324 第3次モスト川防衛戦 その2
モスト川西岸。そこは1人の男によって惨状と化していた。
展開していたフレアネス王国のアクシー軍の兵士たちは、1秒に1人のペースで次々と斬殺されていく。
男、クロード・トルゴイが、踏み込み、太刀を振るうたび、王国兵はなす術なく絶命させられる。
無数に飛び交う魔法や銃による王国兵たちの必死の反撃も、クロードには掠りもしない。絶対的に速度が違い過ぎる。
間合いに入れば、次の瞬間には首が飛ぶ。
間合いの外でも、ほんの数秒で距離を詰められ、斬り殺される。
王国兵たちは、抵抗らしい抵抗もできていなかった。このままこの男に好き放題されていては、全滅は免れない。そのうえ、こうしている間にも川の防備は崩れ、帝国兵がなだれ込んでくるだろう。
兵士達に絶望が広がり始めたその時、彼は現れた。
クロードが兵士の一人を斬り倒した、その瞬間。
突然、クロードの足元の地面が裂け、1人の獣人が飛び出した。
モグラ系獣人。王国が誇るネームド<地竜>の頭。ジョニー・ホシヤマである。
足場を崩され、次の一歩が踏み出せなかったクロードに、ホシヤマがシャベルを振るう。背後から後頭部を狙う一撃。
クロードは下半身の態勢が不十分ながらも、上半身を捻って振り返り、太刀でその攻撃を受け止めた。
「おっとっと。」
ホシヤマの一撃は重く、クロードは1歩、2歩、下がった。
ホシヤマの攻撃に押されて体勢を崩したように見える。それもあるが、クロードの狙いは、そのフリをしながら距離を取り、体勢を整えることにあった。
しかしホシヤマはそれを見抜き、後退するクロードにピッタリと追従する。
「逃がすかよ!」
「・・・こいつ。」
クロードは驚く。
クロードにとって、相対した敵のほとんどは、自分の間合いから逃れようと距離を取るように動いていた。
だが、この敵は、あろうことか接近して来た。
それだけではない。ホシヤマは、クロードに肌が触れ合うほど近くまで寄って来たのだ。クロードの懐まで。
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少し前。アクシーはホシヤマに、クロードへの対策を伝えた。
「正面からやり合って勝てる相手じゃない。だから、まずは奇襲だな。」
「それは得意技だ。だが、それだけで仕留められると考えるのは・・・」
「甘いだろうな。だから、奇襲から次の手に繋げる。奴と戦うに際し、比較的安全な範囲は2つある。」
アクシーは地面に点を描く。これがクロードを表しているのだろう。
「比較的、ね。」
「そうだ。まずは遠距離。ただし、奴の速度から考えれば、15・・・いや、20mは距離を取らないと意味がない。」
アクシーが、先程描いた点から離れた位置に円弧を描く。そしてその外側を突いた。
ホシヤマは頷く。それは同感だ。クロードの間合いは、1歩で10m程詰める。最低でも2歩の距離は空けないと、ホシヤマでも反応できない。
「もう一つは、ここだ。」
「は?」
アクシーは、クロードを表す点を囲む、小さな円を描いた。
これにはホシヤマも驚かざるを得ない。
「接近戦。いや、超接近戦だ。奴が刀を振れないくらい近づいて戦う。」
「おいおいおい、流石に無茶だろ!?一瞬で斬られて終わりだ!」
「いや、多分そうはならない。」
アクシーが言うには、クロードの動きは、決まった型があるしっかりした剣術に見える。
どこぞの魔族のように、我流で剣を振り、野生的な合理性で磨いた剣技ではなく、道場で鍛えた類だと感じた。
ならば、型に無い動きでは、十全に力を発揮できないはず。
そうでなくとも、剣を振るうなら、踏み込みは必須だ。その踏み込む距離を与えなければ、剣戟の威力は大きく抑えられるはずだ。
「そりゃあ、そうかもしれんが・・・」
「もちろん、奴の身体能力は化物だ。刀で斬られなくても、捕まったらアウトだろう。だが、ホシヤマ。君ならば。」
「・・・まあ、できるがよ。」
接近戦では武器を振るいにくいのはホシヤマも同じ条件だが、超接近戦における武器の扱いについては、ホシヤマがやや有利だ。
ホシヤマの武器はシャベル。それも、使用状況は狭い地中の穴の中を主に想定している。
狭い空間での振るい方は、誰よりも熟知している自負があった。
ホシヤマは数秒の逡巡のあと、腹をくくった。
「しょうがねえ!やってやらあ!骨は拾えよ!」
「ははは。悪いがそれはできない。君が負けたら、私も終わりだ。」
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・・・この勝負に、ここの全員の命がかかってる!無駄死にだけは死んでもできねえぜ!
