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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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326 揺れる戦況

 モスト川の激戦の翌日。8月25日。

 クロードは、アクシーの爆音攻撃によるダメージの回復に努めていた。

 聴覚はなんとか回復したものの、三半規管から脳まで衝撃が伝わったのか、ひどい頭痛と平衡感覚の異常がやや残っていた。


 ・・・雑兵を斬る程度なら、気合でどうにかなるが、手練れとこの状態でやるのは御免だな。まったく面倒な攻撃をしてくれたぜ、あの司令官とやら。


 通常なら肉体が粉砕されるような爆音攻撃を受けて、この程度で済んでいることが異常なのだが、クロードは内心でそんな愚痴をこぼした。


 そういった事情もあり、クロードは引き続き、モスト川西岸、旧フレアネス王国軍陣地で休憩するつもりでいた。

 ここには、この地を制圧した帝国軍が即席陣地を構築中であり、物資も豊富に届いている。つまり、回復のための飯には困らない。

 完治してから、次の獲物を探す。そのつもりだったのだが・・・


 そこに、伝令から指示書が届いた。


「<剣聖>殿。軍師殿からの指示書です。」

「あん?・・・まあ、わかった。」


 正直、今は動きたくない。だが、それをこの伝令に言っても仕方がない。

 クロードは指示書を受け取った。


 開いて読むと、そこには丁寧に現在の戦況が書かれていた。まるでクロードの状況をリアルタイムで見て、「休んでる場合じゃないぞ」とでも言うかのようだった。


 まずは最前線。帝国軍の先鋒は、電撃侵攻に成功。王国のホフマン軍を蹴散らし、王都付近までの侵攻に成功した。

 現在は、王都から出張って来たロクス軍と戦闘中。しかし、ロクス軍の抵抗は激しく、その防衛線の突破は困難を極める。

 ただし、これはロクス軍を王都から離しておくための囮であり、この隙に別動隊が国王の暗殺を謀る作戦らしい。

 別動隊についての詳細は極秘とされている。


「ふうん。暗殺、ね。」


 クロードはそこまで読んで、「暗殺」というワードから、極秘の別動隊について予想ができた。

 だが、極秘である以上は、ここで声高にその予想を口にすべきではないだろう。それくらいはクロードも理解している。


 次に、帝国軍の後詰めに起きている異常事態について書かれていた。こちらが本題らしい。


 昨日、北大陸と西大陸の間、リュウセン運河付近で、ある部隊との連絡が途絶えた。

 その数時間後、連絡が途絶えた部隊の数十km北にいた部隊から、短いSOSが伝えられた。

 不審に思った帝国軍の現地司令部が調査したところ、ようやく<赤鉄>の暗躍が明るみとなった。


 <赤鉄>は、帝国軍の先鋒を除く、後詰めの部隊の8割を、舐めるように潰して回り、潰した部隊を自らが操る人形に置き換えていたことがわかったのだ。

 操るといっても手動ではなく、自我を持ち、<赤鉄>の指示に従って、己の意思で動く人形兵だ。

 彼らが生きた人間の兵士のフリをしていたため、今まで発覚が遅れたのだった。


 事態が発覚したことをきっかけに、その人形兵たちは一斉に暴れ出した。

 無軌道に周囲の、まだ生きている帝国兵達を襲い始めたのだ。


 人形兵は、動きは人間そのものだが、表情はほとんど動かず、声も発しない。だが、テレパシーか何かのように声を伝えて来る。

 接触した兵士の証言によれば、人形兵の自我は、死んだ帝国兵の記憶を持っているらしい。しかし、何故か、帝国軍を恨み、帝国兵を殺そうとしてくるようだ。

 それを証明するかのように、魔力を有しながら魔法を使わず、歩兵銃をはじめとした帝国軍の武器で攻撃してくる。

 中には砲兵も混じっているらしく、大変苦戦しているらしい。当然、<赤鉄>が掌握した部隊は、その時点で持っていた武器も兵器も装備したまま人形兵になっている。


 これまで発覚しなかった原因の1つには、<赤鉄>は潰した部隊を全員人形兵にするのではなく、部隊長と通信兵だけ残していたためだった。

 定時連絡に「異常なし」と報告させるためだった。

 そのためだけに生かされていた彼らは、人形兵が暴れ始めた時点で全員、人形兵らに殺されたようだ。


 結果として、西大陸のフレアネス王国領に侵攻した帝国軍は、今までは北から王都まで完全に占領していたと思っていたが、現在は、王都付近の先鋒と、モスト川周辺の部隊、そして、バラバラに散った状態でいくつかの部隊が生き残るのみ。他はリュウセン運河付近まで、人形兵に置換されてしまっている。


