼を持ち、飛行能力を有する虎、ウィングタイガーの縄張りを通るルートだ。

 巨体故、森の木の密度が低い場所を好む。手足と翼を巧みに使って木々の間を飛び回り、大型の獣を獲るハンターである。

 巨体の力に物を言わせた打撃、鋭い牙による噛みつき、風魔法による遠距離攻撃。シンプルながら、戦うとなかなか厄介な相手だ。

 魔法も使えない、火力の高い武装も持って来ていない帝国兵では、荷が重い相手だ。


 案の定、銃声がどんどん減っていく。

 その間に、化け狸達は大きな音をたてぬように逃げる。仮に見つかったとしても、ウィングタイガーは、今の化け狸達を土の塊と認識し、獲物とは思わないだろう。

 それでも、万が一がないように、慎重に。



 こうして化け狸達は、魔獣の森を利用しながら、クロの家へと向かう帝国軍を削っていた。


ーーーーーーーーーーーー


 また、化け狸達の抵抗は、直接戦闘だけではない。


 森の各地で、戦闘に加わらずに隠れている化け狸達がいる。闇魔法などによる隠形を得意とする者達だ。

 彼らの役目は、敵の通信妨害。用いるのは、この森に棲むとある虫だ。


 通信妨害担当の狸の1人が、ガラス製の虫かごを覗き見る。

 その中には、数匹の黄色い蛍のような虫が飛び回っていた。1匹の大きさは1cm程度。一見無害そうに見えるこの虫が、帝国軍の通信網を破壊している。


 この虫の名は、仮にスタンクラウド、と呼ばれている。ヒトの社会ではまだ知られていない魔虫だ。

 彼らは普段、数百~数千匹の群れで行動する。それが黄色い靄のように見えるのだ。

 その靄の動きはなんとも幻想的で、生物を引きつける魅力がある。


 だが、それに誘われて靄に入ってしまうと、それはこの魔虫の思うつぼだ。

 この魔虫は雷魔法を用い、群れの中に入った獲物を痺れさせ、行動不能にする。その間に、獲物の肉と魔力を食うのだ。

 群れの数によっては、大型魔獣すら殺されかねない、危険な魔虫だ。


 ところが、危険なのは群れを作っている時だけで、こうして少数に分断すると、大人しくなる。

 単体で発することができる電気も微弱なもので、痺れたりはしない。


 ただし、その代わり、彼らはこうして群れから分断されると、群れの仲間と電波による通信を行うようになる。

 互いに電波を発し、合流を図るのだ。

 ヒトの通信のような複雑な情報はやり取りできないので、単純に呼び合うだけだ。

 だがそれでも、その電波は広範囲に広がり、合流できるまで発し続ける。


 結果として、こうして籠に捕らえて分断したままにして、森の各地に配置すれば、それだけでこの森は電波塗れ。帝国軍の通信は大いに干渉を受け、使い物にならなくなる、というわけだ。


「本当に有効とは、流石領主様だねえ。」


 これを考案したのは、他でもないクロだった。

 クロはこの森の生物を研究しながら、来る帝国との戦いも想定していたのである。



 こうして、南北から攻める帝国軍は、遅々として進まず、どんどん兵を浪費していった。

 残るは、クロの家へと最短距離になる東側。ここには狸は配置されず、家へと直通になっている。

 マシロが守る家へと。


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