035 「人形姫」との戦い
<人形姫>が操る20体の武装した人形が襲い掛かってくる。
<人形姫>はこの人形達を常時動かしている。それを他の『アースゴーレム』を用いる土魔法使いに言えば、一様にバカのすることだと言われるだろう。なぜならゴーレムは連れて歩くだけで魔力を消費するからだ。それを20体も常時出し続ければ、魔力消費は半端な量ではない。人間ならすぐに枯渇する。だが<人形姫>はそんな常識を無視して、圧倒的な魔力量に任せてこれらの人形達を常時動かし続けている。理由はただの趣味だ。性癖と言ってもいいかもしれない。
その無駄な行為にもメリットはある。今クロの目の前にいる人形を見ればわかる通り、人形に武装させることができる点だ。しかも魔力を注ぎ込めば人間とは比較にならない力を出せる。現にこの人形達はフルプレートの鎧を着ながら軽快に走っている。
この事実を見れば、恐ろしい強敵のようだが、弱点を知るクロに気負いはない。襲い掛かる人形に冷静に対処する。
先頭の人形が勢いよく長剣を振り下ろしてくる。クロは「黒嘴」でいなし、逆に斬りかかる。しかし盾で防がれた。
「無駄無駄!あんたなんかじゃそいつらには勝てないわよ!」
始まったばかりで勝ち誇り、高笑いをする<人形姫>の声が聞こえる。その隙を見てクロは動く。
2度目の横薙ぎの斬撃をクロは頭を下げて躱し、同時に強く踏み込む。地を踏む反動を剣に乗せ、魔力を巡らせて腕力を強化し、操作魔法で「黒嘴」を動かしてさらに加速させる。その全力の一撃を人形が構える盾に叩き付けると、盾はひしゃげ、それを持っていた人形の腕も鎧もろとも折れ砕ける。
突然のことに<人形姫>の動きが止まり、連動して人形達も止まる。その隙にクロは構え直し、目の前の人形の首を飛ばした。
もちろん、『アースゴーレム』は首を飛ばしたくらいでは止まらない。その亜種であるこの人形も本来はそうだ。だが、この<人形姫>に限っては違う。
「きゃあああ!マイケル!」
<人形姫>は悲鳴を上げ、人形達はまるで動揺したように狼狽えるような動きをする。そしてマイケルと呼ばれた首を飛ばされた人形は動かない。
これが<人形姫>の弱点。<人形姫>は自分の人形達を生きた人形のように扱う。それぞれに名前を与え、服も着せて、生活も共にする。そのせいか<人形姫>の人形達はまるで人間のように精密な動きをする。だが同時に人間のようにしか動けない。ゴーレムならば関節を無視した動きやダメージを意に介さず行動することができる。それを<人形姫>の人形達はできない。<人形姫>が人形達を人間またはそれと同じものであると思い込んでいる限り。
さらに<人形姫>は実戦経験がなく、試合しかしたことがない。故に味方がやられれば動揺し、魔法の制御がおろそかになる。さらに試合では<人形姫>の人形を破壊するような者はいなかった。もし破壊すれば、試合後、<人形姫>が癇癪を起し、面倒なことになるのが目に見えているからだ。結果、自分の人形を壊されるという可能性がまるで頭になかった。クロを格下と侮っていたのもある。
・・・勝負はこいつが動揺から回復するまで!その間に何体壊せるか。
クロは動きが鈍い人形の首を次々破壊する。1体、2体、・・・最初も含めて4体壊したところで、人形が再び動き始める。
「フレッドまで!おのれ!もう加減はしない!行け!」
今度は2体同時に襲い掛かる。それを見てもクロは怯まず、それどころか呆れの表情が浮かぶ。
・・・せっかく壊れても治せるゴーレムなんだから、初めから20体同時に攻撃して揉みくちゃにしちまえばいいのに、甘いよなあ。
<人形姫>は必要以上にプライドが高いため、そんな泥臭い戦法は思いつきもしない。そのせいで同時攻撃と言っても2人か3人が限度だった。
