322 亡者の軍勢
8月22日。帝国軍の電撃的な侵攻の結果、帝国軍はついにフレアネス王国の最終防衛ラインまで迫った。
ここまでは、準備ができていない王国軍を不意打ち的に潰して来たが、この最終防衛ラインはそうではない。
土塁に塹壕、兵数も武装も十分。また、ここを守るのは、フレアネス王国の4軍団の中でも指揮の高さ、統率力に秀でたロクス軍だ。ここを突破するのは容易ではない。
だが、帝国軍は焦ることなく、その防衛線と睨みあう形に布陣していく。
これは軍師から伝えられた作戦であり、皇帝陛下からの直接の指示だ。王都を包囲さえしておけば、別動隊が国王を討ち取る、と。
その予定ならば、無理に攻めて兵を消耗する必要はない。ここまで辿り着い帝国軍は、防衛線の王国軍に睨みを利かせたまま、着々と包囲を進める。
さて、そんな帝国軍の兵士たちはと言えば、ようやく一息つける状態になったところだ。
兎にも角にも速度が命。そう言われて、ここまで突っ走って来た。
歩兵銃を担いで走るだけでも重労働なのに、敵との戦闘もこなして来た。脱落者も少なくない。
肉体的にも精神的にも限界まで酷使した兵士たちは、ようやく足を止められること、ここまで生き延びられたことに感謝し、久方ぶりの休息をとる。
粗末な糧食を口にしながら、ここまでの過酷な道のりを愚痴り合う兵士達。だが、悲壮感はない。何しろこれは勝ち戦だ。
失った仲間のことは悲しいが、それはきっと報われる。そんな希望に満ちていた。
そんな帝国軍の中で、とある部隊長が、ふと思い立って無線を手に取る。
少し離れた位置を進軍しているはずの戦友のことを思い出したのだ。彼は無事ここまで辿り着いただろうか。
規定通りのやり取りを終えた後、戦友を呼び出す。
「ブライアン隊長はいるかね?」
「あ、はい・・・」
通信兵がやけに覇気がないことが気になったが、それを気にする前に、無線にブライアンが出て来た。
「マックか、久しいな。」
「おお、ブライアン。そちらも無事に目標地点まで辿り着けたようで何よりだ。」
「無事・・・」
「ん?どうした?・・・損耗が激しかったか?」
「あ、まあ、そうだな。だが、辿り着けたよ。」
「そうか・・・なんだか元気がないじゃないか。さっきの通信の奴も。」
「あ・・・ああ、疲れてるんだよ。・・・わかるだろ?」
「それもそうか。強行軍だったものな。・・・疲れてるところ悪かった。お前が無事でよかったよ。」
「ああ、そっちこそ。」
そう言って無線は切れた。
マックはブライアンの様子がおかしかったように思われたが、
・・・きっとアイツが通った西側は、こっちよりも激戦区だったのだろう。
そう考えて、特に上に報告するようなことはなかった。
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一方、無線を切ったブライアンは、大きく息を吐いた。
疲労もあるが、それ以上に恐怖と緊張があった。
そこへ、脳に直接響く様な声が届く。
「よくできました。まあ、怪しまれずに済んだんじゃない?」
ブライアンは恐る恐る振り返る。
そこには、陶器でできた人形のような女が立っていた。口は動いているが、音は発していない。闇魔法でテレパシー的に言葉を伝えているのだった。
「なあ、いつ我々を解放してくれるんだ?」
「さあ?いつになるかしら。間抜けな連中が、この事態に気付いたら?それとも、横槍を入れる絶好のタイミングが来たら、かしらね。この後、あの王都を占拠するんでしょう?勝ったと思って意気揚々と王都に入ろうとした連中を横から殴ったら、さぞ愉しいでしょうね。」
女の顔が、ピシピシと割れて、笑みを作る。
「勝てると思ってるのか?我々を傀儡にしたくらいで、この程度の数ではどうしようもないぞ。」
ブライアンは毅然として言う。
今の彼の部隊に、生きた人間は彼と通信兵、その他数名しかいなかった。他に立っている兵士のようなものは、皆、外見が人間そっくりなだけの、土人形だった。ただし、人間以上に機敏に動き、戦うことができる土人形だが。
その土人形は、すべてこの女が作ったものだった。
ブライアンに勝利の可能性を否定されても、女は絶望するどころか、笑みを深めた。
