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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
408/457

M34 勝つ算段

 8月28日。帝国領内某所。

 町へ入ろうとする車両を確認する検問所で、1つの車両が止められる。


「身分証と目的を。」

「はいよ。」


 運転手の男は、手続きの内容を既に把握しているようで、まず身分証を素早く提示した。


「モリス・アージ?まさか・・・」


 検問の兵士が驚きの声を上げようとしたところで、運転手の男、モリスが人差し指を口に当て、静かにするように兵士に伝える。

 兵士はそれを見て、声を上げるのを口を閉じてこらえた。

 そして、声を小さくして問う。


「まさか、軍師殿?なぜここへ?」


 名もなき小さな町の一兵士である彼にとって、帝国の重鎮である軍師は雲の上の存在。まさか直接会うことがあるなど、夢にも思っていなかった。


「極秘任務の最中だ。あんまり言って回るなよ。どこから敵に伝わるかわからん。」

「もちろんです。」


 ガチガチに緊張しつつも、兵士は生真面目に頷いた。

 そこで、一旦モリスは声を大きくして、周囲の他の兵士にも聞こえる声で言う。


「目的はこれです。ざっと目を通していただければ。上司への報告書に使うんで、返してくださいね。」

「上司・・・」


 兵士は息を呑んだ。軍師の上司と言えば、皇帝陛下に決まっている。

 帝国の真っ当な国民からすれば、皇帝は神のごとき存在だ。それに渡す報告書を手に取るなど、恐れ多くて手が震えそうだが、軍師は極秘任務中だという。できるだけ自然に応対しなければ、と震える手を精一杯動かして報告書を受け取る。


「わかり・・・わかった。確認する。」


 報告書には、<勇者>を罠に嵌めることに成功したものの、仕留めるには至らず。とどめを刺そうにも、<勇者>の能力に阻まれ不可能。止む無く、瀕死の<勇者>を拘束して、このまま皇帝のもとへ連れて行く、という旨が書かれていた。

