328 追う神竜達
「あーーー!カエデがやられた!?」
クロが<鎌鼬>カエデを倒したのとほぼ同刻。クロがいる場所から少し離れた南方の上空に、3匹の神竜達がいた。
高高度を飛行できる風神竜リーベに、炎神竜イーラと雷神竜ユワンが乗っている形だ。
「お前の眷属か?やったのは<赤鉄>か?」
「わかんないけど、多分そう!」
「憶測で物を言うな。だが、その可能性は高いか。」
3匹は数日前に西大陸に到着し、クロを探していた。
だが、クロは常時「闇」に包まれていて、いかなる魔力感知も届かない。世界全てに届く光神竜フィエルテの目ですら届かない以上、魔力を用いた方法では捕捉できなかった。
そのため、クロを探すのは肉眼に頼ることになる。3匹は上空を飛行しながら、ずっとクロを探し回っていたのだ。
リーベがカエデの死に気づいたのは、自身の龍脈の異常によるものである。
龍脈は神竜の体の一部と言っても過言ではない。少なくとも神竜達はそう認識しているし、だからこそそこに魔力を貯蔵できる。
神竜の眷属達は、この龍脈へのアクセス権を神竜からもらい、パスを繋いで、その魔力を分けてもらう。それによって、無尽蔵とも言える魔力の使用が可能となるのだ。
そのため、神竜は龍脈の魔力の動きに意識を向ければ、そこに繋がる眷属への魔力供給の状態も見て取れる。
今、リーベは、自分の龍脈からカエデへの莫大な魔力供給があった事に気づき、意識を向けたところ、それが急に途絶えたので、戦闘後、死に至ったことに気付いたのだ。
「カエデはパスが途切れる直前にすごい量の魔力を持って行ったから、大技を使ったんだと思う。それを使っても負けたんなら、きっと<赤鉄>だよ。」
「ならば、そこに奴がいるのだな。急げ!」
イーラがリーベの背を叩いて急かす。
「馬鹿力で叩くなよ!わかってるって!・・・まったく、移動はあたし任せのくせに、偉そうに。」
しばらく移動し、ようやく現場に着いた時、当然のことながら、クロの姿はなく、死体が散らばっているだけだった。
「あーあ。カエデ・・・才能あったのになあ。」
リーベが残念そうに、胴体から離れたカエデの首を見下ろして言った。
「兵士達の武装が1つも残っていない・・・金属操作で持って行ったか。」
「おい、さっさと追うぞ。北に行ったのは間違いないんだろう?」
冷静に分析するユワンを無視して、イーラが急かす。
リーベは大きな竜の前足を合わせて、目を閉じる。
「仇は取ってやるからね。」
そして、リーベは、イーラとユワンを背に乗せて飛び上がる。
今回の作戦で、計画が実行に移されるのであれば、神竜達が自分達の関与を隠す必要はないかもしれない。
だが、念のため、3匹は人目に付かない高高度を移動するようにしていた。
上空高くまで飛び上がった時に、リーベが気づいた。
「あれ?ここの龍脈、おかしいな。」
風神竜であるリーベの龍脈は、高高度を流れている。カエデも龍脈使用時は、ここから魔力を引き下ろしている。
カエデが戦った場所の上空であるここの龍脈は、カエデが急に大量の魔力を吸い出したため、魔力が減っていること自体は問題ない。
だが、少し離れた位置の龍脈が、まるで齧られたように欠けていた。
欠けているのは1箇所ではなく、点々と続いている。
南の龍脈にも意識を向ければ、同じように欠けていた。
「もしかして、<赤鉄>の奴、あたしの龍脈、食ってる!?」
「何?」
「馬鹿な、そんな・・・いや、奴の「闇」ならば、あり得るのか?」
ここでようやく、この3匹も、クロが龍脈から魔力を奪っている事に気づいた。
「ギャー!?これ、やばくない!?計画に支障が出るんじゃない!?」
「ああ!!?俺のも喰われている!何故だ!?地中深くを通しているんだぞ!?」
「・・・俺のもか。これはマズイかもな。」
神竜達の計画は、この世界に存在する魔力の過半数を支配下に置くことが発動の条件だ。
このままクロに削られ続ければ、その分、計画の実行は遠のく。
「許せん!今すぐ消し炭にしてくれる!追え、リーベ!」
「わかってるけど、どこ行きゃいいのさ?」
「待て。龍脈を食われているのは厄介だが、逆にそれで奴の位置がわかるのでは?」
「「あ。」」
ユワンの発案により、龍脈が削られている位置を特定し、そこを目標に3匹はクロの追跡を始めた。
