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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第8章 黒
388/457

314 闇の神の目的

今回は長めです。

 家を出て、当てもなく歩き始めたクロ。森の境界に陣取っていたフレアネス王国軍も、撤退した<勇者>の後に、見た事も無いような恐ろしい気を発するクロが現れれば、止めようという気も起きなかった。

 クロは、王国軍を無視して、北上する。


 そして、人目がない辺りまで来た時、時間が止まった。


「闇の神か。」

「ほう、もうそこまでその力の扱いに慣れたか。」


 止まった時間の中で、クロは闇の神に話しかけていた。

 物理的に口が動いているわけではない。闇の神と同じように、思念を言葉として魔力で送っているのだ。

 今までクロにそんな技術はなかったが、有り余る魔力が強引にそれを実現させた。


 魔力は、使用者の願望を形にするエネルギーだ。十分な量があれば、望んだだけで形になる。


 クロは、闇の神の気配がする背後を振り向く。現実の肉体を置き去りにして、魔力の塊だけが動いた。



 振り返った先にいたのは、いつもの黒い猿ではなかった。

 転生時に見た、黒いローブを着た老人が立っていた。


「・・・本体か?」

「もちろん。偉業を達成した被検体に、祝辞を述べに来たのだ。本体で来るのが礼儀だろう。」


 八神は、肉体をもたない魔力の塊だ。神界にのみ存在でき、現世には下りられないはず。しかし、闇の神はこういうところも例外らしい。


「さて、おめでとう。これでお前は向かうところ敵なし、この世界最強の兵器となったわけだ。」


 闇の神が笑みを浮かべて拍手する。クロには、賞賛よりも皮肉の割合が多いように感じられた。

 そこはあえてスルーして、返事をする。


「兵器ね。まあ、間違っちゃいないか。」


 今のクロは、もはや生物と呼んでいいかわからない状態だ。

 もともと魔族という種自体が生物として怪しい存在なのに、クロは復讐魔法の常時全開発動によって半ば不死身と化している。

 肉体を動かす基盤は、もはや筋肉ではなく、骨格を構成する金属を魔法で操作する方法が主となっている。

 そう考えれば、ヒトの皮を被ったロボットのようなものだと言っても過言ではないだろう。


「だが、最強というのは語弊があるだろ。アレとか。」


 クロは、アイビス山脈の山頂を指差して言う。この世界の創造神とも言える、ユルルのことを言っているのだ。

 ユルルは、この世界に魔力というエネルギーをもたらした存在であり、それを自在に操ることで、全能に近い能力を持つ。

 クロは、今の力を手にしても、ユルルに敵うとは思っていなかった。


 しかし、闇の神の見解は違うようだ。


「そうでもない。確かにあの蛇は万能だが、今のお前は、アレの出力を上回る。容易ではなかろうが、勝つことは不可能ではない。」


 ユルルは万能だが、その魔法出力は無限大というわけでもない。まともな生物から見れば、圧倒的な出力であることは間違いないが、今のクロはそれの上を行くという。


「試してみるか?すぐ近くだ。」


 闇の神が、山頂の方を見る。

 確かに、この力で全力で走るなり飛ぶなりすれば、あそこにはすぐにたどり着けるだろう。

 しかし、クロは首を横に振る。


「やる意味がないな。」

「そうか。では、これからどうする?」


 問われて、クロは返答に困った。

 今更、<勇者>を追撃する気も起きない。かと言って、今までのようにあの家で仲間と暮らすことはもうできない。

 この溢れんばかりの力を、どこにぶつければいいのかわからない。


 ・・・恨みの対象なら、そこかしこにいるんだがな。


 クロの憎悪が向くところは、相変わらず人類だ。近くにはフレアネスの王都もあるし、その復讐を遂げようと思えば、いくらでもできる。

 ただ、前世の記憶が戻ったことと、理性を取り戻したことで、それを抑える心もある。


 ここで憎悪の赴くままに無差別の殺戮を始めれば、巡り巡って家に残る仲間達に被害が及ぶことは、簡単に想像できた。

 であれば、理性が働くうちは、憎悪は抑えておくべきとクロは考える。


 しかし、いつまでも抑え続けられる自信はない。どこかで、この力を振るわなければ、いずれ理性がまた利かなくなる。



 悩むクロを見て、闇の神がほくそ笑む。


「悩んでおるな。前世の記憶で、人間らしい感情でも取り戻したかな?」

「そんなんじゃないが・・・人間にも、良い奴はいるって、思い出しただけだ。・・・残念ながら、ごく一部だがな。」


 それが、クロが無差別にヒトを殺さない理由の1つだった。

 人間は、個人でみれば、いい奴が結構いる。思いやりがあったり、努力家だったり、優れた技術を持っていたり。

 ところが、人間は集団を作ると、途端に凶暴で粗野な生物になる。

 責任感が薄れてしまうのだろうか?それとも、大きな流れに飲まれて自我を失くしてしまうのだろうか?

