331 無敗の王者
フレアネス王都が壊滅したその日、遥か東のネオ・ローマン魔法王国で異変が起きていた。
その中心にいた青い長髪の男が、王国の中枢である王城の長い廊下をのしのしと歩きながら、隣を歩く白い髪の女性の報告を聞いていた。
「炎の神子は死んだのだな?」
「まだ次代の選出通知が来ていませんが、確実でしょう。」
「それは重畳。懸念材料が1つ減った。・・・個人的には一当てしてみたかったがな。」
「それであなたに何かあっては困ります。これが最良の結果ですよ。」
「そうだな。今回はイネインの采配が功を奏したというところか。」
青髪の大男は、水の神竜レーヴナスチ。その人間体である。並んで歩く白髪の女性は、光の神竜フィエルテであった。
フィエルテは自在に空間を移動する能力で、各戦場の状況を把握しているのだ。
「<赤鉄>の方はどうだ?あれが最大の懸念事項だろう。」
「現在追跡中のようです。発見はしましたが、抵抗が激しく追い付けないとのこと。」
「あの3人で捉えきれんか。」
「しかし心配は無用でしょう。イーラの炎で奴の魔力を破壊できることが確認できています。追い付きさえすれば、勝利は揺るがない。」
「・・・そうだな。」
レーヴナスチは小さな不安が頭をよぎったが、それは口に出さなかった。
フィエルテは冷静で思慮深いように見えるが、己の考えに固執する傾向がある。根拠もなく彼女の意見に異を唱えるのは、彼女の怒りを買う。
怒ったくらいで手を出す輩でないことはわかっているが、レーヴナスチは面倒が嫌いだった。
「では、こちらはお任せしますよ。順調なようですしね。」
「ああ、こちらは問題ない。引き続き監視を頼む。」
「ええ、それでは。」
フィエルテが自身の正面に手をかざすと、光のゲートが現れる。彼女がそこに入ると、フィエルテの姿は光と共に消えた。
それを一瞥する事も無く、レーヴナスチは廊下を歩く。
このネオ・ローマン魔法王国の王城に、レーヴナスチは単身、正面から入って来た。
そして、ここに至るまでの道のりは、この王城に詰めていた兵士達の死体と血に塗れていた。
伝統ある魔法王国の、手練れの兵士達が、たった1人に蹂躙されているのだ。
レーヴナスチが向かう先の大きな扉の前に、衛兵が2人。魔力を見れば、この王国屈指の実力者だとわかる。
「オオッ!!」
「『サンダー・・・」
1人が高速で突進、もう1人が雷魔法を使用しようとした。
連携の取れた、良い動きではあった。
だが、相手が悪い。
突進した衛兵の剣は、片手でいなされ、カウンター気味にレーヴナスチの拳が衛兵の胸部に突き刺さる。木魔法で鉄の如く強化されたはずの肉体が、容易く貫かれ、肋骨が折れ、心臓が破れた。
同時にレーヴナスチの操る水が、流動的に高速で動き、雷魔法を詠唱中だった衛兵の頭と足を捉える。
水で口を塞がれ、詠唱は中断。さらに足を取られて転倒。
起き上がる頃には、先に突進した衛兵の死体を投げ捨てたレーヴナスチが彼を見下ろす構図だ。
瓦割のような下段突きの一閃で、衛兵の肉体は砕け散った。
レーヴナスチが返り血を拭いながら大扉を開けると、その先は玉座の間。国王が謁見に用いる部屋だ。
「逃げずにここで待ち構えるとは、さすがは誇りあるローマン王ということか。」
「その通り。ローマンは最強の魔術師であらねばならぬ。逃げる等もってのほか。」
玉座に座る壮年の男は、王にふさわしい豪勢な身なりをしていた。だが、その下に鍛え上げられた肉体があることを、一見してレーヴナスチは見抜いた。
王を守るように、数名の騎士が立ちはだかる。
「何故ローマンが魔術師にて最強か、その身で知るがいい闖入者!」
「面白い!」
レーヴナスチが素早く王に接近しようとすると、騎士達が一斉に詠唱する。
「『グラス・スカルプチュア』!」
素早い詠唱と共に、床から透明な壁がせり上がる。強靭なガラスで出来た防壁だ。騎士達を含め、王を守るように聳え立つ。
レーヴナスチはその壁に拳を叩きこむが、わずかにヒビが入るだけで、破壊はできなかった。同時に操作していた水流も弾かれる。
そして、わずかに入ったヒビも、すぐさま修復された。
「<セイブ・ザ・キング>は一人ではない!」
「当主は不在なれど、王には指一本触れさせん!」
