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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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324 第3次モスト川防衛戦 その2

 モスト川西岸。そこは1人の男によって惨状と化していた。

 展開していたフレアネス王国のアクシー軍の兵士たちは、1秒に1人のペースで次々と斬殺されていく。

 男、クロード・トルゴイが、踏み込み、太刀を振るうたび、王国兵はなす術なく絶命させられる。

 無数に飛び交う魔法や銃による王国兵たちの必死の反撃も、クロードには掠りもしない。絶対的に速度が違い過ぎる。


 間合いに入れば、次の瞬間には首が飛ぶ。

 間合いの外でも、ほんの数秒で距離を詰められ、斬り殺される。

 王国兵たちは、抵抗らしい抵抗もできていなかった。このままこの男に好き放題されていては、全滅は免れない。そのうえ、こうしている間にも川の防備は崩れ、帝国兵がなだれ込んでくるだろう。


 兵士達に絶望が広がり始めたその時、彼は現れた。


 クロードが兵士の一人を斬り倒した、その瞬間。

 突然、クロードの足元の地面が裂け、1人の獣人が飛び出した。

 モグラ系獣人。王国が誇るネームド<地竜>の頭。ジョニー・ホシヤマである。


 足場を崩され、次の一歩が踏み出せなかったクロードに、ホシヤマがシャベルを振るう。背後から後頭部を狙う一撃。

 クロードは下半身の態勢が不十分ながらも、上半身を捻って振り返り、太刀でその攻撃を受け止めた。


「おっとっと。」


 ホシヤマの一撃は重く、クロードは1歩、2歩、下がった。

 ホシヤマの攻撃に押されて体勢を崩したように見える。それもあるが、クロードの狙いは、そのフリをしながら距離を取り、体勢を整えることにあった。

 しかしホシヤマはそれを見抜き、後退するクロードにピッタリと追従する。


「逃がすかよ!」

「・・・こいつ。」


 クロードは驚く。

 クロードにとって、相対した敵のほとんどは、自分の間合いから逃れようと距離を取るように動いていた。

 だが、この敵は、あろうことか接近して来た。


 それだけではない。ホシヤマは、クロードに肌が触れ合うほど近くまで寄って来たのだ。クロードの懐まで。


ーーーーーーーーーーーー


 少し前。アクシーはホシヤマに、クロードへの対策を伝えた。


「正面からやり合って勝てる相手じゃない。だから、まずは奇襲だな。」

「それは得意技だ。だが、それだけで仕留められると考えるのは・・・」

「甘いだろうな。だから、奇襲から次の手に繋げる。奴と戦うに際し、比較的安全な範囲は2つある。」


 アクシーは地面に点を描く。これがクロードを表しているのだろう。


「比較的、ね。」

「そうだ。まずは遠距離。ただし、奴の速度から考えれば、15・・・いや、20mは距離を取らないと意味がない。」


 アクシーが、先程描いた点から離れた位置に円弧を描く。そしてその外側を突いた。

 ホシヤマは頷く。それは同感だ。クロードの間合いは、1歩で10m程詰める。最低でも2歩の距離は空けないと、ホシヤマでも反応できない。


「もう一つは、ここだ。」

「は?」


 アクシーは、クロードを表す点を囲む、小さな円を描いた。

 これにはホシヤマも驚かざるを得ない。


「接近戦。いや、超接近戦だ。奴が刀を振れないくらい近づいて戦う。」

「おいおいおい、流石に無茶だろ!?一瞬で斬られて終わりだ!」

「いや、多分そうはならない。」


 アクシーが言うには、クロードの動きは、決まった型があるしっかりした剣術に見える。

 どこぞの魔族のように、我流で剣を振り、野生的な合理性で磨いた剣技ではなく、道場で鍛えた類だと感じた。