それでも人間の速度を超えた素早い動きで2人の騎士人形に斬りかかられれば脅威だが、クロは難なくそれを捌く。日々マシロの高速の二刀流と鍛錬を繰り返すクロには、その速度でも遅く見えた。そして一瞬の隙を突いて再び全力攻撃を見舞う。2体の脚、合わせて4本を鎧ごと砕く。そして倒れた人形の顔面を剣で突き、足で踏んで破壊する。この踏み付けも足に仕込まれたチタン装甲を移動魔法で操って加速させている。脚への反動が強烈だが、すぐに再生するクロにとっては気にする事も無い。
そのまま適度に挑発を交えて戦うこと数分、とうとう人形は残り10体となった。クロも3体に囲まれた時は何度か斬られたが、すぐ回復できるレベルだ。その傷の具合を確認していると、人形達が後退し始めた。そして<人形姫>は、身体から魔力を迸らせて見るからに激怒している。
「このクソがああああ!!」
「さて、ここからが本番だな。」
人形を下げた<人形姫>がどんな攻撃をしてくるか、ここから先はクロも情報がない。
その動きに注視していると、<人形姫>から無数の魔力がクロの周囲の地面に飛んだ。
「これはまた、シンプルに来たな。」
「『ソイル・・・ジャベリン』!」
その呪文と同時に、または一拍遅れて、様々な方向から少しずつずれたタイミングで地面から圧縮された土の槍が飛び出す。クロは反射的に左に跳び、跳んだ先の土槍を破壊しながらその槍に囲まれた場所を抜ける。それでも槍の出現速度は速く、何本か腕や脚を抉る。
その傷を気合で堪えて走るが、行く先全てに<人形姫>の魔力が次々に配置される。
「『ソイルジャベリン』!『ソイルショット』!」
いずれも土属性の基礎的な攻撃魔法だが、大量の魔力を高速で注ぎ込まれることで、素早く高威力の槍や弾丸が形成される。それがクロを囲むように次々と出現するのだ。
クロは正直、<人形姫>の切り札も人形だと思っていた。壊れた人形を修復するか、新たな人形を即席で作るか、そんなところだろうと。しかし実際は基礎の攻撃魔法の連打というシンプルながら対処が難しい攻撃だった。
・・・こりゃあ、一転ピンチかな。
クロがそう思い、無数の魔法からの逃げ道が見つけられないでいたとき、マシロが犬形態のまま飛び込んできた。意図を察したクロはすれ違いざまにマシロに掴まり、マシロはそのまま走り抜け、ギリギリのところで無数の土槍を躱す。
「すまん、助かった。」
「無茶をしないでください。」
マシロはクロを背に乗せ、次々と現れる土槍や石の弾丸を一つのミスもなく躱して走る。
「マスターが問題ないと言ったとき、珍しく嘘をついているのは気づいていましたから。」
「あー、やっぱばれてたか。」
まるっきり嘘というわけではない。<人形姫>の本気の攻撃が当初予想していた程度だったり、それが発動する前にケリを付けられれば、本当に問題はなかった。しかし、実際は想定以上の攻撃に苦戦している。これを全く予想していなかったかと言えば、確かに嘘になる。
「私を気遣ったのはわかりますが、嘘をつかない主義ではなかったのですか?」
「ここぞというときに確実に騙すために、普段つかないようにしてるのさ。」
「それが今だと?」
「もちろん。」
実際、この状態は望ましくない。今は無数の土魔法攻撃をマシロは難なく躱しているが、これはいつまでも続かない。
マシロは周囲の魔力の動きを感知して魔法の発動個所を見極め、<人形姫>の魔力を読み取って発動タイミングを読んでいる。それによって無数の土槍や弾丸を躱せているのだ。だが、それは非常に集中力がいる作業であり、見切ったとしてもその物量故躱しきれないことも多い。それを無茶な機動で強引に躱している。当然、そんな動きをすれば体は傷つき、その修復に少ないストックを消耗する。
あと数分も続ければ、マシロは体を修復できなくなり、倒れることになる。そうなればクロ諸共、土槍の餌食だ。クロはその生命力で耐えきれるかもしれないが、マシロは無理だ。クロとしては、そんなことになるくらいなら、マシロを下げて一人で特攻したいところだ。だがマシロが出てきてしまった以上、別の手を考えるしかない。
