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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
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317 世界を滅ぼす計画

 クロとコンダクターは、肩を並べて北へと歩き続ける。

 クロの「闇」が常にコンダクターの魔力を削っているが、コンダクターは表情一つ変えない。


 歩きながら、コンダクターは説明を始める。


「連中、神竜達が、なぜ世界を滅ぼそうとするか・・・説明の前に、まず、世界を滅ぼすのは彼らの目的ではなく、計画を成した際にこの世界に起こる結果である、とだけ先に言っておこう。」

「ふむ。」


 仮にも竜人族や竜族に信仰されている連中だ。単なる破滅思想などで行動しているわけではないだろう。

 どこぞの神は、世界中のヒトに信仰されながら、自殺を目論んでいたが、流石にそんな神ばかりだとは思いたくないところだ。


「その計画は、連中なりの救済策じゃ。結論から言ってしまえば、目的は移住じゃよ。」

「どこへ?」


 コンダクターは、頭上をまっすぐに指差す。


「別の星、らしい。具体的にどこかは聞いとらんが。」

「・・・・・・」


 クロは空を見上げる。天文学には疎いが、太陽や月、明星などが見えることからして、この星も前世と似たような太陽系にあると推測できる。

 だとすれば、他の星への移住という計画は、荒唐無稽な話ではない。火星のテラフォーミング計画とか、現実の話だったかは覚えていないが、前世で聞いた事があった。


 だが、あくまで理論上可能、という話だったはずだ。前世の科学技術でも、実現は遥か先の話と聞いていた。

 大気成分も土も、水の有無も、何もかもが違う異星。そこを人が住める環境にしようというのだ。そんな簡単にできるはずもない。


 しかし、だ。


「魔力と、魔族であれば、不可能でもないか。」

「おや、クロ殿はそう思うか。前世の知識かな?」

「まあ、そんなところだ。」


 おそらく、魔族であれば、異星の環境でも活動可能だ。食料も水も、負傷の回復程度にしか必要とせず、最悪、空気すら要らない魔族は、まさしく開発の先鋒としてうってつけだろう。

 そこに、魔力という便利なエネルギー。手ぶらで大量に運ぶことができ、ロスなく様々なエネルギーに変換できる。

 天候操作の魔法をうまく使えば、環境を整えることも可能だろう。


 しかし、それでも問題はある。


「魔法で異星を居住可能な環境に改造するとして・・・ネックは魔力の供給か?」

「左様。話が早くて助かる。」


 この星には、ユルルが供給している無色の魔力が大量にあり、人々は魔法を使って消耗した魔力を、無色の魔力を吸収して補う。

 しかし、異星にはそれがないはずで、魔法を使った後、魔力は回復できないはずだ。

 さらに、星を丸ごと、いや、一部地域だけでも、環境を変えようとするならば、大量の魔力が必要になる。ネームド級の魔法使いを世界中から集めてもおそらく足りないだろう。

 一般的に使用されている天候操作の魔法は、あくまで一時的な変化であり、恒常的な環境変化までもたらすならば、必要な魔力量は計り知れない。


 その問題をどうするつもりか、と訝しむクロに、コンダクターが説明する。


「お前さんはもう見つけておるだろう?莫大な魔力の流れを。」


 コンダクターは地面を指差した。それでクロは理解した。

 コンダクターに会う前、クロがちょうど発見した、膨大な魔力の流れ。地中や上空を流れるこの魔力は、確かに誰かの所有物となっている。


「この流れてる魔力を持って行くってのか?」

「連中は、「龍脈」と呼んでおる。100年以上かけて、徐々に規模大きくし、今や世界中の魔力の4割を占めるらしいぞ。」

「そんなにか。」


 ・・・ユルルは知っているのか?・・・いや、知らないはずはないか。だとすると、アイツのことだ。これもこの星の生物が選んだ結末だ、とでも言って、傍観する気か。


 ユルルは、この世界に魔力を供給しつつ、この世界を生きる生物たちを見守っている。そして、見ているだけで干渉はしない。ただ、自分がもたらした魔力という力を、この世界の生き物たちがどのように活かすのか、それを見て楽しんでいる。


 クロがユルルの思惑を予想している間にも、コンダクターの説明は続く。


「そして、「龍脈」が占有する魔力が、世界の過半数を占めた時、計画は発動する。「龍脈」は、連中の体の一部。今は秘匿のため抑えているが、抑えを外せば、「龍脈」は貪欲に周囲の魔力を吸収し始める。」

「周囲の魔力を・・・」


 クロは自分の身体を見る。


「そう。お前さんの「闇」と同じだ。原理は難しくない。ただの魔力回復じゃよ。誰もが身に付けている、魔力の自然回復力。周囲の無色の魔力を少しずつ吸収する力。それが過剰に働いた結果が、お前の「闇」であり、奴らが計画の発動時に引き起こすものだ。」

