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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
402/457

325 第3次モスト川防衛戦 その3

 ・・・見誤った。


 アクシーは司令部で頭を抱えていた。

 アクシーは、ここからホシヤマの戦闘を見ていた。その最期も。


 まさか、ここまで実力差があるとは。

 もっともらしい分析をのたまっておきながら、その結果は全くもって甘い見積もりだった。

 長年、司令官をやって来ていたことによる慢心か?それとも、ホシヤマという親友へ過度な期待を持ってしまったのか?


 どう後悔しようと、アクシーの出した指示の結果は、フレアネス王国が保有する希少な戦力である<地竜>のリーダーの犬死にだ。


 アクシーの傍に立つ副官も、しばしアクシーの後悔する様を見守っていたが、堪りかねて声をかける。


「司令官、敵が、迫っています。」


 <地竜>という、戦力的にも精神的にも支柱となるネームドを失った軍団は脆く、潰走を始めている。

 それに合わせて、かの剣豪を先頭に、帝国軍もなだれ込んできている。

 司令部は周囲の建物と外見上見分けがつかないため、ここを発見されるのにはそこそこ時間がかかるだろうが、あまり悠長にしている時間もない。


 アクシーは、副官の声で頭を切り替える。


 ・・・そうだ。できることを、やらなくては。


 今残っている戦力を脳内で見直し、そこから実現可能な最善の結果を探す。

 先程の巨大な後悔が足を引っ張っているのか、頭はうまく回らない。

 それでもアクシーは、答えを出した。


「お前たちは、急ぎ荷をまとめて脱出しろ。逃走する兵士達に合流し、まとめ上げて、西へと逃げてくれ。」

「・・・行先は、カイ連邦、でよろしいですね?」

「そうだ。運が良ければ、受け入れてもらえるだろう。」


 運が悪ければ、国境で追い返されて逃げ場を失い、全滅だ。だが、それはここに留まっても同じこと。


「もしも、途中で敵兵に捕まったら、無理に抵抗することはない。この司令部の場所を教えてやれ。できるだけ自然にな。」

「ということは、何か仕掛けを?」

「そうだ。ここにおびき寄せて、少しでも敵を削る。」

「しかし、そのような時間は・・・」


 敵はもう数分後にもここを見つけてもおかしくない。ブービートラップを仕掛けるにも、時間不足だ。大したものは設置できないだろう。

 副官の反論に、アクシーは毅然と答える。


「時間は問題ない。私が設置する。」

「え・・・では、司令官殿は・・・」

「私はここに残る。」

「「そんな!」」


 副官たちが、言葉を重ねてアクシーを思い止まらせようとするが、アクシーはぴしゃりとそれを遮った。


「君がさっき言った通り、時間がない。反論を聞く暇はない。君たちは今すぐ脱出しろ。」

「「・・・・・・」」

「・・・命令だ。」

「「・・・!ハッ!!」」


 副官たちは驚きながらも、すぐに従った。

 彼らの記憶にある限り、アクシーは命令という言葉を使うことは滅多にない。

 個性が強い獣人族。その中でも気性の荒い兵士達を束ねるにあたり、アクシーは兵士1人1人の思考や感情に寄り添うように指揮して来た。

 それぞれの強みを活かし、無理をさせない。その姿勢に兵士達も敬意を抱き、従って来た。

 「命令」という強制をする必要がなく、また、アクシーもそういうやり方を避けて来たのだ。


 そのアクシー司令官が、命令している。断れようはずもない。