 ついでに、皇帝が捜索を依頼していた<サカガミ>も同時に連行することも書いてある。


 兵士は車内を覗き込む。車の窓は加工してあって、閉じている間は中が見えない。今は運転席の窓が開いているから、この兵士からだけ車内が見えるのだ。

 助手席には手足を錠で拘束された金髪の若い男が座っている。後部座席には、全身包帯で撒かれた人間が、その上からさらに拘束されて寝かされている。


 ・・・助手席のが例の<サカガミ>で、後ろのが<勇者>か。


 兵士はたまらず、小声で質問を挟む。


「拘束が甘くありませんか?2人とも手練れの魔法使いと聞いていますが。」


 モリスは兵士の問いに笑って答える。まず助手席のテツヤを指差した。


「こいつは武装がなきゃ大したことないよ。で、後ろのは、やっこさんの能力のせいで、あまりキツイ拘束はできないんだ。攻撃とみなされると弾かれるんだよ。」

「なるほど・・・」

「ほら、あまり長く止めてると、不審に思われるぜ。」

「申し訳ありません。・・・問題ない、通せ!」


 兵士が声量を戻して他の兵士に合図すると、モリスの車はすぐに町へと入って行った。

 応対した兵士は、それを見送りつつ、思う。


 ・・・本当は、なんでわざわざ皇帝陛下のところまで<勇者>を連れて行くのか聞きたかったけど・・・いや、深入りは危険か。


 きっと自分では与り知らぬ事情があるのだ。賢明な兵士はそう判断して、それ以上考えないようにした。


ーーーーーーーーーーーー


 モリスはその町で給油と食料等の買い足しを行った後、宿泊もせずに町を出た。

 そのまま北へ進み、適当な道の脇に車を止めた。

 そして、買って来た食料をテツヤとマサキに渡す。


「ほれ、今日の晩飯だ。食っとけ。」

「せっかく町に入ったのに、宿に泊まれねえってのは残念だな。」

「テツヤ、さっきモリスさんも言ってたじゃないか。どこに目があるかわからない。僕らは拘束されてることになってるんだから、贅沢は言えないよ。」

「わかってるけどよお。せめて手錠くらい外してくれねえか?食べにくくて仕方ない。」

「構わんが、手錠外した状態で窓開けんなよ?」

「わかってるって。」


 モリスはあっさりテツヤの手錠を外してやる。


「じゃあ、僕も起きていいですか?」

「ああ。窓閉めてる間はな。あとで包帯巻き直すぞ。」

「はい。」


 包帯で全身を巻かれていたマサキは、その一部を外して顔を出した。特に怪我をしている様子はない。

 マサキが食べ始めたのを確認したモリスは、自身も食べ始めた。



 食べ終わり、モリスが一服しているところで、マサキが尋ねる。


「モリスさん。計画の概要はあの小屋で聞きましたが、本当にこれで僕は皇帝の元まで辿り着けるんですか?」


 マサキは一昨日、テツヤを救出するべく帝国軍の陣内に押し入り、モリスと対峙した。

 そこでモリスから、「一緒に皇帝を倒さないか?」と誘われたのだ。


 モリスは、皇帝からテツヤを連れてくるように命を受けている。

 そのついでにマサキを連れて行き、テツヤを皇帝に差し出すふりをしてガラヴァーに入り強襲する。もちろん、密かにテツヤの武装を持ち込み、テツヤも共闘する予定だ。


「俺は帝国国内で結構な地位にいる。帝都までは余裕だろう。帝都内でも、皇帝の命令書があれば、基本的に問題なく通れる。」

「そこに僕が連行される理由は大丈夫でしょうか?」


 先程、町の兵士に見せた報告書の内容は、マサキも読んだ。しかし、皇帝のもとへマサキを連れて行く理由が弱い気がした。


「問題ねえ。お前さんにとどめを刺せないのは事実だし、とどめを刺せる可能性があるのは皇帝だけ、ってのは、皇帝とその周囲の連中ならわかる話だ。連れて行く分には大丈夫だ。・・・というか、とどめどころか、俺じゃあ傷つけるのも無理だけどな。」


 モリスは不意に石の破片を取り出した。冷鉄の破片だ。

 それをマサキに素早く投げつける。

 だが、それは容易く『光の盾』に弾かれた。


「こんなもんだよ。冷鉄は確かに魔力を奪って魔法を無効化するが・・・それだって出力で負けてりゃ、奪うことはできねえ。魔石の出力は、それに特化することで強力な出力を発揮するが、神の御業に勝るほどじゃない。」

「とんだ詐欺師だな、おっさん。」


 テツヤが呆れた仕草をする。

 対してマサキは深刻な顔でモリスを見る。


「モリスさん。その話が本当なら・・・皇帝は僕の『光の盾』を破る術を持つ、ということですか?」

「・・・・・・」


 モリスは煙を一息吐き出してから、答える。


「その可能性は、<赤鉄>が見せただろう。いくら神の御業でも、それを超える可能性がないわけじゃない。かの皇帝が、<赤鉄>のように力づくであんたの『盾』をぶち抜く力を持っている可能性は、十分ある。」