 集団を作った人間は攻撃的になり、獲物を見つけては袋叩きにし、破壊の限りを尽くす。

 意見を同じくするものが多いというだけで、己の行動を正義と信じ、傍から見れば残虐な行為も平気で実行する。


 クロが嫌いなのは、人間のそういうところだ。

 そうやって、少数の意見をもみ消して、多数派だけが常に尊重される。社会の運営には効率がいいのだろうが、やはり気に食わない。

 そして、その少数派と多数派という区分は、単なる数ではなく、意見の数で決まる。数が多くても、意見を言わなければ、少数派になるのだ。

 だから、人間以外の動植物は、いつだって少数派だ。いつだって優先されるのは人間の利益。


 天邪鬼なクロは、その少数派に加担する。少数派だって、イレギュラーだって、この世に必要な存在なのだと、多数派の連中に叫びたいのだ。


 そんなふうに自分の想いを再確認していると、闇の神が語り出した。


「思えば、お前を作り上げるのに随分と手間がかかった。復讐魔法の使い手は限られていてな。あちら側、お前の前世で適合者を探すのに苦労した。」

「誰かを憎んでる奴なんて、ごまんといるだろ。」

「まあな。だが、そういうのは大抵、特定個人に向いているものが多い。あるいは、そこまで本気でない者も多い。・・・クロ、お前は憎い相手を殺せる状況が唐突に訪れたら、どうする?法の縛りも、後腐れもないとして、だ。」

「殺るに決まってる。」

「そこだ。そこまで決断できる奴はそう多くない。それに、復讐魔法の発現には、ただの憎悪では足りなくてな。被害を受けた対象が、自分だけでは足りないのだ。大切な何かを壊された恨みが必要だ。結論を言えば、復讐対象を殺せるなら、捨て身になれる奴だな。」

「そんな自殺志願者、転生の条件に合って・・・ん?」


 そこでクロは思い出した。

 この世界への転生の条件。前世に未練がないこと。生きてやりたいことがある者。そんな条件だったはず。

 復讐のために捨て身になる者は、条件に当てはまることもあるだろう。


 ただ、クロが引っ掛かったのはそこではない。なんとなく口をついて出た言葉。「自殺志願者」。

 つい先ほど、取り戻した記憶を思い返し、違和感に気がつく。


 それを闇の神も読み取ったのだろう。ニヤリと笑った。


「おい、俺は・・・」

「そうだなあ。死んだお前は、なんと自分の死を受け入れていた。望んで死にに行ったのだ。しかし、ああ、何ともったいない!ようやく見つけた、復讐魔法と相性がよさそうな魂なのに。このままでは、転生の条件を満たせないではないか。」


 クロの記憶では、前世の最期は、テロリストと殺し合いをして死んでいた。

 考えてみれば、無謀な行いだ。生き残りたいなら、素直に逃げるべきだろうに。

 実際には、前世のクロは、死ぬつもりで戦いに行ったのだ。


「そこでワシは、一計を案じた。お前の記憶を削って、必要な部分だけ残した。そうすることで、見事、お前は転生の条件を満たしたわけだ。」


 闇の神が拍手をする。今度は明らかに嘲笑の意図が透けて見えた。


「その後も大変だった。思惑通りに魔族に転生してくれたのは計算通りだったが、なんとお前は復讐魔法を部分的に発動して抑え込んでしまった。いやはや、そこまで理性が強いとは。部分発動などなければ、適当なところで爆発してくれると思っていたのに、適度にガス抜きするものだから、お前はいつまで経っても全開発動してくれなかった。」

「・・・・・・」

「だが、新型の復讐魔法!あれは慮外の収穫だった。死者の未練が魔力を伴って残留した怨霊を有効活用するとは、恐れ入ったぞ。それもいずれ名前を付けねばな。しかし、新型は良かったのだが、それでお前はどの窮地もそれで乗り切ってしまった。窮地に陥れば、全開発動するかと思ったんだが。」