躱し始めて1分半後、マシロはまだ一発の被弾もなく躱し続けている。しかし、その背に乗るクロには限界が近いことを感じ取っていた。マシロもそれを自覚し、クロに尋ねる。
「打開策はありますか?」
「ある。だが、もう少し粘ってくれ。合図したら奴に向かって走る。奴に接近さえさせてくれれば、仕留めて見せる。」
「わかりました。」
そしてさらに20秒後、クロが待ちに待った瞬間が来た。
「『ソイルショット』・・・あー、もう!何で当たらないのよ!」
<人形姫>が金切り声を上げて地団太を踏む。クロ達と違い、<人形姫>は魔法行使の際、キーワードを大きい声で叫ばなければならない。加えて多量の魔力の連続放出。しかも発動タイミングや威力を変えながらだ。いかに器用で魔力量が多い<人形姫>でも疲れる。魔族故息切れも疲労もないが、精神的に疲れる。そして何より、あの短気な<人形姫>が全く攻撃に当たらない敵に対し、苛立たないわけがない。だから必ず攻撃がどこかで途切れると踏んでいた。クロの想定以上に時間がかかったが。
「今だ!」
<人形姫>の金切り声とほぼ同時にクロは合図を出し、その合図と同時にマシロは全速力で<人形姫>に迫った。マシロもまた<人形姫>を観察していて、その隙に気付いたのだ。
接近するマシロに、慌てて<人形姫>が攻撃を再開する。だが慌てたためか前方からしか来ないうえ、発動が早い『ソイルショット』だけだ。それをクロが今まで背負ったまま使っていなかった盾を前に浮かせて防ぎ、言葉もなくクロの防御を察したマシロは速度を落とさず突っ切る。
その盾に<人形姫>は驚く。彼女にとってクロは魔法を使えない落ちこぼれ魔族という認識だった。現に接敵からここまでクロは表向き魔法を使っているように見えなかった。もちろんそれはクロがそう勘違いするように戦っていたからだ。この瞬間に意表を突けるように。
隙を突き、さらに隙を作って接近し、残り10mというところでマシロが急減速し、クロがマシロの背を飛び出す。そのまま盾を踏み台にしてさらにジャンプし、<人形姫>を囲む騎士人形を飛び越えて斬りかかる。
「ヒッ!あ、『アースウォール』!」
間一髪、<人形姫>の前に飛び出した土壁が間に合い、クロの渾身の一撃は土壁を両断し、その向こう側の<人形姫>のドレスを掠めるに留まる。
そして、両断されてもその壁は健在で、クロがすぐに追撃することはできなかった。
<人形姫>は引き攣りながらも笑みを浮かべて笑う。
「は、アハハハハハ!冷や冷やさせてくれるわ!でも終わりよ!やれ!」
周囲にいた10体の人形がクロを取り囲み、剣を振り上げる。ここにきてようやくなりふり構わぬ同時攻撃を行うようだ。
そして、決着はついた。
人形達は剣を振り上げたまま止まり、クロはゆっくり立ち上がる。壁の向こうで<人形姫>は何が起きたのか分からず、目を剥いて驚愕の表情になっている。口を開いて喋ろうとするが、声は出ない。その体は宙に浮き、足をばたつかせている。
「遅えよ。」
「悪い、思ったより隙が無くてな。」
<人形姫>の背後にムラサキがいた。闇の中で金目だけが光っている。気配を消して忍び寄り、隙を見て『エアテイル』で<人形姫>を捕らえたのだ。
『エアテイル』は窒素で構成されており、それで口と鼻を塞がれた<人形姫>は、魔族の反射的な防御機構として呼吸が止まっていた。魔族は呼吸なしでも行動可能なため、毒ガスなどを感じ取ると無意識に呼吸を止めるようにできている。訓練次第でコントロール可能だが、<人形姫>がそんな訓練をしているはずがない。故に呼吸ができず、キーワードを唱えられない。魔法が使えない。
