M32 テツヤの救出
8月26日、夕方。東の最前線、イーストランド王国軍の前線司令部に、2人の人影が降り立った。
<勇者>マサキと<炎星>ヴェスタである。
地面に降り立つと同時に、王国兵たちが駆け寄って来る。
2人がこの付近まで飛んで来た時点で、周辺警戒にあたっていた兵士から、2人の帰還は知らされている。
そもそも、敵軍の目を逃れるべく、隠蔽された司令部は、マサキ達の目でも事前情報なしに見つけられない。
マサキ達を発見した兵士の誘導で、ここに辿り着いたのだった。
「マサキ様!ヴェスタ様も!」
「御無事で・・・まさか、空路でいらっしゃるとは・・・」
集まって来た兵士達が口々に無事を祝い、不在のシンのことを聞こうとする。
しかし、ヴェスタはそれを遮って、ふらふらと歩き始める。
「ああ、悪いが、マサキ、後は任せる。アタイは、疲れた・・・」
「うん。ありがとう、ヴェスタ。休んでて。」
ヴェスタはここまで、10日以上、ほとんど休みなく、マサキを乗せて飛行して来たのだった。
こちらの戦況悪化を西大陸で知り、急いで戻る必要がある、と無理をした。
体力も魔力も、集中力も限界。むしろ、よくここまでもったものだ。
休みに行くヴェスタを見送り、マサキは周囲の兵士の質問に答えながら、指揮官であるホン将軍の元へ向かう。
マサキに休んでいる暇はない。とにかく、こちらの戦況が気になった。
「そうでしたか。<大山>殿が、まさか・・・」
ホン将軍は、マサキから西での<赤鉄>との戦いの結果を聞き、沈痛な表情でそう述べた。
前線を預かる指揮官としても、個人的にも、シンを失ったことは大きかった。
「・・・教会から、連絡は来ていたのでは?」
シンは土の神子だ。死亡し、代替わりがあった時点で、他の神子に連絡があり、八神の教会の連絡網を通じて、世界中に伝わるはずだ。
「こちらにはまだ来ていませんでした。最近は神子の代替わりが多いですからね。」
風の神子、木の神子も最近代替わりしたばかりで、教会との連絡方法が確立していないらしい。
光の神子であるマサキは、神託を受けた後、教会に寄らずに移動して来たし、雷の神子テツヤは帝国軍に囚われている。
水の神子は今代、教会との連絡を取っておらず、闇の神子はそもそもこういった連絡体制とは無縁。
唯一、所在が確かで、教会とも連絡を取れるのは、炎の神子、フレアネス国王のジョナサンのみ。
そして、情報の発信元が西大陸のフレアネスであれば、当然、東大陸まで伝わるのは遅い、というわけだ。
「こちらの状況は?」
「どうやら、囚われたテツヤ殿は、まだ谷に留められているようです。」
「それは・・・」
テツヤが捕まってから、1ヶ月弱経っているはず。未だに最前線のヘカトンケイルの谷の陣地に留め置いているのは、不自然だ。
テツヤから、帝国軍はテツヤを何らかの理由で捕らえようとしていることは聞いていた。しかし、その理由は聞いていない。
・・・救出の可能性が残っているのは有難いけれど、なぜまだここに?帝国がテツヤを欲しがる理由と関係あるのだろうか?
少し悩んでみたが、情報不足でその理由は推測もできない。
マサキは頭を切り替えて、救出方法を考えることにした。
「救出は試みましたか?」
「囚われている場所の特定まではできています。ただ、いざ乗り込むとなると、不安要素が多く・・・」
テツヤが囚われている場所には、頻繁に例の軍師が出入りしている。監視なのか尋問なのか、それはわからない。
だが、あの軍師がいる以上、罠がないわけがない。
それに、<剣聖>への警戒も必要だった。罠を突破するには、唯一のネームドである<光壁>クリスを送るくらいしか手がなかったが、<剣聖>とかち合って戦闘になるのも、入れ違いで<剣聖>に暴れられるのも危険だった。
実際には<剣聖>クロードは既に西大陸へ移動しているのだが、そのことは軍師モリスによって隠蔽されていた。
「しかし、<勇者>様であれば、<剣聖>がいても問題ありません。」
「そうだね。こちらの守りも、クリスさんがいれば、なんとかなる。」
「はい。それに、お話を聞いた以上、お2人の帰還は常識外れの速度。あるいは今ならば、かの軍師でさえも、あなたの襲撃は想定外かもしれません。」
軍師は、帝国の無線通信網を利用して、最新の情報を収集している、と王国軍では見ている。
もしも軍師が、西でのマサキとクロの戦いの決着を知っているならば、マサキの東への帰還はもっと時間がかかると想定しているに違いない。
今こそ、軍師の策の裏をかくチャンスなのだ。2人はそう思った。
「将軍。今回は、僕を1人で行かせてください。僕1人なら、どんな罠でも強引に突破できる。」