「それは、おっさんの未来予測で見たのか?」


 モリスは、この計画にテツヤとマサキを引き込むにあたり、未来予測魔法『ラプラス・システム』の存在を明かしている。


「そうだ。<勇者>君と皇帝がサシで勝負した場合、勝率は3:7で皇帝有利。テツヤが加わって五分かな。」

「そんな勝率で大丈夫なの?」


 不安げにマサキが問うと、モリスはお手上げ、というジェスチャーをした。


「あのバケモンに五分まで迫れれば、良い方なのさ。他に勝ちの目があるルートが見えなくてね。」

「僕とテツヤだけ・・・他に戦力はないのかな。」

「ねえな。皇帝の洗脳魔法はテツヤから聞いてるだろ?半端な奴を連れて行っても逆効果だ。だからこそ、王国側には、お前さんを死んだように見せておいたんだしな。」

「そう・・・だね。」


 マサキは、例えばヴェスタを連れて行って、そのヴェスタが洗脳されて自分を攻撃する様を想像した。

 ダメージを負うことはなくても、マサキの精神的ダメージは大きそうだ。確かに連れて行くことはできない。

 その点、モリスが自分の死を偽装してくれたのは助かった。もし生きて皇帝のもとへ決戦に向かっていると知られれば、ヴェスタは無理を押してついて来ただろう。


 一方、テツヤは、モリスに疑いの目を向ける。


「なあ、おっさん。俺はまだあんたを信用しきれてない。」

「おや、そうなのか?お前には結構時間をかけて説明したと思ったんだが。」

「おっさんは胡散臭すぎるんだよ。実はこの計画もブラフで、俺達をまんまと皇帝の餌食にしようとか企んでるんじゃないか?」

「ん~、なるほど。」


 またモリスは一息、煙を吐く。


「確かにその可能性もあるように見えるだろうな。でも、もしそうだったとして、お前らに不都合があるか?」

「どういうことだよ?」

「仮にそうだったとしても、お前らは皇帝のもとに辿り着けることに変わりない。戦うことに変わりないなら、問題ないだろう?罠に嵌めたつもりの俺の目の前で皇帝を倒して見せて、俺の鼻を明かしてやればいい。違うか?」

「むう。だが、俺の「アダマンプレート」を隠すとか・・・」

「お前の武装ならトランクだ。ガラヴァーには車ごと入る。問題あるか?」


 言われてトランクの方に魔力視をすれば、確かにあった。


「わかった。どっちでもいいよ。」

「それでいい。ほれ、手錠かけ直すぞ。」

「もうかよ。しょうがねえな。」


 モリスがテツヤに手錠をかけ直している間に、マサキが問う。


「モリスさん。あなたはなんで皇帝を倒そうとする?」

「ん?今言った通り、俺が敵でも味方でも関係ないだろう。それを確認する意味があるのか?」

「敵でも味方でも、聞いておきたい。」

「ふうん。」


 手錠をかけ直し、モリスはマサキに向き直る。座席の隙間を縫って、後部座席に移動した。そして、包帯の準備を始める。


「俺はさ、勝つ方にいたいんだよ。死にたくないからな。だから、転生した時、優勢だった帝国についた。それなりに裕福な生活もしたいから、前世の知識ともってる魔法で、帝国の利益になるように動いた。で、どうせだから、帝国が勝った後の世界も豊かになればいいと思ってる。」

「それは、うん。正しいと思う。」


 前半はともかく、後半はマサキも納得できる話だ。自分がいる国を助け、そしてより良い国になってほしい。


「そんで頑張ってたら、皇帝陛下の覚えが良くなった。まあ、活躍した分、政治的なしがらみも増えてたし、デカい後ろ盾がもらえるなら、悪くないと思った。そんで、皇帝の考えとか聞く機会が増えたわけなんだが・・・」

「なんかあったのか?」

「明確に何かあったわけじゃない。ただ、あの皇帝、どうも戦勝後のことを考えてないって感じなんだよな。頭が悪いとかじゃなく、どうせ全部台無しになるから、意味がないって感じで。」

「破滅思想の持ち主だと?」

「わからん。ただ、世界統一のためのこの戦争も、公に言ってるような世界平和が目的じゃないんだろうな、ってのは察することができちまった。だとしたら、唯々諾々と従ってられないだろ?」

「そうだな。」


 即答で同意したのはテツヤだ。反骨精神旺盛なテツヤは、戦う理由さえあれば、敵が強大なほど、立ち向かわずにはいられない。

 マサキはまだ考えている様子だ。


「他にも色々と理由はあるが・・・まあ、さっきも言った通り、お前らにとって重要な話じゃない。ほれ、包帯巻くぞ。」

「あ、はい。」


 モリスがマサキの顔に包帯を巻いて行く。


「そういや、おっさん。締め切った車内で煙草吸い過ぎだ。こっちは喫煙者じゃねーんだよ。」

「わかってるって。だから窓開けるために包帯巻き直してるんだろ。」

「げほっ、まったく。マサキはきつくないか?」

「・・・僕は『盾』のおかげで、あんまり臭わないから。」

「あ、ずりぃ!」


 そんな若い2人の会話を聞いて、愛煙家のモリスは心の中で嘆いた。


 ・・・毒ガス判定なのか、煙草。いや、まあ、そうなんだけど、ちょっと悲しい。


 『光の盾』が弾くということは、毒と判断されたという意味だ。

 確かに前世の医学で有害性は示されていたが、こちらに転生してからもその悪評を受けることになるとは。

 モリスは1人、心の中で悲しんだ。


年末年始の投稿はお休みします。次は1/4(月)の予定です。

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