「・・・・・・」

「そこで、ワシは原点に帰った。復讐魔法とは、術者が大切なものを失ったときにこそ発動するもの。というわけで、お前には大事な仲間を失ってもらった。」

「・・・それは、つまり・・・」

「いい演出だっただろう?お前の窮地と、仲間の死を同時に演出するのに、調整に苦労した。」


 闇の神が言い終わると同時に、クロが闇の神に襲い掛かる。

 魔力だけの塊となったクロは、物理法則に縛られず、光のごとき速度で接近。闇の神の首を捕まえた。


「全部、お前がやったってことか。」

「その通りだ。」


 ヒトの形をしていても、闇の神はただの魔力の塊だ。首を絞められたところで、苦しくはないのだろう。笑っている。


 今のクロならば、自分の魔力で闇の神の魔力を掻き乱し、切り刻んで、雲散霧消させることも可能だ。

 この闇の神が、本当に本体だというのならば、それで闇の神は死ぬ。


 それは闇の神も理解しているはず。だが、笑っている。


「どうした?神殺しのチャンスだぞ。歴史に名を残す大偉業だ。いや、悪行かな?」


 クロは、じっと闇の神の目を見た。

 そのまま10秒ほど、動かないでいた。現実時間がほとんど動いていないので、10秒という表現は正しくないかもしれないが。



 そして、クロは無造作に闇の神を解放した。


「なぜ、殺さない?お前の仇はこのワシだと、理解しただろう?」

「ああ。」

「では、何故?」


 クロは再度、闇の神の目を覗き込んで確認し、確信を得てから答える。


「俺は天邪鬼だからな。敵が嫌がることをする。・・・死にたがってる奴を殺してやる義理はない。」

「・・・・・・」


 闇の神の顔から笑みが消えた。地面に尻もちをついた体勢のまま、ぼそぼそと喋り始める。


「そこまで、読み取られたか・・・」

「随分と回りくどい自殺だな。」

「・・・他にないのだ。肉体を持たぬ我らが死ぬ方法は限られている。そのいずれもが、自分だけでの手では実行できない。」


 肉体をもたない神を殺す方法はどんなものがあるだろうか。

 1つは、魔力の供給源を断つこと。八神は、魔法を使う人々から魔力を得ている。ヒトが魔法を使う限り、供給は止まらないだろう。

 もう1つは、今、クロがやろうとしたように、神を超える魔法出力でもって、神の本体たる魔力塊を破壊することだ。


 どちらの方法も、八神自身で行うのは困難だ。


「そうまでして死にたかったのか?」

「・・・お前は、数千年生き続けた者の気持ちがわかるか?・・・飽きるぞ。色々とな。」


 クロは想像してみる。八神以外が存在しない神界。現世を覗き見ることはできるが、干渉方法は限られている。

 そんな状況で数千年。確かに飽きるかもしれない。

 だが、魔力が豊富にあるのだから、いろいろとできそうな気もする。第一、八神たちは様々な異世界人を呼び、新魔法の実験台にしている節もある。

 それでも、数千年あれば、飽きるだろうか。


「いまいち実感が湧かんな。」

「だろうな。他の神達も、ワシの気持ちは理解できまいよ。だから、ワシ1人で計画し、実行した。」


 はあ、と闇の神は大きく溜息をつく。


「ワシはな、もともと人間だったのだ。大昔、まだ魔力の制御も覚束ない時代。ワシは偶然、魔力をうまく扱う才能に恵まれた。初めは感謝され、英雄と呼ばれ・・・最後は崇められた。」


 魔法という制御技術がない時代、魔力は益も害もある、制御できない自然の1つだった。ヒトが魔力を操る方法は、せいぜい祈祷くらい。農作物の生育を祈ったり、怨敵を呪ったり。それは成功することも失敗することもある、とてもそれを頼りにできる代物ではなかった。