ホシヤマは、クロードにピッタリと張り付く。
長身のクロードに対し、小柄なホシヤマ。クロードから見て、ホシヤマの頭がクロードの胸くらいの高さにある。
クロードは太刀の柄頭でホシヤマの頭部を狙う。驚異的な速度ではあるが、やはりこれまで見せていた目にも留まらぬ斬撃に比べれば、だいぶ遅い。
ホシヤマはシャベルの柄でクロードの攻撃をいなした。そのまま態勢を変えずに、まっすぐシャベルの刃をクロードの頭へと突き上げる。
「うお!」
クロードが首を捻ってこれを躱すと、ホシヤマはシャベルを引きつつ、1歩だけ移動。
半歩退いて己の得意な間合いに退こうとしたクロードの足を踏みつけて阻止する。同時に土魔法でその踏んだ足の下の地面を柔らかくし、クロードの左足を地面に埋めた。
「逃がさんと言ったぜ。」
足を取られて体勢を崩したクロードの鳩尾に、ホシヤマはシャベルの持ち手の角を叩きこむ。
・・・なんだ?堅え!
ホシヤマの手に返って来た感触は、岩でも叩いたかのようなもの。常人なら一撃で悶絶する威力の打撃だが、クロードの身体はそれに余裕で耐えた。
そのホシヤマの攻撃の直後。ホシヤマは反撃を受けて吹っ飛んだ。
クロードの反撃は、太刀を持った右手ではなく、左手の拳。拳法の類ではない、力任せの打突だが、その力だけでホシヤマは吹っ飛んだ。
「なかなか面白かったぜ。この俺に接近戦とは。」
クロードが、地面に埋まった左足を強引に引き抜き、万全の態勢で立つ。
対するホシヤマは、数十m先まで転がり、すぐに身を起こした。肋骨や内臓に深いダメージがあるが、ここで倒れるわけにはいかない。
クロードがゆっくりと歩いて近づきながら、声をかける。
「名前を聞いとこうか?」
「・・・<地竜>。ジョニー・ホシヤマだ。」
ホシヤマは渾身の力でシャベルを振るい、魔法の詠唱と共に、足元の地面を掬い上げる。
「せめて足1本はもらっていくぞ!『アース・シェイカー』!」
ホシヤマが掬い上げた箇所から一気に魔力が地面に広がり、扇状の広範囲の地面が暴れ始める。
掘り起こされた土砂が高速で掻き回され、そこに巻き込んだ物体を粉砕する魔法だ。対軍規模の高等攻撃魔法である。
しかし。
「そりゃ勘弁だな。」
その攻撃を読んでいたかのように、クロードは一足飛びでホシヤマのもとへとジャンプした。
荒れ狂う地面を跳び越え、たった1歩でホシヤマのもとへと到達。
そして、一閃。
クロードはホシヤマの後ろに着地した。もちろん、無傷である。
「すまん、アクシー・・・」
ホシヤマは血飛沫を上げて倒れた。