 副官たちは1分かけずに武装と機密書類等をまとめ、司令部を脱出した。

 それを見送ったアクシーは、淡々とトラップの設置に向かった。


 ・・・ホシヤマ。君なら私に、生きて責任を果たせと言うだろう。論理的にも、私が敗走する兵士達をまとめた方が、効果的かもしれない。


 アクシーは、慣れた手つきでワイヤーを張り巡らせる。兵士でありながら、戦闘が苦手なアクシーは、若手時代はこうした作業で活躍したものだった。


 ・・・でもな。私にだって感情はある。悔しいと思う。親友の仇を取ってやりたいと思うんだ。第一、仮に生きて帰っても、君の妻子に合わせる顔がないよ。


ーーーーーーーーーーーー


 アクシーが司令部から部下のすべてを追い出してから、数十分後。

 帝国軍は、ついに王国軍の司令部を見つけ出した。


「捕虜から聞き出した情報が正しければ、ここのはずです!」

「まったく、同じような建物を何個も造りやがって!」


 モスト川西岸に展開する王国軍の陣地には、土魔法で作ったシンプルな四角い小屋が無数に立っており、一見して見分けがつかない。

 この中から敵の重要施設を探すにあたり、手あたり次第に入るのは、非効率的かつ危険だ。外れを引けば、どんな罠があるかわかったものではない。帝国軍にとって、魔法とは未知の脅威なのだ。


 そのため帝国軍は、逃走する王国兵を捕まえ、司令部の位置を尋問した。

 何十人と繰り返し、ようやくその場所を吐いた者がいた。

 クロードを同席させて、嘘がないことを確認し、ついにその場所に辿り着いた。

 クロードもそのまま同行している。


「お前らは俺の後ろをついてきな。魔法の罠は、見えねえと対処できねえだろ。」

「ハッ!お願いします!」


 クロードを先頭に、司令部らしき建物に入る。

 クロードが入口の前で待ったをかけ、1人だけで進む。

 そして、足元に張られた細いワイヤーを、わざと切った。


 爆発。仕込まれた金属片が飛び散る。

 入口の前で待機していた兵士達は身を屈め、クロードは建物の奥へと跳んで、飛来する金属片を太刀で弾きながら回避した。

 その跳んだ先にもワイヤー。同様の爆発。それもクロードは同じ要領で回避する。


「に、人間じゃねえ・・・」


 クロードの動きを見ていた兵士の1人が呟いた。


 進行ルート上のワイヤーをすべて切ったクロードが、フン、と鼻を鳴らす。


「こんなもんか。建物ごと吹き飛ばす規模なら危なかったが、そうしてないってことは、この中にまだ誰かいるな。」


 クロードはそう言いつつ、頬の浅い傷を拭う。

 流石にすべての飛来物を弾けていたわけではない。だが、クロードの肉体強度ならば、実際当たっても大したことはなかった。

 それに、今「危なかった」と言ったのは、クロード自身のことではなく、同行する兵士達の話である。



 そうしてクロードが罠を力業で破壊しながら進み、3階部分で、ついに目的のものを見つけた。

 扉の無い部屋に、銃を構えながら入ると、そこにはまるで平時の執務中であるかのように、机に着いた鹿系獣人の姿があった。


「鹿系獣人!貴様がアクシーか!?」

「いかにも、ここの軍を指揮する、アクシー司令官だ。」


 銃を向けられても動じず、ただアクシーはじっと正面を見つめる。先頭に立って部屋に入り、堂々とアクシーの正面に立つ大男、クロードを。


 帝国軍は、当然、フレアネス王国の4軍団それぞれの司令官の情報は仕入れている。

 軍属には珍しい草食獣系の獣人。鹿系獣人のアクシー司令官。指揮能力は優秀であるが、自身はほとんど戦闘能力がない、非力な者。4人の司令官のうち、もっとも捕縛が容易いであろうと目されていた。

