表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
404/457

327 黒い暴風

 時間は少し戻り、8月24日。モスト川にクロードが現れた頃。

 リュウセン運河の南を、ある特別な部隊が北に移動していた。


「何故、私が後退しなければいけないんですか?」


 できるだけ感情を抑え、清楚を装った声を出すのは、帝国の秘匿戦力の1人、<鎌鼬>のカエデだ。

 周囲には、彼女の護衛として十数人の帝国兵が付き従う。遠距離攻撃を得意とするカエデを守るための人員だ。


「軍師殿からの指示です。リュウセン運河にて、不測の事態に備えるように、と。」

「私は最前線に行きたいのですが。」

「最前線は、すでに目的を達成して、待機状態と変わりありません。そこに戦力を集中する意味はないとのことです。」

「むう。」


 カエデとしては、最前線にいるカイルに合流したかった。

 実際、指示が来る前は最前線へと向かっていた。

 理由は単純。カエデがカイルを愛しているからで、一緒にいたいからだ。


 カエデもカイルも秘匿戦力であり、大手を振って行動できる身ではない。また、重要な戦力として、各地を転戦している。

 それゆえ、共にいることできる機会は貴重だ。そのチャンスがやって来たかと思えば、まさかの後退指示。


「理屈としては理解できますが・・・不測の事態など、いつどこで起きるというんですか?」


 不満を漏らすカエデに、周囲の兵士は苦笑い。

 いつどこで起きるかわからないから「不測の事態」というのだが。

 しかし、この部隊は皆、カエデを慕っている。そんなことは口に出さず、「カエデさん、今日は不機嫌だなあ」という感想を頭の中で述べるだけである。

 そして、一応の理由を口に出す。


「軍師殿は、動向が掴めない<赤鉄>を警戒しているようです。現在位置も、何をしているかも不明ですが、北上していることだけは確実なようで。」

「・・・つまり、リュウセン運河で待ち構えれば、捕まえられるだろう、と。」

「はい。」


 リュウセン運河は、西大陸と北大陸を隔てる大きな運河だ。西大陸から北上して北大陸に行くならば、必ず通る。空路や海路でも使わない限り。


 ・・・仕方ないですね。仕事をサボって会いに行っても、カイルさんからは失望されるだけでしょう。ここは真面目に仕事をこなし、凱旋するカイルさんを輝く笑顔で迎えるのが良妻的ムーブというものです!


 そんな未来を妄想し、微笑むカエデ。外見的には魅力的な笑みだ。

 それを見た兵士達も、「やっと機嫌が直ったかな。」と感じ、和やかな雰囲気が出ていた。




 そこへ、突如として凶悪な暴力が降り注ぐ。

 あらゆる感知を無効化する「闇」により、事前の察知は一切不可能。その攻撃は完全な不意打ちだった。


 何の前触れもなく振って来たのは、剣、槍、銃剣、砲弾、そして何かの破片と思しき金属片。

 それらが驟雨しゅううの如く降り注いだ。


 兵士達は何の反応もできずに、それらに貫かれた。

 カエデでさえも、着弾直前まで気づけなかった。


 しかし、幸運か、それともこれらの武器を操るものの意図か、カエデには1つも当たらず。しかし、周囲の兵士は、過半数が即死した。残ったのは、通信兵を含む数人。


 そして、地面に突き立つ無数の武器と共に、カエデの前に降り立ったのは、<赤鉄>クロ。

 容姿を伝え聞いていたカエデには、その正体はすぐにわかった。


 しかし、受けた威圧感は想像以上。

 目が合っただけで死を感じる。次の瞬間にも自分の首が切り落とされていそうな緊張感。

 さらに、あらゆる魔力感知が機能を失っているためか、強烈な威圧感とは裏腹に、底なしの穴を覗いているかのような空恐ろしさもあった。


ーーーーーーーーーーーー


 クロは、目の前の部隊長らしき女を見た。軍服ではなく、巫女服を着た水色髪の女性。なんとなく、竜人族だと直感した。

 所有している膨大な魔力と、その色が見える。


 ・・・秘匿戦力の一角か。それにしても、すごいな。


 クロが驚いたのは、彼女の魔力の色の濃さだ。水色の風属性の魔力。その適性の異常なまでの高さが、色の濃さに現れていた。

 まさしく天才、という奴だろう。


 戦力的には、脅威。この秘匿戦力が、クロの家に向かえば、大きな被害が出る。

 論理的に考えれば、殺すべき。


 しかし、クロはここまでやって来たとおりに行動した。

 精巧な土人形を作り出し、適当な怨霊を入れて、人形を操る権限を与える。


「生き残りに告ぐ。こいつらの指示に従い、周囲の帝国軍にはこの事態を報告するな。そうすれば、もうしばらくは生きていられる。」


 クロの言葉と同時に、怨霊兵たちが生き残りの兵士達に銃を向ける。


「逃げたい奴は逃げてもいい。このことを軍にも誰にも喋らないならな。それが一番生き残る確率が高いだろう。恥ではない。逃げるのも勇気ある決断だ。」


 ここまで潰して来た部隊にも、言った台詞。これを聞いて、抵抗する者も、従う者も、逃げる者もいた。

 一番多かったのは、従う者だった。従順なのではない。抵抗して死ぬのは嫌だが、逃亡兵となるのも怖い。そういう連中だった。

 クロ個人としては、人間はそういうものだろう、と諦めつつ、何としても生きようとする気概か、死んでも屈さないという矜持か、どちらか見せてほしい気もした。まあ、クロの作戦的には、従ってもらえるのは有難いのだが。


