319 電撃侵攻
8月19日。フレアネス王国の王城では、ジョナサン国王を中心とした貴族達が慌ただしく動き回っては、度々会議を開いていた。
普段は特権階級として優雅に暮らす貴族達だが、本来彼らは戦争などでその実力を買われた猛者たちだ。有事となれば誰よりも機敏に動く。少なくとも、武闘派の多い獣人族ではそうだ。
「モスト川はまだもっているんだな!?」
「はい!しかし、そこ以外はどんどん押されています!このままでは、アクシー軍の孤立は免れません!」
今も会議で最新情報の確認が行われている。
この城と前線各地の間で隼便が激しく行き交い、連絡を密に取っている。
しかしそれでも、現地からここまで情報が届くのに1~2日はかかってしまう。
最新情報では生きている、と伝えられても、今この時には死んでいるかもしれない。そんな状況が、ジョナサンを焦らせる。
戦況としては明らかに劣勢。
フレアネス王国とて情報収集を怠っていたわけではない。帝国軍に再侵攻の動きがあることは知っていたし、動かせる部隊は国境付近に移動させてもいた。
だが、十分ではなかった。
情報収集は、国内の混乱で諜報部隊が十全に動けなかったこともあり、敵軍の数までは把握しきれていなかった。
そして、送り出した軍も、想定を上回る敵の数に押され、圧倒されていた。
帝国との国境は、大きく分けて二つ。南北に流れるモスト川と、その東に広がるミタテ平野のど真ん中に引かれた国境線だった。
それぞれにアクシー軍、ホフマン軍を配し、迎え撃つ予定だったのだが・・・
再侵攻の予兆が伝わった時、すでに国境に詰めていたアクシー軍はすぐに準備できたが、情報を受けてから王都より進発したホフマン軍は、移動中に帝国軍とかち合うことになってしまった。
そんな状況で、想定外の大軍と当たれば、ホフマン軍の敗北は免れなかった。
どうにか遅滞戦闘を続けているようだが、休むことなく前進してくる帝国軍にどんどん押されている。
「大規模な輸送隊を引き連れているようです。中身は・・・」
「言わんでもわかる。そこから補充兵が湧いてくるんだろう?お得意の物量作戦ってわけだ。」
ホフマン軍が必死の抵抗で敵を削っても、次から次へと穴を埋めるように兵士が補充される。
戦っても戦ってもキリがない。心が折れる兵士も現れそうだ。
「止める手立ては?」
「ロクス軍が、<地竜>と共に防衛線を築いています。そこで迎え撃つ予定です。」
王都に留まっていたロクス軍が、王都の北に防衛線を構築中。本当ならもっと王都から離れたところにしたかったが、敵軍の進軍速度が速すぎる。安全を考えれば、欲を出さずにギリギリで迎え撃つほかなかった。
「・・・一応聞くが、ホフマンの奴に援軍は・・・」
「残念ながら、手が足りません。」
一応、国王直轄軍の4軍団のうち、ラッド軍がまだ残ってはいる。
しかし、ラッド軍は海岸警備に配置されている。これを動かしてしまうと、敵に海路からの侵攻を許してしまいかねない。
何しろ相手は、あの軍師だ。穴を作ってしまえば、確実にそこを突いてくる。
地方貴族には私有の軍もいるが、それはすでに各管轄の地方の守備に回っている。帝国軍の進軍ルート上にあった地方はとっくに全滅した。
イラつくジョナサン国王は、机を拳で叩く。
「くっそ!こんなところで1日遅れの情報で会議なんぞしていられるか!やはり前線に出る!」
「「お待ちください!」」
このやり取りは、開戦の情報が届いてから2日、何度も繰り返した。
炎の神子であるジョナサンが出れば、戦況をひっくり返すことも可能かもしれない。
だが、万が一があれば、フレアネス王国の負けだ。彼が死ねば、戦力的に逆転の目はなくなるし、国王は国民の精神的支柱でもある。万が一があってはならない。
