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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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M33 行方不明の勇者

 テツヤの救出に向かったマサキが大爆発により生死不明となった翌朝、8月27日。

 ヘカトンケイルの谷には、続々とイーストランド王国軍が入り込んでいた。


 大爆発と同時に、示し合わせたように、いや、実際にそう予定していたのだろう、帝国軍は撤退を始めた。

 それに応じて谷に入ってみれば、監視の情報から類推していた帝国軍の規模は、実際には想定の数分の1であった。

 谷に未だ十分な兵力が詰めていると警戒していた王国軍は、まんまと軍師の偽装に騙されていたのだった。


 帝国軍はとっくの昔に東の戦線を捨て、西に注力していた。

 東にまだ兵力を置いているとイーストランドに思わせていたのは、イーストランド王国軍をここに釘づけにしておくため、そして、<勇者>マサキを罠に嵌めるためだった。


 谷に入った王国軍は、すぐに谷一帯を占領した。残った敵がいないか、ブービートラップがないか、クリアリングしていく。

 そして同時に、最も心配されていたマサキの行方も捜索された。


 大爆発の爆心地となった小屋の跡地に、魔法の専門家達が集まる。


「これは、確かに冷鉄だ。」

「すごい量だぞ。世界中から集めたのか?」


 爆発によって飛散した小屋の破片には、無数の冷鉄の破片が混ざっていた。

 冷鉄は見た目は鉄鉱石と変わりないが、触れば冷たく感じるのですぐにわかる。これは、冷鉄が触れた者の魔力を奪っているためで、実際に冷たいのではなく、魔力が急に減少したことを肉体が「熱を奪われた」と勘違いしてそう感じるだけのものだ。


 冷鉄は希少な鉱物であり、今回ここで回収された量は、この世界の総産出量の数年分にもなった。

 こんなものを用意するには、国家予算級の費用が必要になる。つまりは、こんな量の冷鉄がひとところに集まること自体、発想の外だ。


「しかし、こんなに冷鉄が散乱していては、何の痕跡も期待できないぞ。」

「せめて体の一部でも見つかれば・・・」

「馬鹿!そんなこと、ここで言うなよ!」


 調査員がもう1人の失言を咎める。2人の視線の先には、マサキの捜索隊に加わっているヴェスタの姿があった。

 ヴェスタはマサキの側室である。つまり、今の失言は、彼女の夫の遺体の話を彼女の前でした、ということだ。


 だが、ヴェスタはその会話を聞きながらも、調査員達には目もくれず、冷たい目で地面を見回していた。


 ・・・無神経な奴らだ。まあ、アタイは別にいいんだけどよ。


 ヴェスタは自分でも驚くほど冷静だった。

 戦場慣れしているヴェスタにとって、親しい仲間を失うのは慣れたものだ。悲しくはあるが、割り切れる。

 実際、先日もシンを失ったばかりだ。

 それでも、愛する夫が安否不明となれば、もうちょっと自分も動揺するんじゃないか、と思っていたが、そうでもなかったようだ。


 ・・・なんでアタイはこんな落ち着いてんだろうな。マサキが死んだかもしれないってのに。実はそんなに愛してなかった?・・・いや、それだけはねえな。


 そんなことをぼんやり考えながら、散らばった冷鉄を回収しつつ、爆発の跡を眺めて回る。



 しばらくそうして作業に没頭していると、ヴェスタは声をかけられて我に返った。


「ヴェスタさん。大丈夫ですか?」

「ん?あ、ああ。」


 調査員の1人だ。


「どうした?」

「いや、あなたがどうしたんですか?冷鉄の回収は終わりましたよ。」

「え?そ、そうか?」


 顔を上げて見渡せば、冷鉄による魔力感知の異常もなくなり、回収が終わったことを示していた。

 いったい何時間、作業に没頭していたのだろう。ヴェスタには思い出せなかった。


「作業が終わっても、地面を睨んで歩き回ってたんで、心配になったんですよ。お疲れでしょう?休まれるべきでは?」


 ・・・ああ、傍から見てもそうなのか。疲れてんのか、アタイ。


 そう思って、彼の言う通り休もうかと考えたところで、はたと気がつく。


「・・・ちょっと待て。お前、今なんて言った?」


 ヴェスタに問われ、調査員が半歩下がる。ヴェスタのあまりの気迫に、非戦闘員の彼は慄いた。


「え?その・・・休まれては、と・・・」

「そっちじゃねえ!アタイが地面を睨んでたって?」

「は、はい。それで、お疲れなのかと。」


 ヴェスタは自分の無意識の行動に、何かを感じ取った。


 ・・・地面を見てた?アタイは何故地面を?何か感じてたんじゃないのか?


 必死に思い出そうとする。しかし、積み重なった疲労による頭痛がそれを阻む。


 ・・・ああ、もう!もうちょっとでピンと来そうなんだよ!あと少し!少しでいいから働け!アタイの頭!


