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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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335 戦況確認

 8月30日、北大陸中央部のとある町。北上するモリス、マサキ、テツヤの一行は、ここで休憩を兼ねて一時止まっていた。

 車一つで北大陸を縦断する強行軍の、束の間の休息である。もっとも、マサキとテツヤは、モリスに捕縛されていることになっているので、車内から出られないが。


 この休息は、主に運転しっぱなしのモリスのためのものだ。

 ただし、ただ休むだけではない。既に皇帝を裏切る気満々のモリスだが、皇都に堂々と入るためには、その時までは忠実な皇帝の犬を演じなければならない。

 皇帝の勅命で極秘任務をこなす傍ら、最前線の動向にも気を配る素振りを見せなければいけない。


 そういうわけで、この町に設置された帝国軍の通信設備のところまでモリスは来ていた。


「西の最前線とは、まだ連絡は途絶えたままか。」

「はい。<剣聖>と<雨竜>の活躍で、件の怨霊兵は徐々に数を減らしていますから、あと数日でつながるとは思いますが・・・」


 西側は、クロが配置した怨霊兵により、帝国軍の最前線と後続部隊とが大きく分断されてしまった。

 その溝は大きく、未だに最前線と連絡がつかない状況だ。

 最前線の後背を守る<雨竜>と、北から怨霊兵を薙ぎ倒しつつ南下する<剣聖>により、状況は改善しつつあるが、それでも怨霊兵の掃討までまだ時間がかかりそうだ。


 連絡が途絶えているとはいえ、それは完全にではなく、地上の無線連絡が通じないだけであって、空路、すなわち、古式の隼便などによる書面の交換はできている。

 最新情報ではないが、大まかな情報は届いていた。無線に依存している帝国軍には、伝書用の隼が乏しく、情報交換は少しずつしかできていないのが難点だが。

 ともあれ、当初の計画通り、フレアネス王都の占拠は成功。怨霊兵の対処も問題ない、との連絡が届いていた。


 もっとも、そんな連絡がなくとも、モリスは『ラプラス・システム』の遠視機能で、リアルタイムで把握しているのだが。

 クロの「闇」の影響で、演算による未来予測はできなくなったが、遠視機能は活きている。


「<鎌鼬かまいたち>が生きてれば、もっと速かったんだろうけど、仕方ないな。」

「ああ、彼女のことは残念でしたね。」


 <鎌鼬>ことカエデは、クロとの交戦の末、戦死した。

 ただ、無駄死にではなく、それがきっかけで、クロの怨霊兵の存在に帝国軍が気づくことができた。もしもその時点で気づかなければ、怨霊兵は北大陸まで侵食し、世界中が大混乱になっていただろう。


 モリスは通信兵と雑談しながら、戦況を頭の中で整理する。


 ・・・西側の怨霊兵は、落ち着きそうだな。西に残ってるのは、クロードとカイル。クロードはこのままいけば、<疾風>とぶつかるだろう。アイツの性格上間違いない。あとは予定通り進んでくれればいいが・・・予測がもう当てにならねえからなあ。


 必要な情報は確認した。帝国軍は、まだ自分の謀反に気付いていない。

 問題なし、と話を打ち切って辞去しようとすると、通信兵が呼び止めた。


「あの、軍師殿。私のような一兵卒が、出過ぎた真似なのでしょうが・・・」

「ん?」

「現在、西方の各拠点から、<赤鉄>の急襲を受けたとの連絡が相次いでいます・・・一瞬のうちに兵は殺され、物資が奪われている、と・・・その、対処は、どのようにされるおつもりなのでしょうか?」

「あー・・・・・・」


 モリスは視線を上げて、頭を掻いて誤魔化す。

 まずい話題になった。

 今はまだ、帝国軍には、頼れる軍師として認識していてもらいたい。

 だから、<赤鉄>の話題は避けたかったのだが・・・何しろ、正直に言ってしまえば、お手上げなのだ。


 <赤鉄>クロは、現在、北大陸の西半分を、舐めるようにジグザグと飛び回りつつ北上している。とんでもないスピードで、だ。

 その過程で、帝国の軍事拠点を襲撃し、兵士を殺し、武器を奪っているのも、遠視で形跡を見ればわかった。

 その移動速度、殲滅速度、どれをとっても反則級で、たとえ『ラプラス・システム』の予測がなくても、何をやっても勝率ゼロと明らかにわかる相手だ。

 せめてクロの目的がわかれば、対処も思いつこうものだが、モリスには見当もつかない。


 なにやらクロを追い回す強大な存在が見えるので、正体はわからないが、それが何とかしてくれないかな、と思っている程度だ。


 とはいえ、ここでこの兵士に、正直に「お手上げです」というわけにもいかない。

 何か手はないか。勝ち目はなくても、如何にも妥当と兵士達に思わせる策をでっち上げなければ。

 平気な顔の下で、必死に頭を回転させたモリスは、1つ適任者を思い出した。


「そうだな。そろそろ頃合いか。せっかくだ、君から連絡を出してほしいんだけど。」


 さも、「前から考えていた策を今実行する」風に言いつつ、通信兵に指示を出す。


「はっ!」

「前に皇都で運用した傭兵団、「RTB」ってのがいる。そいつらに<赤鉄>の迎撃を依頼してくれ。ガラヴァーを襲った手練れの賊を見事撃退した有能な奴らだ。対魔法使いでは我々よりも適任だろう。報酬は彼らの言い値でいい。」

「承知しました!すぐに!」


 以前、テツヤが所属していた革命組織<夜明け>が帝国の中枢ガラヴァーを強襲した際、<夜明け>随一の戦闘部隊を迎撃し、仕留めた傭兵団「RTB」。魔獣狩りを生業とする彼らは、確かに魔法使いとの戦闘は帝国軍よりも遥かに適任だ。


 ・・・でもまあ、勝てるわけないけどな。


 確かに「RTB」は手練れの集団だが、魔法も使わないただの人間だ。神殺しレベルに達した怪物クロに敵うわけもない。

 つまりは捨て石。足止めになって、クロを追い回す何者かが追い付く機会を与えられれば御の字。そういう策だ。


 通信兵がモリスの指示を伝達に向かったのを見送って、モリスは車に戻る。


 ・・・さて、あと1週間くらいで皇都に着けるかな。


 休憩はこれで終わり。モリス達はまた北を目指す。


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