「そういうことか。」


 クロは、自分の「闇」の扱い方を調べているうちに、これは別に新たに身に付けた魔法ではないと感じていた。既存の機能の何かが変異したもの。そこまでは感覚でわかっていた。

 なるほど、魔法回復力。それならば、完全に止めることができず、無意識にも吸収してしまうのも納得がいく。


 そして、これと同じことを起こすというならば、神竜達が世界を滅ぼす方法もなんとなく読めた。


「それを発動すれば、その「龍脈」とやらが、周囲の魔力を吸収する。それは、無色の魔力だけじゃなく、ヒトや獣が持つものまで強引に奪う。そうだろ?」

「その通り。「龍脈」はすでに世界中に張り巡らされている。ヒトも獣も植物も、皆、根こそぎ魔力を奪われる。そうして集めた世界中の魔力全部を持って、連中はそらへと旅立つのさ。向こうで従者や家畜とする、少数の生き物を抱えてな。」

「・・・少数、ね。」


 魔力を奪われたこの星の生物たちがどうなるかは、転生時にも八神から説明された。

 すでに世界中のほとんどの生物が、多かれ少なかれ魔力に依存して生きている。

 依存度が大きいものは生命活動に支障をきたし、死に至る。依存度が低い者でも、魔力があった頃に比べれば、様々な機能が低下するだろう。


 全滅、とはいかずとも、生存者は少なく、その生存者も残された過酷な環境を生き抜く力があるかどうか。


「彼らも、この計画はあくまで救済策と考えておる。それ故、残される者達にも希望を与えている、とのことだ。」

「希望?」

「それが、ライデン帝国じゃよ。魔法排斥を掲げ、魔力への依存度が低いヒトを増やす。そうすれば、計画実行後にも、生き延びるヒトが増えるじゃろう?まあ、ヒトが手放した分の魔力を「龍脈」に取り込むことも兼ねた方策のようじゃがのう。」

「奴らに従ってる竜人族とかは、それを信じてるわけだ。馬鹿馬鹿しい。」


 クロに言わせれば、ヒトだけを多数生き残らせても無意味だと考える。

 世界はヒトだけで成り立っているのではない。様々な生物が奪い合い、利用し合い、支え合って、複雑な生態系を作って成立している。ヒトだけ残しても、早晩滅びる運命は変わらない。


 異星に連れて行く従者とかについても、そうだ。家畜を多少連れて行った程度で、生態系を再構築できるとは思えない。


 クロの考えに、コンダクターも同意する。


「ええ。それに、魔力を失った人類が如何に脆いか、それを物語るケースが最近あった。お前さんが木の神子を殺した後、ノースウェルがどうなったか、ご存じかな?」

「イーストランドの属国になったんじゃなかったか?・・・詳しくは聞いてない。」

「政治の話でなく、民衆の話じゃ。・・・疫病が流行り、多数の犠牲が出たそうじゃよ。心得のある木魔法使いが奔走して、今は収束したようじゃが・・・魔力がなければ、そんな対応もできん。わかるかな?」

「ああ、そっちで滅びる可能性もあるか。」


 この世界の人々は、魔法を使っているつもりがない者でも、無自覚に自分の身体を魔力で強化している。実際、前世の人間と比べて、傷の治りも速く、何より病気になる者が少ない。やたらと人間が多い帝国でも、伝染病が流行った話は聞いた事がないから、この世界の誰もがそうなのだろう。

 そこから魔力が失われれば、魔力によって支えられていた免疫機能が一気に弱体化。神の加護を失ったノースウェルと同じように、疫病が蔓延する可能性は十分にある。

 そして、神竜達の計画が成った後には、魔法を使える者がいない。ノースウェルのように収束する事も無いだろう。ましてや、病気が少ないという背景のせいで、この世界の医学・薬学は未発達だ。科学による解決も望み薄だろう。