「スフェールの誇りにかけて!」
ここで王を守る騎士達は、スフェール家の者達だった。
当主クリスは北の前線にいるが、それ以外はここで王を守っているのだ。
レーヴナスチは今一度拳で壁を突くが、やはり破壊できない。
「なるほど。伊達ではないか。むっ!」
「『ライト・ストリーム』」
王が光魔法を放つ。照射された光は透明の壁を透過し、レーヴナスチに命中する。
圧倒的な光熱がレーヴナスチを焼く。竜鱗に守られた彼の肉体はこの程度で滅びはしないが、人間であれば丸焦げだろう。
「これぞ我らの必勝陣形!破れると思うな!」
「大したものだが、種がわかれば・・・」
光魔法攻撃は、基本的に溜めが必要な攻撃だ。来るとわかっていれば、初動で見切ることができる。
故に、次は当たらない。そう思ったレーヴナスチだったが、ローマン王は1枚上を行く。
「展開せよ。」
「「「はっ!!」」」
王の指示に従い、騎士達が魔力を蠢かせる。
すると、防壁の一部が剥離し、無数のガラス片となって空間に散った。
「『レーザー』」
王の光魔法攻撃の詠唱。溜めが長い。回避は容易かと思われたが・・・
発動した瞬間、現れたのは数十条もの光線。それが防壁を透過し、空間に散布された無数のガラス片で屈折して軌道を変え、全方位からレーヴナスチを襲った。
「ぐっ!?」
その1本が、レーヴナスチの目に命中する。ここばかりは鱗で守れない。奥まで焼かれ、ダメージは脳に達した。
レーヴナスチは膝をつき、動きを止める。
「やったか?」
「いや、焦るな。追撃の準備を。」
王の指示で、今度は防壁から大きな破片が削り出される。それは槍のように成形され、ドリルのように回転してレーヴナスチに襲い掛かった。
しかし、命中の寸前で、水の塊がガラスの槍の横っ腹を叩き、軌道をわずかに逸らした。
ガラスの槍はレーヴナスチの肩を抉ったが、致命傷を与えられなかった。
レーヴナスチがゆっくりと立ち上がる。
「分体とはいえ、これほどのダメージを負うのは久々だ。無敗のローマン王と<セイブ・ザ・キング>の力、堪能させてもらった。」
「まだ動くか!」
「とどめを刺す!」
王が光魔法の準備をはじめ、騎士達が操るガラスの槍が数本形成されていく。
先程の威力を考慮すれば、これらをまともに受ければ、いかにレーヴナスチが魔族でも無事では済むまい。
「その力に敬意を表し、俺の全力を見せてやる!」
レーヴナスチは、足で床を強く踏んだ。その直後、地震のような揺れが城全体を襲う。
「何だ!?」
「うろたえるな!奴だ!奴を仕留めよ!」
王が指示を出しつつ、再度多数の『レーザー』を放つ。それをレーヴナスチは、両腕で顔を覆い、ガードした。竜鱗で受ければ大したダメージではない。
追撃のガラスの槍が、まさに発射されようとした時、床が砕け、水が溢れ出した。
「馬鹿な!?」
「この城が、こんな容易く・・・」
「ああ、頑丈な城だったよ、まったく。」
この城は、スフェール家の魔力によって強化されており、破壊は不可能と言われている。
実際、どんな力自慢でも、たとえ隕石が降って来ても、破壊できないだろう。
だが、この水は、その城を盛大に破壊している。いや、正しくは、分解している。
「我が固有魔法、万物溶解『ハラーハラ』に溶かせぬものなし。お前達の腕前は大したものだったが、所詮はヒト。ここが限界だ。」
「なんだ、この、水は・・・!?」
「あ、熱い!」
「ごほっ、か、身体が・・・」
高温高圧の水に浸った王と騎士達は、みるみるうちに装備も体も水に溶けていく。
彼らだけではない。破壊された城の破片も、内装も、他の部屋にいた人々まで、すべてが水に溶けていく。
熱湯に身を焼かれ、分解されていく痛みにのたうち回る人々。阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
数十秒の後には、水浸しの廃墟が残るのみだった。
熱が冷め、溶解機能を水が失うまでに溶け残った塊だけが残っている。
「長く続いたローマン家もこれで終わりだ。あっけないものだな。」
王城にいた者は全て、この水に溶けてしまった。
300年以上続いた歴史ある王家は、たった1日にして滅んだのだった。