それでも発動済みの魔法、すなわち人形達は動かせるはずなのだが、動揺して動かすのを忘れていた。数秒後にようやく<人形姫>はそれに思い当たるのだが、クロが数秒も与えるわけがない。
クロは「黒嘴」の柄の先端を右手で持って水平に構え、残存の魔力の半分を注ぐ。そしてとっておきの魔法を唱える。
「『黒嘴・酔月円陣』」
クロが右手を離すと「黒嘴」は目にも留まらぬ速度でクロの周囲を6回回った。離した位置を起点に、1周ごとに角度を変え、上段、中段、下段を2回ずつ薙ぎ払う。そのあまりの速度に囲んでいた人形も、土壁も、その向こうの<人形姫>も7つに切り分けられた。剣が当たって砕けた肉片や鎧等の破片は遠くまで飛び散る。
元の位置に戻った「黒嘴」をクロが再度右手で掴むと同時に、人形達は崩れ落ちる。<人形姫>は首だけが『エアテイル』に捕まったままだ。
クロは崩れた土壁をどけて、ムラサキの様子を見る。すると、伏せていたムラサキが顔を出して抗議する。
「お前、あぶねーだろ!破片飛んできたぞ!」
「あ、すまん。真白は?」
振り返ると、クロが踏み台に使った盾からマシロが顔を出した。
「問題ありません。」
「よかった。」
ふっと息を吐いてクロは安堵する。倒した、そう思って気を抜いたとき、そこに不吉な声が聞こえて来た。
「『メ・・・テオ』」
「「え?」」
クロとムラサキが慌てて<人形姫>を見ると、上半身の上半分だけ半端に再生した<人形姫>が、『エアテイル』の隙間から口を出して魔法を唱えていた。
クロは予想以上の再生速度に驚き、ムラサキは油断して目を離したことを後悔するが、今はそれどころではない。頭上を見上げれば、暗い夜空から直径数十mはあろうかという大岩が降ってきていた。<人形姫>は、いつの間にか頭上に土を集めて『メテオ』の準備をしていたらしい。
「「退避!」」
クロは体内のチタン装甲を『移動』して、ムラサキは『エアテイル』で自分を運んで、全速力で逃げた。マシロも盾をくわえて距離を取る。
そうしてぎりぎり大岩の範囲を逃れて振り返ると、それに気づいた。
「「あ。」」
「え?ちょ、きゃああああ!?」
ムラサキは慌てて退避した際、<人形姫>をその場に放り出してきていた。そして手足が再生しておらず、高速で移動する手段もない<人形姫>は、なす術なく自分の魔法に押し潰される。
衝撃で巻き上がる土砂を伏せてやり過ごし、クロとムラサキは呆然とその大岩を見つめる。マシロがそこにゆっくり近づいてくる。
「死んだ?」
「死んだな。」
「魔力の消失を確認。死にましたね。」
「最後は自爆とか・・・まあ、いいか。」
クロは捕らえる方策は考えていたが、とどめを刺すのは手間がかかると思っていた。
魔族はとどめを刺すのが難しい。前回の刺客は対象の魔力を自動で全消費する『カグツチ』で自爆したからすぐに死んだが、本来は魔族はかなりしぶとい。肉体をすべて破壊しても、魔力さえ残っていれば再生するからだ。むしろ下手に全身消し飛ばすと、どこから再生するか分からなくなる。故に、喋れないように首だけ残して、再生するたびに破壊するのを魔力が尽きるまで繰り返すつもりだった。
それでもその作業中に、<人形姫>がすでに起動中の人形を操ることを思いつけば、その作業も難しくなる。どうやって安全にとどめを刺すか悩んでいたのだが、結果、通常以上に多大な魔力を消費して高速再生中だった体すべてを周囲の人形諸共ぺちゃんこに潰し、自爆した。
3人はしばらくぼうっと大岩を眺めた後、野営地に戻る。
そこでムラサキは横たわって足を投げ出し、クロは胡坐をかいて座り込む。
「寝る。疲れた。」
「ああ、ムラサキも真白も寝ていいぞ。真白は明日王都までまた走ってもらわなきゃならん。」
「では、お言葉に甘えて。」
流石のマシロも今日ばかりは疲労の色を見せる。クロはそのマシロを撫でながら、日が上るまで大岩を遠くに見つめていた。




