325 第3次モスト川防衛戦 その3
・・・見誤った。
アクシーは司令部で頭を抱えていた。
アクシーは、ここからホシヤマの戦闘を見ていた。その最期も。
まさか、ここまで実力差があるとは。
もっともらしい分析を宣っておきながら、その結果は全くもって甘い見積もりだった。
長年、司令官をやって来ていたことによる慢心か?それとも、ホシヤマという親友へ過度な期待を持ってしまったのか?
どう後悔しようと、アクシーの出した指示の結果は、フレアネス王国が保有する希少な戦力である<地竜>のリーダーの犬死にだ。
アクシーの傍に立つ副官も、しばしアクシーの後悔する様を見守っていたが、堪りかねて声をかける。
「司令官、敵が、迫っています。」
<地竜>という、戦力的にも精神的にも支柱となるネームドを失った軍団は脆く、潰走を始めている。
それに合わせて、かの剣豪を先頭に、帝国軍もなだれ込んできている。
司令部は周囲の建物と外見上見分けがつかないため、ここを発見されるのにはそこそこ時間がかかるだろうが、あまり悠長にしている時間もない。
アクシーは、副官の声で頭を切り替える。
・・・そうだ。できることを、やらなくては。
今残っている戦力を脳内で見直し、そこから実現可能な最善の結果を探す。
先程の巨大な後悔が足を引っ張っているのか、頭はうまく回らない。
それでもアクシーは、答えを出した。
「お前たちは、急ぎ荷をまとめて脱出しろ。逃走する兵士達に合流し、まとめ上げて、西へと逃げてくれ。」
「・・・行先は、カイ連邦、でよろしいですね?」
「そうだ。運が良ければ、受け入れてもらえるだろう。」
運が悪ければ、国境で追い返されて逃げ場を失い、全滅だ。だが、それはここに留まっても同じこと。
「もしも、途中で敵兵に捕まったら、無理に抵抗することはない。この司令部の場所を教えてやれ。できるだけ自然にな。」
「ということは、何か仕掛けを?」
「そうだ。ここにおびき寄せて、少しでも敵を削る。」
「しかし、そのような時間は・・・」
敵はもう数分後にもここを見つけてもおかしくない。ブービートラップを仕掛けるにも、時間不足だ。大したものは設置できないだろう。
副官の反論に、アクシーは毅然と答える。
「時間は問題ない。私が設置する。」
「え・・・では、司令官殿は・・・」
「私はここに残る。」
「「そんな!」」
副官たちが、言葉を重ねてアクシーを思い止まらせようとするが、アクシーはぴしゃりとそれを遮った。
「君がさっき言った通り、時間がない。反論を聞く暇はない。君たちは今すぐ脱出しろ。」
「「・・・・・・」」
「・・・命令だ。」
「「・・・!ハッ!!」」
副官たちは驚きながらも、すぐに従った。
彼らの記憶にある限り、アクシーは命令という言葉を使うことは滅多にない。
個性が強い獣人族。その中でも気性の荒い兵士達を束ねるにあたり、アクシーは兵士1人1人の思考や感情に寄り添うように指揮して来た。
それぞれの強みを活かし、無理をさせない。その姿勢に兵士達も敬意を抱き、従って来た。
「命令」という強制をする必要がなく、また、アクシーもそういうやり方を避けて来たのだ。
そのアクシー司令官が、命令している。断れようはずもない。
副官たちは1分かけずに武装と機密書類等をまとめ、司令部を脱出した。
それを見送ったアクシーは、淡々とトラップの設置に向かった。
・・・ホシヤマ。君なら私に、生きて責任を果たせと言うだろう。論理的にも、私が敗走する兵士達をまとめた方が、効果的かもしれない。
アクシーは、慣れた手つきでワイヤーを張り巡らせる。兵士でありながら、戦闘が苦手なアクシーは、若手時代はこうした作業で活躍したものだった。
・・・でもな。私にだって感情はある。悔しいと思う。親友の仇を取ってやりたいと思うんだ。第一、仮に生きて帰っても、君の妻子に合わせる顔がないよ。
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アクシーが司令部から部下のすべてを追い出してから、数十分後。
帝国軍は、ついに王国軍の司令部を見つけ出した。
「捕虜から聞き出した情報が正しければ、ここのはずです!」
「まったく、同じような建物を何個も造りやがって!」
モスト川西岸に展開する王国軍の陣地には、土魔法で作ったシンプルな四角い小屋が無数に立っており、一見して見分けがつかない。
この中から敵の重要施設を探すにあたり、手あたり次第に入るのは、非効率的かつ危険だ。外れを引けば、どんな罠があるかわかったものではない。帝国軍にとって、魔法とは未知の脅威なのだ。
そのため帝国軍は、逃走する王国兵を捕まえ、司令部の位置を尋問した。
何十人と繰り返し、ようやくその場所を吐いた者がいた。
クロードを同席させて、嘘がないことを確認し、ついにその場所に辿り着いた。
クロードもそのまま同行している。
「お前らは俺の後ろをついてきな。魔法の罠は、見えねえと対処できねえだろ。」
「ハッ!お願いします!」
クロードを先頭に、司令部らしき建物に入る。
クロードが入口の前で待ったをかけ、1人だけで進む。
そして、足元に張られた細いワイヤーを、わざと切った。
爆発。仕込まれた金属片が飛び散る。
入口の前で待機していた兵士達は身を屈め、クロードは建物の奥へと跳んで、飛来する金属片を太刀で弾きながら回避した。
