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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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M04 勇者の愚痴

 イーストランド王国の王都、その商店街の通りから一本外れた道に、小ぢんまりとしたバーがある。大きな店舗の隙間に建てられたようなそのバーは中も狭く、詰め込んでも10人入るのがやっとと言ったところだ。しかし店内はきれいで、落ち着いた曲が流れている。

 その曲は拳大の巻貝から流れていた。魔獣の一種らしく、単純にソングシェルと呼ばれている。音楽を聞かせるとそれを覚えて歌うようになる。野生では貝のくせに陸上に住み、鳥の鳴き声をまねておびき寄せる。そして触手を伸ばして小鳥なら捕獲、大きい相手からは蚊のように血を吸うらしい。飼う時は箱の中に入れて音だけ通るようにし、人が近づかないようにする。定期的にエサをやれば問題ないが、エサやりを忘れるといつの間にか血を吸われていることがあるそうだ。

 このバーではソングシェルは透明なガラスの箱に入れられていた。中には観葉植物のような草も植えられていて、ソングシェルは苔の上に転がっている。歌だけでなく、観賞用としても楽しめる仕様だ。

 そんな雰囲気のいい静かなバーに、今日は客は一人しかいない。時間は夕方。普通はまだ夕飯の準備をしているような時間だ。しかしその客はつまみもそこそこに酒をあおり続けている。客が料理を頼まないせいで暇な店主が客に話しかける。


「しかし、かの勇者サマがまだ明るいうちから吞んだくれるってのはどうなのかね?」

「・・・いつものことだろ。」


 勇者マサキは転生してから割とすぐにこのバーを見つけ、行きつけになっていた。

 王都に来た直後から勇者ともてはやされ、落ち着けるところを探した結果だった。明るいうちに来るのは、夜には城に戻らないと、兵士が探しに来るからだ。初めは店主や常連客とたわいもない話をして楽しんでいたし、酒も嗜む程度だった。しかし戦場で辛い経験をするたびに愚痴が多くなり、アリスが戦死してからは戦場から帰還するたびに大酒呑んでは店主に愚痴を垂れ流した。


「今回はまた、帝国の戦車部隊を全滅させたよ。」

「へえ、相変わらずすごい戦果だな。今回も一人で?」

「ああ。」


 内容は自慢話のようなのに、マサキは一切笑わない。店主もその理由を察するからこそ、派手に喜んだりも茶化したりもしない。

 マサキはアリスの戦死以来、一人で戦っていた。もう誰も自分の巻き添えで死なせたくない、とは言うが、結局のところ、一人の方が効率が良かった。

 味方に『光の盾』を使っていれば、その分、攻撃魔法が使えない。一人なら自身の体表にある自動防御だけでよく、思い切り攻撃できる。実際、アリス並みの攻撃力がなければ、わざわざ『光の盾』に魔力を割く必要性がない。

 だがマサキは、例えアリス並みの攻撃力を持つ仲間が現れたとしても、もう戦場に誰かを連れていくことはないだろう。勇者について行きたいという者は多い。名声に惹かれただけの者も真面目に役に立ちたいと思っている人もいる。しかし誰が来ても、マサキはそのたびにアリスが恐怖を訴えた時のことを思い出し、同行を拒否する。常に帝国の最新兵器にさらされるマサキのもとに来れば、例え死ななくてもきっと心が折れる。マサキはそう思った。

 ずっと孤独に戦い続けることも辛いが、マサキは別の悩みも抱えていた。


「戦車だから、相手の顔が見えないのをいいことに、全滅させてしまった。一人残らず・・・はあ。」


 マサキはもう何度も戦場に出ていたが、敵は極力殺さないように努めて来た。それでも光魔法の制御が上手くいかなかったり、友軍を守ろうとしてやむなくだったりして殺してしまったことはあった。そのたびに吐いたりここで愚痴ったりしていた。

 だが、アリスが死んだ直後と今回、二度の戦車部隊との戦闘では、容赦なく敵を潰した。一度目はアリスを失った悲しみから気づかなかったが、今回は気づいた。戦車は無人ではない。中に人が乗っていて、それを自分が戦車ごと『レーザー』で焼き切り、『ライトストリーム』|(極太の光線)で丸焼きにしたりしたのだ。

 殺した帝国兵にも信念があり家族がいた。それを思えば、人間を守りたくてこの世界に転生して来たはずの自分は何をやっているのだろう、と思えて仕方がなかった。

 その心情を察して店主が追加の酒を出しつつ言う。


「敵兵を殺しちまったことを気にしてるのかい?」

「・・・相手も人間だ。いくら敵対してるからって、殺していいわけが・・・ない。」

「まあ、戦場に立つ兵士なら誰でも通る道だな。」

「そうか。そうだよな。」


 別に自分だけの悩みではない。そう思ってマサキは少し気分が軽くなる。

 ・・・同僚に相談してみようか。ベテランの兵士ならいいアドバイスがもらえるかも。

 そうマサキが思ったのを読み取ったのか、店主が表情を険しくする。


「だが、他の兵士にそんな話はしない方がいい。」

「え?」

「他の奴からすれば贅沢な悩みだぜ?確かにその悩みはみんな経験するが、戦場に出れば自分の命が危ないんだ。そんなこと気にしてる暇はねえよ。」

「う・・・」


 確かに、マサキがいつまでも敵兵のことを気にかけていられるのは、自分の身の安全が常に『光の盾』で完璧に守られているからだ、と言えなくもない。真に戦場に身を置いているか、と言えば、マサキはどこか傍観者的な感覚がある。本当の意味で命の危険に晒されたことがないのだ。