そして、その日の夕方、ついに・・・
「いたぞ!」
「あたしにも見えた!」
地上で帝国兵の部隊を潰しているクロを見つけた。
接近を試みると、クロも神竜達に気がつく。
クロは、怨霊兵の作成を中断し、北へと跳んだ。
一足飛びに高高度に到達し、そのまま魔法で飛行する。
「逃げたぞ!追え!」
「もちろん・・・って速っ!?」
高高度を亜音速で飛行するリーベだが、それでもクロに追いつけない。
クロは、衝撃波で自身が傷つくのも厭わず、超音速で飛んでいるのだ。
「くそっ、上等じゃないか。風の神竜をなめるなよ!2人とも、振り落とされないでね!」
リーベはクロに追いつくべく、一気に加速。独自の風魔法で空気を操作し、衝撃波を緩和しつつ、音速を超える。
その時だ。電磁波による感知も併用していたユワンが真っ先に気がつく。
「来るぞ!」
「え?何が?」
リーベが反応する間もなく、無数の剣や槍が神竜達に飛来する。
これらもまた、超音速で飛んで来ていた。リーベ自身が音速を超えていたこともあり、相対速度は、神竜でも反応が困難なほどであった。
しかし、そこは雷魔法を極めし神竜、ユワン。魔法による電磁力で、飛来する武器類の軌道を逸らし、被弾を避けた。
「び、びっくりしたぁ。」
「まだ来るぞ!気を抜くな!」
「ええ?マジで!?速度落とした方がいいかな?」
「悔しいが、少し落とせ!捌ききれない恐れがある。」
「わ、わかった!」
そうして、リーベはやや速度を落とした。それにより、クロとの距離は、少しずつ離れていく。
「ああ、離れて行っちゃうよ。」
嘆くリーベに、飛来する無数の武器を捌きながらユワンが言う。
「問題ない。奴の武器は無限ではない。すべて捌いてから追えばいい。奴の追跡方法はもうわかったのだからな。・・・もう少し速度を落とせ。」
「いや、ユワン。これ以上速度は落とさん方がよさそうだ。」
減速を指示したユワンに対し、イーラが後ろを振り返りながら、それを止めた。
「何?」
「後ろを見ろ。」
イーラに促されて、ユワンとリーベが後方をチラリと見ると・・・
先程ユワンが弾いた武器類が、3匹を追って来ていた。
「俺の魔力を受けて、制御が続いているだと!?」
「奴の魔法出力は、既にユワンを超えているということだ。減速すると追い付かれるぞ。」
「わわわ、減速やめ!加速するよ!」
「おい、リーベ!慌てるな!速すぎても俺が前を捌ききれなくなる!」
そこで、イーラが。自身の魔力を高め始める。
「ユワン、お前は前に集中しろ。後ろは俺がやる!」
イーラが竜の口を開き、口元に魔力を集中させる。それに呼応して、周囲の魔力も集まり始めた。
「顕現せよ、終末の星!『ホワイト・ドワーフ』!」
イーラが放った超高密度の魔力が、次々に熱エネルギーへと変換され、後方から飛来する武器と接触した瞬間に、真っ白な光を放つ炎の球へと変化した。
その熱は、下に広がっていた雲を一瞬で消し去る。至近距離の3匹にも高熱が届きそうになるが、イーラの断熱結界で防いだ。
白い光が消えると、追って来ていた武器の一部が消滅していた。
「俺の炎なら消せる!行けるぞ!」
この結果は、イーラの炎であれば、クロの魔法出力を超え、魔力を弾き出して霧散させることができるということ。すなわち、イーラの炎ならば、クロを再生させることなく殺せることを示していた。
3匹が希望を持ったその時、クロが地上へと降りる。
追い付くチャンスか、と思いきや、ほんの10秒程度でクロは上空に戻って来た。
地上でも同速度で移動していたのか、距離は詰められていない。
「何してたんだろ?」
「くっ!しまった!武器の補充だ!」
一番に気がついたのは、ユワンだ。
地上から戻って来たクロの周囲には、降りる前よりも明らかに浮いている武器が増えていた。
雲の隙間から地上を見れば、血の海が広がり、帝国兵の肉片が飛散している。
「なんだと!?これではキリがないぞ!」
「いや、奴の武器の補充にも限界があるはず・・・確実に追い詰めているはずだ!」
「あたしは不安になってきたよ。」
こうして、帝国領上空にて、人知れず3匹の神竜とクロの長い戦いが始まった。
これにより、クロは怨霊兵の配置をする暇がなくなり、クロがこれまで暗躍していたことが、帝国軍にようやく知られることとなる。