その跳んだ先にもワイヤー。同様の爆発。それもクロードは同じ要領で回避する。
「に、人間じゃねえ・・・」
クロードの動きを見ていた兵士の1人が呟いた。
進行ルート上のワイヤーをすべて切ったクロードが、フン、と鼻を鳴らす。
「こんなもんか。建物ごと吹き飛ばす規模なら危なかったが、そうしてないってことは、この中にまだ誰かいるな。」
クロードはそう言いつつ、頬の浅い傷を拭う。
流石にすべての飛来物を弾けていたわけではない。だが、クロードの肉体強度ならば、実際当たっても大したことはなかった。
それに、今「危なかった」と言ったのは、クロード自身のことではなく、同行する兵士達の話である。
そうしてクロードが罠を力業で破壊しながら進み、3階部分で、ついに目的のものを見つけた。
扉の無い部屋に、銃を構えながら入ると、そこにはまるで平時の執務中であるかのように、机に着いた鹿系獣人の姿があった。
「鹿系獣人!貴様がアクシーか!?」
「いかにも、ここの軍を指揮する、アクシー司令官だ。」
銃を向けられても動じず、ただアクシーはじっと正面を見つめる。先頭に立って部屋に入り、堂々とアクシーの正面に立つ大男、クロードを。
帝国軍は、当然、フレアネス王国の4軍団それぞれの司令官の情報は仕入れている。
軍属には珍しい草食獣系の獣人。鹿系獣人のアクシー司令官。指揮能力は優秀であるが、自身はほとんど戦闘能力がない、非力な者。4人の司令官のうち、もっとも捕縛が容易いであろうと目されていた。
故に、帝国兵たちは、すぐに殺そうとはせず、捕縛すべくアクシーを包囲する。捕らえて尋問すれば、貴重な情報が得られるかもしれない。
そんな帝国兵たちには目もくれず、アクシーはクロードを睨み続ける。
クロードも、目の前の司令官が非戦闘員だと一目で見抜き、抜刀はしていない。
「何だい。俺の顔になんかついてるか?」
「君が、我々の防衛線を崩してくれた剣士だな。」
「そうとも。クロード・トルゴイだ。覚えておきな。」
「ああ。死ぬまで忘れまい。何しろ、友の仇だ。」
アクシーは、すっと何かを机の上に置いた。その動きはあまりに自然で、不意打ちのようには見えなかったため、兵士達もつい、それが何なのか、目を奪われた。
それは、掌よりやや大きい、筒状の物体だった。
それを見慣れていた帝国兵達は、すぐにその正体を理解した。
「フラッシュバン!?」
スタングレネード、あるいはフラッシュバン。そう呼ばれる武器だ。
殺傷能力はなく、爆音と閃光を放ち、敵を怯ませ、あるいは視覚や聴覚を奪うのに用いる。
作り方さえわかれば、製造は難しくなく、異世界人が伝え次第、帝国軍でも実用化されていた。
一時期は、感覚が鋭い獣人族に効果的と考えられて配備され、実際にある程度効果があった。
だが、その存在を広く知られてからは、獣人達も回避方法を理解し、効果は出なくなった。獣人達の反射神経なら、見てから目や耳をカバーすることなど造作もなかったのだ。腕のいい魔法使いなら、風魔法で爆音を完封することさえできた。
そんなわけで、現在はあまり使われていないが、一応は使い方を帝国兵達は教わっている。
兵士達は皆で耳を塞ぎ、ある者は目を瞑り、ある者は目を背けた。クロードは耳を塞いだうえで、目を細めた。アクシーを視界から外すことはしなかった。
そのため、クロードだけが、アクシーの口の動きで、スタングレネードの起爆の寸前に、アクシーが魔法を使ったのがわかった。
「『ラウンド・ボイス』」
拡声魔法。声の音量を大きくして、遠く広くに声を届ける魔法。間違っても戦闘用でも、攻撃魔法でもない。
だが、クロードは直感的に悪寒を感じ、全力で後方に跳んだ。
キィーーーーーーーーーーーーーン
真っ白な閃光と共に、そんな音が聞こえた気がした。
だが、きっと気のせいだろう。その場にいた全員が、耳を塞いで尚、鼓膜を破壊されたのだから。
ただし、破壊されたのは鼓膜だけではなかった。
その場にいたすべての兵士は、クロードも含めて、スタングレネードでそんな現象が起こると思っていなかった。
起爆した瞬間、スタングレネードが置かれた机、その周囲の兵士、そしてアクシー自身も、巨大な何かに殴られたように叩かれ、砕かれた。
音とは、空気の振動である。
その音量が異常に増幅されると、その振動は物体の破壊まで引き起こす。ソニックブームとも呼ばれる。
アクシーは、音量増幅の魔法で、スタングレネードが発する爆音を全力で増幅し、ソニックブームへと変えたのだった。
その衝撃は、司令部を粉々に吹き飛ばし、周囲の建物をも破壊した。
生き残ったのは、1人だけ。
「だぁーー!くそっ!やってくれたぜ!」
瓦礫を押しのけて立ち上がったのは、傷だらけのクロードだ。
直前に距離は取ったが、それも気休め程度。全身が衝撃波に打たれ、ダメージを負っていた。
閃光を見てしまった眼もチカチカする。
やがて、爆発に気付いた帝国兵たちが寄って来るが、そこでもう一つのダメージに気がつく。
兵士たちが自分に向かって何か喋っているようだが、まったく聞こえないのだ。
「あー、すまん。耳をやられた。筆談で頼む。」
こうしてクロードは休息を余儀なくされ、帝国軍の侵攻速度は急激に落ちた。
その結果、アクシー軍の生き残りは、わずかではあるが、カイ連邦へと逃げ込むことに成功したのだった。