 そこから、モリスが提案する対処方法が書かれていた。

 まず、先鋒の後背は問題ない。<雨竜>カイルが、先鋒の背を雨で守っている。近づく人形兵はそれで一掃できているとのこと。

 次に北。リュウセン運河を防壁として、人形兵を北に進ませないことは可能との見込み。ただし、押し返すための戦力を送るのは時間がかかる。

 その原因は、<赤鉄>が今現在も、北上しつつ散発的に帝国軍部隊を襲撃しているためらしい。

 発覚前のように丁寧に潰しては行かないが、それでも大きな被害が出ているようだ。

 なお、民間人の被害は0。<赤鉄>は、戦場に向かおうとする兵士だけ攻撃しているらしい。


 そして、フレアネス王国領内にバラバラに残された部隊については、救援の見込みなし。

 唯一生き残れる可能性があるのは、北からの追加戦力による押し返しまで持ちこたえるだけの戦力が残っている、モスト川の部隊だけ。


 最後に、クロードへの指示が書かれていた。


「モスト川の部隊の防衛に加わってもらえればありがたいが、お前の性格上、納得しないだろう、か。わかってんじゃねえの。」


 防衛など、クロードの性に合わない。

 確かに今は負傷していて、手練れと戦える状態にないが、回復したら、すぐにでもネームド級と斬り合いたいのだ。

 正直なところ、<地竜>ホシヤマとの交戦は、短いものではあったが、滾るものがあった。


 指示書の続きは、こうだ。


「そこで提案だが、王都の占領に当たり、王都の西に不安要素がある。<赤鉄>の本拠地、魔獣の森だ。そこには<疾風>をはじめとしたネームド級の戦力が揃っている。王都の占領が済み次第、先鋒の部隊の余剰戦力で潰すつもりだが、それに加わってくれ。お前の足なら間に合うだろう?」

「おいおい、徒歩で行けってのかよ。大陸縦断の距離だぞ?せめて乗り物使ってもいいだろ。」


 そう思って続きを読むと、車などの乗り物を使えない理由が書かれていた。


「当然、進路上には無数の人形兵がいる。行きがけの駄賃で潰してもらえると助かる。」

「助かる、じゃねーよ。進路上にいるってことは、戦闘必須じゃねーか。」


 クロードは、頭をバリバリ掻きながら、愚痴をこぼす。答える者がいないとわかっていても、零さずにはいられない。

 ひどい指示だ。・・・だが、クロードにとっては、無茶ではない。


「まあ、やるけどもよ。」


 クロードからすれば、帝国兵と同程度の強さの人形兵など、物の数ではない。また、大陸縦断の徒歩も、気合でどうにかなってしまう。

 それは、ここで退屈な防衛戦をやるよりも、クロードにとっては、良い話なのだ。


 そこで、ふと、魅力的なもう1つの案がクロードの頭に浮かんだ。


 ・・・待てよ?わざわざ南下なんてしなくても、北に行けば、当の<赤鉄>と戦えるんじゃ?


 ところが、その思考を読むかのように、指示書の末尾に注意書きが添えられていた。


「追伸。間違っても<赤鉄>と戦おうなんて思うな。アレは<勇者>以上の化物だ。犬死させる気はないぞ。」

「げっ、あれ以上かよ。わかったわかった。まったく、先読みのうまい御仁だ。」


 クロードは指示書を畳んで懐に仕舞い、太刀を携えて立ち上がった。


「さーて、噂に名高い<疾風>の面でも拝みに行くとするか。」


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