 ならば、型に無い動きでは、十全に力を発揮できないはず。

 そうでなくとも、剣を振るうなら、踏み込みは必須だ。その踏み込む距離を与えなければ、剣戟の威力は大きく抑えられるはずだ。


「そりゃあ、そうかもしれんが・・・」

「もちろん、奴の身体能力は化物だ。刀で斬られなくても、捕まったらアウトだろう。だが、ホシヤマ。君ならば。」

「・・・まあ、できるがよ。」


 接近戦では武器を振るいにくいのはホシヤマも同じ条件だが、超接近戦における武器の扱いについては、ホシヤマがやや有利だ。

 ホシヤマの武器はシャベル。それも、使用状況は狭い地中の穴の中を主に想定している。

 狭い空間での振るい方は、誰よりも熟知している自負があった。


 ホシヤマは数秒の逡巡のあと、腹をくくった。


「しょうがねえ!やってやらあ!骨は拾えよ!」

「ははは。悪いがそれはできない。君が負けたら、私も終わりだ。」


ーーーーーーーーーーーー


 ・・・この勝負に、ここの全員の命がかかってる!無駄死にだけは死んでもできねえぜ!


 ホシヤマは、クロードにピッタリと張り付く。

 長身のクロードに対し、小柄なホシヤマ。クロードから見て、ホシヤマの頭がクロードの胸くらいの高さにある。


 クロードは太刀の柄頭でホシヤマの頭部を狙う。驚異的な速度ではあるが、やはりこれまで見せていた目にも留まらぬ斬撃に比べれば、だいぶ遅い。

 ホシヤマはシャベルの柄でクロードの攻撃をいなした。そのまま態勢を変えずに、まっすぐシャベルの刃をクロードの頭へと突き上げる。


「うお!」


 クロードが首を捻ってこれを躱すと、ホシヤマはシャベルを引きつつ、1歩だけ移動。

 半歩退いて己の得意な間合いに退こうとしたクロードの足を踏みつけて阻止する。同時に土魔法でその踏んだ足の下の地面を柔らかくし、クロードの左足を地面に埋めた。


「逃がさんと言ったぜ。」


 足を取られて体勢を崩したクロードの鳩尾に、ホシヤマはシャベルの持ち手の角を叩きこむ。


 ・・・なんだ?かてえ!


 ホシヤマの手に返って来た感触は、岩でも叩いたかのようなもの。常人なら一撃で悶絶する威力の打撃だが、クロードの身体はそれに余裕で耐えた。

 そのホシヤマの攻撃の直後。ホシヤマは反撃を受けて吹っ飛んだ。

 クロードの反撃は、太刀を持った右手ではなく、左手の拳。拳法の類ではない、力任せの打突だが、その力だけでホシヤマは吹っ飛んだ。


「なかなか面白かったぜ。この俺に接近戦とは。」


 クロードが、地面に埋まった左足を強引に引き抜き、万全の態勢で立つ。

 対するホシヤマは、数十m先まで転がり、すぐに身を起こした。肋骨や内臓に深いダメージがあるが、ここで倒れるわけにはいかない。


 クロードがゆっくりと歩いて近づきながら、声をかける。


「名前を聞いとこうか?」

「・・・<地竜>。ジョニー・ホシヤマだ。」


 ホシヤマは渾身の力でシャベルを振るい、魔法の詠唱と共に、足元の地面を掬い上げる。


「せめて足1本はもらっていくぞ!『アース・シェイカー』!」


 ホシヤマが掬い上げた箇所から一気に魔力が地面に広がり、扇状の広範囲の地面が暴れ始める。

 掘り起こされた土砂が高速で掻き回され、そこに巻き込んだ物体を粉砕する魔法だ。対軍規模の高等攻撃魔法である。

 しかし。


「そりゃ勘弁だな。」


 その攻撃を読んでいたかのように、クロードは一足飛びでホシヤマのもとへとジャンプした。

 荒れ狂う地面を跳び越え、たった1歩でホシヤマのもとへと到達。


 そして、一閃。

 クロードはホシヤマの後ろに着地した。もちろん、無傷である。


「すまん、アクシー・・・」


 ホシヤマは血飛沫を上げて倒れた。


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