 これらの懸念は、実は対応策があることをクロは知っている。

 計画が実行され、世界中の魔力が失われても、ユルルが改めて魔力を供給すれば、回復の見込みがあるのだ。

 ユルルとの約束で、ユルルの存在を公言しないと決めているクロは、それをここで言うことはないが。


 それに、もしユルルが対応する可能性があるとしても、その対応が済むまでに、あらゆる生物に多大な犠牲が出ることは間違いなく、そこにクロの仲間も含まれることだろう。

 ついでに言えば、ユルルが対応してくれる保証もないのだ。それに期待するわけにもいくまい。



「とりあえず、連中がやろうとしてる計画と、その杜撰ずさんさも理解した。」

「杜撰とは手厳しい。まあ、確かに穴はあるがね。」

「確認したいのは、あと2つだ。まず、移住しなければならない理由は?」

「ああ、それですか。」


 コンダクターは、どこから説明するか、と少し悩み、やや遠回しに切り出す。


「クロ殿は、この世界の人口がどのくらいか、知っているかな?」

「いや。多いとは思うが。」

「儂も最新のデータは知らんが・・・100年前の戦争後で、10億人以上はいるとわかっておる。」

「ふうん。」


 10億人。前世と比べれば少ないか。

 そう思ったが、前世の地球との環境の違いを考えると、そうでもない、と思い至った。

 この星は、かつての大戦で多くの陸地が沈み、陸地は非常に狭い。前世の地球の5分の1から6分の1程度だろう。

 そこからさらに、魔獣の住処や魔力濃度が高い危険地帯として、ヒトが住むことができない場所が多く存在することも考慮すると・・・


「・・・多いな。」

「そうじゃ。仮に今の未開の地がすべてヒトの住処に変わったとしても、足りない。今、問題なく回っているのは、戦争で減ってるからでしょうな。」

「現時点でも、問題ないとは思わんがな。」


 クロは、過去に討伐した少年窃盗団を思い出した。クロは容赦なくそれを叩き潰したが、あのような集団が生まれる背景には、人口の過剰により、資源が行き渡らず、困窮する者達が存在する状況があるのだろう。

 更生しようともしなかったあの連中は今でもクロは許す気はないが、止む無く窃盗に手を染める者達も少なくないはずだ。

 クロが製錬業を始めるにあたって雇った埋立場の者達も、そういった背景により行き場を失くした者達だった。


「ともかく、今の戦争が終わり次第、きっと増えすぎた人口により、この世界は立ち行かなくなる。そしてヒトは、限られた資源を奪い合って、また戦争を起こす・・・神竜達は、その未来を見限り、やり直すことを決めたようじゃ。」

「それで、移住か。」


 確かに、この星の資源で賄えないほど人口が増えたのならば、別の星に移住するというのは、1つの手かもしれない。その代償として、今のこの星が滅びなければ。



「じゃあ、最後に。「龍脈」の占有率は、今4割ほどと言ったな?」

「うむ。」

「で、計画の発動は過半数。・・・まだ先のことのように思えるが?」


 4割に至るまで100年以上かかったという。ならば、過半数、例えば6割に至るまでには、単純計算であと50年はかかりそうに思える。


「それが、そうでもないのじゃよ。」


 ふう、とコンダクターは溜息をつく。


「残り6割のうち、無色の魔力は3割程度。残り3割は生物が保有していることになるが・・・その生物が保有する魔力には大いに偏りがあってな。」

「まあ、魔力容量には個人差があるしな。ネームドに偏るだろ。」

「それじゃ。今現在、戦場に出ているネームド。「龍脈」につながる竜人族を除く者達。それらが2割を占める。」

「ってことは・・・」

「次の機会で、連中は戦場に出ているネームドを殺し回る気じゃよ。そうして、それらがもつ魔力を「龍脈」に吸収すれば・・・めでたく過半数達成というわけじゃ。」

「・・・・・・」


 敵の狙いは、ネームド。そして、それに類する魔力を持つ者。

 クロの頭には、家に残して来た仲間のことが過った。



 そこへ、1本の矢が飛来する。

 クロが撃ち落とそうとするのをコンダクターが制し、手でそれを掴み取る。

 それは、矢文だった。コンダクターは、矢に結ばれた手紙を開く。


「なんだそりゃ。」

「通常は風魔法で連絡するんじゃが、お前さんの近くでは機能しないからのう。」


 どうやら、コンダクターの部下からの連絡らしい。


「・・・おや、もう始まったか。軍師殿も決断が早い。」

「なんだ?」

「帝国軍の再侵攻じゃよ。かなり規模が大きいようじゃ。おそらく、これに紛れて連中も動くじゃろう。」

「・・・タイミングが良すぎないか?」

「帝国の軍師殿は「目がいい」からの。お前さんと<勇者>の決着も見たはず。どんな形にせよ、動くとは思っておったが、また思い切ったことを。ギャンブル好きかのう?ともあれ、今言った通り、神竜達にすれば好都合の展開。努々(ゆめゆめ)油断召されるな。最優先ターゲットはお前さんじゃろうからな。」


 先の理屈で言えば、敵は魔力を多く持つ者を狙っており、そしておそらく、今一番魔力を持っているのはクロだ。


「儂はまた連中の味方のフリに戻る。さらばじゃ。」

「俺に接触したことは気づかれてないのか?」

「見られてはおるじゃろうが、話の内容までは伝わっておらんよ。・・・では、ご武運を。お前さんが連中を返り討ちにするのを楽しみに待っとるよ。」


 コンダクターは、歩みを止めた。クロはそれを少しだけ振り向いて見ながら、歩き続ける。


 ・・・向こうが俺を狙ってくるなら好都合だが、問題はマシロ達のほうに言った場合か。戻るわけにはいかんが、どうするか。


 クロは、対策を思案しながら、「龍脈」を辿って北へと向かった。


次まで少し間が空きます。

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