323 第3次モスト川防衛戦
8月24日。フレアネス王都が包囲されつつある頃、モスト川では、まだアクシー軍が帝国軍に対し抵抗を続けていた。
物量に任せて渡河を試みる帝国軍を、アクシー軍は防衛に徹して喰いとめていた。
それを可能にしていたのは、帝国が再侵攻を始めた際、偶然私用でこの地に来ていた、<地竜>の頭領、ジョニー・ホシヤマの力が大きかった。
「ホシヤマ!また砲兵が来た!地点五十の三!」
「またかよ!何門ある!?」
「20!」
「ふざけんな!畜生!」
アクシー自らが双眼鏡で敵軍を観察し、風魔法で遠方からホシヤマに指示を出す。
ホシヤマは川岸を土塁に隠れつつ走り回り、指定地点を狙える位置に移動する。
「位置変わってねえか!?」
「変わりなし!装填が始まってる!急げ!」
「うおおおおおお!!」
ホシヤマはすぐさまシャベルで足元の土を掘り、投げ上げる。その一瞬の動作の間に、掘り出した土を石のように固め、土魔法『ソイルショット』の弾丸とする。
土魔法による攻撃の基礎とも言える魔法だが、ホシヤマが使えば、飛距離、威力ともに大砲並みになる。
そしてその精度も並の土魔法使いとは一線を画す。
「着弾確認!続けて撃て!」
「了解!っしゃあああああ!」
ホシヤマが飛ばす土弾は、狙い過たず対岸の帝国軍の大砲を叩き潰していく。
こうして敵軍の長距離攻撃を事前に潰しつつ、川を水魔法と土魔法で掌握。敵に渡河の隙を与えない。
橋は交戦開始時に既に破壊してある。海側も警戒済みだ。
新手の大砲をすべて潰し終えたホシヤマが、アクシーが陣取る司令部に戻って来た。
「あー、疲れた。大砲だけとはいえ、1人でこの長い川を守り切るのはつらいぜ。」
「御苦労さん。悪いな、対岸まで攻撃できるのはお前しかいないんだ。」
「わかってるって。・・・ただ、いつまでも持たんだろ、こんなん。」
「まあ、そうだな・・・」
会話しつつ、アクシーは戦場から目を離さない。会話の合間にも各地に風魔法で指示を飛ばしている。
ホシヤマの懸念はアクシーも理解している。
ここはどうにか粘っているが、敵の本軍は既に王都の目前まで到達したと隼便で連絡が来た。
ということは、もう補給線も退路もないということだ。アクシー軍は孤立無援となったのだ。
「この後、どうするつもりだよ。実際。ジリ貧だろ?」
「・・・一応、退路がないわけじゃないんだ。」
「あるのか?」
ホシヤマが尋ねると、アクシーは苦笑いで答える。
「南には帰れないけれど、西に行くことはできる。」
「カイ連邦か・・・」
決して近いわけではないが、西に行けばカイ連邦の国境がある。一応、同盟国ではあるし、そこまで逃げれば助かる可能性はある。
だが、カイ連邦の状況を考えると、助かるかどうかは微妙なところだ。
1回だけとはいえ、カイ連邦は帝国と戦った。結果は痛み分けだったものの、帝国軍との戦力差は嫌というほど思い知ったはずだ。
そこにこの帝国の大攻勢。カイ連邦としては、勝ち目のない戦いに挑むよりは、帝国に恭順を示す方が利口な判断だろう。
もしそうなれば、帝国の敵であるフレアネス王国軍、すなわちアクシー達を受け入れてくれない可能性が高い。
現状、カイ連邦がどのような動きをするか、情報は入って来ていない。西へ逃げるのは賭けになるだろう。
だが、ここでいつまでも抵抗を続けても、助けは来ない。賭けでも西へ行くしかないのが現状だ。
問題は、離脱のタイミング。
「で、司令官殿は、いつ撤退するつもりで?」
「そこが悩ましいところだ。」
アクシー軍がここで踏み止まることによって、帝国軍は戦力の一部をこちらに割かなければならず、その分、王都で戦う仲間達の助けになっているはずだ。ここで戦う兵士達も、それを信じている。
故に、あまりに早く離脱するわけにもいかない。ギリギリまで粘りたいところだ。
また、離脱後に追撃を受け、追い付かれでもすれば、全滅という可能性もある。何しろ、その時には川という便利な防衛線がないのだから。
敵の追撃を妨げる仕掛けを施し、全速力で逃げる。その準備が必要だ。
「離脱の準備を進めてはいるが、人数が人数だからな・・・こんな時、自動車という輸送手段がある敵が羨ましいよ。」
「ないんだから仕方ないだろ。足で走るしかねえんだよ。」
「わかってはいるが・・・」
長い戦闘で疲弊した兵士では、きっと数多くが脱落するだろう。負傷兵は置き去りにするしかない。
馬車はあるが、数は少なく、荷を乗せるだけで埋まってしまう。
脱落者をできるだけ減らしたい。方策を考えてはいるが、アクシーにはなかなかいい案が思い浮かばなかった。
対してホシヤマはもう割り切っていた。
「逃げるならさっさとした方がいいぜ。南から敵が回り込んでこない保証もないだろ?」
「・・・そうだな。」
ここで粘り続けて1週間以上過ぎた。もう十分だろう。