「俺が死んでも、次の炎の神子なんざすぐに任命される!そいつを国王に据えればいいだろう!」
「なりません!次の炎の神子が、すぐに王として立てる保証などないのです!どうか、陛下の出陣は最後までお待ちください!」
「だからと言って、指をくわえて待つなんぞ、できるか!だいたい、俺は兵士として・・・」
そこでジョナサンは言葉を切り、黙った。
しばし固まってから、息を吐いて席に戻る。
「わかった。待つ。・・・他に戦力の当てはあるか?」
「「・・・・・・」」
国王は止まってくれたが、その代わりとでもいうような国王の問いに、答えられる者はいない。
今までは、傭兵として<赤鉄>や<疾風>がいた。
だが、<勇者>との戦闘後、<赤鉄>は行方知れず。<疾風>も重傷と聞く。
そもそも、<勇者>による討伐において、<赤鉄>の敵に回ったフレアネス王国が、今更彼らを頼れるわけもない。
答える者がいないことを確認したジョナサンは、わざとらしく溜息をつき、話題を変える。
「せめて、アクシーを助ける手はないか?ここまで退かせる方法はないのか?」
「それは・・・」
またも一同、言葉に詰まる。
アクシー軍は、帝国の大軍にも屈さず、モスト川を挟んで抵抗を続けている。
しかし、崩れるのも時間の問題だ。
ミタテ平野を突っ切った帝国軍はそのまま数に物を言わせて広く展開。南下するだけでなく、西にも手を伸ばしている。
いずれ、アクシー軍の陣地と王都を繋ぐルートはすべて占領されるだろう。いや、情報が届く時間差を考えれば、既にそうなっていてもおかしくはない。
そこへ、伝令が会議室に入って来る。急ぎの様子ではなく、なんだか申し訳なさそうに。
「し、失礼します。・・・その、ロクス司令官からです。」
伝令が手渡す文を、国王の秘書が受け取ろうとするが、ジョナサン国王はそれをもぎ取った。
そしてそれを読み、顔を顰める。
「ホシヤマがいない?<地竜>の頭が、か?」
フレアネス王国の数少ないネームドの1つ、<地竜>。それは個人ではなく、ホシヤマ率いるモグラ獣人達を指す。土魔法に長けた彼らは、地中からの奇襲や陣地構築を得手とする。
今回もその陣地構築能力を買って、ロクス軍に同行していたのだが、その頭目であるホシヤマがいないらしい。
届いた文は、その件に関する苦情だった。国王に言っても仕方のないことなのだが。
「参ったな。敵の先鋒には<雨>も確認されているというのに・・・ブラウン、ホシヤマの行方を探してくれ。」
「かしこまりました。」
すぐさまブラウンは<草>の手すきの者に指示を出しに行った。
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一方、東の戦線にいる軍師モリスは、大量の無線を中継する乱暴な方法で、西の戦線に指示を出していた。状況は『ラプラス・システム』でリアルタイムに見えるが、一応、対面として報告も受けていた。
「よーし、よし。いいぞ。<赤鉄>はまだ動いてねえな。とにかく時間との勝負だ。奴が暴れ始める前にカタをつける。・・・モスト川の方は無理に攻めなくていい。追加の戦力を送ったから、そいつが来るまで適当にしてな。重要なのは王都だ。そこさえ押さえれば勝ちだ。・・・ああ、お前らは囲むだけでいい。始末は別動隊がやる。」
モリスの指示を、無線の相手が機械的にメモして、次の連絡員に伝える。
しばらくして、現地指揮官からの返答が来た。
「了解。別動隊について詳細は伺えますか?とのことです。」
「御苦労。・・・別動隊については、聞かない方が身のためだと言っとけ。ただ、そいつがフレアネスの頭を刈り取ったら、即刻王都を占拠しろ。それだけだ。」