「・・・正直、不安はありますが、それが合理的ですね。お願いします。」
不安はある。確かに軍師の虚を突けるかもしれないが、あの軍師だ。それすらも想定の内で、予想外の罠を仕掛けている可能性もある。
だが、そんな具体性もない不安で、この機を逃すわけにはいかない。
ホン将軍も、マサキも、決断した。
ーーーーーーーーーーーー
ヘカトンケイルの谷、帝国軍の最前線陣地内。テツヤが囚われている小屋の中に、軍師モリスはいた。
椅子に座って、背もたれに背中を預け、机の灰皿に煙草の灰を落とす。
「やっこさん、来たみたいだな。」
モリスには、『ラプラス・システム』の遠視機能で、マサキの帰還が見えていた。そして、今まさに、ここを単独で襲撃しようとしているのも。
「あんたには、どこまで見えてるんだ?」
牢屋の中のテツヤが尋ねる。
この小屋は、外から見ると、木製の簡素なものに見えるが、内部は土魔法で強固に作られた土壁だった。テツヤの力でも、武装なしでは破壊できない。
「全部・・・と言いたいところだが、最近は見えないことも多くなったな。正直、今見えてる未来も、実は計算間違ってんじゃないかとヒヤヒヤしてるさ。」
「ふうん。」
テツヤは、小屋のあちこちに配置された木箱を眺める。この1ヶ月弱の間に、モリスが用意したものだ。
その中身は、かの<勇者>を屠るに足る罠である。
「ほれ。」
テツヤが箱を眺めているうちに、いつの間にかモリスが牢を開けて、中に鎧を投げ込んだ。
テツヤの武装、様々な武器を仕込んだ全身鎧「アダマンプレート」である。
「それ、重いだろ。よく持てたな。」
「鍛えてんだよ、これでも。にしても重すぎだろ、それ。まあ、材質から考えれば、当然なんだろうけどな。」
「まあな。」
「とにかく、さっさとそれを着ておけ。お前に死なれちゃ敵わんからな。」
テツヤは言われた通りに鎧を着る。
「これ、脱獄しろって言ってるようなもんだと思うが?」
この牢の壁は、テツヤは素手では壊せないが、「アダマンプレート」があれば余裕で壊せる。
「だからギリギリで渡したんだろ。ほら、来るぜ。」
モリスがそう言うや否や、小屋の入口から堂々と人影が入って来る。
「テツヤ、無事か?」
「マサキ・・・」
「ようこそ、<勇者>殿。」
ーーーーーーーーーーーー
マサキがテツヤの救出に向かい、敵軍陣地に入って行ったとき、王国軍の監視役は、それを遠方から見ていた。
ついて行くと足手まといだが、有事の際にすぐに救出に向かえるよう、ホン将軍が配備した者だった。
・・・さすが<勇者>様。敵兵をものともしないな。
侵入したマサキに、気づいた数十名の帝国兵が攻撃したが、当然の如くマサキの相手になるわけがない。あっという間に蹂躙された。
そして、マサキがテツヤが囚われている小屋に入る。
・・・あの小屋だけ、中が見えないんだよな。
王国軍の監視役は、何度も陣地に可能な限り近づき、魔力視による透視で陣地内部の様子を探って来た。
だが、あの小屋だけは魔力視が通らなかった。すなわち、小屋の壁に魔力が宿っているということであり、帝国軍が魔法を密かに使用している証左でもあった。
とはいえ、それはもはや公然の秘密であり、驚くことでもない。
ただ、目的地の中が見えないことは、不安を煽る。
小屋に入ったマサキの様子も、当然見えない。今は光魔法による遠視で遠くから見ているが、小屋には窓もなく、やはり中は見えない。
・・・どうか、2人で無事に出て来てくださいよ!
監視役はそう祈ったが、その願いは無情にも爆音で吹き飛ばされた。
ドドオオオオオオオン!!!
「・・・っ!」
遠視の視界が粉塵で覆われ、爆音が鼓膜だけでなく体まで叩く。
・・・何が起きた!?・・・いや、慌てるな!<勇者>様は、爆弾くらい平気だ!
冷静になるよう自分に言い聞かせつつ、監視を続行。粉塵が晴れるのを待つ。
しばらくして、粉塵が収まり始めると、視界にノイズが入るようになった。
・・・これは、なんだ?
光を集めて遠くを見る『テレスコピー』が、うまく機能しない。魔力を含む物体に遮られているのとは違う。
辛うじて通った視界で見たのは、土壁の破片や木片に混ざって散乱する、色が異なる石。
・・・石?魔法に異常を起こす・・・まさか、冷鉄!?
監視役の見立て通り、爆発した小屋に散らばっていたのは、魔力を吸収する魔石、冷鉄だった。
軍師は爆薬にこれを混ぜたものを大量に用意し、小屋に仕掛けていた。
<勇者>は『光の盾』により自動的に身を守られるがゆえに無敵。だが、その『光の盾』という魔法自体を無効化する物質で攻撃されたら?
・・・まさか、そんな!?
監視役は必死にマサキやテツヤの姿を探すが、粉塵が完全に晴れても、その姿は確認できなかった。