 実際には前世で経験があるのだが、今のマサキはそんなことは思い出せない。

 結局自分は他者の価値観を共有できない。そう思うと孤独が深まるようだった。マサキは酒を飲む気力すら失せて俯く。

 見かねた店主が溜息をついて語り始める。


「まあ、あまり悪いことばかり見るな。みんな勇者様に感謝してるんだぜ?」

「・・・・・・」

「あんたが現れなきゃ、もしくは来るのがもうちょっと遅かったり、来ても戦ってくれなきゃ、この国は終わってた。あんたが来る前には降伏するしかない、って雰囲気だったんだ。」

「・・・降伏でもよかったんじゃないか?人が死なないなら。」

「おいおい、異世界人が平和な国から来ることが多いってのは本当みたいだな。敗戦国ってのはひでえもんだぞ。」

「条約とかないのか?負けた国がひどいことにならないようにするような・・・」

「そりゃ、あるさ。現に今、帝国に占領された北大陸の国々は条約に従って統治されてる。敗戦国の民を無闇の奴隷にしたりしない、とかな。まあ、帝国からの亡命者から聞いた話だが。」

「亡命か・・・」


 この時勢、亡命する者は多い。帝国の統治から逃れた魔法使いが来たり、逆に魔法の才能がなく、科学の魅力に魅かれて帝国に亡命する者もいる。リスクを承知で戦場を横切る者もいれば、中立国であるノースウェルを経由する者もいる。割合は9割以上が後者だ。理由は安全なうえ、ノースウェルが亡命者にも好意的だからだ。課せられる条件と言えば、1か月以上ノースウェルに滞在すること。その間、仮の住まいは与えられるし、地元民の農作業などを手伝えば賃金ももらえる。

 なぜノースウェルがここまで好意的かと言えば、そういう教義だからというのもあるが、信者を増やすのが目的だ。実際に1か月の滞在中に感化されて、そのままノースウェルに永住する者も多い。

 城で聞いたそんな事情を思い出しているマサキをよそに、店主が話を続ける。


「ところが条約に従って人道的に統治してるってのは表向きの話だ。政府が綺麗ごとを言っても、末端までそれが浸透しているわけじゃない。敗戦国では帝国軍兵士による犯罪が非常に多いんだ。強盗、強姦、殺人もあるそうだ。もちろんその兵士はちゃんと法に従って裁かれるが、それでもそう言った犯罪はなくならないらしい。」

「なんでそんなこと。」


 マサキにはそんな犯罪者の心理など理解できない。なぜ国のために戦う兵士が、戦場とまるで関係のないところで暴力を振るうのか。


「そこで兵士の意識の話に戻る。誰しも敵を殺したことで悩むと言っただろ?そこで、こう割り切る奴が多いのさ。敵は自分たちと同等の人間じゃない。鬼畜、外道、死んで当然の人間だ、ってな。」

「そんな・・・」

「お優しい勇者様には信じられねえかもしれないが、多いのさ。で、そんな意識で戦い続けた兵士は、戦勝後もそれを引きずる。結果、ふとした拍子に敗戦国の奴らに非人道的なことをやっちまうわけだ。」

「・・・・・・」


 マサキは店主を睨む。だから仕方ないというのか。そんな理由で犯罪を肯定するのか、と。

 店主は慌てて話を続ける。


「別にそれが正しいとは言ってねえし、そういう割り切り方をお勧めするわけじゃねえ。むしろ逆に、そんな考えに堕ちないあんたの高潔さを賞賛してるのさ。」

「高潔・・・かなあ。」


 マサキは睨むのをやめるが、今度はなんとも言えない表情になる。褒められるのは嬉しいが、今の自分は褒められるべきではないように感じるからだ。


「だからこれからもそんな闇に堕ちないように気をつけてくれよ?後ろ向きなことばかり考えてたら、いつかそうなっちまうかもしれねえ。確かにあんたは敵を殺してるが、それ以上に味方を守ってるんだ。あんたが戦車を倒さなかったら、王国の兵士が何十人吹き飛ばされてたかわからん。」

「そうか・・・ありがとう、マスター。ちょっと楽になったよ。」


 悩みが解消したわけではない。だが、悩みすぎて後ろ向きにばかりなっていてはいけない。前を向いてやるべきことをやる。マサキはそう思うことにした。

 残った酒を一気に飲んで、グラスを置く。


「美味いね、これ。」

「お、やっと気づいたか。良い酒を無駄にしてたかと心配してたぜ。」

「はは、ごめん。お勘定お願い。」

「98ドルだ。端数はおまけしてやる。」

「え?」


 ここの都民の平均的な食事1回にかかるのが4~5ドル。酒も安いのなら3ドルくらいだ。明らかに高い。

 戸惑うマサキの目の前に店主が空の酒瓶を持ち上げ、振って見せる。


「良い酒を何本飲んだと思ってる?あとこの間ツケてただろ。」

「う・・・わかった。払うよ。」


 前回来た時、荒れに荒れて、勢いで払わずに出て行ってしまったことを思い出した。渋々マサキは財布から10ドル硬貨を10枚出す。


「はい、確かに。」

「ごちそうさま。また来るよ。」

「おう。今度は笑って来いよ。」

「はは、努力するよ。」


 そうしてマサキは城へ帰って行った。


 その数日後、久しぶりの良い知らせがイーストランド王国に届く。勇者マサキの戦果を材料に粘り強く外交官が交渉した結果、とうとうネオ・ローマン魔法王国との同盟を取り付けたのだ。しかも、物資の援助だけでなく、共闘まで約束した。

 その知らせにリー国王をはじめ、一国民までが喜んだ。これで希望が見えた、と。


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