 故に、帝国兵たちは、すぐに殺そうとはせず、捕縛すべくアクシーを包囲する。捕らえて尋問すれば、貴重な情報が得られるかもしれない。


 そんな帝国兵たちには目もくれず、アクシーはクロードを睨み続ける。

 クロードも、目の前の司令官が非戦闘員だと一目で見抜き、抜刀はしていない。


「何だい。俺の顔になんかついてるか?」

「君が、我々の防衛線を崩してくれた剣士だな。」

「そうとも。クロード・トルゴイだ。覚えておきな。」

「ああ。死ぬまで忘れまい。何しろ、友の仇だ。」


 アクシーは、すっと何かを机の上に置いた。その動きはあまりに自然で、不意打ちのようには見えなかったため、兵士達もつい、それが何なのか、目を奪われた。

 それは、掌よりやや大きい、筒状の物体だった。

 それを見慣れていた帝国兵達は、すぐにその正体を理解した。


「フラッシュバン!?」


 スタングレネード、あるいはフラッシュバン。そう呼ばれる武器だ。

 殺傷能力はなく、爆音と閃光を放ち、敵を怯ませ、あるいは視覚や聴覚を奪うのに用いる。

 作り方さえわかれば、製造は難しくなく、異世界人が伝え次第、帝国軍でも実用化されていた。


 一時期は、感覚が鋭い獣人族に効果的と考えられて配備され、実際にある程度効果があった。

 だが、その存在を広く知られてからは、獣人達も回避方法を理解し、効果は出なくなった。獣人達の反射神経なら、見てから目や耳をカバーすることなど造作もなかったのだ。腕のいい魔法使いなら、風魔法で爆音を完封することさえできた。


 そんなわけで、現在はあまり使われていないが、一応は使い方を帝国兵達は教わっている。

 兵士達は皆で耳を塞ぎ、ある者は目を瞑り、ある者は目を背けた。クロードは耳を塞いだうえで、目を細めた。アクシーを視界から外すことはしなかった。


 そのため、クロードだけが、アクシーの口の動きで、スタングレネードの起爆の寸前に、アクシーが魔法を使ったのがわかった。


「『ラウンド・ボイス』」


 拡声魔法。声の音量を大きくして、遠く広くに声を届ける魔法。間違っても戦闘用でも、攻撃魔法でもない。

 だが、クロードは直感的に悪寒を感じ、全力で後方に跳んだ。



 キィーーーーーーーーーーーーーン


 真っ白な閃光と共に、そんな音が聞こえた気がした。

 だが、きっと気のせいだろう。その場にいた全員が、耳を塞いで尚、鼓膜を破壊されたのだから。


 ただし、破壊されたのは鼓膜だけではなかった。

 その場にいたすべての兵士は、クロードも含めて、スタングレネードでそんな現象が起こると思っていなかった。


 起爆した瞬間、スタングレネードが置かれた机、その周囲の兵士、そしてアクシー自身も、巨大な何かに殴られたように叩かれ、砕かれた。


 音とは、空気の振動である。

 その音量が異常に増幅されると、その振動は物体の破壊まで引き起こす。ソニックブームとも呼ばれる。

 アクシーは、音量増幅の魔法で、スタングレネードが発する爆音を全力で増幅し、ソニックブームへと変えたのだった。


 その衝撃は、司令部を粉々に吹き飛ばし、周囲の建物をも破壊した。



 生き残ったのは、1人だけ。


「だぁーー!くそっ!やってくれたぜ!」


 瓦礫を押しのけて立ち上がったのは、傷だらけのクロードだ。

 直前に距離は取ったが、それも気休め程度。全身が衝撃波に打たれ、ダメージを負っていた。

 閃光を見てしまった眼もチカチカする。


 やがて、爆発に気付いた帝国兵たちが寄って来るが、そこでもう一つのダメージに気がつく。

 兵士たちが自分に向かって何か喋っているようだが、まったく聞こえないのだ。


「あー、すまん。耳をやられた。筆談で頼む。」


 こうしてクロードは休息を余儀なくされ、帝国軍の侵攻速度は急激に落ちた。

 その結果、アクシー軍の生き残りは、わずかではあるが、カイ連邦へと逃げ込むことに成功したのだった。


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