 目頭を押さえ、こめかみをぐりぐりと押して、無理やりにでも脳を働かせる。


「あ、あの・・・」


 様子がおかしいヴェスタを心配して、調査員が声をかけようとした瞬間、バッとヴェスタが顔を上げた。

 何かを思いついた顔だった。


 そして、ぐりんと首を回して調査員を睨む。


「ひっ!?」

「おい、お前。アタイは疲れたから休みたい。寝れる場所があるか、確認して来てくれるか?あ、あと飯も用意も頼む。」

「え?は、はいっ!」


 本来、調査員である彼の仕事ではないのだが、ヴェスタの剣幕に押され、彼は承諾して走り去った。



 調査員が去り、周囲に誰もいなくなったことを確認したヴェスタは、懐からケースを取り出し、開いてその中身を出した。

 中身は眼鏡だ。ヴェスタが開発した、魔力の残滓を追うための、魔力感知の感度を上げる魔具。

 それで地面を睨む。


 ・・・やはり、冷鉄の影響で地表面には魔力がほとんどねえ。ここを見ても痕跡はゼロ。だが、だからこそもっと奥が見える。


 魔力がなくなった地面は、通常よりも魔力感知による透視が容易くなっていた。

 ヴェスタの魔法出力にこの眼鏡を合わせれば、かなり地下深くまで見ることができる。


 ・・・どこだ?自分の直感を信じろ!あるはずだ!


 必死に地中を睨み、マサキの痕跡を探す。

 無意識に地面を見ていた自分は、きっと爆発から逃れるために、マサキが地中に潜った可能性を考えていたに違いない。ヴェスタはそう思った。

 地中深くまで魔力視を進めると、地中に潜む小動物や虫まで見えて来る。

 眼鏡の効果で、微弱な魔力まで感知できてしまう。


 膨大な情報量で、頭痛がひどくなった。脳にひびが入ったのではないか、というような痛みが走る。


 ・・・くっそ!まだだ!ここで諦められるかよ!アタイはいいんだ。割り切れるさ。だが、スーはどうなる?旦那が戦死だなんて、かわいそうじゃねえかよ!


 ヴェスタにとって、マサキの正室スーは、マサキを奪い合うライバルでもあり、同じ男を愛する友でもある。

 戦争のたびに戦場に出るヴェスタは、スーと共にいた時間はさほど長くないが、それでももう仲良くなっていた。

 悲しませたくない。そう思うくらいには。


 同時に、自分の感情をできるだけ殺す。自分はマサキがどうなっていても割り切れる。そう言い聞かせる。

 この調査に、私情が入ってはいけない。客観的に、自分の願望を排して、そうして調査した結果でなければ意味がない。



 そして、ついに痕跡を見つける。


 ・・・あった!間違いない!


 見つけたのは、地下深くに残った、人間の魔力の残滓。土属性の見知らぬ魔力が大きいが、それに紛れるように、見知った魔力が2つ。


 ・・・土属性の魔力。こいつが穴を掘って、小屋から脱出した。他の2つの魔力は、弱いが確かにマサキとテツヤだ!誰かが穴を掘って進むのに、2人はついて行った?それとも連れて行かれた?


 魔力の残滓が微量なところからすると、2人は特に魔法を行使していない。抵抗することなくついて行ったと見るべきだ。あるいは、気絶した状態で連行された可能性もあるが・・・それは現時点で判別つかない。

 だが、その残滓はまっすぐに遠方へと進んでいた。


 ・・・これを追えば・・・いや。


 ヴェスタはそこで、頭を片手で押さえながら膝をつく。

 限界だ。

 西方での激戦、その最後に毒ガスを受け、その後一晩休んだとはいえ、十数日も飛び続けた。

 その疲労は、一朝一夕で抜けるものではない。あるいは、何らかの後遺症すら残るかもしれないほど酷使していた。


 それに、ヴェスタがマサキを追わない理由はもう1つあった。


「ヴェスタさん、準備できました!」


 駆け寄って来る調査員の声。ヴェスタは眼鏡を外してケースに入れ、懐に仕舞う。


「ああ、助かる。」

「大丈夫ですか?何かありましたか?」

「いや、何もねえよ。・・・もう休む。」


 ヴェスタは、マサキの生存を確認したことを、誰にも伝えなかった。

 派手な爆発を残して、地中を密かに移動していったマサキ。その事実からヴェスタは、マサキが自分の死を偽装し、何かを成そうとしていると考えた。

 ならば、自分がそれを邪魔するわけにはいかない。イーストランドでは、<勇者>マサキは、テツヤ諸共、生死不明の行方不明。それでいい。


 ・・・ただ、スーにだけは、生きてることをこっそり教えてやらねえとな。




 その頃、ホン将軍をはじめとする王国軍の幹部たちは、今後の動向を協議していた。


 帝国軍が寡兵とわかった以上、追撃に出るべきではないか、という意見も出た。

 だが、<勇者>の行方不明、<炎星>の戦闘不能、<大山>の死。残るネームドは<輝壁>のみ。

 しかし<輝壁>クリスは、イーストランドの窮地を助けるために一時的に派遣されているだけの者。追撃にまで協力はしてくれないだろう。


 結論として、追撃はなし。王国軍はこの谷で防御を固め、ここを帝国との国境とすることにした。

 この意向は本国も承諾し、東の戦争は一旦終息することとなった。


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