いよいよアクシーが決断しかけた時、アクシーは双眼鏡でそれを見た。
「何だアイツは!?」
アクシーが見たのは、水魔法や土魔法によるトラップを強引に踏み越え、対岸からの魔法攻撃も全て弾きながら、川を歩いて渡る大男の姿だった。
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「『斬魔・凩』っと。」
その男、クロードは、東大陸から列車で西の戦場に着くなり、すぐさまこのモスト川にやって来た。
そして、攻めあぐねる帝国兵たちを余所に、単身、渡河を始めた。
体を拘束しようとする水を、力ずくで振り解きながら、飛来する攻撃魔法を『斬魔・凩』で斬り、かき消す。
『斬魔・凩』は、魔法を斬り、無効化する『斬魔』と、剣閃に合わせて突風を起こす魔法剣『凩』を組み合わせた技だ。飛来する魔法の炎や土弾を、『斬魔』で魔力を斬り、『凩』で炎を消して土弾を吹き飛ばす。
飛来する無数の多様な攻撃を、これでほとんどかき消していた。回避するのは、時折現れる雷魔法くらい。
川の水に漏れる電流は避けられないが、クロードの耐久力ならば、その程度問題ない。
飛来する魔法を1つ斬るたびに1歩進む。それを繰り返すだけで、クロードはあっさり対岸に到着した。
岸にはずらりと並ぶ高い土塁。
クロードはそれに素早く近づくと、刀を持っていない左手でその土壁を押した。
「『石破』」
それだけで、魔法で強化されたはずの土壁は崩れた。『斬魔』の応用で魔法を無効化し、後は類まれな膂力で押し崩した。
土塁の向こうにいた兵士たちが、信じられないようなものを見る目でクロードを見る。
唖然とする兵士たちに、クロードは笑って見せた。
「どうした?シャキッとしろよ。張り合いがねえな。」
「う・・・」
言われて武器を構えようとした兵士が1人。
だが、次の瞬間には、その兵士は袈裟懸けに斬られていた。数m離れていたはずなのに、クロードはそれを1秒にも満たない時間で距離を詰め、斬り捨てた。
「「うあああああ!」」
堰を切ったように周囲の兵士がクロードを攻撃しようとするが、次々にクロードに斬られていく。
魔法を使う暇などない。剣を振り上げても、振り下ろす前に斬られる。銃を持っていても、目にも留まらぬ速さで動くクロードを捉えられない。
「乱戦を避けろ!距離を取れ!」
隊長格の兵士が叫び、応じて兵士たちが散開する。
だが、それも無意味だ。
「いいねえ!動きやすくなって助かるぜ!」
多少距離を取ったところで、クロードの間合いは広い。むしろ障害物が減ったことで、クロードはより縦横無尽に動き回り始めた。
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「何だあれは・・・情報に無いネームドか?」
その様子を司令部から見ていたアクシーが漏らす。
「ネームドだと?」
ホシヤマが、アクシーの副官から双眼鏡を受け取り、同じ方向を見る。
すると、風のように何かが高速で動き、その風に舐められた物が血飛沫を上げて倒れていくのが見えた。
「速すぎて双眼鏡じゃよく見えねえ。なんだありゃあ?」
「多分、攻撃魔法をほとんど使っていない。身体強化特化の・・・多分、剣士だ。」
アクシーが素早く分析する。
「剣士ね。なら、定石としては遠距離攻撃だろ。」
「そうだが・・・間合いが恐ろしく広いぞ。10mくらいは一瞬で詰めている。」
「はあ?それはちょっと大げさ・・・ってマジか。」
疑ったホシヤマだったが、見ていると確かにそれくらいはありそうだった。
「どうする?司令官殿。」
「・・・正直に言っていいか?」
「・・・いいぜ。友人として聞いてやる。」
「今すぐ全力で逃げたい。」
ある意味、一つの手ではある。ちょうど撤退のタイミングを窺っていたところだ。
だが・・・
「アレを相手に逃げ切れると思うか?」
「だよな。言ってみただけだ。」
見ている限り、あの剣士の動きは衰えを見せない。長距離ならあの速度が鈍ると考えるのは、楽観的過ぎるだろう。
「何か手はねえのかよ。」
「一応、一つある。」
「ほう、言ってみな。」
「ただ、ホシヤマ。お前にしかできん。・・・私用で遊びに来ていただけのお前をここまで酷使したことも含めて、申し訳ないんだが・・・」
「ハッ、皆まで言うな。死ぬ確率が高い賭けってことだな?」
ホシヤマは双眼鏡をアクシーの副官に返しつつ、アクシーに向き直る。
「倅にも基本的なことは教えたし、ウチの社員も今頃向こうで働いてるだろうさ。俺1人ここで死んでも、<地竜>は終わらねえ。むしろ、あんな危険なネームド道連れにできるなら、やってやるさ。」
「ホシヤマ・・・わかった。頼む。」
そうして、アクシーは作戦をホシヤマに伝え、それは実行に移された。