 ・・・さて、今回はどうかな。


 見渡すと、逃げる者はおらず。クロに敵対的な目を向ける兵士ばかり。

 そして何より、クロの正面の女が、武器をクロに向けていた。


「ふざけないでください。何を勝った気でいるんですか。」


 柄の長い鎌を、クロに向ける。クロの目には、それが強力な魔具であることが見えた。


「勝負になるとでも?」

「・・・っ!」


 女は言葉に詰まる。

 理解しているのだろう。こうして相対した時点で、勝負はついている。


 彼女は確かに類まれな魔法使いだ。天才と言っていい。

 だが、彼女は今、クロの「闇」の範囲に入ってしまっている。周囲の魔力はすべてクロに吸収され、彼女自身の魔力も刻一刻と減少している。

 魔法を行使しようにも、彼女の身体から放出された時点であらゆる魔力はクロに吸収され、魔法は形を成さないだろう。


「大人しくしとけ。殺す気はない。」


 クロはそう声をかけた。本当に殺す気はない。クロが自ら手を出さなければ、この後、怨霊兵たちが暴れ出しても、彼女の実力ならば生き延びるだろう。

 だが、彼女は従わなかった。死を想起させるクロの魔眼を正面から見据えて、力強く叫ぶ。


「私の名はカエデ・ザルティス!風神竜様の巫女!私には誇りがあります!ここで敵に見逃されて、おめおめと帰れるわけがない!」

「カエデ様・・・!」


 カエデの宣言を聞き、周囲の生き残り達が立ち上がる。彼らの戦意も奮い立っていた。


 クロは、彼らを見て、溜息をつく。


「矜持ある者達か。・・・もったいない。」

「何ですって?」

「あんたの才覚は、ここで潰すにはもったいないと思った。」


 クロの本音に対し、カエデは鼻で笑って見せる。


「私は博物館の展示品じゃあないんです。貴重な才能も、使わなければ腐ります。だから、ここで使う!」


 カエデが武器「殺生風の薙鎌」を左手に持ち、右手を大きく引く。

 彼女の魔力が右手に集中し、薙鎌からも魔力が流れていく。

 彼女の魔力の動きに反応し、今までクロの方へと流れていた魔力の一部が、彼女の魔力へと吸い寄せられていく。特別に属性適性が高い者が魔法を行使する際に特有の現象だ。周囲の魔力が、その者が行使する魔法を助けるように働く。


 すべての魔法が無効化されるはずのクロの「闇」の中で、カエデの全身全霊を込めた魔法が発動する。彼女の覚悟と気合が、クロの魔力吸収の力を一時的に超えたのだ。


「奥義『風神掌』!」


 『風神掌』は、風神竜リーベが開発した魔法の1つ。リーベは『デスサイス』や『カミカゼ』など、様々な魔法を魔族式の術式で開発したが、『風神掌』はその中でも傑作の1つ。

 周囲の空気を急激に右手に集め、それによる暴風で敵の態勢を崩しつつ引き寄せる。そして、集めた空気を掌底とともに鋭く発射し、敵を粉砕する。

 初見殺しでもある強力な技。故に、滅多に使用しない奥義である。


 しかし。


「本当に、もったいない。」


 クロは、『風神掌』発動の寸前、カエデに吸引される暴風にも微動だにせず、カエデの額を掌で軽く叩いた。

 同時に、クロの膨大な魔力をカエデの頭に叩き込み、カエデの頭にあった彼女の魔力を弾き出す。


 優秀な魔法使い程、魔力で補助することで身体機能を向上させている。筋肉に限らず、内臓も、そして脳も。

 しかしそれは、同時に魔力に依存しているとも言える。


 したがって、こうして魔力を失うと、その部位は機能不全を起こす。

 カエデは、脳の魔力を弾き出されたことで、容易に気を失った。


 気絶したことにより、カエデが右手に集めていた空気も魔力も四散する。先程とは逆向きに暴風が起こり、周囲の兵士が転がった。


 魔力欠乏による気絶は、割とすぐに治る。身体にはまだ魔力が残っているのだから、そこから供給されるためだ。

 時間にして数秒。だが、それが致命的。


 クロは腰の脇差に手を掛け、腰を少し落とす。

 そして、居合切りのように振り抜いた。


 刀身の無い刀「鳥頸とりくび」が、光の軌跡を残す。柄から放たれる魔力が起こすのは、『切断』。

 その魔力に当てられた物は、分子の結合まで切断される。今のクロが振るえば、それは魔力を持った生物でさえ例外ではない。

 また、分子の結合を切ったことにより、不安定な状態になった原子が、元に戻る際にエネルギーが放出される。それが光や熱となり、「鳥頸」の剣閃を光らせるのだ。


 結果、カエデの首は綺麗に切断され、切断面で光を伴う小爆発が起き、カエデの首は真上に飛んだ。

 切断面は焼け、こぼれる血も少ない。

 クロが「鳥頸」を鞘に仕舞うと同時に、カエデの首が地面に落ちた。その顔は、眠っているかのようだった。


「もったいないが、あんたの言うことももっともだ。ここで見逃されることが、死よりも苦しい恥だと言うなら、戦士だというなら、決着をつけるのが礼儀だよな。」


 クロがそう言うと同時に、周囲の生き残りの兵士達が、事態に気付いた。


「カエデ様!?」

「畜生ーーー!!」


 生き残りの決死の吶喊。クロはこれに対し、カエデと同じく、正面から受けて立ち、全員を殺した。

 クロはまた武器を回収し、兵士達の死体と怨霊兵を残して飛び去る。黒い嵐のように。



 こうして、帝国の秘匿戦力の一角、<鎌鼬>とその部隊は全滅した。通信兵が残らなかったため、必然、この部隊は音信不通となる。

 これが、クロの暗躍に帝国軍が気がつく最初の原因となる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