 そこに彼が現れた。彼は意図したとおりに祈祷を成功させ続けた。彼が祈れば、作物は育ち、敵には災いが降りかかり、果ては雨を降らすことまでできた。

 そんな彼が神と崇められるようになったのも、当然の成り行きだったのだろう。彼は現人神あらひとがみとして活躍した。


「ワシはそれなりに長生きしたがな、それでも人間だ。寿命は来る。・・・ワシは多くの者に惜しまれながら死んだ。・・・それで終われば、満足だったのだがな。」


 彼の死後、彼から魔力の扱いを学んだ者たちにより、祈祷は成功率が以前より格段に上昇した。

 豊穣を願う祭りや雨乞いは、それで十分喜ばれた。彼が生きていた頃程ではないが、それでも十分、飢えることなく生きられるようになった。

 ところが、ある種の祈祷は、確実な成功が望まれた。

 それは、敵を呪う呪術だった。

 なんとしても、彼が生きていた時のように100%、敵を呪い殺したい。そう望んだ者達の強い願いは、次第に変質して、「彼はまだ生きている」という妄念となった。


 多くの者が彼の現存、再臨を願い、そうあってほしい、そうあるべき、と願い続けた結果、魔力はそれを実現してしまった。

 人々の記憶から再構成された人格を元に、肉体を持たず、魔力だけで構成された「神」が形作られた。

 神となった彼は、人々の想いに応えるべく、魔力を安定運用する方法を考案した。

 魔力そのものとなった彼は、魔力の性質への理解が深まったことで、それを正確に動かす方法を知り、形にした。

 それが、術式という命令書で魔力に指示を出す、現在の魔法となった。


「ワシが魔法を作り出すと、人々はますますワシを信仰するようになった。正直に言えば、その頃は楽しかったぞ。多くの魔法を作った。どれも喜ばれた。火を点ける魔法、水を汲む魔法、色々だ。誰でも使える、とはいかなかったが。」

「お前は闇魔法しか使えないんじゃなかったか?」

「それは、単なる八神同士の取り決めに過ぎん。ワシは全属性使えるとも。ほれ。」


 闇の神は、指先に火を灯して見せる。それを風で吹き消した。手の平を上に向ければ、そこに水が溜まり、それを地面に零したと思ったら、いつのまにか地面には土製の器が現れていて、零した水を受けた。

 精神だけを加速したこの空間で、こんな動きはおかしいと思ったが、どうやら闇の神は、同時に時間も操っているようだった。


「ワシの後に、同じように神に祀り上げられた者たちが現れてな。それぞれの得意分野から属性の分担を決め、他の属性はお互い使わないように決めたのだ。その方が、平等に信仰を得られるからな。」

「じゃあ、今のは協定違反ってわけだ。」


 クロは意地悪くそう言ったが、闇の神は「だからどうした」と顔で示した。


「ともあれ、そういう窮屈なしがらみもあり、いい加減、この人生、いや、神生?も終わりにしたいと思っていたのだ。先程言った通り、人々が信仰しさえすれば、神は生まれる。ワシが死んでも、他の者が祀り上げられて、新たな闇の神をやるだろう。・・・世界の維持という仕事は、退屈だぞ?終わりがないのだからな。」


 それで闇の神の話は終わりらしい。

 クロはしばし考えた後、溜息を吐いてから言う。


「なら、俺から言うことは1つだ。」

「なんだ?」

「死んでないで、仕事しろ。」

「・・・ひどい奴だ、まったく。」


 クロは、完全に嫌がらせのつもりで言ったが、闇の神はあまりこたえていない様に見える。


「まだ何かあるのか?」

「ん?語ることはもうないが。」

「違う。お前、俺以外にも自殺の仕込みをしてるな。」


 闇の神は、特に反応を示さなかったが、今のクロは目を合わせるだけでおおよその思考を読み取る。

 読み取った反応は、Yesだ。


 クロが闇の神の思考から感じた限りでは、先程クロにやらせようとしたような、力づくの方法ではないだろう。

 ならば、もう一つの手段は、闇の神への魔力の供給を断つこと。

 考えられるのは、帝国の世界征服だ。帝国がスローガン通りに、魔法を排斥すれば、八神は死ぬだろう。魔法の使用による魔力供給がなくなるのだから。


 だが、それだけではない気がする。

 クロは闇の神を睨むが、闇の神はニヤニヤと笑うだけで、何も話さない。


「ふん。まあ、目的は決まった。意地でもお前を生かしてやる。」

「嫌われたものだな。まあ、せいぜいやってみるといい。」


 クロは、自分の精神を加速させている闇の神の魔力を自分の脳から追い出し、精神を肉体に戻す。

 そして、とりあえず北へと向かって歩き出した。


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