「勝つ?勝つつもりなんてないわよ。愉しければいいの。だって・・・私はもう死んでるんだから。只の余興よ。アイツの駒になるのは癪だけど・・・愉しいからいいわ。」
ブライアンは怒りをあらわにした。なぜこんな享楽主義者に、自分達の命を弄ばれなければならないのか。
「貴様は、何なんだ!?」
「口には気を付けなさいよ。私は<人形姫>。かつては魔族の族長の1人だった者。今はもう死んでるけどね。あんたら人間共では及びもつかない上等な存在だったのよ。本当ならひれ伏して靴でも舐めさせたいところだけど、外聞がよくないから立たせてあげてるのよ?感謝なさい。」
<人形姫>の土人形が配され、彼女の支配下に置かれているのは、ブライアンの部隊だけではない。
彼の後続の部隊も、輸送兵に至るまで、数多くの部隊が彼女の支配下にあった。
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その頃、フレアネスの防衛線より遥か北。他の部隊からやや離れてしまった帝国軍の部隊が、また、人知れず壊滅していた。
「ば、化物・・・」
「お褒めに与り光栄だ。」
壊滅した帝国軍部隊の中心で、クロは地図を見ていた。
・・・西側は概ねやったか。中央をもう少し喰っておくか。
次の標的を選ぶクロの周囲で、土が盛り上がり、人形になる。次第に成形され、外見上は人間と変わりない姿になった。
その人形達が、死体から服や武装を剥ぎ取り、身に付けていく。
・・・こういう時は<人形姫>の能力は便利だな。
覚醒から1週間。クロは新型復讐魔法による亡霊の使役まで使いこなすようになっていた。
亡霊が保有する魔力を借り受けるだけでなく、亡霊がもつ能力まで使用できるようになっていた。亡霊の思念がこの場にいなくても、クロはその能力を使えるようになっている。
現在も、クロに取り付いていた<人形姫>の亡霊を励起し、その能力を自分の意志で行使。さらには、彼女の思念体を彼女の意思で動かさせることまでやってのけていた。
そして、クロがこうして生み出している土人形は、別にクロがコントロールしているわけではない。
たった今クロが殺した兵士、過去に殺した者、その中から使えそうな怨霊を選別して、土人形を使わせているのだ。
彼らは自分の意志で土人形を自分の身体のように動かし、クロの指示に従っている。
怨霊達は、別にクロに従順というわけではない。それぞれに異なる恨みをもって、利害の一致により、クロの作戦に従っている。
作戦とは、こうして帝国軍を次々に怨霊兵に置き換えておき、クロの家へと進攻しようとしたタイミングで一斉に残りの帝国軍に襲い掛かるという方法だ。
これに従う怨霊達の目的は、まだ生きている者達への妬みであったり、個人的な誰かへの恨みであったり、無茶な戦争に徴兵された怒りであったり、様々だ。けれども、利害が一致している限り、彼らはクロに従う。
こうして、クロは壊滅させた部隊を、隊長と通信兵あたりの数名だけ残して、怨霊兵に置換する行動を、ここ数日繰り返している。
怨霊兵は見ただけでは中身がわからない精巧なものだが、喋ることはできないので、通信は生きた人間にさせなければならない。そういう理由で一部を生かしていた。
この行為は、軍師モリスの目には映らない。クロの周囲は、依然「闇」で覆われ、魔力感知はいずれも届かないからだ。
モリスは、未だにこの事態に気付かず、作戦が順調に進んでいると思っているだろう。
「いい加減、この新型にも名前を付けるか。・・・亡者が生者を襲い、追い回す。『黄泉比良坂』でいいか。」
そんな独り言の間に、怨霊兵たちが生き残った兵士たちに銃剣を突きつけ、立たせて歩かせる。
一部の兵士が勇敢にも怨霊兵に反撃したが、怨霊兵の身体は土くれだ。壊れた部分はあっさり修復し、ダメージはない。
こうして帝国軍の部隊はクロの傀儡へと置き換わっていく。
「さて、次に行くか。」
クロは余った武器を魔法で集めて宙に浮かせ、それらを引き連れたままジャンプする。
反動でクレーターを地面に残しつつ、高々と跳躍し、そのまま魔法で飛行する。
そして、着地と同時に新たな部隊を強襲。ものの数秒で制圧するのだ。
帝国軍は亡者の軍勢に食われつつあった。




